刑法ゼロから刑法#32

事実の錯誤(後編)——早すぎた構成要件の実現

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第4章 故意と錯誤 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の受け——今日は、裏返しの型

裏返し板——前編と今日の2×2 図:裏返し板——前編と今日の2×2

前回、次はこの回の裏返しの型を見ると予告しました。第2の行為で殺すつもりだったのに、実は第1の行為の時点で、すでに死んでしまっていた場合です——覚えていますか?前回の最後に、そうおっしゃっていましたね。同じ2つの行為なのに、何が問われるかが入れ替わるんですね、とも言いました。今日は、まさにそこを確かめていきます。まず、前回の板を並べてみましょう。左が前回、右が今日です。前回は、殴ったほうの行為に殺す故意があって、結果はまだ出ていませんでした。結果は、隠したほうの行為で、初めて出ました。今日は、第1の行為の時点で、もう結果が出てしまっています。殺す故意があるのは、まだ実行していない、第2の行為のほうです。

「先に結果、あとで殺意」——これが、今日の型の正体です。早すぎた構成要件の実現、と呼びます。

早すぎた構成要件の実現とは——先に結果、あとで殺意

問題の所在——設例Mと、2つの問い 図:問題の所在——設例Mと、2つの問い

定義を確認しましょう。行為者は第2行為で結果を発生させるつもりでした。ところが実際には第1行為の段階で、結果がすでに発生していた場合——これが、今日の場面です。設例で見てみましょう。設例Mと呼びます。Xは、Aを殺すつもりでした。まず、睡眠薬入りの飲み物を飲ませて、深く眠らせます。第1の行為です。Xの計画では、この段階は準備です。そのうえで、人けのない用水路までAを運び、転落させて溺れさせ、殺そうと考えていました。第2の行為です。計画どおり、Aは眠り込みました。ところが実は、この時点で、Aは薬物の作用によって、すでに死亡していたんです。

Xは、それに気づかないまま、Aを用水路に転落させました。ここで、問いが2つ立ちます。1つ目、第1の行為の時点で殺人罪の実行の着手があったといえるか。2つ目、第1の行為の時点で構成要件的故意があったといえるか。どちらも、第1の行為の時点、なんですね。ここで、43条を見ておきましょう。

条文刑法43条

刑法43条(未遂減免) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

犯罪が、やり遂げたほうになるか、やり遂げなかったほうになるかは、どこから実行に着手したと見るかで決まります。だからこそ、着手の時点をいつと見るかが、今日いちばんの争いどころになります。前回はあえて出しませんでした。前回の争いどころは、着手の時点ではなく、因果関係だったからです。今回は、着手そのものが問われる場面です。

実行の着手——密接性の3要素

実質的客観説と、密接性の3要素 図:実質的客観説と、密接性の3要素

まず、実行の着手そのものの考え方を確認します。実質的客観説——通説の立場です。構成要件的結果発生の現実的危険性を含む行為を開始した時点で、実行の着手を認めます。似ていますが、別物です。あちらは実行行為の話で、法益侵害の現実的危険性がある行為かどうか——行為そのものを見ました。今日は実行の着手の話で、その危険がいつ動き出したのか——時点を見ます。言葉は似ていますが、混ぜないでください。この定式の一般論や、対立する考え方は、実行の着手を正面から扱う回に譲ります。今日は、早すぎた構成要件の実現という場面で必要な限りで使います。

問題は、いつその危険な行為が開始されたと見るか、です。ここで使う物差しが、これです。第1行為が第2行為と密接な行為であるといえる場合には、第1行為の時点で実行の着手があったといってよい。3つの要素で決めます。1つ目、第2行為を確実かつ容易に行うために、第1行為が必要不可欠だったか。2つ目、第1行為に成功したあと、第2行為を遂行するうえで障害となるような特殊の事情がなかったか。3つ目、第1行為と第2行為が、時間的場所的に近接しているか。3つとも満たせば、着手は第1行為までさかのぼる、ということですね。設例Mに当てはめてみましょう。

