誤想過剰防衛——勘違いに、やりすぎが重なったら
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第7章 責任 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——同じ勘違いなのに、なぜ結論が割れるのか
図:夜道で、思い込んだ相手にすら、やりすぎた
前回、駐輪場のAを見ました。勘違いだけで、暴行罪の構成要件に当たる行為をして、それでも無罪になる、という話でしたね。今日は、同じ勘違いから始まる、もう1つの夜道の場面を考えてみます。今度は、少し違う道具立てにしましょう。Aが、終電を逃して、暗い路地を1人で歩いています。街灯はほとんど無く、足音が響くだけの道です。そこへ、前方からBが歩いてきて、いきなり手に持っていた傘を振り上げました。Aは、殴りかかられると思い込み、とっさに、護身用に持ち歩いていた金属バットで、Bの頭部を思い切り殴りました。実際には、Bはただ、閉じていた傘を開こうとして、振り上げただけでした。殴りかかる意思など、まったくありませんでした。
そこまでは、まったく同じです。ですが、今日のAには、もう1つ引っかかる点があります。仮に、Aが誤信したとおり、本当にBが殴りかかってきていたとしても、金属バットで頭部を狙う反撃は、行き過ぎではありませんか。言われてみれば、誤想した侵害に対してすら、やりすぎている気がします。素手で払いのけるとか、逃げるとか、他にも手段はありそうです。今日は、この「誤想した侵害に対してすら、やりすぎた」場合を扱います。今日は、故意犯が成立する場合と、成立しない場合の、両方があります。今日は、なぜ割れるのかを、前回と同じ1本の道具だけで解いていきます。
誤想過剰防衛・誤想過剰避難の意義
図:誤想過剰防衛の定義——もう一段の過剰性
まず、名前を正確に確認します。前回の誤想防衛は、急迫不正の侵害という事実が無いのに、あると誤信して防衛行為に出た場合でした。今日の誤想過剰防衛は、そこにもう一段が乗ります。侵害が無いのに誤信したうえ、その誤信した侵害に対する防衛としても、なお過剰だった場合をいいます。一部というより、前回の形に、もう1つ条件が乗ったもの、と考えてください。分解すると、2つの要素が重なっています。①侵害が無いのに、あると誤信したこと。②その誤信した侵害を基準にしてもなお、反撃の程度が相当性を超えていること。この2つが両方そろって、はじめて誤想過剰防衛です。
②が乗ってはじめて、今日の話に変わります。ここで大事なのは、②の物差しです。やりすぎかどうかを測る基準は、現実に何が起きていたかではなく、本人が思い込んだ侵害です。今日のAで言えば、現実にはBは傘を開こうとしていただけです。でも、その現実と比べて「やりすぎ」を測るのではありません。Aが思い込んだ「Bが殴りかかってくる」という侵害と比べて、金属バットで頭部を殴る反撃が、なお行き過ぎかどうかを見ます。誤想防衛の場面では、そもそも現実の侵害が存在しません。存在しないものを基準にはできませんよね。行為者が実際に防衛の意思で動いた対象は、あくまで自分が思い込んだ侵害です。だから、やりすぎかどうかも、その思い込んだ侵害との対比で測るしかないのです。
図:4つの場面の見分け方——侵害の実在と反撃の程度
ここで、これまで見てきた場面を、いったん整理しておきます。軸は2つです。1つは、侵害が実際に存在するかどうか。もう1つは、反撃の程度が相当か、過剰かです。侵害が実在して、反撃も相当なら、正当防衛。侵害が実在するのに、反撃が過剰なら、過剰防衛でした。ここまでは、以前見た話です。侵害が実在しないのに、反撃が誤想した侵害との関係で相当なら、前回見た誤想防衛。侵害が実在しないのに、反撃が誤想した侵害との関係でも過剰なら、今日の誤想過剰防衛です。ただ、前回の最後に、侵害があったこと自体は分かっていたのに、防衛の程度を見誤る場面を、この名前で紹介しました。今日の誤想過剰防衛が指すのは、右下のマス、つまり侵害が無いのに誤信し、そのうえ誤信した侵害に対しても過剰だった場合です。侵害が実在していて、反撃が過剰だった場合は、まず過剰防衛のマスに入ります。ただ、やりすぎに当たる事実そのものを見誤っていたときは、誤想防衛の一種として故意が問題になる、という整理が一般的です。
