刑法ゼロから刑法#42

正当防衛の急迫性——いつから・いつまでが「急迫」か

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第6章 違法性 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入——時間の条件

今日の問い 図:今日の問い

先週殴られたことを根に持って、今日殴りかかった。それは、正当防衛にはなりません。その理由を、今日は説明できるようにします。正当防衛には、時間の条件があります。その条件を1つ立てて、最後まで詰めます。労働争議行為、安楽死、自救行為。明文の橋から、条文の外側までを見ました。今日から、条文にはっきり書いてある話に入ります。刑法36条1項、正当防衛です。

緊急行為という枠組み

緊急行為の3分岐 図:緊急行為の3分岐

国家の取り締まりが、間に合わない場面があります。そこで、私人が実力を使ってよい場面を、緊急行為と呼びます。緊急行為が認められる場面は、もちろん限定されています。刑法に明文があるのは、2つです。正当防衛と、緊急避難です。もう1つ、明文の無い自救行為もあります。これは前回、時間で区切りました。明文のある2つのうち、正当防衛の入口から見ていきます。緊急避難を正面から扱う回で、あらためて渡します。今日は、正当防衛に絞ります。

36条1項と6つの要件

36条1項の6つの要件 図:36条1項の6つの要件

前回、少しだけこの条文を見ましたね。

条文刑法36条1項

刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

今日は、この一文を要件ごとに切り分けます。条文の並びどおりに割ると、6つです。1つ目は急迫、2つ目は不正、3つ目は侵害、4つ目は自己または他人の権利、5つ目は防衛するため、6つ目はやむを得ずにした行為です。ただし、1つ目から3つ目は、条文では「急迫不正の侵害」と一続きに書かれている言葉です。今日は、1つ目の「急迫」だけを、最後まで詰めます。「急迫」は、正当防衛でいちばんつまづきやすい要件だからです。不正と侵害、自己または他人の権利は、次の回で扱います。防衛するためと、やむを得ずにした行為、つまり相当性は、正当防衛の相当性を扱う回に譲ります。

もう1つ、この条文の考え方も押さえておきましょう。正当防衛は、正しい側が不正な側に譲歩する必要はない、という考え方の上に立っています。答案に書く根拠は、もう一段先にあります。正当防衛は、法秩序の保全に積極的に協力する行為だから、社会的に相当だと評価され、違法性が阻却されます。阻却事由があると分かった瞬間に、そもそも違法でなかったと評価し直される、ということでした。駅のホームで、絡んできた相手を突き飛ばして助かったとします。そんな人に、「逃げるべきだった」とは、誰も言いません。緊急避難とは、ここが違います。

緊急避難は、無関係な第三者を巻き込むことがある、正対正の関係です。正当防衛は、正対不正の関係です。だから、正当防衛のほうが広く認められます。

「急迫」の定義——過去と将来

急迫の時間軸 図:急迫の時間軸

「急迫」には、条文に定義がありません。「急迫」の意味は、判例が言葉にしました。

判例最判昭46・11・16 刑集25巻8号996頁

最高裁判所——「急迫」の定義 「刑法三六条にいう『急迫』とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。」

かみ砕きます。侵害が今まさに起きているか、もう目の前まで来ていること。この2つだけが、「急迫」です。実は、緊急避難の条文が使う「現在」も、同じ意味です。中身は、緊急避難を正面から扱う回で、あらためて渡します。前回は一言でしたが、今日は判例の言葉として、正面から立てます。イメージで言うと、急迫はシャッターチャンスのようなものです。侵害が起きている、その一瞬だけシャッターを切れます。早すぎても、遅すぎても、写真は撮れません。では、質問です。冒頭のAさん、先週殴られたことは、急迫と言えますか。今まさに起きても、目の前に迫ってもいません。過去の侵害は、急迫ではありません。

もう1つ、逆から考えましょう。侵害が起きる前、つまり将来はどうでしょう。Aが、来週の会合でBと揉めて殴られそうだと予想したとします。それなら先にと、今日Bを呼び出して殴りました。これは急迫と言えますか。将来の侵害も、急迫ではありません。定義の外側は、機械的にすべて「急迫でない」になります。

