暴行罪・傷害罪・傷害致死罪(前編)——「殴る」と「ケガ」の境界
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第9章 生命・身体に対する罪 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
身体侵害の3段階——この回の軸 〔短答・論文共通〕

刑法は身体への侵害を、結果の重さで3段階に分けます。一番下が、殴ったけれどケガはなかった。これが暴行罪です。真ん中が、ケガをさせた傷害罪。一番上が、死なせた傷害致死罪。結果が重くなるほど、条文の刑も重くなります。暴行罪は2年以下、傷害罪は15年以下、傷害致死は3年以上。いい捉え方です。
暴行罪208——「暴行」とは何か 〔短答・論文共通〕

まず一番下の段、暴行罪。208条を見ます。暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の拘禁刑、もしくは30万円以下の罰金などに処する。そこ、後で山場の鍵になります。今は覚えておいてください。保護法益は人の身体の安全。問題は「暴行」とは何か、です。それも暴行ですが、刑法の「暴行」はもっと広いんです。
暴行の3要素——有形力・不法性・対人性 〔短答・論文共通〕

暴行罪の「暴行」は3つの要素で決まります。まず有形力の行使。これは物理的な力。殴る蹴るは当然ですが、それだけじゃない。音・光・熱・電気も有形力です。耳元で太鼓を激しく鳴らす。これも体に物理のエネルギーをぶつけているので、暴行になる。触らなくても暴行です。判例は、当たらなくても身体に向けた物理力なら暴行とした。たとえば石を投げて外れても同じ。体に向けた力の行使だからです。それは暴行ではありません。言葉は心理への作用で、物理力ではない。2つ目が不法性。日常で許される接触は除きます。落とし物を知らせようと、軽く肩に手をかける。これは暴行でない。人の身体に向くこと。無人の建物を壊すのは器物損壊で、暴行罪でない。保護法益が身体の安全だから、物への力は暴行罪に入らないんです。
暴行概念の4分類——多義語を整理する 〔短答・論文共通〕

ここで短答最頻出。刑法の「暴行」は罪ごとに広さが違います。覚え方は1つ。保護法益が広い罪ほど、暴行も広い。一番広いのが最広義。人にも物にも向く一切の有形力。騒乱罪です。次が広義。人に向くもの。公務執行妨害や強要、恐喝がこれ。いいんです。面前でパトカーを蹴る。物への力でも人に向いている。3つ目が狭義。人の身体に対するもの。これが暴行罪の「暴行」です。一番狭いのが最狭義。反抗を抑え込む程度の強い暴行。強盗などです。法益と暴行の広さがセットだと押さえれば迷いません。
傷害罪204——「傷害」とは何か 〔短答・論文共通〕

階段の2段目、傷害罪。204条です。人の身体を傷害した者は、15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。ケガという結果が出たぶん、刑も跳ね上がる。では「傷害」とは何か。判例通説は、人の生理的機能に障害を加えること、と定義します。かみ砕くと「体の機能を壊したか」。これが傷害かどうかの基準です。
傷害の○×の境界——どこからがケガか 〔短答・論文共通〕

機能を壊したか、で線を引くと、意外なものも傷害になります。長時間気を失わせる、病気をうつす、キスマークの内出血も傷害。PTSD、心的外傷後ストレス障害も傷害です。判例が認めました。目に見えなくても、精神の機能に障害が出ているからです。髪の毛を根元から切る行為。これは傷害ではなく暴行罪止まりです。でも体の機能は壊れていない。外見が変わっただけ。だから暴行罪。髪も傷害だとする学説もありますが、判例通説は機能障害で線を引きます。
傷害の方法と故意の2分岐——今日の山場 〔論文の骨格〕

