正当行為と被害者の承諾
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第6章 違法性 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の到達点を受ける——今日の問い
図:今日の問い——35条には、書いていない道がある
前回、違法性阻却事由には、法定のものがいくつあると学びましたか?4つです。法令行為、正当業務行為、正当防衛、緊急避難、でしたね。35条には、そのうち何個が入っていましたか。2個です。前段と後段で、法令行為と正当業務行為でした。今日は、その35条の中身に入ります。ところが、35条には、条文に書いていない道が、もう1本あります。
35条には「直接適用」と「準用」の2つのルートがある
図:35条の2つのルート——条文にあるのは2つだけ
35条を、もう一度見てみましょう。
条文刑法35条
刑法35条(正当行為) 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
今日は、この条文そのものを、正面から扱います。条文が挙げているのは、この2つだけです。実は、そこに、この論点の面白さがあります。被害者の承諾をはじめ、推定的承諾、治療行為、義務の衝突。推定的承諾は、本人に聞けないけれど、聞けば承諾したはずだ、という場合です。治療行為は、手術のように、治すために体を傷つける場合。義務の衝突は、2つの義務が同時にあって、両方は果たせない場合です。この4つは、条文には、一文字も書かれていません。通説は、この4つにも、35条を準用します。直接は書いていなくても、35条の理由づけを借りて、当てはめることです。
35条が置いているのは、正当な行為だから罰しない、という理由です。社会の中で正当なものとして許される行為を、まとめて正当行為と呼びます。条文が名前を挙げていない4つも、この正当行為の仲間だ、というのが通説の見方です。35条が担当する場面は、実は2つではありません。直接の2つと、借りてくる4つで、合わせて6つあります。答案で、根拠条文を間違えてしまいます。準用と超法規的を混同すると、痛い目を見ます。準用には、35条という条文に、足場があります。前回見た超法規的違法性阻却事由には、条文の足場がありません。
足場があるかどうかが、決定的な違いです。
図:前回の地図に、中間層を1つ足す
前回の地図を、思い出してください。今日は、その2段の間に、もう1段を足します。直接適用と、超法規的の間に、35条の準用があります。間違っていたのではありません。地図を、精緻にするだけです。前回は、そこまで踏み込まなくても、全体像はつかめました。まずは、直接適用の2つから始めます。
法令行為——「その人だから」ではなく「法令が許すから」
図:法令行為——逮捕状による逮捕を例に
法令行為とは、法律や命令などの成文法規が、してよいと認めている行為です。警察官Xが、裁判官の出した逮捕状で、Aを逮捕する場面です。この行為、実は、逮捕罪の構成要件には該当しています。人を不法に逮捕すれば、220条の構成要件に当たります。Xの行為も、形式的には、当てはまっています。消えるのは、構成要件該当性ではありません。消えるのは、違法性です。構成要件は、条文が定めている犯罪の「型」です。その型に当たった時点で、違法性はあるものとして扱われます。だから第二の関門で見るのは、阻却事由があるかどうかだけです。
刑事訴訟法199条が、逮捕状による逮捕を、法令として許容しているからです。そこは、言い方に注意が要ります。効いているのは、警察官という身分ではありません。効いているのは、逮捕を許容する法令があること、そのものです。
図:身分ではなく法令——一般人の現行犯逮捕
一般の人が、現行犯人を、その場で捕まえる場合を見てみましょう。刑事訴訟法213条は、現行犯人なら、誰でも逮捕状なしに捕まえてよいと定めています。ひったくり犯を、その場で取り押さえた一般人も、逮捕罪の構成要件には当たります。でも、213条という法令が許容しているから、違法性が阻却されます。効いているのは、身分ではなく、根拠になる法令です。
正当業務行為——「業務」は日常語と意味が違う
図:「業務」とは何か——日常語との違い
