公務員職権濫用罪と「職権」の意義
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
保健所の職員と、休日の職員
図:設例
前回の最後に予告したとおり、今日は職権濫用の罪を見ます。ここまで見てきた罪では、公務員は、害される側でした。公務執行妨害罪が守るのは、公務員という人ではなく、公務という仕事でした。今日は向きが逆です。公務員が、する側に回ります。設例です。保健所で、飲食店の衛生検査を担当している職員Aがいます。Aは、店主Bに、衛生検査で必要だから、と言って、店の予約台帳を出させました。ところが、検査に予約台帳は必要ありません。Aは、台帳に載っている客の連絡先を、私的に知りたかっただけでした。もう一人います。同じ保健所の別の職員Cは、休日に、私服で、近所に住むDに、出さないと痛い目にあうぞ、とすごんで、町内会の名簿を出させました。
設例のAとCのうち、どちらが職権濫用の罪になるのかは、まだ言いません。今日の筋にそって順に見て、途中で出します。
⭐ 論文で書く規範:今日の筋 「公務員は、相手が従わざるをえない力を預かっている。」 「職権濫用の罪は、その力を、預かった目的の外で、相手に向けたことを罰する。」 (今日の筋)
だから、「職権」は、相手に負担を負わせうる権限に限られます。「濫用」は、職権を行使するという形を借りていることが要ります。
図:今日の流れ
流れです。まず、193条の全文と、この罪が守るものを見ます。そのあと、中心になる話が二つあります。一つ目は「職権」とは何か、二つ目は「濫用」とは何かです。判例を三つ並べて見ます。次に、結果と強要罪との並べ読みを見て、最後に事例で確かめて、今日の整理をします。
193条の全文と、守るもの
図:向きの逆転
条文です。公務員職権濫用罪、193条です。
条文刑法193条
刑法193条(公務員職権濫用) 公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の拘禁刑に処する。
法定刑は、二年以下の拘禁刑です。罰金はありません。下限は条文に書かれていないので、有期拘禁刑の下限になります。刑法12条1項が、有期拘禁刑は一月以上二十年以下と定めているので、下限は一月です。条文を、三つの切れ目で読みます。
⭐ 論文で書く規範:193条の3つの切れ目 「① 公務員が」 「② その職権を濫用して」 「③ 人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したとき」 (条文の読み方)
一つ目は、主体です。公務員だけがこの罪を犯せます。公務員という身分がなければ、この罪自体が成立しない、真正身分犯です。公務員の意味は、刑法7条1項で見たとおりです。二つ目の「その職権を濫用して」が、今日の中心です。三つ目は、結果です。順に見ていきます。向きが逆です。公務執行妨害罪では、公務員は、害される側でした。今日の罪では、公務員が、人に向けて力を使う側です。守るものも、変わります。
図:2層の保護法益
この罪が守るものは、二層に分けて整理されます。一つ目は、公務の適正と、それに対する国民の信頼です。公務員が、仕事の名目で人に不当なことをさせれば、公務そのものが信用されなくなります。二つ目は、相手方となった個人の、自由と権利です。たとえば、設例で、予約台帳を出させられた店主Bの側です。この二層が、このあとの「職権」と「濫用」の結論を、どちらも支えます。覚える形は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:193条の守るもの 「公務の適正と、それに対する国民の信頼。」 「相手方となった個人の自由・権利。」 (短答)
法定刑、真正身分犯、二層の法益は、短答で、そのまま問われます。
「職権」とは何か
図:預かった鍵
