刑法 ゼロから刑法#21

正当行為(35条)・被害者の同意——「いいよ」は免罪符か

条文ある違法性阻却事由の一つ目=正当行為(35条)と被害者の同意を扱う回。同意の効果は4類型に分かれ、生命は放棄できず同意殺人(202条)どまり。同意傷害は社会的相当性で判断。

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第3章 違法性 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

刑法35条と射程

刑法35条(正当行為):「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」

  • 直接適用=①法令行為(前段)②正当業務行為(後段)
  • 準用(通説)=被害者の承諾・推定的承諾・治療行為・義務の衝突(#20 の予告の回収)

① 法令行為(前段)

法令が許容・命令する行為。法が認める以上、違法と評価できない。例:刑務官による死刑の執行/私人による現行犯逮捕(刑訴213条「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」)/母体保護法による人工妊娠中絶。

② 正当業務行為(後段)

「業務」=社会生活上反復・継続して行われる性格の事務。職業に限らない(趣味・アマチュアのボクシングも「業務」)。例:医療・弁護活動・報道の取材・スポーツ・正当な労働争議行為。

治療行為の3要件(多数説):①医学的適応性(治療の必要)②医術的正当性(医学上承認された方法)③患者の同意(同意なき手術=専断的治療行為の問題→各論)。

被害者の同意——効果の4類型(最重要表)

効果
① 構成要件を阻却(型に当たらない)住居侵入(130)・窃盗(235)=意思に反することが要件
② 構成要件を変更(法定刑が軽く)殺人(199)→ 同意殺人(202)=生命は放棄しきれない
③ 成否に影響なし16歳未満の子への性交等(現行177条・13〜15歳は相手が5歳以上年長の場合。令和5年改正)
④ 違法性を阻却する”余地”傷害(204)=型には当たる→社会的相当性の枠内で阻却

刑法202条(自殺関与及び同意殺人):「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」=同意があっても不可罰にはならない。

なぜ同意で違法性が消えるか(根拠の対立=#20 の各論初適用)

立場根拠帰結
法益性欠如説(結果無価値)法益が放棄され守るものがない承諾があれば原則阻却(動機・目的は問わない)
社会的相当性説(行為無価値)承諾は判断の一資料動機・手段等も総合考慮して相当な場合に阻却

判例の傾向は社会的相当性説寄り。本シリーズも相当性説を基本に進める。

阻却の要件(共通3+行為無価値の追加3)

  • 共通:①個人的法益(国家的・社会的法益の承諾は無意味=交番の警察官が職務妨害を「いいよ」と言っても無効)②有効な承諾(承諾能力+真意)③行為の前に存在(事後承諾は遡及しない)
  • 行為無価値からの追加:④行為者が承諾を認識⑤承諾が外部に表示⑥行為態様の相当性

動機の錯誤——偽装心中

【判例】最判昭33・11・21(偽装心中) 追死すると欺いて死を決意させた場合、その決意は「真意に添わない重大な瑕疵ある意思」=承諾無効 → 同意殺人(202条)ではなく殺人罪(199条)。(#12 間接正犯の回で既出の事件)

同意傷害の限界——昭和55年決定

【判例】最決昭55・11・13(同意傷害・保険金騙取目的) 「単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべき」→ 本件の承諾は保険金騙取という違法な目的のために得られた違法なもの=違法性阻却を否定。 ※「同意があれば常にOK」でも「目的が悪ければ常にNG」でもなく総合考慮

推定的承諾・義務の衝突

  • 推定的承諾:現実の承諾はないが、事情を知れば当然承諾したと推定される場合(火事の隣家から家財搬出)。基準は行為時の客観的・合理的推定=事後に不承諾でも阻却は維持(短答)。
  • 義務の衝突:両立しない複数の法的義務(2人の子が同時に溺れ1人しか救助できない)→履行した義務が怠った義務と同等以上なら違法性阻却(通説)。

安楽死・尊厳死(短答)

  • 最高裁判例は存在しない(下級審のみ)。名古屋高判昭37・12・22=厳格な6要件/東海大学病院事件(横浜地判平7・3・28)=積極的安楽死の4要件:①耐えがたい肉体的苦痛②死期の切迫③代替手段なし④本人の明示の意思表示(家族の意思では足りない)。
  • 区別:積極的安楽死(直接死なせる)/消極的安楽死(延命しない)/尊厳死(延命治療の中止)。

短答ひっかけ

  • 住居侵入・窃盗の同意は違法性阻却ではなく構成要件該当性の阻却(4類型の区別)。
  • 性犯罪の年齢基準は令和5年改正で16歳未満・罪名は不同意性交等罪(旧「13歳・強姦」で覚えない)。
  • 昭55・11・13は判決でなく決定。枠組みは諸般の事情の総合考慮
  • 安楽死に最高裁判例なし(名古屋=高裁・東海大=地裁)。
  • 偽装心中=騙し取った承諾は無効→202条でなく199条

📝 論文の型|被害者の同意(同意傷害)

★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

傷害罪で被害者の同意があっても直ちに違法性は阻却されない。承諾を得た動機・目的、傷害の手段・方法、損傷の部位・程度等の諸般の事情に照らし、当該行為が社会的に相当と認められる場合に限り違法性が阻却される。生命は処分しえないから、同意があっても殺人の違法性は阻却されず同意殺人罪(202条)が成立する。

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 同意があっても自動的に適法にはならない
  2. 判断=動機・目的+手段・方法+部位・程度の諸事情
  3. 基準=行為が社会的に相当か(社会的相当性説)
  4. 違法な目的(保険金詐欺等)の同意は相当性を否定
  5. 生命は別=同意があっても同意殺人罪(202条)どまり

フル論証(正本)

傷害罪において被害者の同意がある場合でも、ただちに違法性が阻却されるわけではない。承諾を得た動機・目的、身体傷害の手段・方法、損傷の部位・程度等の諸般の事情に照らし、当該行為が社会的に相当と認められる場合に限り、違法性が阻却されると解する(最決昭55・11・13参照)。なお生命は処分し得ないから、同意があっても殺人の違法性は阻却されず、同意殺人罪(202条)が成立する。

【事例】 甲は、保険金を騙取する目的で、仲間Aの承諾を得たうえ、わざと自己の運転する自動車をAの車に衝突させ、Aに傷害を負わせた。

【問題提起】 Aの承諾があることを理由に、甲の傷害行為について違法性が阻却されないか。

【あてはめ】 Aの承諾は存在するが、それは保険金詐取という違法な目的のために得られたものであり、手段も故意の自動車衝突という危険なものである。これらの事情に照らすと当該傷害は社会的に相当とはいえない。よって承諾があっても違法性は阻却されず、甲に傷害罪が成立する。

送り(後の回で回収)

  • 正当防衛 → #22-23/緊急避難 → #24/超法規的違法性阻却の本論(自救行為等) → #25
  • 専断的治療行為・同意殺人・各論条文(130・204・235・177) → 各論シリーズ

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