刑法ゼロから刑法#25

事実の錯誤の全体像と符合説

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第4章 故意と錯誤 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回までの想起と、今日の問い

前回までの到達点——今日の問いは、その先にある 図:前回までの到達点——今日の問いは、その先にある

ここまで4回にわたって、故意の判定の仕組みを組み立ててきました。前回は、その認容が消える、ぎりぎりの線を確認しました。ここまでで、故意の判定の形は、ひととおり固まりました。では、前回までに固めた「認容があれば故意」——その認容の対象が、実際に起きたこととズレていたら、故意はどうなるのでしょうか?今日から数回にわたって、そのズレをどう処理するかという話に入ります。

⭐ 論文で書く規範:今日の問い これまでの4回で、認容があれば故意、という判定の形を組み立てた。 今日の問い:思っていたことと、実際に起きたこととがズレたとき、故意はどうなるのか。 (今日の出発点)

この先、数回にわたって扱う、大きなテーマの入口です。だからこそ、最初に地図を渡します。

事実の錯誤の意義

事実の錯誤とは——認識と現実の食い違い 図:事実の錯誤とは——認識と現実の食い違い

今日のテーマは、事実の錯誤です。一言でいうと、頭の中で思っていたことと、実際に起きたことが、食い違う場面です。

⭐ 論文で書く規範:事実の錯誤の意義 頭の中で認識していた犯罪事実。そして、現実に発生した犯罪事実。 この2つが一致しない場合をいう。 (定義(学説上の概念))

狙った相手と違う人にケガをさせてしまった、というような場面です。構成要件的故意をめぐる論点の中で、いちばん重い山だと言われています。故意論の総仕上げ、と考えてください。故意を二段に分けた回の、第一関門のほうです。構成要件に当たる事実の、認識・認容を見る段階の故意ですね。もう片方は、第三関門——この人を非難できるか、を見る段階の責任故意です。そちらは、責任を学ぶ章で扱います。

2軸の地図——今日1本の目次を先に渡す

2軸の地図——事実の錯誤の置き場所は、掛け算で決まる 図:2軸の地図——事実の錯誤の置き場所は、掛け算で決まる

事実の錯誤は、2つの軸で整理できます。1つ目の軸は、認識と発生が、同じ犯罪の中でズレたのか、別の犯罪にまたがってズレたのか。2つ目の軸は、相手そのものを取り違えたのか、結果だけが別の相手に生じたのか。掛け合わせると、4つの箱ができます。今日は、この4つのうち、上の段の2つ——同じ犯罪の中でズレた場合を掘り下げます。下の段——別の犯罪にまたがってズレた場合は、また別の回で扱います。この地図さえ覚えておけば、この先の回でも迷いません。そのうえで、今日たどり着きたい場所を、先に言っておきます。この上の段では、故意を認めるかどうかをめぐって、2つの立場が対立します。ところが、その2つの結論が実際に割れる場面は、たった一つしかありません。

そこを自分の言葉で言えるようになる——それが、今日の到達点です。

山場①:具体的事実の錯誤と抽象的事実の錯誤

同一構成要件内か、構成要件をまたぐか 図:同一構成要件内か、構成要件をまたぐか

まず、1つ目の軸——同じ犯罪の中か、別の犯罪にまたがるか、を区別します。ここは、特に重要だと繰り返し念押しされる区別です。2つの場面を比べてみましょう。1つ目。夜道で、Xが、恨みを持つ元同僚Aに殺意を抱き、背後から殴りかかりました。ところが、殴った相手は、Aだと思い込んでいた、別人の通行人Bでした。Xの頭の中にあったのも「人を殺す」、実際に起きたのも「人が死ぬ」でした。これが、同一構成要件内で食い違った場合です。もう1つの場面です。帰り道の暗がりで、人影を見て、誰かがいると思い込みました。そこに向かって、石を投げつけたとします。

ところが、それは人ではなく、実は等身大の広告パネルでした。頭の中にあったのは「人にケガをさせる」、実際に起きたのは「物を壊す」でした。これが、構成要件をまたいで食い違った場合です。同じ”人だと思っていた”状況でも——構成要件が同じままなのか、それともまたいでしまうのか。何を見れば、区別できるでしょうか?うーん……最終的に何が起きたか、その中身を見るしかなさそうです。認識と発生が、同じ犯罪の枠に収まっているかどうか、それだけを見ます。

