刑法 ゼロから刑法#31

不能犯——そもそも結果が起こりえない場合

未遂犯の締め=不能犯を扱う回。結果発生の現実的危険性がおよそなければ不可罰。未遂との区別は具体的危険説(行為者の特別認識+一般人の認識・行為時・一般人基準)。死体事例で誤認を反対事実に置き換えない点が核心。

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第5章 未遂犯 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

未遂犯の締め=不能犯。「未遂」と「およそ起こりえない不可罰」の境目を画する。

不能犯とは

  • 結果発生の現実的危険性がおよそないため実行の着手が認められず、未遂犯としても不可罰
  • #29の着手(危険性が生じた時点)の裏返し=危険性がなければ着手もない。
  • 類型:客体の不能(既に死んだ人を攻撃)/方法の不能(丑の刻参り・硫黄)/主体の不能
  • 効果:不可罰。ただし予備罪・陰謀罪は成立しうる/別罪も成立しうる(例:硫黄→傷害罪)。

不能犯と未遂犯の区別(学説)

学説基礎事情基準時・基準者帰結
純粋主観説行為者が認識した事情行為時・行為者不能犯はほぼなし(処罰広すぎ)
純粋客観説全ての客観的事情事後・科学的不能犯が広すぎ
具体的危険説〔通説〕行為者が特に認識した事情+一般人が認識しえた事情行為時・一般人一般人基準で現実的危険性を判断
客観的危険説(修正された客観的危険説)事後的に全事情+仮定的事実(ありえた事実)事後・科学的仮定的事実がありえたかで判断

具体的危険説 vs 客観的危険説(死体事例)

既に死亡したBを生存と誤信して発砲した場合:

  • 具体的危険説:行為者の「生きている」との誤認は客観的事実でないため基礎から除外。行為時に一般人がBの死を認識しえなければ、対象は「生死不明なB」→ 一般人から見て危険あり=殺人未遂
  • 客観的危険説:死亡という客観的事実から原則不能犯(仮定的事実がありえたかで修正)。

あてはめの核心:具体的危険説でも、誤認を「Bは生きていた」という反対の客観的事実に置き換えない。事実は『不明』と扱う(答案の頻出ミス)。

判例

【判例】空気注射事件 最判昭37・3・23(刑集16巻3号305頁) 静脈内に注射された空気の量が致死量以下であっても、被注射者の身体的条件その他の事情のいかんによっては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえないとして、不能犯ではなく殺人未遂罪の成立を認めた。

【判例】硫黄殺人事件 大判大6・9・10(刑録23輯999頁) 硫黄の粉末を飲食物に混ぜて飲ませ殺害しようとした行為は、その方法が絶対に不能であるとして殺人については不能犯とした。ただし健康を害する危険はあるから傷害罪は別途成立しうる。

📝 論文の型|不能犯(具体的危険説)

★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

不能犯は結果発生の現実的危険性を欠き未遂犯として不可罰である。未遂犯と不能犯の区別は、①行為者が特に認識していた事情と②一般人が認識しえた事情を基礎に、行為時を基準に一般人の見地から結果発生の現実的危険性が認められるかで判断する(具体的危険説)。行為者の誤認は客観的事実でない限り基礎から除外し、これを反対の客観的事実に置き換えてはならない

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 不能犯=危険性ゼロ → 不可罰/未遂犯=危険あり → 可罰
  2. 基礎事情=行為者の特別認識+一般人の認識可能性
  3. 視点=行為時・一般人から見た現実的危険性(具体的危険説)
  4. 誤認の処理=客観的事実でなければ除外(「不明」と扱う)
  5. 反対の客観事実に置き換えないのが客観的危険説との違い

フル論証(正本)

不能犯は結果発生の現実的危険性を欠くため未遂犯として処罰されない。そこで、未遂犯と不能犯の区別は、①行為者が特に認識していた事情、および②行為当時に一般人が認識しえた事情を基礎とし、③行為時を基準として、④一般人の見地から、結果発生の現実的危険性が認められるか否かによって判断する(具体的危険説)。なお、行為者の誤認は客観的事実でない限り基礎事情から除外し、これを反対の客観的事実に置き換えてはならない

【事例】 甲は、Vを殺害しようと、直前に急死していたVに対し、これを知らずに生存していると思って至近距離から拳銃を発砲した。

【問題提起】 客観的には既に死亡していたVへの発砲につき、甲に殺人未遂が成立するか、それとも不能犯か。

【あてはめ】 甲の「Vは生きている」との認識は客観的事実でないため基礎から除外する。もっとも、Vは直前に急死したばかりで、行為当時、一般人もVの死を認識しえなかった。そうすると基礎事情は「生死不明なV」となり、生死不明な人体に至近距離から発砲する行為は、一般人から見て結果発生の現実的危険性が認められる。よって不能犯ではなく殺人未遂が成立する(仮に一般人もVの死を容易に認識しえた場合は、対象を死体として危険性を欠き不能犯となる)。

短答ひっかけ

  • 不能犯=現実的危険性がおよそない→不可罰(予備罪・別罪は成立しうる)。
  • 通説=具体的危険説(行為者が特に認識+一般人が認識しえた事情・行為時・一般人基準)。
  • 死体事例で誤認を反対事実に置き換えない(事実は不明扱い)。
  • 空気注射=殺人未遂/硫黄殺人=殺人は不能犯(傷害は別途成立しうる)。

今日の地図(保存版)

  • 実行の着手(#29):現実的危険性が生じた時点(実質的客観説)。手前が予備(重大犯罪のみ)。
  • 中止未遂(#30):着手後に自己の意思でやめた(必要的減免・43条ただし書)。
  • 不能犯(#31):そもそも現実的危険性がおよそない(不可罰)。未遂との区別は具体的危険説。
  • → 次章は複数人で犯罪を行う共犯

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