刑法 ゼロから刑法#24

緊急避難(37条)——悪くない人を巻き込めるか

違法性阻却の三つ目、緊急避難(37条)。正対正ゆえ正当防衛より要件が厳しく、補充性と法益権衡が要る。成立要件・法的性質(違法性阻却説)・吊り橋事件までを整理する回。

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第3章 違法性 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

刑法37条(緊急避難)

1項本文:「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。」 1項但書:「ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」 2項:「前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。」

正対正——なぜ縛りが厳しいか

  • 正当防衛=不正対正(悪い侵害者に反撃)/緊急避難=正対正(無関係な第三者に危難を転嫁)。
  • 相手の落ち度がゼロ→許される範囲は一段狭い→補充性+法益権衡が要件に組み込まれている。

成立要件(4つ)

  1. 現在の危難:「現在」=急迫と同義(現に存在 or 間近に切迫)。危難に「不正」は不要=人の行為に限らず動物・自然現象もOK(急迫不正の侵害⊂現在の危難)。
  2. 避難の意思:危難を意識しつつ避けようとする単純な心理状態(防衛の意思〔#22〕と同様)。
  3. 補充性(「やむを得ずにした」):他に方法がない唯一の手段。⚠ 36条の「やむを得ずにした」=相当性(必要最小限・退避義務なし)とは同じ言葉で意味が違う(短答最頻出)。脇道に逃げられたのにドアを壊す→✗。
  4. 法益権衡:生じた害 ≦ 避けようとした害。同等なら成立しうる(「超えなかった場合」)。古典例=カルネアデスの板(難破した2人が1人分の板を奪い合う=生命対生命)。軽い危難のために隣人を車道へ突き飛ばす→権衡を欠き✗。

正当防衛との対比(7軸)

正当防衛(36条)緊急避難(37条)
構造不正対正(侵害者へ反撃)正対正(第三者へ転嫁)
侵害/危難の原因人の急迫「不正」の侵害のみ限定なし(動物・自然現象も)
守れる法益「権利」一般生命・身体・自由・財産(列挙)
「やむを得ずにした」相当性(必要最小限・退避義務なし)補充性(唯一の手段)
法益権衡不要(厳密な均衡は不要)必要(保全≧侵害・同等なら可)
過剰時過剰防衛(36条2項)任意的減免過剰避難(37条1項但書)任意的減免
特別義務者の排除規定なし37条2項あり

法的性質(A論点)と実益

内容
責任阻却説行為は違法だが、極限状況では適法行為の期待可能性がない(→#28)。批判:他人のための避難を説明できない
違法性阻却説(通説)同等以下の犠牲で法益を守る=社会全体で損が出ていない(法益衡量)→最初から適法
二分説優越→違法性阻却/同価値→責任阻却

実益=避難者に反撃できるか:洪水で流された人がボートにしがみつく(2人乗れば沈む)。通説→相手の避難は適法=「不正の侵害」がない→正当防衛は不可・対抗はこちらも緊急避難の要件を満たす場合のみ。責任阻却説→相手は違法→正当防衛可。

自招危難・特別義務者・過剰避難

  • 自招危難:原則否定(社会的相当性を欠く)。例外=招いた以上に予想外に重大な危難なら余地。

    【判例】大判大13・12・12:警笛を鳴らしたのみで注意義務を尽くさず進行した運転者の死亡事故→自己の有責行為により招いた危難で社会通念上やむを得ないと認められない場合には緊急避難不適用

  • 業務上特別義務者(37条2項):警察官・消防士・自衛官等→1項を適用しない。ただし全面排除ではない(業務上引き受けた危険の範囲の問題)。
  • 過剰避難(37条1項但書):「程度を超えた」=補充性違反 or 法益権衡違反(通説は両方)→任意的減免(根拠=恐怖・狼狽による責任減少=#23 と同様)。

    【判例】吊り橋事件(最判昭35・2・4):腐朽していつ落ちるかもしれない吊り橋をダイナマイトで爆破→「緊急避難を認める余地なく、従つてまた過剰避難も成立しえない」=「いつか落ちる」は現在の危難ではない。過剰避難は前提として現在の危難を要する。

短答ひっかけ

  • 「やむを得ずにした」=36条は相当性/37条は補充性(同語異義)。
  • 危難に不正は不要(動物・自然現象も)。
  • 同等の害なら成立しうる(「超えなかった場合」)。
  • 過剰避難は任意的減免(必要的ではない)。
  • 吊り橋事件=緊急避難の余地なし→過剰避難も不成立(「過剰避難を認めた」は誤り)。
  • 誤想避難・誤想過剰避難は誤想防衛の仲間として #26-27 で処理。

📝 論文の型|緊急避難(37条)

★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

緊急避難(37条1項)は、無関係な第三者の正当な法益を犠牲にする正対正の関係にあるが、より大きな法益の保護は法秩序全体から許容されるため違法性阻却事由である(違法性阻却説)。①現在の危難(不正であることは不要)に対し、②避難の意思で、③やむを得ずにした=唯一の方法(補充性)、④保全法益≧侵害法益(法益権衡)を満たす行為であることを要する。

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 性質=正対正 → 違法性阻却事由(違法性阻却説)
  2. ①現在の危難(正当防衛と違い不正不要
  3. ②避難の意思
  4. 補充性=他に手段がない(唯一の方法)
  5. 法益権衡=守る法益が侵す法益以上

フル論証(正本)

緊急避難(37条1項)は、無関係な第三者の正当な法益を犠牲にする正対正の関係にあるが、より大きな法益を保護することは法秩序全体の見地から許容されるため、違法性阻却事由と解する(違法性阻却説)。①『現在の危難』とは法益侵害が現に存在しまたは間近に切迫していることをいい、正当防衛と異なり危難が不正であることは要しない。②避難の意思のもと、③『やむを得ずにした行為』=当該避難行為が危難を避けるための唯一の方法であったこと(補充性)、④生じた害が避けようとした害の程度を超えないこと(法益権衡=保全法益≧侵害法益)を要する。

【事例】 甲は、突然襲いかかってきた大型の猛犬から逃れるため、他に逃げ場がなく、やむなく付近のA宅のドアを破壊して屋内に逃げ込み、ドアを損壊した。

【問題提起】 A宅のドアを壊した甲の器物損壊行為について、緊急避難(37条1項)が成立し違法性が阻却されないか。

【あてはめ】 猛犬の襲撃は甲の身体に対する現在の危難である(①)。甲はこれを避けるためドアを壊しており避難の意思が認められる(②)。他に逃げ場がなく屋内への退避が危難を避ける唯一の方法であった(③補充性)。侵害したのはドアという財産であり、守った甲の身体という法益がこれを上回る(④法益権衡)。よって緊急避難が成立し違法性が阻却される。

送り(後の回で回収)

  • 誤想避難・誤想過剰避難 → #26-27(責任故意・誤想防衛系と同じ処理)
  • 期待可能性の本論 → #28/自救行為(現在性がない場合の受け皿) → #25

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