刑法ゼロから刑法#143

詐欺罪の財産的損害

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第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

定価どおりの品物、それでも詐欺か

払った分の物は受け取っている。それでも詐欺か 図:払った分の物は受け取っている。それでも詐欺か

前回まで、詐欺罪を欺罔行為から取得まで、鎖の4つの輪でつないできました。今日は、その鎖の外側にある、もう1つの条件を見ていきます。まず、こんな場面を考えてみてください。ある品物を、嘘の触れ込みで、定価どおりの値段で売ったとします。買った人は、払った分の物をちゃんと受け取っています。詐欺が成立することもあります。答えは、買った人が何を得ようとしていたかで分かれます。今日は、この「損害」という条件を掘り下げます。

財産的損害が要件になる理由

財産犯である以上、財産的損害が要る 図:財産犯である以上、財産的損害が要る

交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることが必要でした。今日見るのは、それとは別の条件です。詐欺罪の条文には、「損害」という言葉は出てきません。それでも、詐欺罪は財産犯です。財産に対する罪である以上、相手方に財産的な損害が生じたことが必要だと考えられています。詐欺の初回で見たとおり、詐欺罪が守っているのは財産権で、罰する対象は、嘘によって財産が損なわれることです。だから、だまされて何かを渡しても、相手の財産に何の損害も生じていなければ、守るべきものは傷ついておらず、罰する理由がありません。これが、条文に無くても損害が要件になる理由です。しかも、この要件は2つの役割を持ちます。1つは、既遂の時期を決めること。損害が現実に発生した時点で既遂に達します。もう1つは、そもそも欺罔行為にあたるかどうかを決めることです。詐欺の初回で、欺罔行為は、相手を錯誤に陥らせ、処分行為に向かわせる行為だと見ました。その処分行為が損害を生じさせるようなものでなければ、欺罔行為そのものに当たらず、未遂すら成立しません。欺罔行為の条件は初回の2つのままで、損害という別の要件が、入口の判断にも効いてくる、ということです。

だから今日見る「損害」は、鎖の外側で、入口と出口の両方を締めている条件だといえます。なお、この要件を、鎖の最後の輪である取得の言い換えと見る考え方と、独立の要件と見る考え方がありますが、答案ではどちらで書いても問題ありません。

形式的個別財産説と実質的個別財産説

手放したこと自体を損害と見ると、要件が空になる 図:手放したこと自体を損害と見ると、要件が空になる

「損害」の中身の見方は、2つに分かれます。1つ目は、形式的個別財産説です。詐欺罪は個別財産に対する罪です。財産犯総論の回で見たとおり、財産全体が減らなくても、個別の財産が失われれば足りる罪、という意味でした。この個別財産に対する罪という性質を根拠に、財物や利益を手放したこと自体が、すでに財産的損害だと考えます。定価どおりの品物を渡した場合でも、買った人は代金を手放しています。手放したこと自体が損害なら、この時点でつねに損害ありになります。それだと、損害が無い場面が無くなりませんか。そこがこの説への批判です。価格相当の物を給付しても常に損害ありとするなら、損害という要件をわざわざ立てた意味が無くなり、損害を不要とする立場と実質的に変わらなくなってしまいます。

求めたものと給付されたものの経済的な齟齬を見る 図:求めたものと給付されたものの経済的な齟齬を見る

2つ目が、実質的個別財産説です。手放したこと自体ではなく、実質的な財産的損害が発生したかどうかを見ます。判例も、この実質的な見方に立っていると言われています。

⭐ 論文で書く規範:実質的個別財産説(通説で立てる) 「詐欺罪の財産的損害の有無は、被欺罔者が当該取引で獲得しようとしたものと、実際に給付されたものとの間に、経済的に重要な齟齬があるか否かによって判断する。」 (規範(通説で立てる))

冒頭の品物の例なら、買った人が求めていたものと、実際に渡された品物との間に、経済的に重要な食い違いがあるかどうかで、損害の有無が決まります。今日はこのあと、この物差しを類型ごとに当てていきます。

判例が実質で見ている2件

本来受け取れたはずのものとの差分を問う 図:本来受け取れたはずのものとの差分を問う

判例が実質で見ていることが分かる事案を、2つ見てみましょう。1つ目は、代金を受け取りながら品物を渡さない売主が、督促に来た買主を、嘘で一時的に安心させて帰した事案です。