続いて、35条後段の正当業務行為です。「業務」を仕事のことだと思う人は、多いです。でも、法律上の意味は、日常語と違います。「業務」とは、社会の中で、同じ種類の行為として、くり返し行われ続ける性格を持つ事務のことです。見るのは、その行為自体が、繰り返される種類のものかどうか、という点です。ボクシングジムに通うXが、公式ルールの試合で、Aを殴って怪我をさせました。204条の構成要件には、当たっています。でも、公式ルールに則った試合なら、正当業務行為として、違法性が阻却されます。趣味のイメージでも構いません。①職業である必要はありません。
もう1つ、大事な弁別ポイントがあります。もし、今日がXのデビュー戦だったら、結論は変わるでしょうか。「初めてだから業務にあたらない」というのは、よくある誤解です。②”性格”を見るので、その1回目でもよいんです。プロかどうか、初めてかどうかは、関係ありません。ケンカは、業務になりません。くり返される種類の行為ではないからです。答案では、「くり返し行われる性格の事務であるから」と、性格に着目して書きます。
被害者の承諾の意義——ここから4つの効果に分かれる
図:被害者の承諾——定義と、その先
ここまでが、条文に直接書いてある2つでした。ここからは、準用される側に入ります。今日扱うのは、そのうちの被害者の承諾です。「承諾があれば無罪」というイメージは、半分は正しくて、半分は正確ではありません。まず、定義から確認しましょう。被害者の承諾とは、法益を持つ本人が、自分の法益を手放すことです。そのうえで、その侵害に同意を与えることを言います。法が守る利益のことです。刑法が何を守るのかを見た回で確認しましたね。「承諾ある者に不法はない」と、古くから言われてきた考え方です。ただし、今日大事なのは、その先です。
承諾の効果は、一様に違法性阻却ではありません。「承諾があれば無罪」が半分しか正しくないのは、まさにそこです。犯罪の特性に応じて、承諾の効果は分かれます。これから、4つに分けて見ていきます。
被害者の承諾の4類型——承諾が条文のどこに置かれているか
図:4つの効果——承諾は条文のどこに置かれているか
承諾の効果を決める鍵は、たった1つです。その承諾が、条文のどこに置かれているか、です。犯罪の構成要件が、承諾の有無をどう扱っているか。ここを見ます。その前に、1つ聞かせてください。被害者の承諾があれば、いつも、違法性が阻却されるでしょうか。一度、そこで、立ち止まってみましょう。板を見てください。少し身近な例で、会社員の「了解しました」という一言を考えてみましょう。配置転換は、その一言が無ければ、そもそも話が始まりません。懲戒の場面で自分から認めると、罰の重さが変わります。安全研修は、何と言おうと、受講の必要には関係ありません。飲み会の一気飲みでは、その一言だけでは決まらず、そこから判断が始まります。同じ発想で、4つのパターンを見ていきましょう。1つ目は、承諾が無いことが、構成要件要素になっている犯罪です。
たとえば、住居侵入罪です。人の家に、無断で入れば犯罪になります。家の人が許していれば、その時点で、そもそも侵入にあたりません。窃盗罪も、同じ構造です。持ち主が持って行っていいよと言えば、それは窃取ではなく譲り受けになります。承諾が無いことが要件だから、承諾があれば構成要件該当性が阻却されます。2つ目は、逆です。承諾があることが、構成要件要素になっている犯罪です。人を殺せば、通常は殺人罪、199条です。でも、被害者本人が、殺してくれと頼んだ場合は、話が変わります。
条文刑法202条
刑法202条(自殺関与及び同意殺人) 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。
承諾があることが、条文の要件に組み込まれています。無罪にはなりません。別の犯罪、同意殺人罪として処罰されます。ただし、通常の殺人罪より、法定刑は軽くなります。つまり、承諾が違法性を軽減して、法定刑を軽くする効果を持っています。嘱託と承諾の違いや、自殺関与との区別は、各論の回で正面から見ます。今日は、承諾が条文に書き込まれている、という事実だけで十分です。ここで、204条を確認してみましょう。204条には、「その承諾を得て」というような文言は、どこにもありません。この違いが、これから見るパターンの手がかりになります。3つ目は、構成要件の性質上、そもそも承諾の有無が問われない場合です。
