虚偽告訴等罪と「虚偽」の意義
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
賃貸マンションの大家の申告
図:設例
前回の最後に予告したとおり、今日は虚偽告訴罪を見ます。条文上の正式な名前は、虚偽告訴等罪です。設例です。賃貸マンションの大家が、ある入居者を追い出したいと考えていました。そこで、根拠もないのに、入居者が駐輪場の自転車を盗んだ、と警察署に申告しました。大家自身は、作り話のつもりでした。ところが、警察が調べてみると、入居者は、本当に自転車を盗んでいました。前回の配達員を思い出してください。嘘のつもりで述べたら、本当だった。その場面で、偽証罪が成立しました。今日の大家は、同じ形の場面です。ただし、答えは逆になります。理由を、今日の筋にそって順に見て、答えは山場の節で出します。
⭐ 論文で書く規範:今日の筋 「虚偽告訴等罪が守るのは、無実の人に向けて、国の手続が動かされないこと。」 「だから「虚偽」は、事実そのものに照らして決まる。」 (今日の筋)
今日の筋です。虚偽告訴等罪が守るのは、無実の人に向けて、国の手続が動かされないことです。警察の捜査や、役所の懲戒処分は、一度動き出すと、人を巻き込みます。その引き金を、作り話で引かせないための罪です。だから、「虚偽」かどうかは、申告した人の頭の中ではなく、申告された事実そのものに照らして決まります。偽証罪とは、ここが違います。同じ理由から、本人が同意していても成立します。また、裁判が確定する前に自白すれば、刑を減免する余地が出てきます。こちらは、保護法益の帰結ではなく、政策による規定で、最後に見ます。
図:今日の地図
地図です。まず、172条の全文と、この罪が守るものを見ます。次に、行為と、いつ既遂になるかです。三番目が山場で、「虚偽」が何に照らして決まるかを、偽証罪と並べて見ます。そのあと、虚偽の認識、目的、同意を得た申告、最後に173条を、前回の170条と並べて読みます。
172条の全文と保護法益
図:169条と172条
条文です。前回の偽証罪と、並べて見ていきます。
条文刑法172条
刑法172条(虚偽告訴等) 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。
法定刑は、三月以上十年以下の拘禁刑です。前回の169条と同じで、罰金がなく、下限があります。国の手続を誤らせる罪は、それだけ重く見られています。条文を、四つの切れ目で読みます。
⭐ 論文で書く規範:172条の4つの切れ目 「① 人に」 「② 刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で」 「③ 虚偽の」 「④ 告訴、告発その他の申告をした」 (条文の読み方)
①の「人に」は、他人のことで、目的の節で見ます。②は、目的犯としての要件です。③の「虚偽の」が、今日の山場です。④は、何をすれば行為になるかの話で、次の節で見ます。
図:2層の保護法益
次に、この罪が守っているものです。二層に分けて考えます。第一次的には、国の刑事司法作用と懲戒作用です。無実の人を相手に、捜査や懲戒の手続が動いてしまうことを防ぎます。副次的には、申告された個人の私生活の平穏です。通説の整理です。偽証罪が守るのは、国の審判作用の適正でした。裁判所が、証拠から事実を認定して、判断を下す働きです。虚偽告訴等罪は、捜査や懲戒の手続を動かす、引き金のところを守ります。ここでは、守るものが違う、とだけ置いておきます。山場の表で、この違いが効いてきます。この二層が、今日の二つの結論を決めます。「虚偽」の意味と、同意があっても成立する理由です。173条は、政策による別の規定で、最後に見ます。覚える形は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:虚偽告訴等罪の保護法益 「第一次的には、刑事司法作用・懲戒作用。」 「副次的には、個人の私生活の平穏(通説)。」 (短答)
行為と既遂時期
図:告訴・告発・その他の申告
行為は、虚偽の告訴、告発その他の申告をすることです。順に見ます。告訴は、犯罪の被害者など、告訴をする資格のある人が、犯罪の事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示です。刑事訴訟法230条が、犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる、と定めています。告発は、被害者でなくても、誰でもできます。刑事訴訟法239条1項が、何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる、と定めています。三つ目の、その他の申告は、受け皿です。刑事処分や懲戒処分を求める請求や申立てのほか、そうした処分に結びつきうる事実を知らせることも入ります。告訴と告発は、例示にすぎません。
