刑法ゼロから刑法#19

判例で読む危険の現実化——3つの事件で決め手をつかむ(前編)

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第3章 因果関係 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の道具を、1枚で受ける

前回の道具——あてはめの手順と、死因の問い 図:前回の道具——あてはめの手順と、死因の問い

前回の道具を、今日は判例に当てて確かめてみましょうか?今日は、具体的に、有名な事件を3つ、扱います。なぜこの3つを選んだかというと、今日の道具が、実際にどう動くかを——一番はっきり確かめられる事件だからです。この3つのうち、実は1つだけ、結論が違います。因果関係が、否定された事件です。ただ、実際の判例で、因果関係が否定されたものは、ほとんどありません。まずは、その珍しい否定の事件から見ていきましょう。

米兵ひき逃げ事件——唯一の否定例を、先に見る

米兵ひき逃げ事件——2つの経路、どちらが死因を作ったか 図:米兵ひき逃げ事件——2つの経路、どちらが死因を作ったか

被告人が、自動車を運転していました。過失で、Bさんを跳ね飛ばしてしまいます。はい、わざとではありません。Bさんは、車の屋根に跳ね上げられて、意識を失いました。被告人は、それに気づかず、そのまま運転を続けました。そこに気づいたのが、同乗していた人です。同乗者は、走行中の車の屋根の上から、Bさんの体を引きずり降ろしました。Bさんは、車体にぶつかったり、道路や道路上の物に衝突したりして、多数の打撲傷を負いました。そして、頭部の打撲がもとになった、脳の出血で、亡くなりました。ここで、前回の道具を使ってみましょう。死因を作ったのは、どちらの行為でしょうか?

実は、そこが、この事件のいちばんの急所なんです。頭部の打撲が、被告人の車との衝突で生じたのか、それとも——同乗者が引きずり降ろした際に生じたのか、記録を見ても確定できなかったんです。死因を作ったのがどちらか分からないまま、答えを出さないといけない——それが、今日の1件目の特殊さです。実は、異常性の高さそのものが、決め手ではないんです。決め手は、死因の所在が確定できなかったこと、その一点です。判例が、実際にどう言っているか、見てみましょう。

判例最決昭和42年10月24日(刑集21巻8号1116頁)

米兵ひき逃げ事件 同乗者が進行中の自動車の屋根の上から被害者をさかさまに引きずり降ろし、アスフアルト舖装道路上に転落させるというがごときことは、経験上、普通、予想しえられるところではなく、 ことに、本件においては、被害者の死因となつた頭部の傷害が最初の被告人の自動車との衝突の際に生じたものか、同乗者が被害者を自動車の屋根から引きずり降ろし路上に転落させた際に生じたものか確定しがたいというのであつて、このような場合に被告人の前記過失行為から被害者の前記死の結果の発生することが、われわれの経験則上当然予想しえられるところであるとは到底いえない

引きずり降ろすという行動は、普通、予想できることではない、と言っています。そのうえで、死因となった頭部の傷害が、衝突で生じたのか、引きずり降ろしで生じたのか——確定しがたい、と続きます。この場合に、被告人の過失行為から、死の結果が生じることが——経験則上、当然予想できるとは、到底言えない、としています。そこは、鋭いところです。ただ、この一文だけ読むと、誤解しやすいんです。刑事裁判では、被告人に有利なほうを前提にします。だから、こう考えていきます。仮に、同乗者が引きずり降ろして死因が生じた、という経過を前提にすると——死因を作ったのは、被告人の衝突ではなく、同乗者の行動になります。

だから、被告人の行為の危険性が、死亡という結果に現実化した、とは言えません。「引きずり降ろしが異常だから」ではなく——「死因の所在が被告人の行為にあると言い切れないから」です。これが、この事件の否定の理由です。もう一つ、覚えておいてほしい事実があります。大審院からこれまでの最高裁まで、最上級審の判例で——因果関係が否定されたのは、実はこの事件だけなんです。だからこそ、「なぜこの事件だけ否定されたのか」を、正確に理解することが大切です。

大阪南港事件——死因の所在で読む

大阪南港事件——死因を作ったのはどちらの暴行か 図:大阪南港事件——死因を作ったのはどちらの暴行か

2つ目は、大阪南港事件です。被告人が、Bさんの頭部などを、何度も殴打しました。Bさんは、脳出血を起こして、意識を失います。被告人は、Bさんを車に乗せ、暴行のあった場所から遠く離れた、建材会社の資材置き場まで運びました。前回の設例と、同じ資材置き場です。舞台がそっくりなので、後で正面から比べます。まずは、この事件の事実だけを、先に追いましょう。被告人は、Bさんを放置して、立ち去りました。そして、Bさんは、脳出血によって、亡くなりました。ただ、Bさんが亡くなるまでの間に、もう一つ、出来事がありました。Bさんが生きている間に、何者かが、角材で、Bさんの頭頂部を、数回殴打したんです。