いつ終わるのか——終期

終期の目安と例外 図:終期の目安と例外

ここで、前回の話を、少し思い出してください。前回の自転車の話、なぜ正当防衛にならなかったでしょうか?盗まれたのが半年前で、もう過去だからでした。半年前に盗まれた自転車を、駅前で見つけて取り戻した会社員の話でしたね。あの行為は、自救行為の話でした。半年前は、誰が見ても、もう過去です。ここで、質問です。殴りかかってきた相手から、刃物を奪い取った直後は、まだ「今」でしょうか。それとも、もう「過去」でしょうか。そこが、今日の本題です。過去がだめだとして、いつから過去になるのか。正直、総合的に考えるしかありません。ただ、目安はあります。目安は、凶器を奪った時点です。多くの場合、そこで急迫性は終わります。

ただ、この目安が破れる場合があります。例えば、刃物を振り回すBを、Aが取り押さえて刃物を奪ったとします。Bが、そのまま踵を返して走り去りました。この時点では、もう急迫ではありません。攻撃の意思も体勢も、消えているからです。では、走り去らずに、なお組みついてきたらどうでしょう。実際に、そういう事件があります。

昭和26年の事案 図:昭和26年の事案

判例最判昭26・3・9 刑集5巻4号500頁/判旨の要旨

最高裁判所——なお組みつく気勢を見せたとき 生木で殴りかかってきた相手からその生木を奪い取った後も、相手がなお素手で組みつこうとする気勢を示したときは、特段の事情のないかぎり急迫不正の侵害はなお続いているといえる。反撃として奪い取った生木で相手を殴打する行為も、防衛行為としてやむを得ない場合があり得るとして、最高裁はこれと異なる原判決を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻した。

奪われた後も、なお襲いかかる意思と体勢が続いていました。だから、急迫性はまだ続いている、と判断されました。道具を持っているかどうかではなく、なお向かってくる意思と体勢が続いているかどうかです。物差しは1つです。「侵害を続ける能力」が消えたかではなく、「侵害を続ける意思と体勢」が続いているかを見ます。実際の行為が激しく見えたとしても、それだけで急迫性の判断が変わるわけではありません。決め手は、あくまで意思と体勢です。

将来の侵害と防衛設備

防衛設備は、いつ効くか 図:防衛設備は、いつ効くか

もう1つ、将来の話で迷いやすい場面があります。あらかじめ、侵入者に備えて設備を作っておく場合です。もう少し踏み込んだ例で考えましょう。ある店主が、閉店後に窓を割って侵入しようとした者にだけ反応する、防犯スプレーを入口に取り付けました。深夜、実際に窓を割ろうとした侵入者に、スプレーが噴射されました。まだ何も起きていないうちに、用意していますし。そう思っちゃいますよね。ここで、さっきの定義に戻りましょう。この設備が、実際に効果を持つのは、いつでしょうか。設置した日には、何も起きていません。だから、設置した日は、「現に存在」にも「間近に押し迫っている」にも当たりません。スプレーが噴射されるのは、侵入者が窓を割ろうとした瞬間です。その瞬間こそ、「現に存在している」に当たります。

さっきのシャッターチャンスで言うと、シャッターが切れるのは、設置した日ではありません。侵害が現に起きている瞬間です。急迫性は、否定されません。これは丸暗記する結論ではなく、定義をそのまま当てはめた結果です。

待ち構えていた場合

待ち構えていた2つの場合 図:待ち構えていた2つの場合

ここからが、今日いちばんの山場です。侵害を、事前に予測していた場合です。「予測していたなら不意打ちではないから急迫ではない」という直感は、よく出てきます。でも、判例はそう考えません。まず判例は、予期しているだけでは、急迫性は失われない、とします。もし予期しただけで急迫性が消えるなら、察知した人は逃げるしかなくなります。条文が急迫性を求めているのは、危険を避ける義務を課すためではありません。シャッターチャンスで考えてみましょう。チャンスが来るタイミング自体は、知っていても変わりません。問題は、そのタイミングをどう使ったかです。

Aは、以前トラブルになった相手Cから、「今夜押しかける」と脅されました。恐怖のあまり、Aは身を守る棒を用意して、息をひそめて待っていました。実際にCが押し入ってきたので、Aはその棒で殴って撃退しました。この場合、急迫性はあります。予期していただけで、防御のために備えていたにすぎません。ここからです。

判例最決昭52・7・21 刑集31巻4号747頁

最高裁判所——積極的加害意思の判断 「刑法三六条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから、当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないと解するのが相当であり、……しかし、同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。」