まず、なぜ公務員だけを、特別に処罰するのかを考えます。一つ、思い出してください。前に見た強要罪は、どの時点で成立する罪でしたか?脅した結果、相手が実際に何かをさせられて、はじめて既遂になる罪でした。一般の人が、相手に義務のないことをさせるには、脅すか、殴るかが要ります。それが強要罪でした。ところが公務員は、脅さなくても、仕事です、と言うだけで、相手が従わざるをえない力を預かっています。たとえると、ビルの管理人です。管理人は、全室の鍵を預かっています。点検です、と言って鍵を持って来れば、住人は断りにくいです。その鍵を、点検とは関係のない、私用のために使えば、預かった目的の外で使ったことになります。これを特別に処罰する、というのが、この罪の考え方です。ただし、ここまでは、判例の言葉ではありません。二層の法益から導いた、ここでの整理です。判例が示したのは、次の定義です。
図:「職権」の定義
一つ目の定義です。職権濫用罪の「職権」は、公務員の一般的職務権限に当たるものです。一般的職務権限とは、その公務員の仕事の範囲に属している事柄のことです。今この場面で、その行為が許されるかどうか、とは別に、仕事の範囲に入っているかを見ます。最高裁は、この権限が、法律上の強制力を伴っていなくてもよい、と述べています。裁判官が、刑務所に資料の閲覧を求めた事案です。決定文の前半は「濫用」の定義で、これはあとで見ます。ここで聞いてほしいのは、「右一般的職務権限は」から後ろです。
判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和57年1月28日・刑集36巻1号1頁)
職権の濫用の意義と、法律上の強制力 「刑法一九三条にいう「職権の濫用」とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するが、右一般的職務権限は、必ずしも法律上の強制力を伴うものであることを要せず、それが濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる権限であれば、これに含まれるものと解すべきである。」
なぜ、法律上の強制力が要らないのか。相手が従うのは、法律で強制されるときだけではないからです。公務員から、仕事として求められれば、相手は断りにくい。その、事実上従わせる力があれば足りる、ということです。この決定は、裁判官が刑務所に資料を求める場面で、その理由も述べています。
判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和57年1月28日・刑集36巻1号1頁)
裁判官が刑務所長らに資料の閲覧を求めること 「裁判官が刑務所長らに対し資料の閲覧、提供等を求めることは、司法研究ないしはその準備としてする場合を含め、量刑その他執務上の一般的参考に資するためのものである以上、裁判官に特有の職責に由来し監獄法上の巡視権に連なる正当な理由に基づく要求というべきであつて、法律上の強制力を伴つてはいないにしても、刑務所長らに対し行刑上特段の支障がない限りこれに応ずべき事実上の負担を生ぜしめる効果を有するものであるから、それが濫用された場合相手方をして義務なきことを行わせるに足りるものとして、職権濫用罪における裁判官の一般的職務権限に属すると認めるのが相当である。」
判例が述べた理由は、こうです。裁判官は、刑務所を巡視する権限につながる、正当な理由に基づいて、資料を求めることができます。法律で強制できるわけではなくても、刑務所長らには、特段の支障がない限り応じなければならない、事実上の負担が生じます。だから、この要求は、裁判官の一般的職務権限に属する、というのです。二つ目の定義です。別の事案で、最高裁は、一般的職務権限のすべてが「職権」ではない、と述べました。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成元年3月14日・刑集43巻3号283頁)
「職権」の範囲 「しかし、刑法一九三条の公務員職権濫用罪における「職権」とは、公務員の一般的職務権限のすべてをいうのではなく、そのうち、職権行使の相手方に対し法律上、事実上の負担ないし不利益を生ぜしめるに足りる特別の職務権限をいい(最高裁昭和五五年(あ)第四六一号同五七年一月二八日第二小法廷決定・刑集三六巻一号一頁参照)、同罪が成立するには、公務員の不法な行為が右の性質をもつ職務権限を濫用して行われたことを要するものというべきである。」