告訴と告発は、検察官か司法警察員に、書面か口頭でする、と刑事訴訟法241条1項が定めています。司法警察員は、警察官のうち、巡査、つまり司法巡査とは別の、重い権限を持つ側の人です。本罪の申告も、同じ考え方で、刑事なら捜査の権限を持つ官署、懲戒なら懲戒をする権限のある人に向けたものです。巡査は、現行法でいう司法巡査です。司法警察員の指揮のもとで、手足となって捜査をする立場です。それでも、巡査に申告した時点で足りる、と大審院は考えました。検察官にまで届く必要はありません。逆に、警察ではなく、不特定多数の人が見る場に、あの人は泥棒だ、と書き込んだ場合は、本罪ではなく、別の罪の世界です。名誉毀損罪は、公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した、という罪でした。申告の方法には、制限がありません。書面でも口頭でもよく、匿名でも、他人の名前を使っていても構いません。大審院の判例です。短答では、方法に制限なし、と覚えてください。
図:既遂の線
次は、いつ既遂になるかです。通説は、申告が、相当な官署に届いた時と考えます。届いて初めて、国の手続が誤って動くおそれが生まれるからです。書面なら、発送した時ではなく、届いて、官吏が見られる状態になった時です。設例で確かめます。住民が、市の職員を懲戒処分にさせたいと考えて、その職員について、ありもしない非行を書いた匿名の手紙を、市長宛てに出しました。ポストに入れた時点では、まだ既遂ではありません。市長のもとに届き、見られる状態になった時に、既遂です。そのあと、住民が考え直して取り下げても、既遂は動きません。自白による減免は、最後の173条の話です。捜査が始まったか、申告された人が知ったか、起訴されたかは、問いません。前回の偽証罪で、裁判官が嘘を信じなくても既遂だったのと、同じ考え方です。おそれが生まれた時点で、足ります。また、未遂を罰する規定はありません。刑法44条は、未遂を罰する場合は、各本条で定める、と言っています。172条には、未遂の定めがないので、申告が届く前の段階は、罰せられません。
申告は、自分から行うものなので、取調べで問われて答えただけでは、申告に当たらないと解されます。反対に、取調べの途中で、自分から進んで、別の人についての作り話を持ち出せば、申告に当たります。
「虚偽」は客観的真実に反すること
図:前回の確認
山場に入る前に、前回を思い出してください。偽証罪の「虚偽」は、何に反することだったか? そのとき、証人の役目は何だと見たか?自己の記憶に反することでした。証人の役目は、記憶どおりに述べることで、真実かどうかを決めるのは、裁判官でした。見る場所は、証人の頭の中でした。今日は、同じ「虚偽」が、別の意味になります。
図:何が害されるのか
出発点は、何が害されるのか、です。申告された事実が本当なら、警察の捜査が始まるのは、正しい結果です。国の作用は、不当に害されませんし、申告された人の平穏も、不当には害されません。だから、申告した人が嘘のつもりだったとしても、内容が真実に合っているなら、この罪は成立しません。たとえると、火災報知器です。報知器を押すのは、消防車を動かす引き金です。本当に火事があったなら、押した人の気持ちがどうであれ、消防車が出たのは正しいことです。火事がないのに押せば、出動そのものが誤りです。見るのは、押した人の頭の中ではなく、火事があったかどうかです。偽証罪は違いました。証人が記憶に反することを述べれば、それだけで、国の審判作用の適正が害されました。本罪は、手続が動いたこと自体ではなく、動かす理由が事実でなかったときに、害になります。守るものが違うから、「虚偽」の意味が違うのです。判例を見ます。最高裁の決定です。被告人が、ある人を通じて、別の人に刑事上の処分を受けさせる目的で、司法警察員に申告させた事実が、虚偽であることが明白だ、とされた事件です。
判例最高裁判所第二小法廷決定(昭和33年7月31日・刑集12巻12号2805頁)
虚偽の申告の意義 「刑法一七二条にいう虚偽の申告とは、申告の内容をなすところの刑事、懲戒の処分の原因となる事実が客観的真実に反することをいうと解するを相当とし、第一審判決の認定した事実によると、被告人がAをしてBに刑事上の処分を受けしめる目的で司法警察員に対し申告せしめた事実は虚偽であることが明白であるから、原判決には所論の違法は存しない。」
判例の結論は、虚偽の申告とは、申告の内容をなす、刑事や懲戒の処分の原因となる事実が、客観的真実に反することをいう、です。この決定が述べたのは、この定義までで、理由は述べていません。客観的真実に合っていれば、国の作用も平穏も害されないから、という理由は、通説による説明です。結論は判例、理由は通説、と分けて覚えてください。