後半が核心です。予期を避けなかっただけでなく、その機会を利用して、積極的に加害する意思で臨んだとき。ここまでいくと、急迫性は失われます。この意思を、積極的加害意思と呼びます。心のうちが違います。もう1つの例で、比べてみましょう。Aは、金を貸しているBが、返済の督促のたびに怒鳴ってくるのに、腹を立てていました。「今夜Bが取り立てに怒鳴り込んでくる」との情報を得たAは、「ちょうどいい」と考えました。鉄パイプを用意して待ち構え、実際に怒鳴り込んできたBに、殴りかかりました。でも、結論は逆になります。最初のAは、身を守るために待っていました。今のAは、積極的に痛めつけるために待っていました。

今のAには、急迫性が認められません。

判例と学説、置き場所の違い 図:判例と学説、置き場所の違い

ここで、もう1つ大事な視点があります。学説は、この場面を、判例とは違う場所で処理します。学説は、急迫性そのものは、語義からそのまま認めます。急迫かどうかは、侵害する側の事情が、時間的に迫っているかどうかの問題です。防衛する側の内心で、侵害の切迫そのものを消してしまうのは、要件の置き場所が違う。これが学説の言い分です。その代わり、「防衛するためにやったのか」という、別の要件で処理します。中身は、正当防衛の相当性を扱う回で、あらためて渡します。答案を書くときは、自分がどの立場で、どの要件で落としているのか、はっきりさせる必要があります。

論文で書くときの流れ 図:論文で書くときの流れ

この場面は、論文でよく問われます。事案から、問題提起、規範、あてはめまでの流れは、専用の論文動画で渡します。今日は、判例と学説の対立の中身までにします。

事情を並べて判断する

行為全般の状況 図:行為全般の状況

もう1つ、新しい判例があります。

判例最決平29・4・26 刑集71巻4号275頁

最高裁判所——行為全般の状況からの判断 「刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。……対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。」

核心は後半です。対抗行為より前の事情も含めて、行為全般の状況から見る、という言い方です。積極的加害意思の有無だけを、単独では聞きません。例えば、それまでの二人の関係です。どれくらい確実に、侵害を見込んでいたかも見ます。その場を離れられたかどうか、凶器を準備していたかどうかも入ります。積極的加害意思は、この中の、有力な一例という位置づけに変わっています。具体で見てみましょう。Aは、近所のDと以前から揉めていて、Dが酔うと絡んでくるのを知っていました。その晩も、Dが向かってくるのが窓から見えました。Aは家の中にいて、鍵をかけて待つこともできました。

ですがAは、庭にあった鉄の棒を持って、外に出て待ちました。そこまでの気持ちは無かったとしましょう。違うのは2つです。あのときのAは、家に踏み込まれる側で、逃げ場がありませんでした。この場面のAは、鍵をかけて中にいれば済んだのに、わざわざ外へ出ています。逃げる義務が無いのは、侵害が始まってからの話です。そこは逃げずに戦ってかまいません。ここで見ているのは、侵害が始まる前の身の置き方です。時点が違います。用意したものも、身を守る棒ではなく鉄の棒で、そこも違います。前から揉めていたことと、来ると分かっていたことは、たしかに同じです。この2つは、それだけでは不利に働きません。ただ、確実に来ると分かっていたからこそ、鍵をかければ済んだのに外へ出たことと、鉄の棒を選んだことの意味が重くなります。従前の関係、見込みの確かさ、避けられたのに留まったこと、持ち出したものの性質。この4つを並べると、許されない側に傾きます。

そこが大事です。一つ一つでは決まりません。並べて、全体で見ます。答案でも、積極的加害意思という一語だけに当てはめません。事情を並べたうえで、36条の趣旨に照らします。私人の対抗行為を、例外的に許した趣旨です。それに照らして、許されるかを論じます。侵害が、今なのかどうかです。予期していた場合も、結局は今日の時間の条件に戻ってきます。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を、振り返りましょう。「急迫」は、侵害が今まさに起きているか、目の前まで来ていることでした。この定義1つから、4つの場面が動きました。将来の侵害は、まだ始まっていません。ここで、最後に1問だけ確認します。相手から刃物を奪った直後、相手がなお組みついてこようとしていたら、これはまだ「急迫」でしょうか?意思と体勢が続いているので、まだ急迫です。道具の有無ではなく、意思と体勢でしたね。防衛設備は、設置した時点ではなく、発動した時点で見ます。防御目的なら、急迫性はあります。積極的に利用する意思なら、判例はそこで急迫性を否定します。

今日の答えを、冒頭のAさんにも返せますね。理由まで、説明できるようになりました。「不正」と「侵害」、そして「自己または他人の権利」を見ていきます。

参照条文

  • 刑法36条1項

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