共同正犯の中止未遂と身分犯
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第9章 共犯 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——今日は中止未遂と身分犯の基礎
図:今日と次回の順番
ここからは、共同正犯の中止未遂と、身分犯と共同正犯を見ていきます。身分犯と共同正犯については、65条という条文があります。ただ、65条の中身に入る前に、今日は2つの土台を作ります。1つは共同正犯の中止未遂、もう1つは身分犯の基礎です。中止未遂と身分犯には、実は共通の問いがあります。ある事情が1人の人に生じたとき、その事情は、一緒に犯罪をした他の人にも及ぶのか。今日は、この問いを軸に進めます。先に1つ答えを言っておくと、中止未遂の効果は、やめた本人にしか及びません。身分のほうは、そう簡単には決まらない、というところまで今日見ます。
設例——2人で盗みに入り、1人が翻意した
図:AとBが空き巣を共謀し、家の中を物色し始めたところで1人が翻意した
設例です。AとBが、空き巣をしようと共謀しました。2人で留守中の住居に侵入し、家の中を物色し始めたところで、Aが怖くなって「もうやめる、先に帰る」と言い、その場を離れました。残ったBは、1人で家の中を探して、金品を持ち去りました。帰ったAが自分の意思でやめたのだから中止未遂になるのではないか——それが、今日の1つ目の問いです。Aは自分の意思でやめています。ですが、中止未遂として扱われるには、もう1つ足りない条件があります。
復習——着手未遂と実行未遂、どちらがより重い行動が必要でしたか
図:着手未遂と実行未遂の復習
以前、中止行為には2つの段階があると学びました。実行行為をやり切る前に手を止めた着手未遂と、実行行為は終えたけれど結果が起きなかった実行未遂です。中止行為として、より重い行動が必要だったのは、どちらでしたか?実行未遂です。中止未遂の回で見たように、実行未遂は放っておけば結果が起きる状態をつくったので、自ら被害者を病院へ運ぶような、結果を防ぐ作為、つまり真摯な努力が必要でした。今日は、この真摯な努力という考え方が、共同正犯だとどう修正されるかを見ます。鍵は、共同正犯では、自分のほかにも実行する人がいる、という点です。
⭐ 論文で書く規範:共同正犯の中止未遂・要件の修正 共同正犯の一人が中止未遂として扱われるには、自己の行為を止めるだけでは足りず、他の共同者の実行行為を阻止し、又は結果の発生を防止しなければならない。 (規範(通説で立てる))
共同正犯の一人が中止未遂として扱われるには、自分の行為を止めるだけでは足りません。他の共同者の実行行為を阻止するか、結果の発生そのものを防がなければなりません。単独犯なら、実行行為をやり切る前に自分の手を止めれば、それで中止行為として足りる場面があります。ですが共同正犯には、他の実行者がいます。自分だけが手を止めても、他の者が実行を続ける限り、結果は起きてしまいます。冒頭の設例に戻ります。Aは「もうやめる」と言って立ち去っただけで、Bが金品を持ち去るのを止めようとはしていません。Bの実行を阻止していませんし、結果の発生も防いでいません。
Aが立ち去らずにBの腕をつかんで家の外へ連れ出し、何も盗まれずに終わった場合は、Bの実行を阻止し、結果の発生も防いでいます。自分の意思でやめたといえれば、Aは中止未遂になりえます。さっきとの違いは、自分がやめたかではなく、仲間の実行まで止めたかです。
中止未遂と、共犯関係の解消は何が違うのか
図:中止未遂と共犯関係の解消の違い
前に学んだ共犯関係の解消と、今日の中止未遂は、何が違うのでしょうか。共犯関係の解消は、実行の着手より前からでも問題になりえます。因果性がまだ及んでいなければ、構成要件に該当する行為そのものが認められなくなる、という問題でした。中止未遂は、実行の着手より後にしか問題になりません。犯罪はいったん成立していて、そのうえで刑を減免してもらえるか、という問題です。根っこにある考え方も、解消は因果性の遮断、中止未遂は責任の減少と、別のものです。冒頭の設例でいえば、物色が始まる前に抜けたなら、問題になるのは解消で、中止未遂の出番はありません。
効果は誰に及ぶか——責任は、人ごとに測る
図:必要的減免の効果は誰に及ぶか