答案に書く「職権」の定義は、これです。一般的職務権限のうち、相手に、負担や不利益を生じさせるに足りるものだけに絞られます。相手を従わせる力にならない権限は、この罪が問題にする、預かった力ではないからです。たとえば、庁内の資料を整理する仕事は、公務員の仕事ではあっても、相手に何の負担も生じさせません。この意味の職権ではありません。裁判官が資料を求めた事案の決定で、法廷意見、つまり裁判所としての判断は、条文に明記があるかを問題にしていません。裁判官と刑務所の関係、たとえば刑務所を巡視する権限などを見て、実質的に権限を認めました。補足意見、つまり結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えた意見は、法制度を総合的、実質的に観察して、と述べています。反対意見、つまり結論に反対する裁判官の意見は、法令上の根拠が要る、としました。答案では、明文の根拠規定は必須ではなく、実質的に権限が認められればよい、と書きます。
図:設例の分かれ目
設例に戻ります。Aは、保健所の職員として、飲食店の衛生検査で、資料を出させることができます。これはAの仕事の範囲に属し、店主Bに、求められたら応じざるをえない、という負担を負わせうる権限です。Aは、その力を、検査で必要だと言って、私的に客の連絡先を知るために使いました。一方のCは、休日に、私人として、すごんだだけです。Cは、職権を何も使っていません。AとCの分かれ目は、公務員がしたかどうかではありません。職権という力を、相手に向けたかどうかです。ここで、一つ問いです。公務員が、職務として違法な行為をしたら、必ず職権濫用の罪になるでしょうか? 理由まで、考えてみてください。
実は、ならないことがあります。「職権」を絞った、二つ目の決定は、続けて、こう述べています。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成元年3月14日・刑集43巻3号283頁)
職務としてなされた違法な行為 「すなわち、公務員の不法な行為が職務としてなされたとしても、職権を濫用して行われていないときは同罪が成立する余地はなく、その反面、公務員の不法な行為が職務とかかわりなくなされたとしても、職権を濫用して行われたときには同罪が成立することがあるのである(前記昭和五七年一月二八日第二小法廷決定、最高裁昭和五八年(あ)第一三〇九号同六〇年七月一六日第三小法廷決定・刑集三九巻五号二四五頁参照)。」
判例は、二つの逆向きの命題を述べています。職務としてした違法な行為でも、成立しないことがある。職務と関係なくした行為でも、成立することがある。問われるのは、職務としてしたかではなく、職権を濫用したかです。違法であることと、職権濫用罪になることは、別です。このうち、職務としてしたのに成立しない、という一つ目の命題を、次の話で、判例の事案に当てて見ます。ここは、論文で論点になりえます。
「濫用」とは何か
図:「濫用」の定義
次は、「濫用」です。判例の定義を見ます。その前に、一つ確かめます。先ほど見た「職権」は、一般的職務権限のうち、どんな権限のことでしたか?相手に、法律上、事実上の負担や不利益を生じさせるに足りる、特別の職務権限です。その職権を、どう使うと「濫用」になるのかが、ここからの話です。
⭐ 論文で書く規範:「濫用」の定義 「濫用とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して、実質的、具体的に違法、不当な行為をすることをいう。」 (最高裁判所第二小法廷決定)
三つの部品に分けます。一つ目は、一般的職務権限に属する事項であること。二つ目は、職権の行使に仮託して、です。仮託とは、職権を行使するという形を借りる、という意味です。三つ目は、実質的、具体的に、違法、不当な行為をすることです。判例が、この定義を、どう当てはめたかを、三つの事案で見ます。見比べるのは、二つ目の部品、職権を行使する形を借りたかどうかです。
図:1件目・資料の閲覧
一つ目は、裁判官が、調査、研究を装って、刑務所に資料の閲覧を求めた事案です。
判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和57年1月28日・刑集36巻1号1頁)