設例Mへのあてはめ——計画と、実際に起きたこと 図:設例Mへのあてはめ——計画と、実際に起きたこと

1つ目、必要不可欠かを確かめます。Aに抵抗されずに用水路まで運ぶには、あらかじめ眠らせておく必要がありました。満たしています。深夜で、人けのない場所への移動です。眠らせたあとの搬送を妨げる事情は、特にありません。ここも満たしています。睡眠薬を飲ませた同じ晩のうちに、車で十数分の距離にある用水路まで運んでいます。これも満たしています。第1行為は、第2行為と密接な行為だといえます。だから、第1の行為を開始した時点で、もう殺人罪の実行の着手があった、と評価できます。

論文で書く規範:答案の型①(実行の着手) 実行の着手は、構成要件的結果発生の現実的危険性を含む行為を開始した時点で認める(実質的客観説)。第1行為が第2行為と密接な行為であるといえる場合には、第1行為の時点で実行の着手があったといってよい。 密接性は、①確実かつ容易に行うために必要不可欠であったか、②第2行為を遂行するうえで障害となるような特殊の事情が存したか否か、③時間的場所的に近接しているか否か、で判断する。 (答案の型(実行の着手))

着手は、Xの頭の中の区切りではなく、計画全体を通した客観的な危険性で判断するからです。

構成要件的故意と、もう一度の因果関係の錯誤

故意も、同じ基準で繰り上がる 図:故意も、同じ基準で繰り上がる

実行の着手が、第1行為まで繰り上がりました。でも、それだけでは足りません。次は、故意です。第1の行為の時点で殺す故意があったといえるか——そこが、初学者のいちばん引っかかるところです。Xの頭の中では、第1行為は準備のつもりでした。それなのに、なぜそこに殺す故意があると言えるのか。答えはこうです。実行の着手と同様の基準により、判断しうる。つまり、第1行為が第2行為と密接な行為であるといえる場合には、第1行為の時点で殺人の故意があったといってよい。着手を判定した3要素が、そのまま故意の物差しになります。密接な行為だと評価できた以上、第1行為の時点で、もう殺す故意があったと見てよいことになります。

行為の時点で故意がなければ、その行為を理由に処罰できないからです。着手だけ繰り上げて、故意はそのままだと、辻褄が合いません。だから、同じ基準で両方とも繰り上げます。

もう一度の因果関係の錯誤——前回と同じ道具 図:もう一度の因果関係の錯誤——前回と同じ道具

もう一つ、確認することがあります。Xが思い描いていた死に方と、実際の死に方は、違いますよね。この食い違いは、前回やった、因果関係の錯誤です。あのときの結論を、そのまま持ってきます。認識していた経過と実際に生じた経過が、ともに刑法上の因果関係の範囲内で符合している場合には、構成要件的故意が認められる。当てはめだけします。Xが認識していた経過は、眠らせたあと用水路で溺れさせる、というものです。実際に生じた経過は、眠らせるための薬物そのもので死亡した、というものです。物差しは、前に因果関係のところで使ったものと同じです。その行為がもっていた危険が、そのまま結果になったといえるか——危険の現実化と呼ばれる見方でした。どちらの経過もそう言えるので、刑法上の因果関係の範囲内にあります。だから、この食い違いは、故意を否定する理由になりません。

条文刑法199条

刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

第1の行為の時点で実行の着手があり、殺人の故意があり、その故意と実際の経過の食い違いも、構成要件的故意を妨げません。第1の行為だけで、もう殺人罪の、やり遂げたほう——既遂です。殺意の認定そのものの中身は、殺人罪を正面から扱う回に譲ります。

論文で書く規範:答案の型②(構成要件的故意・因果関係の錯誤) 構成要件的故意も、実行の着手と同様の基準により判断しうる。密接な行為といえる場合には、第1行為の時点で殺人の故意があったといってよい。 さらに、認識していた因果経過と実際の因果経過とがズレていても、刑法上の因果関係の範囲内で符合している場合には、構成要件的故意が認められる。 (答案の型(構成要件的故意))