⭐ 論文で書く規範:具体的事実の錯誤/抽象的事実の錯誤 具体的事実の錯誤=認識と発生が同一構成要件内で食い違った場合。 抽象的事実の錯誤=認識と発生が構成要件をまたいで食い違った場合。 (定義(学説上の分類・山場①))

この区別を間違えると、この先の処理の入口自体を間違えます。しっかり押さえておいてください。

客体の錯誤と方法の錯誤——用語と具体例

設例P——客体の錯誤 図:設例P——客体の錯誤

では、2つ目の軸に進みます。相手を取り違えたのか、結果だけがズレたのか、という軸です。まず、さっきの人違いの場面を、もう一度見てみましょう。Xは、元同僚Aに殺意を抱いて、背後から殴りかかりました。しかし、殴った相手は、実はAではなく、別人の通行人Bでした。Xは「この人だ」と思って、その思ったとおりの相手を殴っています。ただ、その「この人」の中身が、AだったつもりがBだった、という点で取り違えています。これを、客体の錯誤と呼びます。

設例Q——方法の錯誤 図:設例Q——方法の錯誤

次に、別の場面です。今度は、Xは、元同僚Aを、はっきりと正しく見分けていました。Xは、Aに向かって石を投げました。ところが、手元が狂ってしまい……隣にいた、Aの連れのCに当たってしまいました。この場合、Xは、誰を狙っているかについて、最初から最後まで間違えていません。ズレたのは、結果が生じた場所だけです。これを、方法の錯誤と呼びます。

客体の錯誤と方法の錯誤——見るのはどこか 図:客体の錯誤と方法の錯誤——見るのはどこか

ここで、正確な定義の言葉を確認しておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:客体の錯誤/方法の錯誤 客体の錯誤=攻撃する相手そのものを取り違えた場合。狙った相手と当てた相手は同一人物で、その人が誰かを間違えている。 方法の錯誤=相手の見分けは間違っていないのに、結果だけが別の客体に生じてしまった場合。 (定義(学説上の分類))

実は「弾が外れたかどうか」で区別する、というのはよくある誤解です。設例Pでは、狙った「その人」に、ちゃんと当たっています。外れてはいません。それでも、客体の錯誤です。見るべきは、相手を取り違えたかどうか、その一点だけです。ここを取り違えると、この先の処理がまるごと崩れます。

中間まとめ——4象限が埋まった

4象限が埋まった——今日はどこを深掘りするか 図:4象限が埋まった——今日はどこを深掘りするか

さて、これで2つの軸が、両方そろいました。同一構成要件内か構成要件をまたぐか。客体を取り違えたか、結果だけがズレたか。この2つの掛け算で、事実の錯誤の置き場所が、必ず決まります。今日は、上の段——具体的事実の錯誤の処理を、深掘りします。客体の錯誤であれ、方法の錯誤であれ、故意が認められるのか、という話です。構成要件をまたぐ下の段は、38条という条文が絡む、また別の処理です。そこは、別の回で扱います。

具体的符合説の定義

符合とは——ぴったり一致するという意味 図:符合とは——ぴったり一致するという意味

では、具体的事実の錯誤が起きたとき、故意は認められるのか、を判断する立場を見ていきます。2つの立場があります。分かれ目は、たった一点——認識と発生を、どのレベルで見比べるか、です。まず、符合という言葉の意味から確認しましょう。符合とは、ぴったり一致する、揃う、という意味の言葉です。1つ目の立場は、具体的符合説と呼ばれます。紛らわしいので、先に切り分けます。「具体的事実の錯誤」の”具体的”は、同じ構成要件の中かどうか、という置き場所の話でした。こちらの「具体的符合説」の”具体的”は、認識と発生を、どのレベルで見比べるかの話です。細かい事実のレベルまで一致を求める、という意味です。

⭐ 論文で書く規範:具体的符合説の定義 見比べるレベルを具体的な事実に置く立場。 そのレベルで一致していなければ、実際に起きた事実について構成要件的故意は認めない。 (規範(学説=具体的符合説=有力説))