調査・研究を装った資料の閲覧の要求 「したがつて、裁判官が、司法研究その他職務上の参考に資するための調査・研究という正当な目的ではなく、これとかかわりのない目的であるのに、正当な目的による調査行為であるかのように仮装して身分帳簿の閲覧、その写しの交付等を求め、刑務所長らをしてこれに応じさせた場合は、職権を濫用して義務なきことを行わせたことになるといわなければならない。」
定義の三つの部品に当てます。一つ目。資料を求めることは、裁判官の一般的職務権限に属します。二つ目。正当な調査であるかのように装ったので、職権を行使する形を借りています。三つ目。本当の目的は、調査とかかわりがないので、実質的に違法、不当です。三つがそろうので、職権を濫用して義務のないことを行わせたことになります。成立です。
図:2件目・喫茶店への呼び出し
二つ目は、裁判官が、自分の担当する事件の被告人を、夜、喫茶店に呼び出した事案です。事実から見ます。
判例最高裁判所第三小法廷決定(昭和60年7月16日・刑集39巻5号245頁)
担当する被告人を喫茶店に呼び出した事案の事実 「被告人は、小倉簡易裁判所判事で、Aに対する窃盗被告事件の審理を担当していた者であるが、同事件については、被害弁償を待つために次回公判期日が昭和五五年七月一六日に指定されていたところ、同月一一日午後八時四〇分ころ、自己との交際を求める意図で、右Aに電話をし、「裁判所のBですが。」「例の件の弁償はどうなりましたか。」「これから弁償のことで、ちょつと会えないかな。」などと言つて、同女を呼び出し、右被告事件について出頭を求められたものと誤信した同女をして、同九時ころ国鉄a駅付近の喫茶店「c」まで出向かせ、そのころから同九時三〇分ころまでの間、同店内に同席させたというのである。」
効いてくるのは、二つの点です。本当の目的は、交際を求めることでした。口実は、自分が担当している事件の、弁償の件でした。続けて、判断です。
判例最高裁判所第三小法廷決定(昭和60年7月16日・刑集39巻5号245頁)
呼び出し行為の判断 「刑事事件の被告人に出頭を求めることは裁判官の一般的職務権限に属するところ、裁判官がその担当する刑事事件の被告人を右時刻に電話で喫茶店に呼び出す行為は、その職権行使の方法としては異常なことであるとしても、当該刑事事件の審理が右状況にあるもとで、弁償の件で会いたいと言つていることにかんがみると、所論のいうように職権行使としての外形を備えていないものとはいえず、右呼出しを受けた刑事事件の被告人をして、裁判官がその権限を行使して自己に出頭を求めてきたと信じさせるに足りる行為であると認めるのが相当であるから、右Aをしてその旨誤信させて、喫茶店まで出向かせ、同店内に同席させた被告人の前記所為は、職権を濫用し同女をして義務なきことを行わせたものというべきである。」
ここも、三つの部品に当てます。一つ目。被告人に出頭を求めることは、裁判官の一般的職務権限に属します。争われたのは、二つ目です。夜に、電話で、喫茶店へ、というのは、職権行使の方法としては異常です。それでも、弁償を待っている事件で、弁償の件で会いたい、と言われれば、被告人は、裁判官が権限を使って自分を呼んでいる、と受け取ります。だから、職権を行使する形を借りた、といえます。三つ目。本当の目的は交際なので、違法、不当です。成立です。どちらも、裁判官が、自分に認められている権限の、その範囲の中の行為を、私的な目的に使いました。
図:3件目・電話の盗聴
次の事案は、結論が逆になります。警察官が、身分を隠して、電話を盗聴しました。まず、手続です。付審判請求という手続で争われました。検察官が起訴しなかったとき、告訴や告発をした人が、裁判所に、審判に付するよう求める制度です。中身は、刑事訴訟法の回で見ます。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成元年3月14日・刑集43巻3号283頁)
身分を隠して電話を盗聴した事案の事実 「原決定及びその是認する原原決定の認定によれば、警察官である被疑者A及び同Bは、職務として、日本共産党に関する警備情報を得るため、他の警察官とも意思を通じたうえ、同党中央委員会国際部長である請求人方の電話を盗聴したものであるが、その行為が電気通信事業法に触れる違法なものであることなどから、電話回線への工作、盗聴場所の確保をはじめ盗聴行為全般を通じ、終始何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動をとつていたというのである。」