ここが今日最大の山場です。冒頭の問いに戻ります。総論で「故意がなければ故意犯は成立しない」と習いました。しないんです。鍵は、さっき覚えてもらった208条の文言。208条は「傷害するに至らなかったとき」を暴行罪としていました。これを裏返す。傷害するに「至ったとき」は、どうなるか。208条の反対解釈で、暴行の故意のまま傷害結果が出れば傷害罪。これは総論37回の結果的加重犯。軽い罪をやったら重い結果が出た型。だから暴行の故意さえあれば、傷害の故意は要りません。自販機の階段で喩えます。殴るというコインを入れて押す。出てくる商品が、暴行か傷害か死かは、結果次第でランプが点く。自分が押した段より上の結果まで、引き取らされるのが結果的加重犯です。いい着眼。傷害の方法は無限定で、無形的方法でも成立します。嫌がらせを続けて相手を鬱状態にする。これも傷害になりうる。いいえ、そこが分岐点。無形的方法には、下に暴行罪という段がない。段がないから結果的加重犯の土台もない。だから傷害の故意が必要です。表で整理します。暴行で故意あり、なし。無形的方法で故意あり、なし。4つのうち、傷害罪にならないのは無形的方法かつ故意なしの1つだけ。それも過失なら過失傷害209の余地。処理は42回でやります。そこが核心です。208条の反対解釈、必ず押さえてください。
傷害致死罪205——二重の結果的加重犯 〔短答・論文共通〕

階段の一番上、傷害致死罪。205条です。身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期拘禁刑。傷害罪の結果的加重犯です。しかも二重になっている。傷害罪自体が、もともと暴行罪の結果的加重犯でしたよね。その傷害罪の、さらに結果的加重犯が傷害致死罪。だから二重です。暴行の故意で殴る、ケガになる、死ぬ。階段を2段上がる形です。なります。殴る故意しかなくても、傷害を経て死ねば傷害致死罪。もし死の故意があれば、それは40回でやった殺人罪199になります。死の予見可能性などの細かい論点は、37回に送ります。
その他の傷害の罪——現場助勢206・凶器準備集合208の2 〔短答〕

傷害の章には、ほかに2つ条文があります。所在だけ押さえます。1つは現場助勢罪206。傷害の現場で勢いをつけた者。結果が出ていることが前提ですが、煽った者も処罰されます。もう1つが凶器準備集合罪208の2。害を加える目的で凶器を準備し集合する。この2つは短答で名前と趣旨を押さえれば十分です。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を5つ。①暴行は音・光・投石も入る。でも言葉だけ、物への力は暴行罪でない。対人性で外れます。②暴行は罪ごとに広さが4段階。法益が広い罪ほど暴行も広い。③傷害は生理的機能の障害。PTSDは入り、頭髪切除は入らない。暴行で傷害なら故意不要、無形的方法なら故意必要。逆に注意。⑤傷害致死は二重の結果的加重犯。殺意がなくても成立します。
📝 論文の型

では論文の型。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは下の復元キーをたどって、趣旨から組み立て直します。208条は「傷害するに至らなかったとき」を暴行罪とする。その反対解釈で、傷害に至ったときは暴行の故意で傷害罪が成立。傷害罪204は、この限度で暴行罪208の結果的加重犯を含む。ただし無形的方法による傷害は、土台の暴行罪がないので故意が必要。

使い方を型で。殴る故意だけで一発叩き、相手がケガをした事例。問題提起。傷害の故意がないのに傷害罪が成立するか、を立てる。規範を立てて、あてはめ。208条の反対解釈で結果的加重犯を含む。行為者には暴行の故意がある。傷害結果も出ている。よって傷害の故意がなくても、傷害罪が成立する。この順で書きます。
今日の地図(保存版)

まとめます。刑法は身体への侵害を結果の重さで3段階に分ける。暴行は身体への不法な有形力。音・光・投石も入り、物への力は除く。傷害は生理的機能の障害。PTSDは入り、頭髪切除は入らない。山場は故意の2分岐。暴行で傷害なら故意不要、無形的方法なら故意必要。故意不要の根拠は208条の反対解釈、傷害罪は暴行罪の結果的加重犯。傷害致死はその二重版。殺意がなくても、傷害を経て死ねば成立する。複数人で殴って、誰の一撃でケガをしたか分からないとき。原則なら全員ケガの責任を免れるはずが、それを覆す同時傷害の特例207。後編で、立証責任をひっくり返すこの例外を通します。