事実の錯誤①——具体的事実の錯誤
認識した事実と現実がズレたとき故意がどうなるかを扱う回。本回は同一構成要件内のズレ=具体的事実の錯誤。客体/方法の錯誤を、具体的符合説と法定的符合説(判例・通説)で比較する。
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第2章 構成要件 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
故意は「認識した事実」について生じる。では、認識した事実と現実に起きた事実がズレたら故意はどうなるか——これが事実の錯誤。
事実の錯誤とは・分類
- 事実の錯誤=認識していた犯罪事実と、現実に発生した犯罪事実が一致しないこと。
- 具体的事実の錯誤(同一構成要件内のズレ・本回)/抽象的事実の錯誤(別構成要件間・次回)。
- 客体の錯誤(人違い:BをAと誤認して攻撃)/方法の錯誤=打撃の錯誤(狙いは正しいが結果が別客体に生じた)。
2つの学説(設例:Aを狙い、外れてB死亡)
| 観点 | 具体的符合説 | 法定的符合説(判例・通説) |
|---|---|---|
| 符合の見方 | 「その人(A)」で具体的に一致 | 「およそ人」=構成要件の範囲で一致 |
| 客体の錯誤 | 故意あり(既遂) | 故意あり(既遂) |
| 方法の錯誤 | Bは故意なし→過失致死/Aに殺人未遂 | Bに殺人既遂 |
法定的符合説の根拠:故意責任の本質である規範は構成要件の形で与えられているから、同一構成要件内で符合すれば反対動機の形成が可能であり、故意を阻却しない。
故意犯の個数(A狙いの1発でAもBも死傷)
- 一故意犯説:重い結果に1個だけ故意犯。残りは過失。
- 数故意犯説(判例・通説):構成要件レベルで故意が抽象化される以上、発生した結果の数だけ故意犯が成立する。複数の故意犯は観念的競合(54条1項前段)で科刑上一罪として処理する(→責任主義に反しない)。
【判例】最判昭53・7・28(びょう打銃事件) 「犯人が認識した事実と現実に発生した事実とが…法定の範囲内において一致することをもって足りる」「人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかった人に対して結果が発生した場合にも、その結果について殺人の故意がある」=法定的符合説・数故意犯説。 ※ 本件は実際には強盗殺人未遂の事案(改造びょう打銃で巡査を狙撃、貫通弾が通行人にも命中)。上記は判旨の射程(認識しなかった人への故意)部分。
📝 論文の型|具体的事実の錯誤(法定的符合説)
★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)
規範は構成要件の形で与えられているから、認識事実と発生事実が同一構成要件の範囲で符合すれば、具体的事実の錯誤は故意を阻却しない(法定的符合説)。方法の錯誤でも被害者を「およそ人」に抽象化して符合し故意は阻却されない。構成要件レベルで故意が抽象化される以上、発生した結果の数だけ故意犯が成立し、観念的競合(54条1項前段)となる(数故意犯説)。
復元キー(趣旨から再構成する鎖)
- 故意の規範は構成要件の形で与えられている
- 同一構成要件内で符合 → 故意を阻却しない(法定的符合説)
- 方法の錯誤も「およそ人」レベルで符合
- 数の処理=発生結果の数だけ故意犯(数故意犯説)
- 複数成立は観念的競合(54条1項前段)で処断
フル論証(正本)
故意責任の本質である規範は構成要件の形で与えられているから、認識した事実と発生した事実が同一構成要件の範囲で符合していれば、具体的事実の錯誤は故意を阻却しない(法定的符合説)。方法の錯誤でも、被害者を抽象化し『およそ人』のレベルで符合すれば故意は阻却されない。そして、構成要件レベルで故意が抽象化される以上、発生した結果の数だけ故意犯が成立し、複数の故意犯は観念的競合(54条1項前段)として処理する(数故意犯説)。
【事例】 甲は、Aを殺そうと拳銃を発砲したが、弾がそれて付近にいたBに命中し、Bが死亡した(Aは無傷)。
【問題提起】 Aを狙った甲に、現実に死亡したBに対する殺人罪の故意が認められるか(方法の錯誤)。
【あてはめ】 甲は「人を殺す」故意で発砲し、「人」であるBが死亡した。両者は殺人罪の構成要件の範囲(およそ人)で符合するから、Bに対する殺人既遂の故意が認められる。さらに数故意犯説により、狙ったAに対する殺人未遂も成立し、両者は観念的競合となる。
短答ひっかけ
- 客体の錯誤(人違い)は両説とも故意あり(既遂)。
- 結論が分かれるのは方法の錯誤(具体的符合説=Bに過失致死/法定的符合説=Bに殺人既遂)。
- 数故意犯説で複数成立しても観念的競合(科刑上一罪)。
併発事例の処理(短答頻出・A狙いの1発でA・Bに結果)
本編は代表例で原理を示した。短答ではこの組合せ表自体が問われるので、全パターンを掲げる。
| 結果(A・B) | 法定的符合説(数故意犯説) | 法定的符合説(一故意犯説) | 具体的符合説 |
|---|---|---|---|
| A死亡・B死亡 | A殺人既遂・B殺人既遂 | A殺人既遂・B過失致死 | A殺人既遂・B過失致死 |
| A死亡・B傷害 | A殺人既遂・B殺人未遂 | A殺人既遂・B過失傷害 | A殺人既遂・B過失傷害 |
| A死亡・B無傷 | A殺人既遂・B殺人未遂 | A殺人既遂・B不可罰 | A殺人既遂・B不可罰 |
| A傷害・B死亡 | A殺人未遂・B殺人既遂 | A過失傷害・B殺人既遂 | A殺人未遂・B過失致死 |
| A傷害・B傷害 | A殺人未遂・B殺人未遂 | A殺人未遂・B過失傷害 | A殺人未遂・B過失傷害 |
| A傷害・B無傷 | A殺人未遂・B殺人未遂 | A殺人未遂・B不可罰 | A殺人未遂・B不可罰 |
| A無傷・B死亡 | A殺人未遂・B殺人既遂 | A不可罰・B殺人既遂 | A殺人未遂・B過失致死 |
| A無傷・B傷害 | A殺人未遂・B殺人未遂 | A不可罰・B殺人未遂 | A殺人未遂・B過失傷害 |
| A無傷・B無傷 | A殺人未遂・B殺人未遂 | A殺人未遂・B不可罰 | A殺人未遂・B不可罰 |
※過失犯の未遂は不可罰。傷害結果でも殺人の故意があれば(殺人との関係では結果不発生=)殺人未遂で評価する。
送り(次回以降で扱う)
- 抽象的事実の錯誤(38条2項・実質的符合説・重なり合いの判例)/因果関係の錯誤・ウェーバーの概括的故意・早すぎた構成要件実現 → #18(事実の錯誤②)。
- 法律の錯誤・違法性の意識(の可能性) → #27(責任)。