督促を一時免れても、債務は消えていない 図:督促を一時免れても、債務は消えていない

判例最高裁判所判決(昭和30年4月8日)

履行遅滞中の督促を免れた事案 すでに履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔手段によつて、一時債権者の督促を免れたからといつて、ただそれだけのことでは、刑法二四六条二項にいう財産上の利益を得たものということはできない。

督促を免れただけでは、本来支払うべきだった債務そのものが消えたわけではありません。だから、実質的に何かを得たとまではいえない、と判断されました。

支払時期を早めただけでは足りない場合がある 図:支払時期を早めただけでは足りない場合がある

2つ目は、請負人が、虚偽の書類を提出して工事の完成検査に合格し、本来受け取る権利のある請負代金の支払を受けた事案です。

判例最高裁判所判決(平成13年7月19日)

請負代金の早期受領事案 請負人が本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に早く受領した場合には、その代金全額について刑法246条1項の詐欺罪が成立することがあるが、本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領したことをもって詐欺罪が成立するというためには、欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間支払時期を早めたものであることを要する。

詐欺が成立することもあります。ただし、条件が付きます。ただ早く受け取っただけでは足りず、社会通念上、もはや別の支払といえるくらいの期間、支払時期を早めたことが必要です。督促を免れただけでは本来の債務は消えていない、支払時期を少し早めただけでは別の支払とはいえない。どちらも、実質的に何かが違ったといえるかを見ています。形の上で何かを得たかではなく、実質で見る。この姿勢が、さっきの実質的個別財産説と重なります。

価格相当の商品の給付

求めたものと給付されたものの間に、経済的に重要な齟齬はあるか 図:求めたものと給付されたものの間に、経済的に重要な齟齬はあるか

価格相当の商品を渡した場合には、さっきの物差しをそのまま当てます。買った人が求めていたものと、実際に渡されたものとの間に、経済的に重要な齟齬があるかどうかです。

段差センサーを求めたのに、無い型が届いた 図:段差センサーを求めたのに、無い型が届いた

段差センサー搭載、階段があっても落ちません、という触れ込みで、市場価格どおりの値段で売られていたとします。届いたのは、センサーの無い普通の型で、値段はそのセンサー無し型の相場どおりでした。物としての価値は釣り合っています。それでも、買った人が求めていたのは、段差を検知して落ちない掃除ロボットです。実際に届いたのは、段差を検知しない普通の型です。求めたものと給付されたものの間に、経済的に重要な齟齬がある。だから、損害はあると評価できます。同じ発想を扱った、古い時代の決定もあります。中風や麻痺に効く特殊な治療器だと偽って、実際には市価どおりの値段で、ただの器具を売った事案です。

判例最高裁判所決定(昭和34年9月28日)

効能を偽って市価相当の器具を売った事案 たとえ相当価格の商品を提供したとしても、事実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、ことさら商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ、金員の交付を受けた場合は、詐欺罪が成立する。

判旨の決め手は、本当のことを告げていれば相手はお金を払わなかった、という点です。今日の物差しで見ても、求めていたのは購入価格に見合う以上の特殊な効能で、実際に渡されたのは購入価格相当のただの器具にすぎません。経済的に重要な齟齬があり、損害ありと説明できます。逆に、損害なしになる場合もあるんですか。あります。もっと古い、大審院の時代の決定にも、医師だと偽って、実際に効能どおりの本物の薬を、相当な価格で売った場合には、詐欺罪に問えないとしたものがあります。今日の物差しで言えば、求めた効能と実際に得た効能が一致していて、経済的に重要な齟齬が無い、という説明になります。

2つの説の結論が分かれるのは、まさにこういう場面です。

フリマ設例も、同じ物差しで損害あり 図:フリマ設例も、同じ物差しで損害あり

あの回で見たのは、財産全体の差し引きでは決めない、というところまででした。今日はそこから一歩進めて、手放したものについて、何を求めて何を得たかを見ます。求めていたのは最新モデル、実際に渡されたのは型落ちでした。相場が同じ3万円でも、求めたものと給付されたものの間に、経済的に重要な齟齬があります。だから、今日の実質的な見方でも、損害ありという同じ結論に落ち着きます。