図:偽証罪と虚偽告訴等罪
前回の偽証罪と、一枚の表で並べます。上の三行は、考え方の違いです。一つ目は、「虚偽」の意味です。偽証罪は、自己の記憶に反することで、判例は主観説でした。虚偽告訴等罪は、客観的真実に反することで、これも判例です。二つ目は、見る場所です。偽証罪は、証人の頭の中で、記憶に反することを述べたか、の一問でした。虚偽告訴等罪は、申告された事実そのものです。まず、外の事実が真実に反するかを調べて、そのうえで、申告した人がそれを知っていたかを見ます。後半は、次の節です。三つ目は、理由です。偽証罪では、証人の役目は記憶どおりに述べることで、真実かどうかを決めるのは裁判官でした。申告は、捜査や懲戒の手続を動かす引き金です。動かしてよいかは、事実が本当かどうかで決まります。
下の三行は、場面で比べます。四つ目は、嘘のつもりで言ったら、本当だった。偽証罪は成立します。前回の配達員です。虚偽告訴等罪は、成立しません。今日の大家です。五つ目は、本当だと信じて言ったら、違っていた。どちらも成立しませんが、止まる場所が違います。偽証罪は、記憶どおりに述べたので、そもそも虚偽の陳述に当たりません。虚偽告訴等罪は、内容は客観的に虚偽に当たりますが、嘘だと知らなかったので、故意がありません。六つ目は、嘘のつもりで言ったら、やはり嘘だった。両方とも成立します。設例の答えを出します。大家は、嘘のつもりで申告しましたが、内容は本当でした。客観的真実に合っているので、虚偽の申告に当たらず、虚偽告訴等罪は成立しません。前回の配達員とは、結論が逆です。
成立しないのは、この罪が罰する対象が、嘘をつく気ではなく、無実の人に、国の手続を向けることだからです。今回の入居者は、実際に盗んでいたので、捜査が動いたのは、正しい結果でした。前回、偽証罪では、わざと嘘を述べたのに、後で真実だと分かれば罰せられない、という点を、客観説への批判として挙げました。証人が記憶に反して述べれば、それだけで国の審判作用の適正が害されるのに、罰せられないからです。申告は、そこが違います。内容が本当なら、害されるものが、そもそもありません。だから、同じ結論が、ここでは弱点にならないのです。補足を二点。一つ目。虚偽でなければならないのは、処分の原因となる事実です。犯罪の成否に影響しない付け足し、たとえば、誰が現場を見ていたか、という点の嘘は、含まれないと判例は考えてきました。二つ目は、逆向きです。申告した事実そのものが虚偽なら、たまたま申告された人に、別の悪事があっても、成立は妨げられません。判例です。判例の言葉は、成立を妨げない、という結論の部分です。理由づけは、保護法益からの説明で、申告された事実について見れば、動かす理由のない手続が、その人に向けられるからです。
⭐ 論文で書く規範:虚偽の申告の意義 「虚偽の申告とは、申告の内容をなす刑事・懲戒の処分の原因となる事実が、客観的真実に反することをいう(判例)。」 「理由=申告された事実が真実なら、手続が動いても、国の刑事司法作用・懲戒作用は不当に害されず、本人の私生活の平穏も損なわれない(通説の整理)。」 (判例の結論と、理由づけ)
ここは、論文で論点になりえます。
虚偽の認識
図:4つの場合
客観的に虚偽でも、本当だと信じて申告した人は、故意を欠きます。四つの場合を、表で整理します。嘘のつもりで申告して、内容が本当だったときは、虚偽に当たらないので不成立です。本当だと信じて申告して、内容が虚偽だったときは、嘘だという認識がないので、故意がなく不成立です。本当だと信じて、内容も本当なら、もちろん不成立です。成立するのは、嘘のつもりで申告し、実際にも虚偽だったとき、この一マスだけです。虚偽であることの認識は、確定的でなくて構いません。嘘かもしれない、と思いながら、あえて申告すれば足ります。未必的な認識です。最高裁の判決です。判決文に出てくる誣告罪は、虚偽告訴等罪のことです。判決は、原判決が、確信がないのにあえて虚偽の事実を申告すれば足りる、と判示したことは、引用された大審院判例に反しない、と述べたうえで、なお書きで、次のように言っています。
判例最高裁判所第二小法廷判決(昭和28年1月23日・刑集7巻1号46頁)
虚偽の認識は未必的でよい 「(なお、誣告罪が成立するためには、その主観的要件として申告者がその申告した事実につき、その虚偽たることを確定的に認識していたことを必要とするものではなく、未必的な認識があれば足りるものと解すると相当とするばかりでなく、第一審判決が証拠により確定し、原判決が是認した事実に徴すれば被告人の本件告発は極めて軽々になされたものであつて、到底その適法性を認めることができない以上、被告人は誣告罪の刑責を免れることができない)。」
