刑法 ゼロから刑法#11

不真正不作為犯——「何もしない」が罪になるとき

作為が原則の例外として不作為に実行行為性を認める不真正不作為犯を扱う回。作為との同価値性=①法的作為義務②作為の可能性・容易性を相関的に要求する。シャクティ事件で整理。

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第2章 構成要件 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

作為犯と不作為犯(真正/不真正)

区分内容
作為犯積極的に動いて犯罪を実現殺人(刺す・撃つ)
真正不作為犯構成要件が”不作為”の形で規定+不作為で実現不退去罪(130条後段)・不保護(218条)・多衆不解散罪(107条)
不真正不作為犯構成要件は”作為”の形(「殺した」等)+不作為で実現溺れる子を見殺し→殺人罪

刑法130条(住居侵入等):「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。」

刑法218条(保護責任者遺棄等):「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」

一般規定がない(短答)

  • 刑法に不作為犯の一般規定はない。「不作為」という語は刑法典に一度も登場しない。
  • 明文を持つのはドイツ(StGB13条)。日本の明文化案(改正刑法草案)は未立法
  • → 処罰の要件はすべて解釈で作る。その到達点が「同価値性」。

罪刑法定主義に反しないか

「人を殺した」という作為の条文に「何もしなかった」を当てるのは類推解釈ではないか。

結論は、許される。「殺す」という日常用語には不作為で死なせる場合も含みうる(言葉の意味の枠内)。よって禁止される類推解釈ではない(通説)。ただし「どこまで処罰されるか条文から読めない」という不明確性の批判が残る → 作為との同価値性で絞ることで応える。

なぜ絞るか=自由保障

絞らなければ、現場を窓越しに見ていた隣人まで犯罪者になる。市民の自由を脅かす(自由保障の要請)。処罰できるのは、不作為が作為と同じだけ悪い構成要件的同価値性がある場合だけ。

同価値性の要件

  1. 法的な作為義務の存在(道徳上の義務では足りない)
  2. 作為の可能性・容易性(法は不可能を強いない)

①②は相関的に判断する(作為が容易なほど弱い義務でも足り、困難なほど強い義務が要る)。

① 法的な作為義務の発生原因

原因
① 法令親の監護義務(民820)・夫婦の扶助義務(民752)
② 契約・事務管理ベビーシッター/負傷者を運び始めた人
③ 慣習・条理誤振込を知った人の告知義務
④ 先行行為自分の過失で生じさせた火を消す義務

【判例】最決平15・3・12(慣習・条理) 自分の口座への誤振込と知った受領者は、銀行に告知する信義則上の義務を負う。黙って払戻しを受ければ詐欺罪が成立しうる。

【判例】最判昭33・9・9(先行行為) 自己の過失で火災の危険を生じさせた者は、条理上、これを消火する法的な作為義務を負う。既発の火力による焼損を認容する意思で立ち去れば放火罪。

実質判断(排他的支配)と判例の本丸

4つの原因は出発点。形式的列挙だけでは絞りが弱いため、実務は排他的支配(結果を防げるのが事実上その人しかいない=依存)・先行行為・引受けなどを総合して判断する。

【判例】シャクティパット事件(最二小決平17・7・4) 特別な治療能力があると信じさせていた被告人が、重篤な入院患者を家族に指示して病院から運び出させ、必要な医療措置を受けさせないまま放置して死亡させた。最高裁は、①自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせたこと(先行行為)、②手当てを全面的にゆだねられた立場にあったこと(引受け・依存)を挙げて作為義務を肯定し、未必の故意による不作為の殺人罪の成立を認めた(決定)。 ※殺意のない親族との間は保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯(罪名のズレ→#37の枠)。

② 作為の可能性・容易性

法は不可能を強いない。溺れる子の親が泳げず救助の道具もない場合、助ける可能性がないため同価値性は否定される。

不作為の因果関係(#13の回収)

期待された作為がされていれば、結果を十中八九防げたといえるか(最決平元・12・15)=#13 条件関係の4類型で既出。

既発の危険を利用する意思(学説)

立場内容
大審院(大判大7・12・18)「既発の火力を利用する意思」を要求(主観で絞る)
最判昭33・9・9焼損の認容で足りる方向へ
通説絞りは同価値性(客観)で足り、主観の絞りは不要

短答ひっかけ

  • シャクティパット事件は判決でなく決定(最二小決平17・7・4)。
  • 不作為犯の一般規定はない(明文があるのはドイツ)。
  • ひき逃げの最判昭34・7・24 は殺人でなく遺棄罪(救護義務→保護責任。車から降ろして置き去りにする行為も「遺棄」に包含)。不作為の殺人の肯否を扱ったのは下級審。
  • 堕胎後放置の最決昭63・1・19 は業務上堕胎罪+保護責任者遺棄致死罪(殺人ではない)。
  • 作為義務の錯誤は規範的構成要件要素の錯誤として処理(素人的認識で故意は足りる→#16・#18 の枠)。

📝 論文の型|不作為の実行行為性

★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

不作為も結果発生の現実的危険性を実現しうるが、処罰範囲を限定するため、作為との構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち①法的作為義務の存在②作為の可能性・容易性がある場合に限り、不真正不作為犯の実行行為性を肯定する。作為義務は法令・契約・先行行為に加え、法益の維持存続が行為者に具体的・排他的に依存していたことから基礎づけられる。

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 実行行為=結果発生の現実的危険性ある行為(不作為でも実現可)
  2. 無限定は不当 → 自由保障から構成要件的同価値性で絞る
  3. 同価値性=①法的作為義務 ②作為の可能性・容易性
  4. 作為義務の根拠=法令・契約・先行行為+具体的・排他的依存
  5. あてはめの勝負どころ=「結果を防げたのはその人だけか」(排他性)

フル論証(正本)

実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。そして不作為によってもかかる危険性を実現することは可能であるから、不作為も実行行為にあたりうる。もっとも自由保障の観点から処罰範囲を限定する必要がある。そこで、作為との構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち、①法的作為義務の存在②作為の可能性・容易性が認められる場合に、不作為の実行行為性を肯定できると解する。そして、法的作為義務の存在は法令・契約・先行行為に加えて、法益の維持存続が不作為の行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に認められる。

【事例】 親Aは、自宅プールで溺れるわが子B(幼児)を、泳いで容易に救助できたのに、殺意をもって放置し、Bを溺死させた。

【問題提起】 Aは積極的行為をしていないが、この不作為に殺人罪(199条)の実行行為性が認められるか。

【あてはめ】 Aは親権者として子Bの監護義務を負う(民820条=法令)。また、Aは泳いで容易に救助でき(作為の可能性・容易性)、現場にはAしかおらず、Bの生命の維持はAに具体的・排他的に依存していた。よって作為との同価値性が認められ、放置という不作為に殺人罪の実行行為性が認められる。

あてはめの順=義務の根拠(法令・契約・先行行為)→ 作為の容易性 → 排他的依存。シャクティ事件の2要素(自招の危険+全面的依存)はあてはめの型として使える。

送り(後の回で回収)

  • 不作為犯の実行の着手時期 → #29(未遂)
  • 不作為犯の共同正犯 → #37/不作為による・に対する教唆幇助 → #34
  • 作為義務の錯誤の本論 → #16・#18(規範的要素×錯誤の交差)

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