誤想避難も、まったく同じ形です。現在の危難が無いのに誤信し避難行為に出たが、誤想した危難に対する避難としても、なお過剰だった場合を、誤想過剰避難といいます。たとえば、Cが、深夜、自宅の1階から聞こえた物音を強盗だと誤信し、家族を逃がすため、隣家の窓ガラスを割って中に踏み込み、たまたま居合わせた住人を突き飛ばして怪我をさせたとします。実際には、物音は飼い猫が物を落としただけの音でした。しかも、仮に本当に強盗がいたとしても、窓を割って踏み込み、住人を突き飛ばすところまでは、避難として行き過ぎです。危難の誤信と、避難行為の過剰性が、両方そろっています。
今日はここから先、誤想過剰防衛のAを中心に、この2要素がどう扱われるかを見ていきます。
効果——過剰性の基礎となる事実の認識で二分する
図:前回の道具、もう一度
本題に入る前に、前回のものさしを、一度だけ思い出しておきましょう。前回、誤想防衛で責任故意が阻却された理由は、規範に直面していなかったからでしたね。では、誤想した相手にすら殴りすぎてしまった場合は、どうなるでしょうか?実は、今日は、故意犯が成立する場合と、成立しない場合の両方があります。使う道具は、前回とまったく同じです。規範に直面し、反対動機の形成が可能だったのに、あえて行為に出たことへの非難、これだけです。侵害があるかどうかという場所には、前回と同じように当てます。それに加えて、今日はもう1か所、反撃の中身、つまり過剰性の部分にも、同じ道具を当てます。
図:2か所独立判定——侵害の点と、過剰性の点
順番に見ましょう。まず①、侵害があるかどうかの点です。Aは、Bが殴りかかってくると誤信していました。この点は、前回とまったく同じで、規範に直面していません。次に②、反撃がやりすぎかどうかの点です。Aは、自分が今、何を持って、どこを、どれくらいの強さで殴っているか、その事実そのものは、正しく分かっていました。これが分かっているなら、「これはやりすぎだ」という規範の前に、Aはちゃんと立っていたことになります。見えているのに、それでも振り下ろした、ということです。だから、この②の点についてだけは、規範に直面し、反対動機を形成する機会があった、と評価できます。①の点は落ちても、②の点は残る。だから、責任故意は、②の限度で認められます。
ここが今日、いちばん大事な骨格です。
図:「過剰性の基礎となる事実」とは何か
ここで、言葉の中身を確認しておきます。過剰性の基礎となる事実、というのは、「やりすぎだ」という評価に気づいていたかどうか、ではありません。見るのは、やりすぎを形づくる事実そのもの、つまり何を使ったか、どこを、どれくらいの強さで、という部分の認識です。評価ではなく、事実です。Aは、この事実自体を、はっきり認識していました。だから、過剰性の基礎事実の認識あり、責任故意あり、傷害罪等の故意犯が成立します。
図:もう1つの設例——事実そのものを取り違えた場合
対比のために、もう1つ、設例を考えます。今度は、Gが、暗がりで足元にあった物を、確認せずに拾い上げて振り回したところ、実はそれは鉄パイプでした。Gは、軽い棒切れだと思い込んでいました。Gは、自分が今、鉄パイプを振り回している、という事実自体を認識していませんでした。反撃の中身そのものについて、ブラインドがかかっている状態です。Aは、金属バットで頭部を殴るという事実を、ちゃんと見えていました。Gは、鉄パイプだという事実そのものが、見えていません。過剰性の点でも、規範に直面する材料がありません。だから、過剰性の基礎事実の認識なし、責任故意阻却、過失犯の成否を検討する、という結論になります。
たとえば、暗がりで足元の物を確認もせずに拾って振り回す、という行為自体に、不注意があったと言えれば、過失傷害罪などの成立を検討することになります。責任故意が落ちても、責任がまるごと消えるわけではありません。
図:評価だけの誤り——法律の錯誤への橋渡し