判決は、この告発が、極めて軽々になされたもので、適法性を認められない、ということも挙げています。ここでいう未必的な認識は、嘘かもしれないと分かっていながら、あえて申告する場合です。本当だと信じて申告した場合は、含まれません。大家で確かめます。一つ目。大家が、あの入居者が盗んだに違いない、と思い込んで、本当だと信じて申告しました。実は別人でした。この場合は、嘘だという認識がないので、故意がなく、成立しません。二つ目。大家が、違うかもしれないと思いながら、確かめもせずに、あの入居者が盗んだ、と断定して申告しました。実は別人でした。この場合は、未必的な認識があるので、成立します。
違いは、嘘かもしれないという認識があったかどうかです。一つ目は、盗んだと信じ切っていて、嘘の可能性を考えていません。二つ目は、嘘かもしれないと分かっていて、それでもあえて断定しました。見るのは、申告した人の頭の中の認識です。
目的と「人に」
図:故意と目的
次は、条文の二つ目の切れ目、目的です。人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、とあります。目的犯の回で見たとおり、故意の枠からはみ出す主観を、主観的超過要素と呼び、こういう目的が要件になっている犯罪を、目的犯と呼びました。この罪でいえば、故意は、申告した事実が嘘だと分かっていることです。目的は、その先の、人が処分を受けることに向けた主観です。この目的は、動機ではなく、条文に明記された独立の要件です。故意だけを確認して、目的を見落とさないようにしてください。この目的は、未必的でよい、と判例は考えています。処分を受けさせたいと望んでいなくても、申告によって他人が処分を受けることがありうる、と分かっていれば足ります。判決自身の理由は、あとでカードで読みます。まず、なぜ望みまでは要らないのかを、守るものから説明します。目的という要件が見ているのは、その申告が、人の処分に向けられているかどうかです。処分がありうると分かって申告したなら、その申告は、もう国の手続を動かす引き金になっています。そこから先、申告した人が処分を望んでいたかどうかで、手続が誤って動くおそれは、増えも減りもしません。だから、望みまでは要らないのです。大審院の判決を見ます。被告人らが、他人に刑事の処分を受けさせる目的で、不実の申告をした事件です。弁護人は、被告人らが結果の発生を欲望した証拠が示されていない、と争いました。
判例大審院判決(大正6年2月8日・刑録23輯)
目的は結果の発生を欲望することを要しない 「刑法第百七十二条に所謂『人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的を以て』とは、不実なる申告が其性質上他人をして刑事若くは懲戒の処分を受けしむる結果を発生すべきことの認識を以てするの意なれば、誣告罪の成立には右認識の下に不実の申告あるを以て足り、必ずしも上叙結果の発生を欲望することを要せず」
判決の言葉は、認識の下に不実の申告があれば足り、必ずしも結果の発生を欲望することを要しない、です。この判決が言ったのは、望むことまでは要らない、というところまでです。処分を受けることがありうるという認識で足りる、と言い換えたのは、その後の判例です。この二つを合わせて、目的は未必的でよい、と呼びます。設例です。大家が、入居者を処罰してほしいとまでは、思っていません。ただ、警察に調べられれば、入居者は困って出ていくだろう、と考えて、作り話を申告しました。この場合も、目的があります。申告によって、入居者が処分を受けることがありうる、と分かっているからです。取調べを誘発しうる程度の虚偽を申告し、処分を受けることがありうると認識していれば、処罰まで望んでいなくても、目的があるのです。処罰を強く望んで、同じ作り話を申告した大家と、並べてみてください。警察に届く申告は同じで、入居者に手続が向かうおそれも同じです。違うのは、大家の望みだけです。
混ざりやすいところです。表で分けます。
図:2つの未必的でよい
一つ目は、申告した事実が嘘であることの認識です。嘘かもしれないと思いながら、あえて申告すれば足ります。最高裁の判決でした。二つ目は、申告によって、他人が処分を受けることの認識です。望んでいなくても、ありうると分かっていれば足ります。大審院の判決です。先ほどの大審院の判決が言ったのは、望みは要らない、というところまでです。ありうると分かっていれば足りる、という言い方にしたのは、その後の判例でした。一つ目は、事実の真偽についての認識で、二つ目は、処分を受けることについての認識です。認識する対象が違います。最後に、「人に」です。他人のことです。自分に処分を受けさせる目的の申告は、この罪の対象外です。他人をかばって、自分が犯人だと申告するのは、この罪ではなく、身代わりの話で、犯人隠避罪の世界でした。実在しない人を犯人にする作り話は、処分を受けさせる人がいないので、成立しないと解されます。通説です。