この第三者の暴行によって、Bさんの死期は、幾分か早まりました。そこが、今日、いちばん確かめてほしいところです。判例の判断を、見てみましょう。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成2年11月20日

大阪南港事件 犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、 犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができ、本件において傷害致死罪の成立を認めた原判断は、正当である。

犯人の暴行によって、被害者の死因となった傷害が、すでに形成されていた場合には——その後、第三者が暴行を加えて、死期が早まったとしても、因果関係は肯定できる、としています。ここで、死因の中身を、正確に確認しておきます。実は、そこが、誤解しやすいところなんです。この事件の死因は、内因性の、高血圧性橋脳出血です。恐怖や心理的な圧迫によって、血圧が上がり——脳の中で出血が起きた、という経過です。殴打という暴行がきっかけになって——被害者自身の血圧が、脳出血を引き起こした、そう理解してください。では、死因の所在で、整理しましょう。死因を作ったのは、被告人の暴行です。第三者の角材による暴行は、その後に加わって、死期を幾分早めただけ——つまり——行為のあとに起きる事情、この章で介在事情と呼んだものですね。その介在事情の寄与度は、小さいと評価されます。

結論は、原則どおり、因果関係の肯定です。前回の「原則、否定」は、寄与度が大きいときの話です。南港は小さい側なので、そこに進む前に、肯定で決まります。傷害致死罪です。殺す意図までは認めず、暴行の結果、死なせてしまった罪、という扱いです。

資材置き場の弁別——舞台は同じでも、構造は逆

大阪南港と、前回の資材置き場設例——4つの違い 図:大阪南港と、前回の資材置き場設例——4つの違い

さっき、資材置き場という言葉が、前回の設例と同じだと気づきましたよね。ここで、正面から比べてみましょう。表を開く前に、1つだけ考えてみてください。この2つ、死因を作ったのは、それぞれ誰の行為でしょうか。そこが分かれ目です。では、表で、4つとも確かめましょう。まず、介在事情の主体です。南港は、第三者——何者かが、角材で殴りました。前回の設例は、行為者自身です。本人が、自分でBさんを運んで、放置しました。次に、死因を作ったのはどちらか。南港は、被告人の暴行——内因性の脳出血でした。前回の設例は、行為者自身の後の行動——放置による低体温症です。

3つ目は、介在事情の寄与度。南港は、小さい——死期を幾分早めただけでした。前回の設例は、大きい——低体温症という死因そのものを、作ってしまっています。そして、結論です。南港は、寄与度が小さいので、原則どおり、肯定。前回の設例は、寄与度は大きいのに、例外で、肯定でした。同じ「肯定」でも、たどっている理屈は、まったく別です。なぜなら、南港は原則の型で、前回の設例は例外の型だからです。舞台の共通点に引っ張られず——死因の所在と、介在事情の寄与度を、そのつど自分で当てる。それが、今日いちばん伝えたいことの一つです。

トランク事件——経由地としての介在事情

トランク事件——直接の死因が第三者でも肯定される 図:トランク事件——直接の死因が第三者でも肯定される

3つ目は、トランク事件です。ここまでの2件は、死因を作ったのが誰か、という問いだけで決まりました。この事件は、死因を直接作ったのが、被告人ではありません。それでも肯定される型です。被告人が、Bさんを、自動車後部のトランクの中に、押し込みました。トランクカバーを閉めて、車は発進します。そして、知人と合流するために、道路上で停車しました。車道の幅がおよそ7.5メートル、片側1車線の、見通しの良い、ほぼ直線の道路です。停車してから数分後、後方を走っていた車が——前方をよく見ていなくて、ほとんど真後ろから、トランクに追突しました。

トランクの中央部分が、へこむほどの衝撃でした。Bさんは、頸髄を損傷し、まもなく亡くなりました。直接の死因は、その第三者の、過失行為です。そこを、判例がどう判断したか、見てみましょう。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成18年3月27日(事件番号 平成17年(あ)第2091号)

トランク事件 被害者の死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい過失行為にあるとしても、 道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を監禁した本件監禁行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる

直接には、第三者の甚だしい過失行為に、死亡の原因があるとしても——道路上で停車中の車の後部トランクに、被害者を監禁した行為と——死亡との間の因果関係は、肯定できる、としています。ここで、決め手になった2つの要素を、確認しましょう。1つ目は、自動車が後ろから追突される、という事態です。しばしば起きることです。2つ目は、トランクという場所そのものです。座席のように、シートやシートベルトに守られる場所ではなく——後ろから衝撃を受けたときに、身を守るものが何もない空間です。人を、守りのないトランクに押し込む行為には——「後ろから衝突されて、死傷結果が起きる」という危険が、もともと含まれていた、と評価できます。

だから、追突という第三者の行為は——被告人の行為が持っていた危険性の、“経由地”にすぎません。直接手を下したのが誰かではなく——その行為のなかに、もともとどんな危険が含まれていたか。同じ物差しが、ここでも使われています。逮捕監禁致死罪です。閉じ込める行為そのものが、死亡という重い結果を、引き起こしています。

決め手は2つに畳める

決め手は2つ 図:決め手は2つ

では、3つの事件を、まとめましょう。実は、たった2つの問いで、全部読み切れます。1つ目は、死因を形成したのは、誰の行為か。2つ目は、その介在事情を経由する危険性が、行為に含まれていたか。そして、この2つには、順番があります。必ず、1つ目から問います。死因を作ったのが行為者だとはっきりすれば、そこで肯定。死因の所在そのものが確定できなければ、2つ目に進む前に、止まります。2つ目を問うのは、死因を直接作ったのが他人だったとき——それが行為の危険の延長線上にあるか、を確かめる段です。

3つの事件を、2つの決め手で並べる 図:3つの事件を、2つの決め手で並べる

米兵ひき逃げ事件は、死因を形成したのが、どちらの行為か、確定できませんでした。だから、経由する危険があったかどうかも、判断できません。結論は、否定です。大阪南港事件は、死因を形成したのは、被告人の暴行です。第三者の暴行は、寄与度が小さいので、経由する危険の話にすら、なりません。結論は、肯定です。トランク事件は、直接には第三者の過失ですが、行為の危険性の延長線上にあります。追突はしばしば起きる事態で、トランクは守りのない場所——経由する危険が、あったと言えます。結論は、肯定です。判例が個別に述べていることを、1つの物差しに、まとめ直しただけです。

手順は、そのまま使います。介在事情の有無と、寄与度の大小は——1つ目の問い、「死因を形成したのは誰の行為か」に、畳まれています。例外の「経由する危険性」が、2つ目の問いです。手順を捨てたわけではありません。この2つを持ち帰れば、初めて見る事件でも、自分で結論を、組み立てられます。

否定されたら何が残るか——場合を分ける

否定されたら何が残るか——故意犯と過失犯で分ける 図:否定されたら何が残るか——故意犯と過失犯で分ける

前回、因果関係が否定されても、無罪にはならない、と学びました。実行行為は、前の章で「法益侵害の現実的危険性を有する行為」と定義しましたね。法益とは、法が守る利益です。その行為はもう終わっている——だから、未遂が残ります。ただ、これは、故意犯の場合に限られる話なんです。米兵ひき逃げ事件は、故意犯ではありません。過失犯として、起訴された事件です。過失犯に、未遂はありません。未遂は、犯罪を実現しようとして遂げなかった場合の話——つまり、故意犯だけの概念です。では、因果関係が否定された結果、この事件では、何が残ったんでしょうか。

被告人は、道路交通法違反——救護義務違反など——と、業務上過失致死として、起訴されていました。ただ、因果関係が否定されたので——死亡という結果への責任は、問えなくなりました。傷害を負わせたことについての、過失責任は、残ります。だから、最高裁は、被告人の刑事責任は業務上過失傷害にとどまる、と言っています。そこは違います。最高裁は、量刑は不当ではないとして——原判決を破棄せず、上告を棄却しました。因果関係の判断が変わっても、刑が動くとは限らない——そこは分けて見てください。故意犯なら、実行行為も故意も残るので、未遂。過失犯なら、死亡という重い結果への責任が落ちて、より軽い結果への責任だけが残る。

「否定されたら、その先どうなるか」まで、セットで押さえておいてください。

今日の地図(保存版)

今日、持ち帰るもの 図:今日、持ち帰るもの

今日の内容を、まとめます。米兵ひき逃げ事件は、死因の所在が確定できず、否定。大阪南港事件は、死因は被告人の暴行にあり、肯定。トランク事件は、直接の死因は第三者でも、経由する危険があり、肯定。死因を形成したのは誰の行為か。介在事情を経由する危険性が、行為に含まれていたか。この2つを、持ち帰ってください。舞台の見た目に引っ張られず、そのつど自分で当てる。それが、今日の到達点です。次は、この判例たちを型で整理して、どの型が当たるかを、選べるようにします。

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