ここで、少し考えてみてください。鉄パイプのGが、もし、鉄パイプだと最初から分かっていて、「これくらいの反撃なら許されるはずだ」と思って振り回していたとしたら、事実の誤認と評価の誤り、どちらに当たると思いますか。分かっているのに、許される範囲だという評価だけを誤っています。事実は分かっていて評価だけを誤った場合は、誤想過剰防衛の話ではなく、法律の錯誤の箱に入ります。この区別の視点は、前々回、法律の錯誤と事実の錯誤を分けたときと、まったく同じです。法律の錯誤なら、前々回見たとおり、原則として責任故意は阻却されません。まとめると、同じ誤想過剰防衛でも、反撃の中身という事実が見えていれば故意犯、見えていなければ責任故意阻却です。同じ勘違いから結論が割れるのは、この点があるからです。
36条2項・37条1項ただし書の準用
図:準用が問題になる場面
過剰性の基礎事実を認識していて、故意犯が成立する場合には、もう1つ論点が残ります。過剰防衛の36条2項、過剰避難の37条1項ただし書、それぞれの任意的減免を、誤想の場合にも準用できないか、という問題です。ある条文を、本来その条文が想定していない別の場面にも、条文の趣旨が同じように及ぶことを理由にして、当てはめて使うことです。ここでは、まさにその手続きが問題になります。
条文刑法36条2項
刑法36条2項(過剰防衛) 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
条文刑法37条1項
刑法37条1項(緊急避難) 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
どちらも、条文の文言そのものは、正当防衛や緊急避難が現実に存在する場面を前提にしています。誤想の場合に、そのまま使ってよいのか、という疑問が出ます。36条2項は、現実に急迫不正の侵害があったことを前提に、「防衛の程度を超えた」場合を減免する規定です。誤想過剰防衛では、そもそも現実の侵害がありませんから、条文の文字どおりの場面には当たりません。そして、ここで言う任意的減免というのは、要件を満たせば必ず減軽・免除されるという意味ではありません。裁判所が、情状によって、減軽・免除してもよい、という扱いです。準用が肯定されても、自動的に刑が軽くなるとは限りません。
図:準用を支える理由——責任減少説からの1段
ここで使うのは、1段の理屈だけです。以前、過剰防衛の任意的減免の根拠を、責任減少説から説明しました。恐怖や興奮による多少の行き過ぎは、強く非難できない、というものでしたね。侵害が現実にあろうと、誤想であろうと、行為者が恐怖や興奮のなかで反撃している、という心理状態そのものは変わりません。だから、多数説は、36条2項・37条1項ただし書の準用を肯定します。なお、免除まで認めると、同じ結果を過失で生じさせた場合との刑の均衡を欠く、として、減軽の限度にとどめるべきだ、という見解もあります。
判例——勘違い騎士道事件
図:判例の事実——回し蹴りに至るまで
判例を見ましょう。勘違い騎士道事件と呼ばれる、最高裁の決定です。事実は、いくつかの段階に分けて読むと、追いやすくなります。空手三段の腕前を持つ行為者が、夜間、酩酊した女性が男性ともみ合ううちに転倒するのを目撃しました。ここで行為者は、男性が女性に暴行を加えていると誤解します。これが、1つ目の誤りです。行為者が女性を助けようと男性の方を振り向いた際、男性は防御のため両手を上げただけでした。それを、行為者は「殴りかかってくる」と誤信しました。これが、2つ目の誤りです。この誤信を受けて、行為者は回し蹴りを浴びせて男性を転倒させ、男性は8日後、脳の損傷により死亡しました。
それに対する反撃が、回し蹴りでした。
判例最決昭62・3・26 刑集41巻2号182頁
勘違い騎士道事件——誤想過剰防衛の判例 本件回し蹴り行為は、行為者が誤信した急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛にあたるとして刑法36条2項により刑を減軽した原判断は、正当である。