ここまでが、この論点の骨格です。ここからは、この骨格を、実際の最高裁の事件で確かめてみましょう。

クロロホルム事件——事案と判旨

クロロホルム事件——事案の要約 図:クロロホルム事件——事案の要約

実際にあった事件を見てみましょう。クロロホルム事件と呼ばれる事件です。実行犯3名は、Aにクロロホルムを吸引させて、失神させました。第1の行為です。そのうえで、約2キロ離れた港まで運び、Aが運転していた自動車に乗せて、自動車ごと海中に転落させて沈めました。第2の行為です。ところが、クロロホルムを吸引した時点で、Aはすでに死亡していた可能性があることが、あとで分かりました。この事件で、最高裁は殺人罪の成立を認めました。判旨を、実際の言葉で見てみましょう。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成16年3月22日(刑集58巻3号187頁)

クロロホルム事件——実行の着手について 第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること、第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや、第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと、 第1行為は第2行為に密接な行為であり、実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。

1つだけ、気をつけてほしい言葉があります。判旨は、「障害となるような特段の事情」と言っています。規範を説明するときの言い方は「特殊の事情」、判例の実際の言葉は「特段の事情」です。中身は同じですが、混ぜずに使い分けてください。判例は特段の事情と言っています、と覚えておけば十分です。その前に一つだけ確認します。ここから引用する判旨の中に出てくる「V」は、この事件の被害者のことです。設例のAと同じ立場だと思って読んでください。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成16年3月22日(刑集58巻3号187頁)

クロロホルム事件——故意について 実行犯3名は、クロロホルムを吸引させてVを失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して、その目的を遂げたのであるから、 たとえ、実行犯3名の認識と異なり、第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても、殺人の故意に欠けるところはなく、実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。

一連の殺人行為に着手して、その目的を遂げた——だから、途中で死亡の時点がズレていても、殺人の故意に欠けるところはない、としています。

判旨の3段構造——答案の書き順がここにある 図:判旨の3段構造——答案の書き順がここにある

実行の着手のほうは、3要素から密接な行為だと認め、そこから客観的な危険性が明らかだと認め、最後に実行の着手があったと結論づけています。3段です。一連の殺人行為に着手して目的を遂げた、だから故意に欠けるところはない、だから殺人既遂の共同正犯——こちらも3段です。「共同正犯」という言葉が出てきましたね。3人で計画し、実行したので、全員が正犯として扱われます。共同正犯そのものの中身は、共犯を正面から扱う回に譲ります。今日は、条文だけ確認しましょう。

条文刑法60条

刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

未遂にとどまる、ではありません。殺人既遂の共同正犯が成立する、という結論です。3つの要素をそろって満たすときに、着手を第1行為まで繰り上げてよい——決めたのは、そこまでです。どれかを欠くときに第1行為をどう評価するかまでは、この判例は答えていません。

密接性3要素の判定——設例Mとクロロホルム事件を並べる 図:密接性3要素の判定——設例Mとクロロホルム事件を並べる

ここで、1つ確認しておきたいことがあります。クロロホルム事件は、第1行為の場所から第2行為の場所まで、約2キロ離れていました。それでも、判例は時間的場所的近接性を満たすと判断しました。近接性は、直線距離の近さで測るものではありません。一つの計画の流れの中で、途切れずにつながっているかどうかで見ます。それでも、失神させてから港まで運び、海に沈めるまでが、一連の計画として途切れずに続いています。距離の絶対値ではなく、計画としての連続性が決め手です。実は、前編にも、距離を離した設例がありました。空き家から車で40分の山中に、Aを隠す場合でしたね。

でも、あれは因果関係を確かめるための設例でした。結果までの流れが、途中の行動を挟んでもつながっているか、という話です。今日は、実行に着手したと言える範囲が、どこまで及ぶかを測っています。同じ「距離」という言葉が出てきても、確かめている中身は別物です。