もし、Aが実際にBの実行を阻止するか、結果の発生を防いで、中止未遂として扱われたとします。この場合、必要的減免の効果は、Bにも及ぶでしょうか。中止未遂で刑が必ず減免される根拠は、以前学んだとおり、責任の減少にあります。自分の意思でやめたことで、その人を責める程度が下がる、という理屈です。責任は、1人ずつ個別に判断するものです。だとすれば、責任が減少したと言えるのは、実際に実行を阻止するか結果を防いだ、その本人だけです。
⭐ 論文で書く規範:中止未遂の効果の人的範囲 共同正犯で中止未遂の要件を満たしても、必要的減免という効果は、実際に阻止または結果防止をした本人にだけ生じる。ともに実行した他の者には及ばず、その者は障害未遂にとどまる。 (規範(通説で立てる))
共同正犯で中止未遂が認められても、必要的減免の効果は、中止した者にしか生じません。他の共同者は、実行された犯罪の障害未遂にとどまります。一部実行の全部責任は、結果への責任の話でした。効果の範囲は、それとは別に考えます。結果への因果性は連帯的に及びますが、責任の減少は個別的にしか判断されません。では、自分だけ手を引いて、仲間を止めなかった人はどう扱われるのか。判例を見ておきます。
判例最判昭24・12・17
中止未遂の効果(共同正犯) その共謀者……が……金員を強取することを阻止せず放任した以上、……被告人のみを中止犯として論ずることはできないのであつて、被告人としても……本件強盗既遂の罪責を免れることを得ないのである。
仲間の実行を阻止せず放っておいた以上、自分だけを中止犯として扱うことはできず、仲間が遂げた強盗既遂の責任まで負う、という判断です。止めなければならないのは、自分の行為だけではない、ということです。そして、仲間を止めて中止未遂になれたとしても、刑の減免を受けるのは、止めた本人だけです。
身分犯とは何か——真正身分犯と不真正身分犯
図:身分犯の分類
人に付く事情は、中止未遂のほかにもあります。それが身分です。身分犯とは、行為者に一定の身分があることが、構成要件の要素になっている犯罪のことです。ここでいう身分は、職業や地位、あるいは一定の状態のことだと考えてください。例えば、ある施設の会員だけが使える専用ロッカーがあるとします。会員でない人は、そのロッカーを不正に使うという場面自体に、そもそも立てません。身分犯にも、これと同じ発想のものがあります。身分犯は、2つに分かれます。1つは真正身分犯です。身分があってはじめて成立し、身分がなければその犯罪自体が成立しません。もう1つは不真正身分犯です。身分がなくても犯罪は成立しますが、身分があることで刑が重くなったり軽くなったりします。
誰でも入れる公園でゴミを放置すればそれだけの話でも、清掃と管理を任された管理人が同じことをすると管理者としての責任も重なって重くなる、というのに近いイメージです。不真正身分犯は、行為そのものは誰にでもできますが、身分があることで、責任の重さが変わってくる犯罪です。別の呼び方もあります。身分があってはじめて成立する方を構成的身分犯、刑の重さだけを左右する方を加減的身分犯と呼ぶ流儀です。呼び名が変わるだけで、中身は今の定義のままです。
具体例で確かめる——収賄罪・常習賭博罪・保護責任者遺棄罪
図:真正身分犯と不真正身分犯の比較
条文刑法197条1項
収賄罪(197条1項) 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。
まず、真正身分犯の例です。収賄罪は、公務員がその職務に関して賄賂を収受したときに成立します。公務員という身分がなければ、収賄罪そのものが成立しません。公務員でない人が同じことをしても、収賄罪にはなりません。収賄罪という枠組み自体に、公務員でない人は入れません。
条文刑法185条・186条1項
賭博罪の基本形と加重形(185条・186条1項) 185条(賭博):賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。 186条1項(常習賭博):常習として賭博をした者は、三年以下の拘禁刑に処する。
次に、不真正身分犯の例です。賭博をした者は、身分がなくても185条の賭博罪が成立します。ですが、賭博の常習者という身分があると、186条1項の常習賭博罪になり、刑が重くなります。
条文刑法217条・218条