同意を得た虚偽の申告
図:同意を得た申告
設例を変えます。大家と入居者が、示し合わせました。入居者が承諾したうえで、大家が、入居者が自転車を盗んだ、と警察署に、虚偽の申告をしました。問いです。申告される本人が、承諾していたら、虚偽告訴等罪は成立しなくなるでしょうか? 理由まで、考えてみてください。申告される本人が承諾していても、虚偽告訴等罪は成立します。判例です。大審院の判決を見ます。被告人が、相手と相談のうえ、借金を踏み倒す策として、相手について虚偽の申告をした、と、弁護人の上告趣意が引く原判決にあります。弁護人は、被申告者の承諾を得てしたことだから、罪にならない、と争いました。判決は、承諾の事実を認定したわけではなく、仮に承諾があったとしても、と受けて、答えています。
判例大審院判決(大正元年12月20日・刑録18輯1566頁)
被申告者の承諾 「誣告罪は個人の権利を侵害すると同時に当該官憲の職務を誤らしむる危険あるに因り処罰するものなるを以て縦令被誣告者の承諾ありとするも本罪の構成に影響を及ぼすものに非ず」
判決は、個人の権利を侵害すると同時に、官憲の職務を誤らせる危険があるから処罰する、だから承諾があっても構成に影響しない、と述べています。判例は、二つの面を並べて、承諾があっても成立するとしました。通説は、そのうち、国の作用を第一次的と整理します。
図:2層の保護法益(呼び戻し)
通説の説明では、理由は、先ほどの二層の法益です。副次的な法益は、申告された人の私生活の平穏でした。これは、本人が承諾すれば、損なわれないかもしれません。しかし、第一次的な法益は、国の刑事司法作用と懲戒作用です。これは、本人が放棄できるものではありません。承諾があっても、国の手続は、誤って動いてしまうのです。被害者の承諾の回で見ました。承諾が意味を持つのは、被害者本人が処分できる法益に限られます。国家的法益や社会的法益は、本人が承諾しても、意味を持ちません。同じ物差しです。個人の平穏は差し出せても、国の作用は差し出せないのです。
173条と170条の並べ読み
図:170条と173条
最後に、173条です。
条文刑法173条
刑法173条(自白による刑の減免) 前条の罪を犯した者が、その申告をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。
前回の170条と、並べて読みます。170条は、前条の罪を犯した者が、その証言をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる、でした。173条は、その証言をした事件、が、その申告をした事件、に替わるだけです。骨格は同じで、違いは一か所だけです。効果は、減軽し、又は免除することができる、です。任意的で、必ず減免されるわけではありません。減軽は、刑の減らし方を定めた68条の方式に従い、免除は判決で言い渡します。前回の170条と同じです。趣旨は、政策です。自白を勧めて、無実の人に対する、誤った裁判や誤った懲戒処分を防ぐための規定です。裁判が確定する前なら、本当のことを言えば、取り返しがつきます。確定してしまえば、適用はありません。
先ほどの、市の職員の懲戒の設例で考えます。住民が、懲戒処分が行われる前に、あの手紙は作り話でした、と自白すれば、刑を減軽し、または免除することができます。懲戒処分が行われてしまったあとでは、この規定は使えません。時期の限定は、条文のとおり、裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前、です。
弁別とまとめ
図:弁別ミニ事例
事例を五つ、考えてください。一つ目。大家が、嘘のつもりで警察に申告したら、内容が本当でした。虚偽告訴等罪は成立しますか。二つ目。宣誓した証人が、嘘のつもりで述べたら、たまたま本当でした。三つ目。大家が、本当だと信じて申告しましたが、実は別人でした。四つ目。申告される本人が、承諾していました。五つ目。裁判が確定する前に、大家が自白しました。刑を減軽し、または免除することができます。必ず、ではありません。見るのは、どの罪の「虚偽」か、何に照らすか、誰が認識していたか、です。
図:今日の整理
まとめます。
⭐ 論文で書く規範:今日の4点 「① 「虚偽」とは、客観的真実に反すること(判例)。偽証罪は、自己の記憶に反すること。」 「② 虚偽の認識は、未必的でよい。目的も、未必的でよい(意欲は不要)。」 「③ 同意を得た申告でも成立する。国の刑事司法作用・懲戒作用は、放棄できない。」 「④ 173条は、裁判確定前の自白で、減免できる(任意的・政策)。」 (要点)
設例の大家は、嘘のつもりで申告しても、内容が本当だったので、虚偽告訴等罪になりません。見る場所は、事実そのものでした。
参照条文
- 刑法172条
- 刑法173条