刑法ゼロから刑法#78

身分犯と共犯

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第9章 共犯 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

受け——前回の2つの設例をもう一度

前回の2つの設例と、答えを持つ条文 図:前回の2つの設例と、答えを持つ条文

前の回(#77)で、身分犯には2種類あるという話をしました。身分が無いとそもそも成立しない真正身分犯と、身分が無くても成立するが刑だけ動く不真正身分犯です。設例も2つありました。1つは、公務員Xと、公務員でないYが共同で収賄を行った場合。もう1つは、要扶助者を保護する責任のあるXと、責任のないYが共同で遺棄した場合です。どちらの設例でも問題になるのは、身分の無いYがどう扱われるかです。その答えを持っているのが65条です。ただ、この条文、素直に読むと妙なことを言っています。1項は「身分がなくても共犯とする」、2項は「身分がない者には通常の刑を科する」。一方は身分をYにも及ぼし、もう一方は及ぼさない。及ぼす・及ぼさないで、一見すると正反対のこと=矛盾したことを言っているように見えます。

65条の全文——連帯と個別

65条=及ぼす身分と及ぼさない身分 図:65条=及ぼす身分と及ぼさない身分

条文刑法65条

65条 1項「犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。」 2項「身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。」

これが65条の全文です。1項の「加功」は、犯罪に手を貸して加わることです。1項は身分を及ぼし、2項は及ぼさない——この正反対に見える食い違いを、条文の言葉じたいから解いていきます。1項がわざわざ「構成すべき犯罪行為」と言い、2項がわざわざ「刑の軽重があるとき」と言っている。この言葉の違いに、答えの手がかりがあります。

矛盾をほどく軸——罪を作る身分か、刑を動かす身分か

身分には2つの働き方がある 図:身分には2つの働き方がある

身分には、性質の違う2つの働き方があります。1つは、その身分が無ければ犯罪自体が成立しない、罪を作る身分。これが真正身分犯です。もう1つは、身分が無くても罪は成立するけれど、身分があると刑だけ重く、または軽くなる、刑を動かす身分。これが不真正身分犯です。公務員でなければ収賄罪という犯罪自体が存在しません。これは罪を作る身分です。一方、遺棄は誰がやっても罪になりますが、保護する責任のある人がやると刑が重くなるだけです。これは刑を動かす身分です。この2種類を思い出したうえで、65条を見直してください。1項の「構成すべき犯罪行為」という言葉は、罪を作る身分の話をしています。2項の「刑の軽重があるとき」という言葉は、刑を動かす身分の話をしています。

罪を作る身分は、共同でその罪を実現した以上、身分の無い人にも及びます。刑を動かす身分は、罪の成立そのものには関係ない事情なので、身分の無い人には及びません。ここまでは、1つの喩えで整理できます。ある施設は会員証を持つ人しか入場できません。会員が、会員証を持たない友人を連れて一緒に入ってしまえば、友人も一緒に入場した扱いになります。入場資格が無いことは、共同で実現した事実そのものを消せません。これが1項の連帯です。正社員と、時給制のアルバイトが、一緒に同じ残業をしたとします。正社員が残業すると割増賃金が上乗せされますが、アルバイトには割増が付きません。残業をしたという行為自体は、アルバイトにも起きています。しかし割増、つまり刑の重さの部分は、正社員という身分に紐づいた事情なので、アルバイトには及びません。アルバイトに起きているのは、割増の無い、基本の残業です。これが2項の個別です。

ただし、これは1つの読み方で、1項が不真正身分犯にも及ぶと読む見解もあります。とくに不真正身分犯の設例に当てはめたとき、Yに何罪が成立し、どの刑が科されるか、という具体的な結論の出し方で見解が割れます。

第1の見解——成立と科刑を分けて読む

1項=成立全般、2項=不真正の科刑だけ、と読む見解 図:1項=成立全般、2項=不真正の科刑だけ、と読む見解

1つ目の見解です。1項は、真正身分犯と不真正身分犯を通じて、共犯が「成立」することを定めたもの。2項は、そのうち不真正身分犯について、「科される刑」だけを定めたもの、と読みます。Yには、1項によって、Xと同じ保護責任者遺棄罪の共犯が成立します。そのうえで、2項によって、科される刑だけが軽い方、つまり単純遺棄罪の刑になります。この見解には、批判があります。共犯の成立と、実際に科される刑を、条文の別々の項に分けて決めるという発想自体が、不自然だという批判です。罪の名前は、本来その罪の刑とセットで決まるはずなので、重い罪の名前に軽い罪の刑だけを付けると、罪と刑の結びつきが切れてしまう、という理由です。この批判を踏まえて、次の見解が出てきます。

では、1項と2項、それぞれの言葉はどちらの身分犯を指すと読むのが自然でしょうか? 図:では、1項と2項、それぞれの言葉はどちらの身分犯を指すと読むのが自然でしょうか?