遺棄罪の基本形と加重形(217条・218条) 217条(遺棄):老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。 218条(保護責任者遺棄):老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
もう1つ、同じ形の例があります。要扶助者を遺棄すれば、身分がなくても217条の遺棄罪が成立します。ですが、その人を保護する責任のある者が遺棄すれば、218条の保護責任者遺棄罪になり、刑が重くなります。この違いが、真正身分犯と不真正身分犯を分ける線です。
「身分」の意義——判例の定義
図:身分の意義
ここで、身分という言葉そのものの意味を確認します。日常の感覚だと、身分というと、性別や国籍、公務員という資格くらいをイメージしませんか。ですが、判例・通説は、身分という言葉を、もっと広く解しています。
判例最判昭27・9・19
身分の意義 刑法六五条にいわゆる身分は、男女の性別内外国人の別、親族の関係、公務員たるの資格のような関係のみに限らず、総て一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態を指称するもの……
判決は、身分を、性別や公務員の資格のような関係に限らず、その犯罪行為に関して犯人が置かれている、特殊の地位または状態のすべてだ、と言っています。公務員という資格のような地位だけでなく、常習者であるとか、保護する責任があるといった状態も、この身分に含まれます。だからこそ、常習賭博罪や保護責任者遺棄罪も、身分犯として扱われます。
目的は身分に含まれるか
図:目的は身分に含まれるか
目的犯の目的がこの身分に含まれるかについては、争いがあります。否定説は、目的のような一時的な主観的事情は身分に含まれない、身分はある程度の継続性を要する事情に限られるべきだ、と考えます。肯定説は、営利目的のような主観的な事情も、犯人の特殊な状態の一つとして身分にあたる、と考えます。判例はこの肯定説の立場を採っています。
判例最判昭42・3・7
営利の目的と身分 ……犯人が営利の目的をもつていたか否かという犯人の特殊な状態の差異によつて、各犯人に科すべき刑に軽重の区別をしているものであつて、刑法六五条二項にいう「身分ニ因リ特ニ刑ノ軽重アルトキ」に当るものと解するのが相当である。
麻薬を輸入した罪で、営利の目的があると刑が重くなる規定について、判例は、営利の目的があるかどうかという犯人の特殊な状態で刑に差を付けているのだから、身分によって刑に軽重がある場合にあたる、としました。判例の定義は、身分に継続性を求めていません。一時的な目的でも、犯人ごとに刑の重さを分けているなら、地位や状態と同じ働きをしているので、身分として扱えるわけです。
問題の所在——身分のない人と共同したら、どうなるか
図:身分者と非身分者が共同した場合の問い
最後に、今日の身分犯の話を、共同正犯とつなげます。身分のある者どうしが共同したときは、特に問題はありません。では、身分のある者と、身分のない者が共同したときは、どうなるでしょうか。つまり、2人のうち1人しか身分を持っていない場合です。例えば、公務員のXと、公務員でないYが、共同して賄賂を収受したとします。Yにも、収賄罪の共同正犯が成立するでしょうか。もう1つ、不真正身分犯の場面もあります。要扶助者を保護する責任のあるXと、責任のないYが、共同してその人を遺棄したとします。Yにも、保護責任者遺棄罪の共同正犯が成立するでしょうか。
この問いに答えるのが65条です。今日のところは、身分という事情が、共同したときに他の人へ及ぶのかどうかが問題になる、という所在だけ押さえてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。共同正犯の一人が中止未遂として扱われるには、他の共同者の実行行為を阻止するか、結果の発生を防止しなければなりません。その効果は、中止した者についてだけ生じ、他の共同者には及びません。責任は、1人ずつ個別に判断するからです。身分犯は、真正身分犯と不真正身分犯に分かれ、身分という言葉は、判例上、地位だけでなく状態や目的まで含む広い意味で使われていました。最後に、身分のある人とない人が共同したらどうなるか、という問いを立てました。
参照条文
- 刑法197条1項
- 刑法185条・186条1項
- 刑法217条・218条