決定は、この回し蹴りが、誤信した侵害に対する防衛手段として、相当性を逸脱していることが明らかだとし、傷害致死罪が成立するとしました。そのうえで、36条2項による減軽を認めた原判断を、正当としています。今日の二分処理に当てはめてみましょう。行為者の2つの誤りは、どちらも、男性からの侵害があるかどうかについてのものです。回し蹴りをする、という反撃の中身そのものは、行為者自身がはっきり認識していました。だから、過剰性の点では規範に直面しており、責任故意あり、傷害致死罪という故意犯が成立します。殺すつもりが無くても、なぜ傷害致死罪になるのか、そこは、大事な点です。行為者にあったのは、暴行や傷害の故意です。傷害致死罪は、以前見た結果的加重犯でした。205条は、身体を傷害し、「よって」人を死亡させた場合を定めていて、故意は、暴行か傷害の部分にあれば足ります。死亡という重い結果そのものについては、故意は要りません。暴行や傷害には、人の命を奪う危険がもともと含まれているので、その危険が現実になったとき、基本犯より重く処罰する、という作りです。だから、殺すつもりが無くても、傷害致死罪が成立します。
決定文自体は、二分処理や準用という言葉を使っていませんが、事実関係を追うと、この型にきれいに当てはまります。
区別フロー——第7章の錯誤4枠を1枚に束ねる
図:区別フロー——過剰性の有無、そして事実の認識の有無
今日の話を、1つのフローにまとめます。まず①、過剰性があるかどうかを見ます。無ければ、前回の誤想防衛・誤想避難です。有れば、今日の誤想過剰防衛・誤想過剰避難に進みます。②、過剰性を基礎づける事実の認識があるかどうかです。無ければ、責任故意阻却、過失犯の成否を検討します。有れば、責任故意を阻却しません。③、故意犯が成立し、さらに36条2項等の準用が問題になります。準用は、責任減少説を根拠に、多数説は肯定します。
図:錯誤4枠——弁別演習
ここまで、第7章では、4つの枠を見てきました。事実の錯誤、法律の錯誤、誤想防衛・誤想避難、そして今日の誤想過剰防衛・誤想過剰避難です。最後に、ミニ事例を、この4枠に振り分ける練習をしましょう。振り分ける手順は、こうです。まず、間違えたのは事実そのものか、それとも解釈のほうか。事実なら、次に、侵害・危難の誤信か。誤信なら、次に、過剰性があるか。過剰性があるなら、最後に、その過剰性の基礎事実を認識していたか。4段階、順番に確かめていくんですね。1つ目。Cが、暗がりで、人を人形だと見間違えて蹴りました。
構成要件に当たる事実そのものの錯誤です。事実の錯誤に入ります。Dが、自転車の鍵を外している相手が持ち主かどうか分からないと分かったうえで、疑わしい以上は実力で排除してよいはずだと考え、相手を突き飛ばしました。法律の錯誤です。Eが、殴りかかられると誤信して、相当な範囲で軽く相手の腕を払いのけました。誤想防衛です。過剰性はありません。4つ目は、さっきのGです。暗がりで拾った物を軽い棒切れだと思い込んで、相手を殴りました。実は、鉄パイプでした。鉄パイプだという事実が見えていないので、認識なしです。誤想過剰防衛ですが、責任故意は阻却され、過失犯の検討に回ります。金属バットのAなら、同じ最後の問いで認識あり、故意犯でした。
では、Fが、暗い駐車場で、見知らぬ人物に肩を強くつかまれ、殺されると誤信して、とっさに持っていたバッグで相手の顔を1回だけ強く叩いた、という場面を考えてみましょう。実際には、相手は道を尋ねようとしただけでした。Fが取り違えたのは、相手が自分を殺そうとしている、という事実です。解釈ではなく事実の誤りで、その中身は侵害の誤信ですね。バッグで顔を1回叩く、という反撃は、誤想した「殺されかける」ほどの侵害と比べれば、むしろ抑えた反撃です。過剰性は認められません。この4枠と、②の事実認識の有無まで押さえれば、責任の章の錯誤の論点は、答案でひととおり使えるようになります。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。誤想過剰防衛・誤想過剰避難とは、侵害・危難が無いのに誤信し、誤信した侵害・危難に対してすら過剰だった場合でした。効果は、過剰性を基礎づける事実の認識の有無で分かれます。事実そのものを認識していれば、責任故意あり、故意犯が成立します。認識していなければ、責任故意阻却、過失犯の成否を検討します。そして、故意犯が成立する場合には、責任減少説を根拠に、36条2項・37条1項ただし書の任意的減免を、多数説は準用します。判例も、傷害致死罪の成立を認めたうえで36条2項による減軽を是認しており、この構造で読むことができます。
事実の錯誤、法律の錯誤、誤想防衛、誤想過剰防衛。この4枠を、規範に直面できたかという1本の道具だけで、すべて説明できます。
参照条文
- 刑法36条2項
- 刑法37条1項