公的証明書の詐取——事実を証明するだけの文書

事実を証明するだけの文書は、損害なしの方向 図:事実を証明するだけの文書は、損害なしの方向

次は、公的証明書の詐取です。証明書には、事実を証明するだけの文書と、それを受け取ることで交付する側に給付の負担が生じる文書があります。事実を証明するだけの文書は、損害なしの方向で説明されます。印鑑証明書がその例です。古い大審院の時代の判断にも、印鑑証明書を偽って取得した場合に詐欺罪の成立を否定したものがあります。これを学説は、証明書は事実を証明するだけで、役所の側に現実の負担が生じるわけではない、と説明しています。旅券も、同じ理由で詐欺にならないんですか。そこは、注意が必要です。実は、旅券の判例は、「損害が無いから」とは言っていません。

旅券の判断理由は、損害ではなく特別規定の優先 図:旅券の判断理由は、損害ではなく特別規定の優先

旅券の下付、つまり役所から旅券を交付してもらうことを、公務員への嘘の申立てによって受ける行為だけを、詐欺罪より軽い刑で、特別に処罰する規定があります。判例が実際に述べているのは、この特別な規定がある以上、詐欺罪ではなくその規定だけを適用すべきだ、という理由です。

判例最高裁判所判決(昭和27年12月25日)

旅券下付事件 同条に規定する犯罪の構成要件は、公務員に対し虚偽の申立を為し免状等に不実の記載をさせるだけで充足すると同時にその性質上不実記載された免状等の下付を受ける事実をも当然に包含するものと解するを正当とする。……免状、鑑札、旅券の下付を受ける行為のごときものは、刑法二四六条の詐欺罪に問擬すべきではなく、右刑法一五七条二項だけを適用すべきものと解するを相当とする。

事実を証明するだけの文書だから給付の負担が無い、実質的な損害が無い、という説明は、あとから組み立てられた見方です。判例自身の理由づけと、この見方を混同しないでください。旅券の詐取が詐欺罪にならないのは、損害の有無ではなく、特別な規定が優先するからです。判旨が言うとおり、この規定は、嘘の申立てで不実の記載をさせることだけでなく、その旅券の下付を受けることまで、当然に含んで処罰しています。下付を受けるところまで軽い刑で評価し尽くしている規定なので、その上に重い詐欺罪を重ねない、という理屈です。

公的証明書の詐取——給付の負担を伴う文書

給付の負担を伴う文書は、損害ありの方向 図:給付の負担を伴う文書は、損害ありの方向

給付の負担を伴う文書の例が、国民健康保険の被保険者証と、簡易生命保険の証書です。保険の給付を受けられる文書なので、交付する側に現実の負担が生じます。カードに出てくる騙取は、騙し取るという意味です。

判例最高裁判所決定(平成18年8月21日)

国民健康保険証詐取事件 町役場係員に対し,虚偽の生年月日を記入した自己名義の住民異動届に国民健康保険の被保険者の資格を転入により取得した旨を付記して提出するなどして,係員を欺いて国民健康保険被保険者証の交付を受けた行為について,刑法246条1項の詐欺罪の成立を認めた原判断は,正当である。

判例最高裁判所決定(平成12年3月27日)

簡易生命保険証書詐取事件 簡易生命保険契約の事務に従事する係員に対し、被保険者が傷病により入院中であること又は被保険者につき既に法定の保険金最高限度額を満たす簡易生命保険契約が締結されていることを秘して契約を申し込み、同係員を欺罔して簡易生命保険契約を締結させ、その保険証書を騙取した行為について、刑法……二四六条一項の詐欺罪の成立を認めた原判決の判断は、正当である。

判旨は、欺罔行為に当たり、詐欺罪の成立を認めた判断が正当だ、とだけ述べています。保険給付を受けられるという現実の負担が交付する側に生じる、という損害の中身の説明は、判例の言葉ではなく、あとから組み立てられた見方だということを覚えておいてください。なお、これらは公務所や公的な保険を相手にした詐欺で、国や自治体を被害者と見られるかという前提の論点が別にありますが、その点は詐欺の初回で見た保護法益の話に譲ります。

預金通帳の詐取

財物性の話であって、損害の話ではない 図:財物性の話であって、損害の話ではない

預金通帳の詐取の判例は、まず財物性を確認しています。

判例最高裁判所決定(平成14年10月21日)