2つの型の弁別——決め手は、結果がどちらの行為か

2つの型の弁別表 図:2つの型の弁別表

ここまでの2回で、2つの型を処理しました。1枚の表にまとめてみましょう。1行目、故意はどちらの行為にあるか。前編は第1行為、今日は第2行為です。2行目、結果はどちらの行為に出るか。前編は第2行為、今日は第1行為です。故意と結果が、ちょうど入れ替わっています。前編は因果関係——危険の現実化が認められるか。今日は実行の着手——密接な行為といえるか。壊れている場所が違うからです。前編は、殴ったほうの行為と死の間に、隠すという別の行動が挟まっていました。だから、その流れが途切れていないかを確かめる必要がありました。これが因果関係です。

設例Mでは、睡眠薬を飲ませたその行為から、そのまま死が生じています。流れは初めからつながっているので、因果関係は争いになりません。代わりに、まだ準備のつもりだったその行為から、もう実行に着手したといえるのか——そこが問われます。前編は、行為2個から始めて因果関係を肯定し、因果関係の錯誤で故意を肯定し、第1行為に殺人既遂。今日は、密接性3要素で着手を肯定し、同じ基準で故意を肯定し、因果関係の錯誤で符合を確かめて、第1行為に殺人既遂です。ここに、決め手を1つだけ置いておきます。結果が出たのは、第1行為か、第2行為か。この1問で、型が決まります。

争点は違っても、見分け方はたった1問です。

ミニ事例で見分ける

ミニ事例——どちらの型か 図:ミニ事例——どちらの型か

では、2つのミニ事例で練習してみましょう。1問目です。Xは、Aを殺すつもりで毒を飲ませました。第1の行為です。Aは動かなくなりました。Xは死んだと思い込み、発覚をおそれて、車で運び出し、真冬の郊外にある、使われていない屋外駐車場まで運んで放置しました。第2の行為です。実は、Aは毒では死んでおらず、深夜の寒さにさらされて凍死しました。どちらの型でしょうか。ウェーバーの概括的故意です。第1の行為には殺す故意があるのに結果がなく、第2の行為には結果が出ているけれど、放置した時点では殺す故意はありません。では、2問目です。Xは、Aを殺すつもりで、まずスタンガンで気絶させました。第1の行為です。

そのうえで、橋から突き落とす計画でした。第2の行為です。ところが、Aはスタンガンの電流で死亡していました。結果は第1の行為から出ているので、こちらは早すぎた構成要件の実現です。決め手はいつも同じです。結果が出たのは、第1行為か、第2行為か。結論が同じでも、答案で使う道具がまったく違います。ウェーバー型なら因果関係の判断枠組みを使います。早すぎた型なら密接性の3要素を使います。型を間違えると、正しい結論にたどり着けても、その道筋——論証が的外れになってしまいます。だからこそ、この1問で型を見分ける癖をつけてください。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日の内容を振り返りましょう。冒頭は、前編の2×2を裏返すところから始まりました。今日は、第1行為で結果が出て、殺す故意は第2行為にあるはずだった、という型でした。まず、実行の着手を見ました。次に、故意です。着手と同じ基準で、故意も第1行為まで繰り上がりました。認識していた経過と実際の経過が、刑法上の因果関係の範囲内で符合していれば、故意は否定されません。最後に、クロロホルム事件で同じ論理を確かめました。そして、この2回を通して、2つの型の弁別が、いちばんの到達点でした。決め手は、結果が第1行為か第2行為か——この1問です。

錯誤4部作の総括 図:錯誤4部作の総括

法定的符合説から始まって、故意の個数、抽象的事実の錯誤、そして今日の2つの型まで——すべて、故意の本質は何か、規範は構成要件のかたちで決まる、という1本の理屈で動いていました。事実の錯誤は、これで閉じます。次の章では、故意が認められなかったとき、次に何を検討するのかを見ていきます。過失だけを扱う章です。

参照条文

  • 刑法43条
  • 刑法199条
  • 刑法60条

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