殺人罪・自殺関与罪・同意殺人罪——「死なせる」をどう切り分けるか
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第9章 生命・身体に対する罪 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
生命を守る3段階——この回の軸 〔短答・論文共通〕

今日を貫く軸を先に渡します。刑法は人の生命を3段階で守る。一番重いのが普通殺人。他人が一方的に命を奪う。本人の意思は無関係。軽くなるのが202条。本人が死を望み、他人がそれに関わった場合です。決め手はただ1つ。被害者本人に、死についての有効な意思があるか。物でたとえます。泥棒が勝手に持ち出せば窃盗。でも持ち主が「あげる」と渡せば贈与で、罪になりません。生命も同じ構造。ただ生命は最も重いので、一段ひねりがあります。「あげる」と言われても完全には無罪にならず、軽い202で止まる。すべては「死の意思が有効か」という1問に収束します。
殺人罪199——保護法益と客体 〔短答・論文共通〕

まず条文。199条を見ます。人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。保護法益は人の生命。客体は「人」。ここで一つ疑問が湧きます。入りません。胎児はまだ客体の外で、堕胎罪という別の罪。第45回で扱います。となると問われるのが、いつから「人」になるか。客体の始まりです。
客体「人」の始期 〔短答・論文共通〕

結論は一部露出説。身体の一部でも母体の外に出れば「人」です。一部でも露出すれば、母体を通さず直接その子を攻撃できるからです。刑法の目的は、攻撃から命を守ること。だから保護を早く始めたい。ここで面白いのが、民法との違い。民法は全部露出説をとります。違うんです。民法3条1項は、私権の主体になるのを出生の時とする。民法の目的は、権利の主体をはっきり決めること。だから明確さ重視。全部出てから、と線を引く。目的が違えば、線引きも変わるんです。
客体「人」の終期 〔短答・論文共通〕

次は終わり。いつ「人」が「死体」になるか。死の判定です。従来の通説は三徴候説。3つの徴候を総合して死を判定します。①心臓が止まる、②呼吸が止まる、③瞳孔が開いて光に反応しなくなる。この3つを合わせて、もう元に戻らない死だと判定する。ダメです。たとえば呼吸が一時止まっても、蘇生することがある。1つだけでは不可逆な死とは言えない。だから3つを総合するんです。なお脳死を死とする立場もありますが、これは臓器移植の特則の話。移植のための限られた場面の議論で、ここでは深入りしません。
予備201・未遂203 〔短答〕

結果の前の段階も条文があります。まず予備、201条。殺人を犯す目的で予備をした者は、2年以下の拘禁刑。ただし、情状によりその刑を免除できる、という但書つきです。予備罪や実行の着手の一般論は、第29回でやった枠です。ここでは条文があることを確認するに留めます。次が未遂。

203条。199条「及び前条」の罪の未遂は、罰する。199と202の未遂を、1本の条文でまとめて処罰している。条文の構造を見ると、199と202がセットで扱われているのが分かります。
自殺関与・同意殺人202——4類型の地図 〔短答・論文共通〕

では202条。1つの条文の中に、4つの類型が入っています。人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け、若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の拘禁刑。ぐっと軽い。この1条に入る4類型を、図で分けてみましょう。

前半が自殺関与罪。本人が自殺するのに関わる類型です。①そそのかして自殺させる自殺教唆、②手助けする自殺幇助。後半が同意殺人罪。本人の意思を受けて、手を下すのは行為者の方。③頼まれて殺す嘱託殺人、④同意を得て殺す承諾殺人。いい整理です。でも4つとも、根っこは同じ。本人が死を望んでいる。だから法定刑は全部共通で、6月以上7年以下になります。
自殺関与の処罰根拠 〔論文の骨格〕

ここで初学者がまずつまずく所。自殺は犯罪じゃないですよね。自分の生命の処分は適法。誰も罰せられない。いい疑問。共犯の理屈で考えると、確かに行き詰まります。共犯は「違法な正犯に加担した」から罰する。でも自殺は違法でない。加担する相手の行為が適法なら、共犯の理屈では説明できないんです。通説はこう考える。自殺に関わる行為それ自体に、固有の違法性がある。他人の生命を侵害に向かわせる、独立した1つの犯罪だと捉えるんです。条文は「教唆・幇助」と呼ぶけれど、これは狭義の共犯ではない。名前は共犯っぽいが、中身は独立の犯罪類型。ここが核心です。
自殺関与の実行の着手時期 〔短答〕