頭の中で思い描いていたことと、実際に起きたことが揃っていないと。故意は認められない、という考え方です。この立場を、設例Pと設例Qに、実際に当てはめてみましょう。

具体的符合説を方法の錯誤に当てはめる

設例Qへのあてはめ——具体的には一致しない 図:設例Qへのあてはめ——具体的には一致しない

まず、設例Qです。Xは、Aに向かって石を投げ、隣にいたCに当たりました。Xが具体的に認識していたのは、「Aを殺す」という事実だけです。この「Aを殺す」という認識と、実際に起きた「Cが死亡する」を比べます。AとCは、別人です。具体的には、一致していません。Cについての、構成要件的故意は、認められません。正確には、Cについての殺人罪の故意犯としては、成立しない、ということです。この結論を、覚えておいてください。方法の錯誤では、具体的符合説は故意を認めません。

具体的符合説を客体の錯誤に当てはめる

設例Pへのあてはめ——"その人"のレベルでは一致する 図:設例Pへのあてはめ——“その人”のレベルでは一致する

次に、設例Pです。ここで、質問です。「具体的符合説は、いつも故意を否定する」——このイメージ、正しいでしょうか?実は、そうではありません。設例Pに当てはめてみましょう。Xは、殺意を抱いて殴りかかりました。狙っていたのは「この人」——つまり、Aのつもりの人です。そして、実際に殴ったのも、まさにその「この人」——Bでした。「その人」を殺す意思で、「その人」を殺している。ここには、なお一致があります。だから、客体の錯誤では、具体的符合説でも、構成要件的故意が認められます。方法の錯誤では否定、客体の錯誤では肯定。この違いを、セットで覚えてください。

具体的符合説への批判①②

批判①②——受け皿の無さと、区別の難しさ 図:批判①②——受け皿の無さと、区別の難しさ

この具体的符合説には、2つの批判があります。1つ目を、具体的な場面で見てみましょう。自宅の庭先で、隣の家の犬を狙って、石を投げたとします。ここでは、器物損壊の話として聞いてください。狙いが外れて、別の家の窓ガラスに当たりました。具体的符合説に立つと、窓ガラスについての故意は認められません。では、犬についてはどうでしょう。犬には、結局、当たっていません。丸ごと、不可罰になってしまいます。

条文刑法261条(器物損壊等)

刑法261条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

261条を見てください。器物損壊罪には、未遂を処罰する規定がありません。過失を処罰する規定も、ありません。方法の錯誤で故意が否定されると、受け皿が無く、行為者は無罪になります。

⭐ 論文で書く規範:具体的符合説への批判 批判① 受け皿の無い罪では処罰の穴が開く——器物損壊のように未遂も過失も罰する規定が無い罪だと、方法の錯誤の場面で丸ごと不可罰になってしまう。 批判② 入口の線引きが揺れる——客体を取り違えたのか、狙いが外れただけなのか、決められない事案がある。 (批判(対立の材料))

ただし、注意してほしいことがあります。この批判①が効くのは、受け皿となる処罰規定が無い犯罪類型だけです。たとえば、今日の設例Pや設例Qのような、殺人であれば話は別です。Cについての殺人罪の故意が否定されても、過失致死罪や、殺人未遂罪という受け皿が残ります。「方法の錯誤はいつも不可罰」ではありません。受け皿が無い類型でだけ、穴が開くんです。もう1つ、批判②も見ておきましょう。暗闇の中に、人影が2つ並んでいます。Xは、左のほうが狙った相手だと思い込み、左に向けて撃ちました。ところが、左にいたのは別人でした。狙った”位置”には当たっていますが、狙った”相手”には当たっていません。

客体の錯誤か方法の錯誤か、線引きが難しい事案も、実際にはあります。

山場②:法定的符合説の導出

故意の本質から、3段で導く 図:故意の本質から、3段で導く

では、もう1つの立場——法定的符合説を見ていきましょう。はい、紛らわしいので先に言うと、こちらは、判例・多数説が採る立場です。ただし、結論だけでなく、なぜそうなるのか、順番に導いていきましょう。出発点は、これまで確認してきた、故意の本質です。規範に直面し、反対動機の形成が可能だったのに、あえて行為に及んだ。だから強い道義的非難が可能——これが、故意の本質でした。もう一度、故意の本質に戻ります。規範は、何というかたちで、私たちに与えられているのでしょうか?私たちに示されている規範は、「Aさんを殺すな」というような、個人名の規範ではありません。「人を殺すな」という、構成要件のかたちで、一般国民に与えられています。

