刑法ゼロから刑法#14

因果関係の意義と条件関係

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第3章 因果関係 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実行行為も、故意も、結果もある。それでも、罪に問えないことがある

3つとも揃っているのに、それでも? 図:3つとも揃っているのに、それでも?

不作為も、間接正犯も、あの章で答えを出しました。今日からは、その先へ進みます。実行行為は、決まりました。では、結果に責任を負うと言うには、まだ何が要るでしょうか?そう思いますよね。でも、この3つが全部揃っていても、罪に問えないことがあります。今日は、そこをほどいていきます。まず、具体的な場面を1つ見てください。

因果関係の意義——結果を、行為者のせいにしてよいかの絞り

Aがしたことと、Bに起きたこと 図:Aがしたことと、Bに起きたこと

Aは、殺意でBに危害を加えようとしました。でも抵抗されて、Bは無傷で逃げています。ところが、その帰り道です。Bは、工事現場から落下してきた資材に当たって、死亡してしまいました。Aから見れば、実行行為はした、殺意もあった、そしてBは死んでいる。でも、Bの死は、Aの行為から生まれたものではありません。その直感が、今日の出発点です。この直感を、法律の言葉にすると何と呼ぶか。実行行為と結果のあいだに、つながりが要ります。これを因果関係と呼びます。結果を、行為者のせいにしてよいかを絞る道具、と言ってもいいです。因果関係が無ければ、結果は行為者のせいにはなりません。

なお、この絞りは2段構えになっています。今日扱うのは1段目、条件関係です。2段目もあります。相当因果関係、あるいは危険の現実化と呼ばれる絞りです。中身は、次回に回します。もう1つ、覚えておいてほしいことがあります。因果関係が問題になるのは、結果の発生が要る犯罪——結果犯だけです。行為さえあれば成立する挙動犯には、そもそも出番がありません。今日から、その道具を実戦で使っていきます。

因果関係が無いと、どうなるか——「無罪」ではなく「未遂」

欠けているのは、つながりだけ 図:欠けているのは、つながりだけ

そこが、多くの人が最初に間違えるところです。無罪ではありません。実行行為はある。故意もある。欠けているのは、因果関係だけです。つまり、既遂にはならないというだけです。既遂にならないということは、未遂です。Aには、殺人未遂罪が成立します。数字で見てみましょう。まず、既遂の場合の条文です。

条文刑法199条(c2-1で既出)

刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

殺人罪の法定刑は、死刑か無期、それでなければ5年以上の拘禁刑です。では、未遂のほうです。

条文刑法203条

刑法203条(未遂罪) 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

この条文だけでは、刑の重さが分かりません。未遂の刑を定める条文と、セットで読みます。

条文刑法43条(c2-3で既出)

刑法43条(未遂減免) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

前に見た条文です。ここで効くのは前半、「その刑を減軽することができる」の部分です。必ず減るわけではなく、減らせるという任意的な減軽です。「因果関係が無い」と判断されても、殺人罪の枠から出るわけではありません。203条が、その未遂を罰しているからです。変わるのは、刑を減軽できる余地が生まれるかどうか、それだけです。だから「つながりがあるか」の一言は、有罪か無罪かではなく。どの重さで問われるかを、動かすんです。「因果関係の一言」で、刑が大きく動く。これが、この回に時間を使う理由です。ただし、未遂が成立する要件そのもの——実行の着手がいつ認められるか——は、別の回で扱います。

では、その”つながり”をどう測るか、道具を渡します。

「あれなければこれなし」——引き算の思考実験

つながりを測る、最初の道具 図:つながりを測る、最初の道具

因果関係の1段目、条件関係の考え方は、引き算の思考実験です。「あれなければこれなし」。実行行為が無かったなら、結果も無かったと言えるか、を問います。

論文で書く規範:条件関係の意義 実行行為と結果のあいだに、「あれなければこれなし」の関係が認められること (規範(通説で立てる))