他人名義の預金通帳と財物性 預金通帳は,それ自体として所有権の対象となり得るものであるにとどまらず,これを利用して預金の預入れ,払戻しを受けられるなどの財産的な価値を有するものと認められるから,他人名義で預金口座を開設し,それに伴って銀行から交付される場合であっても,刑法246条1項の財物に当たる。

原審は、詐欺罪が予定する利益の定型性を欠くとして詐欺罪の成立を否定していましたが、最高裁は、その判断は誤りだとして、通帳は財物にあたると判断しました。ここで争われているのは財物性であって、財産的損害ではありません。以前、口座開設の申込みが欺罔行為にあたるとした判例を見ましたね。

判例最高裁判所決定(平成19年7月17日)

口座開設の申込みと欺罔行為 銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体、申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきである。

この判例も、欺罔行為にあたることしか述べておらず、損害には触れていません。では、銀行の側に、実質的にどんな損害があるのでしょうか。通帳という物を交付したこと自体が、そのまま損害になるわけではありません。銀行の実質的な損害は、その口座が振り込め詐欺などに利用された場合に、銀行が、だまされて振り込んだ被害者から、不当利得の返還、つまり法律上の理由なく受け取ったお金を返せという請求や、損害賠償を請求されるリスクを負う、という点に見ることができます。もう1つ、通帳の預入れや払戻しといった給付そのものを負担と見る説明もあり、どちらで書いてもかまいません。

搭乗券の詐取

経営上の重要性は、重要な事項の理由であって損害の認定ではない 図:経営上の重要性は、重要な事項の理由であって損害の認定ではない

詐欺の初回で見た搭乗券の判例も、もう一度見てみましょう。

判例最高裁判所決定(平成22年7月29日)

搭乗券詐取事件 搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきである

搭乗券の判旨は、重要な事項だから欺罔行為にあたると述べるだけで、どこにも財産的損害という言葉は出てきません。判旨の前のほうには、この乗客以外を乗せないことが会社の経営上も重要だった、という事実の認定もありますが、これもあくまで「重要な事項」を基礎づける事実認定です。財産的損害を認定した部分ではありません。損害はどこに見るんですか。そこは、学説側で補って考えるほかありません。今日の物差しに当てると、航空会社が搭乗券と引き換えに求めていたのは、券面の本人を乗せることです。ところが実際に乗るのは、搭乗券の名前とは別の人です。誰が乗っているかを会社がつかめない便では、安全の管理がそこで崩れます。それが知られれば、乗客を管理できない会社だと見られて利用客の信頼を失い、最後は会社の収入、つまり経済的な運営にまで響きます。運航の安全、業務への信頼、経済的な運営という順にたどると、求めたものと得たものの食い違いは、こういう像になります。判例自身は、そこまで踏み込んでいません。

重要な事項と財産的損害の関係

同じ事情を、別の角度から見ている 図:同じ事情を、別の角度から見ている

詐欺の初回で学んだ、交付の判断の基礎となる重要な事項という物差しと、今日見た財産的損害という物差しは、別の要件です。ですが、多くの場面で、同じ1つの事情を、別の角度から見ています。この構造そのものが、重要な事項が欺罔行為の輪を見る物差しであり、財産的損害がそれとは別の、財産犯であることから来る物差しであることを表しています。片方が語られていても、もう片方は語られていないことがある。だから、答案でも、この2つを混同せずに、別の要件として書き分けてください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ——相手が実質的に失ったもの 図:今日のまとめ——相手が実質的に失ったもの

今日見た類型を一覧にしました。価格相当の商品は、相当な価格でも詐欺が成立しうることを、判例自身が正面から述べていました。公的証明書・預金通帳・搭乗券は、判例自身が損害に触れないことが多く、損害の中身は学説側で補う場面が中心でした。判例が言っていることと、言っていないことを、区別するのが大事なんですね。特に旅券のように、判例の理由づけを損害の話だと取り違えると、答案でも誤った理由を書いてしまいます。今日押さえた物差しは、被欺罔者が求めたものと、実際に給付されたものとの間の、経済的に重要な齟齬でした。この財産的損害の認定は、論文でそのまま問われうる論点です。冒頭の問いに戻ると、定価どおりの品物でも、買った人が求めていたものと違うものを渡していれば、経済的に重要な齟齬があり、詐欺になりえます。

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