とすれば、認識していた犯罪事実のほうと、発生した犯罪事実のほうが——構成要件的な評価として一致していれば。その時点で、行為者は規範に直面していた、と言えます。だから、実際に発生したほうの事実についても。構成要件的故意を認める——これが、法定的符合説です。

⭐ 論文で書く規範:法定的符合説の結論 見比べるレベルを構成要件的評価まで引き上げる立場。 そのレベルで一致している限度では、起きた事実の側にも構成要件的故意が認められる。 (規範(判例・多数説))

法律で定められた——法定された、構成要件のレベルで一致すればよい。そう考える見解だから、法定的符合説と呼びます。この名前の由来が言えれば、理解できている証拠です。

法定的符合説のあてはめ

2段構えのあてはめ——具体的事実と、構成要件的評価 図:2段構えのあてはめ——具体的事実と、構成要件的評価

では、法定的符合説を、設例Pと設例Qの両方に当てはめてみましょう。まず、細かい事実のレベルで見てみます。設例Pでは、認識はA、発生はB。設例Qでは、認識はA、発生はCでした。名前という細かいレベルで見れば、どちらも不一致です。ここで具体的符合説なら、設例Pだけは「その人」というレベルでの一致を見つけて、故意を認めていましたね。でも、法定的符合説は、ここで終わりません。構成要件的評価のレベルまで、視点を上げます。

条文刑法199条

刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

199条を見てください。書かれているのは、「人を殺した者は」という言葉だけです。条文が求めているのは、「人」という構成要件のレベルでの一致だけです。設例Pでは、認識も「人」、発生も「人」。設例Qでも、認識は「人」、発生は「人」です。だから、法定的符合説に立てば、客体の錯誤であれ方法の錯誤であれ、故意が認められます。しかも、具体的符合説のような、ひとひねりも要りません。最初から、構成要件のレベルでしか見ていないので、話がシンプルになります。

到達点:両説の結論比較

割れるのは、方法の錯誤のときだけ 図:割れるのは、方法の錯誤のときだけ

では、ここまでの内容を、1つの表にまとめてみましょう。質問です。2つの説が、実際に結論を違えるのは、この表の4つの組み合わせのうち、どこでしょうか?設例P——客体の錯誤では、具体的符合説も法定的符合説も、故意を肯定します。設例Q——方法の錯誤でだけ、2つの説の結論が割れます。試験で問われるのも、実質的には方法の錯誤です。どちらの説を採るか、という場面が中心です。ここまで来れば、今日の到達点に着きました。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日の内容を、1本の地図にして振り返りましょう。まず、事実の錯誤とは、認識していた犯罪事実のほうと、現実に発生したほうとが、一致しない場合でした。同一構成要件内か構成要件をまたぐか。客体を取り違えたか、結果だけがズレたか。今日は、同一構成要件内で食い違った場合——具体的事実の錯誤の処理を、深掘りしました。それから、2つの立場を見ました。具体的符合説は、方法の錯誤では故意を否定、客体の錯誤では故意を肯定。法定的符合説は、故意の本質から、構成要件的評価のレベルでの一致で足りると導きました。だから、客体の錯誤でも方法の錯誤でも、故意を肯定します。

今日は、その一点を、自分の言葉で言えるようになった、というのが到達点です。この先、いくつか、送っておく話があります。今日の設例で、もし弾が、Aにも、Cにも、両方当たっていたら——成立する故意の犯罪は、いくつになるのか。ここは、それだけで1本かかる話です。それから、構成要件をまたいでしまった場合の処理は、条文が別に用意されています。そちらも、別の回で扱います。法律のほうの勘違いは、まったく別の枠組みで処理します。1つずつ、積み上げていきましょう。

参照条文

  • 刑法261条(器物損壊等)
  • 刑法199条

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