Aの実行行為を取り除いても、Bは資材に当たって死んでいます。取り除いても、結果は変わりません。だから、条件関係は否定されます。単純な例なら、これで済みます。「あれ」とは何を指すのか、「これ」とは何を指すのか。そして、引き算のやり方そのもの。この公式には、3つの難所があります。1つずつ、見ていきましょう。

1つ目の難所——「あれ」は、実行行為でなければならない

まだ、Bに近づいてすらいない 図:まだ、Bに近づいてすらいない

別の場面を見てください。Aは、同僚のBを害するつもりで、凶器を職場のロッカーに準備しました。まだ、Bに近づいてすらいません。その晩、Bは持病が急変し、搬送される前に亡くなりました。1つ、確かめさせてください。この行為者の準備は、実行行為と言えるでしょうか?そこで、以前渡した定義を思い出してください。実行行為とは何でしたか。特定の構成要件に該当する法益侵害の現実的危険性を有する行為、でした。準備段階の行為は、この現実的な危険性を、まだ持っていません。そして、「あれ」に当たるのは、実行行為でなければなりません。「あれなければこれなし」を問う前に、話が終わっているんです。条件関係の出番が、そもそも来ません

これが、1つ目の難所です。なお、予備罪や実行の着手そのものの細かい線引きは、別の回で扱います。

2つ目の難所——「これ」は、現に発生した具体的な結果

どうせ、というだけでは終わらない 図:どうせ、というだけでは終わらない

もう1つの場面です。Aは強盗目的で、Bに暴行を加え、瀕死の重傷を負わせました。これが第1行為です。そこでAは、こう考えます。「このままでも助からないだろう。それなら口封じのために」。そして、別の行為で、確実にBを死亡させました。これが第2行為です。ここで、Aがこう主張したとします。「第2行為が無くても、Bはいずれ死亡していたはずだ」。一見、成り立ちそうな主張に聞こえます。でも、これを認めると、困ったことが起きます。「結果」を抽象的に「死」とだけ捉えると、人はいつか必ず死にます。だから、「これ」は結果一般ではなく、現に発生した具体的な結果として見ます。

いつ・どのように死んだか、まで込みで「その結果」を特定する、ということです。第2行為が無ければ、Bはその時点で死んではいません。だから、条件関係は認められます。実際に、同じ形の事件で、最高裁がこの考え方を示しています。

判例最高裁判所 決定(刑集32巻2号381頁)

最決昭和53年3月22日——先行する行為で瀕死の重傷を負わせた後、別の行為で死亡させた事案 Aは、先行する行為でBに瀕死の重傷を負わせた後、後行する行為でBを死亡させた。「後行する行為がなくても、Bはいずれ死亡していたはずだ」という主張は退けられ、後行する行為とBの死亡との間に条件関係が認められた。(事案の骨子と結論。判決文の引用ではない)

決め手は、結果を具体的に見るということです。抽象的な結果では、絞りになりません。なお、「どこまで早めたら結果が変わるのか」という、より細かい限界の問題があります。そこは、この回では踏み込みません。絞りの2段目が、まさにそこを扱います。

3つ目の難所——付加の禁止

引く以外のことを、してはいけない 図:引く以外のことを、してはいけない

もう1つ、逆方向の落とし穴があります。Aは、老朽化した設備を悪用して、X社の重要データを消去しました。ところがAは、こう弁解します。「自分が消さなくても、その設備は今にも故障して、データは失われる寸前だった」。でも、現実には、その設備は故障していませんでした。「あれなければこれなし」を検討するとき、引いてよいのは実行行為だけです。引く以外のこと——現実に無かった事実を、勝手に足してはいけません。足してよいことにすると、困ったことが起きます。現実にはやっていない別の原因のせいにできてしまうんです。

全員が「別の何かがやったはず」で逃げられる。処罰の空白ができてしまいます。難所アが「何を引くか」の話なら、難所ウは「引く以外はしない」という話です。1対のものとして、持ち帰ってください。