効いてくるのは、最後の部分です。警察官は、盗聴の全般を通じて、誰に対しても、警察官による行為でないことを装っていました。判断です。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成元年3月14日・刑集43巻3号283頁)
盗聴についての判断 「これを本件についてみると、被疑者らは盗聴行為の全般を通じて終始何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動をとつていたというのであるから、そこに、警察官に認められている職権の濫用があつたとみることはできない。したがつて、本件行為が公務員職権濫用罪に当たらないとした原判断は、正当である。」
不成立です。なぜそうなるのかは、三つを並べてから見ます。
図:3件の対比
三つの事案を、一枚の表で並べます。見るのは、相手が、職権を行使されている、と受け取る形だったかです。相手の受け取り方は、形を借りたかどうかを見る手がかりになります。上の二行は、成立です。資料の閲覧を求めた事案では、正当な調査であるかのように仮装しました。呼び出しの事案では、裁判官が権限を行使して出頭を求めてきた、と信じさせるに足りる行為でした。どちらも、相手は、職権を行使されている、と受け取る形でした。一番下の盗聴の事案は、成立しません。警察官は、自分が警察官であることを、むしろ隠しました。決定は、これを、職権の濫用があったとはみられない、と判断しました。
図:違法と職権濫用
違法であることと、職権濫用罪になることは、別です。盗聴は、確かに職務としてされ、違法でもあります。それでも成立しないのは、決定が述べるとおり、盗聴の全般を通じて、終始何人に対しても警察官による行為でないことを装っていて、警察官に認められている職権の濫用があったとはみられないからです。この罪が罰するのは、違法な行為そのものではありません。職権を濫用して行われたことです。決定は、もう一つ述べています。盗聴の事案では、下級審の二つの決定が、職権の濫用ではない、という理由を挙げていました。一つ目の決定は、相手方において、職権の行使であることを認識できうる外観を備えたものでない、ということ。もう一つの決定は、行為の相手方の意思に働きかけ、これに影響を与える、職権行使の性質を備えるものでない、ということ。最高裁は、これについて、こう述べました。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成元年3月14日・刑集43巻3号283頁)
原原決定・原決定の判示について 「なお、原原決定及び原決定が職権に関して判示するところは、それらが公務員職権濫用罪が成立するための不可欠の要件を判示した趣旨であるとすれば、同罪が成立しうる場合の一部について、その成立を否定する結果を招きかねないが、これを職権濫用行為にみられる通常の特徴を判示した趣旨と解する限り、是認することができる。」
判例は、外観や働きかけを、職権濫用行為にみられる通常の特徴を述べた趣旨と解する限り、是認できる、と述べています。不可欠の要件ではありません。不可欠だと決めてしまうと、成立しうる場合の一部を、落としてしまいかねないからです。それがどんな場合かは、決定は述べていません。ここまでが、決定が述べたことです。ここからは、決定の言葉ではありません。盗聴は、鍵のたとえでいえば、管理人が、預かった鍵を使わずに、窓から忍び込んだのと同じです。悪いことですが、鍵を預かっているからできたことではありません。では、何が決め手なのか。ここでは、こう整理します。濫用とは、職権という、国から預かった力を、相手に向けて使うことです。預かった力は、仕事です、と言うだけで、相手が従わざるをえない力でした。この力が相手に働くのは、ふつう、相手が、公務員の仕事として求められている、と受け取るときです。ですから、相手がそう受け取る形は、通常は伴います。ただ、それは、力が使われたときの通常の特徴であって、決め手そのものではありません。先ほどの表で、この形を見比べたのは、力が相手に向けられたかを確かめる、手がかりになるからです。三つの事案に戻します。資料の事案と、呼び出しの事案では、この特徴があり、力も、相手に向けて使われていました。盗聴の事案では、警察官であることを、終始隠していました。特徴が無いだけでなく、力そのものが、相手に向けて使われていません。整理として言えば、成立しないのは、そのためです。
