刑法 ゼロから刑法#18

事実の錯誤②——抽象的事実の錯誤・ウェーバーの概括的故意・早すぎた構成要件実現

錯誤論の後半、異なる構成要件にまたがる抽象的事実の錯誤を中心に扱う回。法定的符合説では原則故意阻却だが、保護法益と行為態様が重なり合う範囲で軽い罪の限度で故意を認める。

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第2章 構成要件 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回(具体的事実の錯誤)に続く錯誤論の後半。違う構成要件にまたがるズレ=抽象的事実の錯誤を中心に、因果関係の錯誤・ウェーバーの概括的故意・早すぎた構成要件実現まで扱う。

抽象的事実の錯誤

認識事実と実現事実が異なる構成要件にまたがるズレ(例:人を狙ったら花瓶に当たった=殺人と器物損壊)。

【条文】刑法38条2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

学説は抽象的符合説(批判が強い)と法定的符合説(判例・通説)。法定的符合説では、原則として故意は阻却される(認識した罪は未遂、実現結果は過失犯)。

重なり合い(例外)

両構成要件が実質的に重なり合う範囲では、その軽い罪の限度で故意既遂を認める。重なり合いは①保護法益の共通性 ②行為態様の共通性で判断する。

  • 例:占有離脱物横領(軽)のつもりで窃盗(重)の客観を実現 → 両罪は所有権を保護法益とし不法領得の点で共通 → 占有離脱物横領罪の限度で故意既遂。
  • 否定例(頻出):死体遺棄罪↔保護責任者遺棄罪は、保護法益(宗教的感情↔被遺棄者の生命身体)も客体(死体↔人)も異なり、重なり合い否定(故意阻却)。
  • 抽象的事実の錯誤の3類型(法定的符合説):①主観>客観(重い認識・軽い実現)=重い認識罪はTb非該当で不成立+軽い実現罪が重なる限度で成立/②主観<客観(軽い認識・重い実現)=38条2項で重い罪は不可+軽い認識罪が重なる限度で成立/③主観=客観(法定刑が同等)=実現した罪が成立。

【判例】最決昭54・3・27(覚醒剤と麻薬の取り違え) 覚醒剤を輸入する意思で麻薬を輸入した事案。麻薬と覚醒剤は規制が実質的に同一で類似性があり、構成要件要素も法定刑も同じ。錯誤は麻薬輸入罪の故意を阻却せず、実現した麻薬輸入罪が成立する。

因果関係の錯誤

同一構成要件内で、認識した因果経過と現実の因果経過がズレる場合(例:突き落として溺死させるつもりが、途中の岩に当たって死亡)。因果関係も故意の対象だが、認識・現実の経過がどちらも法的因果関係(危険の現実化)の認められるものとして同一構成要件の範囲で符合する限り、故意を阻却しない

ウェーバーの概括的故意(遅すぎた結果惹起)

第1行為(殺意で強打)で死亡したと誤信し、第2行為(遺棄のため砂に埋める)に出たところ、実は第2行為(窒息)で死亡していた事案。論点は3つ。

  • ①行為の個数:第1行為(殺人の故意)と第2行為(遺棄の故意)は故意の内容が大きく異なるから、通説は2個の行為とみる。
  • ②因果関係:殺害行為に及んだ者が発覚をおそれて遺棄することは十分にありうるから、第1行為の危険が現実化したといえ、第1行為と死亡結果との間に因果関係あり(危険の現実化)。
  • ③故意:認識した因果経過(強打で死亡)と現実の因果経過(埋めて窒息死)のズレは因果関係の錯誤にすぎず、ともに法的因果関係の範囲にあるから符合し、故意は阻却されない。→ 第1行為について殺人既遂
  • なお第2行為は、死体遺棄の意思で殺人(生きた人を死なせる)を実現した抽象的事実の錯誤だが、殺人罪と死体遺棄罪は重なり合わないから殺人も死体遺棄も不成立。結局、全体として殺人罪が成立する。

早すぎた構成要件の実現(クロロホルム事件=ウェーバーの逆)

ウェーバーが「第1行為に故意・第2行為で結果」なのに対し、早すぎた構成要件実現はその逆で「計画は第2行為で結果・第1行為で結果が早発」。第1行為(クロロホルムで失神)→第2行為(車ごと海に転落・溺死)の計画で、第1行為の段階で死亡していた可能性があった事案。

【判例】最決平16・3・22(クロロホルム事件) 第1行為が第2行為を確実・容易にするため不可欠で密接であり、第1行為開始時に既に殺人の客観的危険性がある場合、第1行為開始時に実行の着手を認める。計画どおりの経過でなくても殺人の故意に欠けず、殺人既遂が成立する。

→ 第1行為と第2行為を一連の実行行為と捉え、着手を前倒し。計画とのズレは因果関係の錯誤にすぎず故意を阻却しない。

📝 論文の型|抽象的事実の錯誤(重なり合い)

★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

認識事実と実現事実が異なる構成要件にまたがる場合、原則として故意は阻却される。もっとも、両構成要件が保護法益および行為態様において実質的に重なり合う場合には、その重なり合う限度(軽い罪の限度)で規範に直面したといえ、軽い罪の故意既遂が成立する(法定的符合説)。

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 異なる構成要件間 → 原則故意阻却(38条2項の発想)
  2. 例外=保護法益+行為態様が実質的に重なり合うとき
  3. 効果=重なり合う限度=軽い罪で故意既遂
  4. 重い認識×軽い客観/軽い認識×重い客観 → どちらも軽い罪
  5. 重なりの判定=「守る利益と犯し方が同質か」

フル論証(正本)

規範は構成要件の形で与えられているから、認識事実と実現事実が異なる構成要件にまたがる場合、原則として故意は阻却される。もっとも、両構成要件が保護法益および行為態様の点で実質的に重なり合う場合には、その重なり合う限度(軽い罪の限度)で規範に直面したといえるから、軽い罪の故意既遂を認める(法定的符合説)。

【事例】 甲は、道に落ちている他人の物を拾うつもり(占有離脱物横領の意思)で持ち去ったが、実はそれは持ち主がそばで占有する財物であり、客観的には窃盗にあたった。

【問題提起】 占有離脱物横領の意思で窃盗の客観を実現した甲に、いかなる故意犯が成立するか。

【あてはめ】 占有離脱物横領罪と窃盗罪は、いずれも他人の所有権を保護法益とし、財物を不法に領得する点で行為態様も共通するから、占有離脱物横領罪の限度で実質的に重なり合う。よって甲は軽い占有離脱物横領罪の限度で規範に直面したといえ、同罪の故意既遂が成立する。

短答ひっかけ

  • 抽象的事実の錯誤は原則故意阻却重なり合いが例外)。
  • 重なり合い=保護法益+行為態様の共通性/軽い罪の限度で故意既遂。否定例の典型=死体遺棄↔保護責任者遺棄。
  • ウェーバーの概括的故意=第1行為に殺人既遂(行為は2個・因果関係あり・故意は因果関係の錯誤で符合)。第2行為は重なり合わず不成立→全体として殺人。
  • 早すぎた構成要件実現(クロロホルム=ウェーバーの逆)第1行為開始時に着手を認め、計画とのズレがあっても殺人既遂。

参照条文

  • 刑法38条2項

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