3つの難所を、1つの手順にまとめ直す

引き算の、4つの手順 図:引き算の、4つの手順

ここまで見た3つの難所を、1つの手順として、まとめ直します。3つの難所は、それぞれ手順のどこで起きていたのか。まず、①実行行為を特定する。ここが、難所アでした。次に、②その行為だけを現実から取り除く。ここが、難所ウです。ここで注意してほしいのは、難所を見た順番と、手順の順番は違うということです。③残った世界で、現に発生したその結果が起きるかを問う。ここが、難所イでした。そして、④起きないなら、条件関係あり。ここには、対応する難所はありません。では、さっきのデータ消去の場面を、この4ステップに通してみましょう。①実行行為を特定する。Aがデータを消去した行為です。②その行為だけを取り除く。「設備が故障していたはず」は、足しません。

③残った世界で、そのデータが、あのとき失われたか。④起きない。だから、条件関係あり、です。この4ステップを持ち歩けば、どんな事例が来ても、迷わず引き算ができます。ここまでが、原則の形です。ここから先は、この手順が形を変える場面、あるいは壊れる場面を見ていきます。

特殊型①——不作為犯だけ、公式が裏返る

引くべき行為が、そもそも無い 図:引くべき行為が、そもそも無い

まず1つ目、不真正不作為犯の因果関係です。作為の形で書かれた条文を、不作為で実現する型でしたね。不作為犯だけ、この公式が裏返ります。あれ、あればこれなし。作為があったなら、結果は発生しなかった、と仮定的に足して考えます。考えてみてください。不作為には、引くべき行為がそもそも無いんです。何もしていないんですから。引き算ができない以上、足し算で測るしかないんです。立証が、とても難しくなります。実際、こんな事件がありました。

判例最高裁判所 第三小法廷 決定(刑集43巻13号879頁)

最決平成1年12月15日——注射後に容体が急変した被害者を、救急医療を要請せず放置した事案 原判決の認定によれば、直ちに救急医療を要請していれば十中八九救命が可能であった。最高裁は、そうすると救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるとして、放置行為と死亡結果との間に刑法上の因果関係があると認めた。(事案の骨子。判決文そのものの引用ではない)

では、「十中八九」というのは、誰の言葉なのか。そこが、今回の核心です。これは原判決が認定した事実の言葉です。最高裁自身が置いた物差しは、別にあります。「合理的な疑いを超える程度に確実」。これが、最高裁の基準です。だから、「判例が十中八九説を採った」とは言えません。最高裁は、その基準を満たすとして、刑法上の因果関係を認めました。そこが、この決定の効きどころです。「絶対に助かった」まで示す必要は無い、ということです。だから教材は、十中八九でよいと解しているようである、と書きます。答案でも、判例が数値の基準を立てた、とは書かないでください。

特殊型②——合義務的な択一的挙動は、条件関係の”手前”で切れる

法を守っていても、同じ結果だった 図:法を守っていても、同じ結果だった

もう1つの特殊型です。Aは、制限速度を大きく超える速度で走行中、突然飛び出してきたBをはねてしまいました。ところが、こう認定されたとします。Aが制限速度を守っていたとしても、Bの飛び出しのタイミングでは急ブレーキは間に合わなかった。ここで、「条件関係が否定される」と考えたくなりますが、それは違います。過失の定義を渡した回で、2つに分けて見ましたね。予見可能性を前提とした結果回避義務に違反する行為、でした。2つで1組——「うっかり」には縮めない、とも申し上げました。そこで大事なのが、過失は行為の話だ、という点です。過失犯では、結果回避義務に違反した行為そのものが、実行行為に当たります。

ところが、回避できない結果に、回避すべき義務は立ちません。義務が立たなければ、それに違反した行為も、ありません。だから、結果を回避できる可能性が無い以上——過失犯としての実行行為性を欠くんです。そこで、さっきの難所アを思い出してください。実行行為が無ければ、条件関係の出番は来ません。この形を、合義務的な択一的挙動と呼びます。合義務的代替行為と呼ぶ教材もあります。中身は同じです。ここでは、合義務的な択一的挙動という呼び方に統一します。なお、この処理には争いもありますが、その理屈そのものは、過失の回で正面から扱います。