図:設例の答え
設例の答えを出します。Aは、衛生検査という、職権の内にある事項を口実にして、予約台帳を出させました。成立します。資料の閲覧を求めた事案と、同じ型です。Cは、休日の私人で、職権を何も使っていません。この罪ではありません。脅して名簿を出させた点は、強要罪の問題です。分かれ目は、預かった力を、預かった目的の外で、相手に向けたかどうかです。ここは、論文で論点になりえます。
結果と、強要罪との並べ読み
図:223条と193条
次は、条文の三つ目の切れ目、結果です。人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときです。結果が発生して、はじめて成立する、結果犯です。では、結果が出なかったときは、どうなるか。犯罪の実行に着手して、これを遂げなかった場合を、未遂といいます。刑法44条は、未遂を罰する場合は、各本条で定める、と言っています。未遂は、それぞれの罪の条文に、罰すると書いてあるときだけ、罰されます。193条には、その定めがありません。だから、193条の未遂は、罰されません。例で確かめます。Aが、検査を口実に、予約台帳を出すよう求めましたが、店主Bが断りました。結果が生じていないので、193条は成立しません。Bが、実際に台帳を出したなら、結果があります。権利の行使を妨害した、という場合は、たとえば、検査を口実に、店主が行政への不服申立てをするのを、あきらめさせた場合です。
今日の罪は、前に見た強要罪と、よく似ています。一枚の表で並べます。結果の文言は、同じです。人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した、です。手段が違います。強要罪は、脅迫または暴行を用います。今日の罪は、職権の濫用です。未遂も違います。相手に断られて終わったとき、強要罪は、223条3項で未遂として罰しますが、今日の罪は、193条では罰しません。法定刑は、強要罪が三年以下の拘禁刑、今日の罪が二年以下の拘禁刑です。設例のCは、手段が脅迫なので、強要罪の側です。
弁別ミニ事例
図:弁別ミニ事例
事例を三つ、考えてください。見るのは、職権という力を、相手に向けたかです。一つ目。税務署の調査官が、調査に必要だと言って、調査対象の事業者に、調査と無関係な、友人の会社の帳簿を持ってこさせました。どの罪でしょうか。成立します。資料の閲覧を求めた裁判官の事案と、同じ型です。二つ目。同じ調査官が、休日に、友人に、運ばないと痛い目にあうぞ、と言って、荷物を運ばせました。193条ではなく、強要罪です。職権を使っていなくて、手段は脅迫だからです。強要罪です。設例のCと、同じ型です。三つ目。保健所の職員が、職員であることを終始隠して、客を装い、飲食店の従業員に、私的に使うために、客の連絡先を教えさせました。
成立しません。盗聴の事案と、同じ型です。見るのは、職権という力を、相手に向けたか、でした。
今日の整理
図:今日の整理
まとめます。
⭐ 論文で書く規範:今日の4点 「① 職権とは、一般的職務権限のうち、相手に法律上、事実上の負担・不利益を生ぜしめるに足りる特別の職務権限。法律上の強制力は不要。」 「② 濫用とは、職権の行使に仮託して、実質的、具体的に違法、不当な行為をすること。見るのは、職務としてしたかではなく、職権を使ったか。」 「③ 193条は結果犯で、未遂なし。強要罪とは、手段が違う。」 「④ 設例のAは成立、Cは強要罪の問題。」 (要点)
設例の答えをもう一度言います。保健所の職員Aは、検査という、職権の内にある事項を口実にしたので、職権濫用罪になります。休日のCは、職権を何も使っていないので、この罪ではなく、強要罪の問題です。分かれ目は、預かった力を、相手に向けたかどうかでした。
参照条文
- 刑法193条