もう一点、短答向けに。着手はいつか、という論点です。流れは3段階。①関与行為、②本人の自殺行為、③死亡。いいえ。着手は②、本人が現に自殺行為を始めた時点です。未遂を罰せる理由は、死の現実的な危険が生じたから。第29回の話です。そそのかしただけでは、まだ危険が乏しい。本人が現に動いて初めて危険。同意殺人の方は行為者が殺害を始めた時が着手。バランスもとれます。
同意殺人の減軽根拠 〔論文の骨格〕

次は後半の同意殺人。2つ目のつまずきです。生命は、刑法で一番重い法益。同意があっても、完全には手放せない。「いいよ」と言われても、生命だけは別格で、違法性がゼロにはならない。本人が望んだぶん、違法性が減るから。ゼロにはならないが、減少する。だから無罪にはならず、199より軽い202で処罰する。これが減軽根拠です。第21回でやった被害者の同意の4類型を覚えていますか。これはそのうち、構成要件が199から202に変わる型。同意の一般論は#21です。
普通殺人との区別——4視点 〔論文の骨格〕

202になるには被害者の意思が有効でないといけない。関門は4つ。1つでも欠けると意思は無効、199に戻ります。いい喩えです。1つずつ見ましょう。まず①故意。行為者が、相手の頼みや同意を認識しているか。知らずに殺せば、行為者は普通殺人のつもり。でも客観は同意殺人。このズレは、第18回の抽象的事実の錯誤で処理します。結論だけ言えば、重なり合う限度で軽い同意殺人が成立する。処理は#18です。次に②死の意味の理解。死がどういうことか分からない相手の場合です。

死がどういうことか分からない幼い子や、判断力を欠く人を欺いて自殺させた。意思は無効で、普通殺人罪。古い判例もこれを認めています。続いて③任意性。脅して自殺を強要した場合です。

暴行や脅迫で追い詰め、無理やり自殺に追い込んだ。意思決定の自由が奪われている。だから無効で、普通殺人罪です。最高裁の平成16年の決定が、この立場を示しています。そして④真意。冒頭の問いが、ここに戻ってきます。

「一緒に死のう」と嘘をつき、相手だけ毒を飲ませた偽装心中です。でも相手は「あなたも後を追う」と信じて飲んだ。前提が嘘なんです。死を決めた動機に、根本的な錯誤がある。これは真意ではない。最高裁・昭和33年は、真意に添わない意思だとして、普通殺人罪を認めた。この偽装心中の判例は、第21回でも被害者の同意として扱いました。
📝 論文の型

では論文の型。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは下の復元キーをたどって、趣旨から組み立て直します。同意殺人が普通殺人より軽い根拠は、本人の真摯な意思決定にある。だから202条の「嘱託」「承諾」は、自由かつ真摯な意思に基づくことが必要。動機に錯誤があり真意に添わないときは、有効な嘱託・承諾とはいえない。その場合、被害者は単なる客体に戻り、普通殺人罪が成立します。

使い方を型で。追死を装って相手に毒を飲ませた事例で考えます。問題提起。相手は自ら飲んでいる。これは同意殺人にとどまるか。規範を立てて、あてはめ。承諾には自由かつ真摯な意思が必要。相手は追死を誤信していて、決意の動機に錯誤がある。真意ではない。よって有効な承諾とはいえず、普通殺人罪が成立する。この順で書きます。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を5つ。①始期は刑法と民法で違う。刑法は一部露出説、民法は全部露出説。逆に覚えないこと。②終期の三徴候説は、3つの総合判定。1つでは死と言えない。③202条は4類型が1本に入って、法定刑は共通の6月以上7年以下。④偽装心中も、強要も、幼児を欺いた場合も、202ではなく199。⑤自殺関与の着手は、本人が自殺行為を始めた時。関与時ではない。
今日の地図(保存版)

まとめます。刑法は人の生命を3段階で守る。重さの差は意思の有効性。客体「人」は一部露出で始まり、三徴候の総合判定で終わる。自殺関与は共犯でなく独立の正犯。同意殺人は違法性の減少で軽くなる。199か202かは、故意・死の理解・任意性・真意の4視点で判定する。各論はこうやって、条文に総論の道具を当てていく作業です。