16歳未満の者に対する性犯罪が、その例です。不同意わいせつ罪の176条3項、不同意性交等罪の177条3項です。相手が13歳未満なら、本人の同意があっても、犯罪の成否に影響しません。13歳以上16歳未満のときも同じ扱いですが、行為者との年齢差という条件が別に付きます。詳しい要件は、各論の性犯罪を扱う回で、正面から見ます。今日は、承諾が効かない構成要件がある、という事実だけを押さえてください。4つ目は、①から③のどれにも当たらない場合です。傷害罪です。承諾が無いことも、あることも、条文の要件ではありません。
無関係ではありません。ここでは、違法性阻却の問題として検討されます。Aが、Xに本気で殴ってみてくれと頼み、Xが殴って、Aが軽い怪我をしました。Xの行為は、204条の構成要件に当たります。でも、承諾は条文に書かれていないので、①でも②でもありません。違法性阻却の問題になります。ただし、注意してください。「違法性阻却の問題になる」は、「必ず阻却される」という意味ではありません。ここから先は、なぜ阻却されるのか。そして、本当にいつも阻却されるのか、という話に進みます。
承諾が違法性を阻却する根拠——前回の払い戻し
図:阻却根拠——一般論が承諾の場面でどう具体化するか
では、④のケースは、なぜ違法性が阻却されるんでしょうか。前回、違法性阻却の一般的な根拠を、習いましたね。それを使います。この一般論が、承諾の場面では、別の名前で具体化されます。結果無価値論からは、法益性欠如説が出てきます。被害者が自分の法益を処分した結果、保護すべき法益そのものが無くなる、という考え方です。Aが身体への侵害を承諾した時点で、保護すべき法益は、もう無いという説明です。一般論の名前と、承諾の場面の名前は、別物です。混ぜないでください。行為無価値論からは、社会的相当性説が出てきます。ここは、同じ名前が2回出てきます。承諾によって、行為が社会的に相当だと認められる場合がある、という説明です。殴ってくれと頼まれた例なら、Aが自分から頼んだという事情も含めて、Xの殴り方が社会的に見て相当な範囲かを見ます。
前回の議論が、ここでも、そのまま効いてきます。
「必ず阻却されるわけではない」——両方の立場から独立に出る限界
図:「必ず」ではない——両方の立場から出る歯止め
さっき予告した、「必ず阻却されるわけではない」に入ります。「承諾があれば違法性が阻却される」という言い方は、正確ではありません。正しくは、「阻却される場合がある」です。言い切るのと、場合があると言うのとでは、大きく違います。理由は、両方の立場から、独立に出てきます。まず、行為無価値論から見ます。承諾は、違法性阻却を判断するときの、一資料にすぎません。動機や目的、手段や態様、程度まで総合的に考慮して、初めて結論が出ます。もう1つ、結果無価値論からも、別の理由が出てきます。法益には、個人のものだけでなく、国のはたらきや、社会全体の安全にかかわるものもあります。国家的法益や、社会的法益は、個人が勝手に放棄できません。
承諾さえあれば結論が出ると考えて、あてはめを省略するのが、いちばんの誤りです。
到達点——承諾を見たときの手順
図:到達点——承諾を見たときの5つの手順
今日の内容を、1つの手順にまとめます。①まず、条文を開いて、承諾がどこに置かれているかを見ます。②違法性阻却の類型、さっきの④に落ちたときだけ、根拠論に乗せます。③根拠は、法益性欠如説か、社会的相当性説です。この講義は、行為無価値論、つまり社会的相当性説の立場です。④承諾があっても、必ず阻却されるわけではありません。⑤その具体的な要件は、この続きの回で扱います。この5つが言えれば、承諾の入口は通れます。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図
今日を、振り返りましょう。法令行為と正当業務行為、直接適用の2つです。被害者の承諾、推定的承諾のほかにも、治療行為、義務の衝突です。逮捕状による逮捕も、一般人の現行犯逮捕も、根拠は法令でした。職業性も要りません。承諾が無いことが要件なら、構成要件該当性が阻却されます。承諾があることが要件なら、違法性が軽減されます。有無を問わない類型なら、成否に影響しません。どれにも当たらなければ、違法性阻却の問題になります。でも、承諾があっても、必ず阻却されるわけではありません。法令行為、正当業務行為、被害者の承諾です。
推定的承諾、治療行為、義務の衝突です。その3つの要件、そして被害者の承諾そのものの有効要件も、この続きの回で扱います。
参照条文
- 刑法35条
- 刑法202条