特殊型③④——重畳的因果関係と択一的競合は、セットで理解する

意思の連絡なしに、それぞれが仕掛けた 図:意思の連絡なしに、それぞれが仕掛けた

最後の特殊型です。AとBが、意思の連絡なしに、それぞれ独立に、Cが握る手すりに電流を流す装置を仕掛けました。ここで2つの場合を考えます。まず、各自の電流が、単独では致死量に届かない強さだった場合です。合わさって、致死量に達しました。これを重畳的因果関係と呼びます。

重畳と択一的競合——分かれ目は致死量 図:重畳と択一的競合——分かれ目は致死量

この場合、条件関係は争いなく肯定されます。AかBか、どちらか一方を引けば、致死量に届きません。では、次です。各自の電流が、それぞれ単独で致死量に達する強さだった場合。これを択一的競合と呼びます。ここで、機械的に公式を当てはめるとどうなるか、考えてみてください。「あれ(A)が無くてもこれ(死)はある」。Bについても、同じことが言えます。ここで、大事な不均衡が生まれます。弱い電流を仕掛けた2人——さっきの重畳の場合——は、条件関係が肯定されます。なのに、強い電流を仕掛けた、より危険な2人は、条件関係が否定される。

だから、これはそのままにはできません。修正が要ります。なお、AとBがお互いに示し合わせていた場合は、当然に条件関係が肯定されます。ここは先に片づきます。この場合の処理として、AとBの行為を一括して除去して検討する考え方があります。

論文で書く規範:択一的競合の処理——一括除去 各自が単独で致死量に達する場合は、A・B双方の行為をまとめて取り除いて検討する。なお結果が生じると言えれば、そこに「あれなければこれなし」の関係が認められる (規範(通説で立てる))

まとめて引けば、電流はゼロになり、Cは死亡しません。だから、条件関係が肯定されます。なお、別の道から同じ結論に届く考え方も、名前だけ触れておきます。公式そのものを、条件関係を判断するための補助的な道具と位置づけ直す立場です。その行為の作用によって結果が発生したと言えるかを、直接に問います。こういう考え方を、合法則的条件説と呼びます。どちらが正しいと、ここで決めることはしません。同じ結論に、別の道で届く考え方がある、とだけ覚えておいてください。

条件関係だけでは、まだ広すぎる

Aがしたことと、遠くの電車事故 図:Aがしたことと、遠くの電車事故

最後に、今日の道具の限界を見ておきます。Aが、Bを軽く突き飛ばして、軽いケガをさせたとします。Bは驚いて、その日は仕事を早退し、いつもと違う電車に乗りました。その電車が、事故を起こし、Bは死亡してしまいました。「あれなければこれなし」を、機械的に当てはめてみましょう。Aが突き飛ばさなければ、Bはこの電車に乗らなかった。条件関係だけを見ると、成り立ってしまいます。「あれなければこれなし」は、因果の鎖をどこまでも遡れてしまいます。条件関係は、必要条件であって、十分条件ではありません。通っただけでは、まだ足りないんです。

相当因果関係、あるいは危険の現実化と呼ばれる、2段目の絞りです。今日は、「なぜそれが要るか」という問いだけ、持ち帰ってください。

1つの手順と、4つの位置づけ

今日、持ち帰るもの 図:今日、持ち帰るもの

今日の内容を、まとめます。条件関係は、あれなければこれなしという引き算の思考実験でした。①実行行為を特定する。②その行為だけを取り除く。③現に発生した結果が起きるか問う。④起きなければ条件関係あり。そして、その手順が形を変える・壊れる4つの場面がありました。不作為犯だけ、公式が裏返ります。合義務的な択一的挙動は、公式の手前で切れます。重畳的因果関係は、公式がそのまま効きます。択一的競合は、公式が壊れ、一括除去で修正します。そして、いちばん大事なことを、もう一度。因果関係が無くても、無罪にはなりません

そして、条件関係を通っても、それだけではまだ足りません。なぜなら、引き算はどこまでも遡れてしまうからです。だから、2段目の絞りが要ります。今日は、ここまでにしましょう。

参照条文

  • 刑法199条(c2-1で既出)
  • 刑法203条
  • 刑法43条(c2-3で既出)

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