ここで1つ、考えてみてください。1項の「構成すべき犯罪行為」という言葉と、2項の「刑の軽重があるとき」という言葉。それぞれ、真正身分犯と不真正身分犯のうち、どちらの姿を書いていると見るのが素直でしょうか?

「構成すべき犯罪行為」は罪を作る身分の話だから、真正身分犯。「刑の軽重があるとき」は刑を動かす身分の話だから、不真正身分犯。この読み方が、そのまま判例・通説の立場になります。

判例・通説——1項は真正、2項は不真正、で通す見解

1項=真正身分犯、2項=不真正身分犯、で分ける見解 図:1項=真正身分犯、2項=不真正身分犯、で分ける見解

論文で書く規範:65条の趣旨——1項と2項の関係 65条1項は真正身分犯について、身分のない者も共犯としてこれに加功しうること(共犯の成立と科刑)を定めたものであり、2項は不真正身分犯について、身分のない者には通常の刑を科すること(共犯の成立と科刑)を定めたものと解する。1項が言う「身分によって構成すべき犯罪行為」は真正身分犯の場面を、2項が言う「身分によって特に刑の軽重があるとき」は不真正身分犯の場面を指しており、条文の言葉づかいに沿えばそう読むのが素直だからである。 (規範(判例・通説で立てる))

判例・通説の見解です。1項は真正身分犯について、成立と科刑をまとめて定めたもの。2項は不真正身分犯について、成立と科刑をまとめて定めたもの、と読みます。理由は、上の問いで確かめたとおり、条文の言葉が文言上そう読むのが自然だからです。不真正身分犯の設例では、結論が変わります。この見解では、Yに最初から成立するのは、単純遺棄罪です。重い方の罪がいったん成立して刑だけ軽くなる、という中間状態を経ません。そのうえで、その刑が科されます。真正身分犯の設例では、1つ目の見解と結論は変わりません。Yにも、1項によって収賄罪の共犯が成立します。結論が割れるのは、不真正身分犯のほうだけです。少なくとも、不真正身分犯の身分のない共犯者には2項を当てる、という点で、この読み方に沿う判例があります。

ある不真正身分犯について、最高裁が示した判断 図:ある不真正身分犯について、最高裁が示した判断

ある不真正身分犯が問題になった事件です。身分のある者と、身分のない共犯者が一緒にその罪を行い、第一審は、身分のない共犯者についても、加重された罪の規定と1項を適用条文として示していました。つまり第一審は1項を使ったわけですが、最高裁は、第一審が1項を使ったことを違法だとしました。判断の中身を見ます。

判例最判昭31・5・24

判断(不真正身分犯の共犯に適用すべき項) ……の罪は犯人の身分により特に構成すべき犯罪ではなく単に……身分あるがため特にその刑を加重するに過ぎないものであるから……共犯者に対しては刑法六五条二項によつて処断すべきものと解するを相当とする。

この罪は、身分によって特に構成される犯罪、つまり罪を作る身分の犯罪ではなく、単に刑を加重するに過ぎない、つまり刑を動かす身分の犯罪だ、と最高裁は言っています。だから、身分のない共犯者には1項ではなく、2項を適用して処断すべき、つまり2項に従って処罰を決めるべきだ、という判断です。今日整理してきた、罪を作る身分か、刑を動かす身分か、という軸そのものが、この判断の物差しになっています。

違法身分・責任身分の見解——連帯と個別の原理から説明する

前回までの標語を思い出してください 図:前回までの標語を思い出してください

ここで、共犯の従属性を学んだ回の標語を思い出してください。制限従属性説では、違法性と責任、共犯者の間でどちらが連帯し、どちらが個別に判断されるのでしたか?「違法は連帯的に、責任は個別的に」でした。違法性は連帯して、責任は個別に判断する、という原理です。3つ目の見解は、この原理を身分にそのまま当てはめ直します。

1項=違法身分、2項=責任身分、で分ける見解 図:1項=違法身分、2項=責任身分、で分ける見解

この見解では、1項は違法身分、つまり違法性が連帯する身分を定めたもの。2項は責任身分、つまり責任が個別に判断される身分を定めたもの、と読みます。「違法は連帯的に、責任は個別的に」という、共犯の従属性の回で立てた原理と整合するのが魅力です。多くの場面では、真正身分犯の身分は違法身分、不真正身分犯の身分は責任身分、と重なって、結論も同じになります。ただし、この見解には課題があります。ある身分が、違法身分なのか責任身分なのか、判定自体が難しい場面があるからです。常習として賭博を行うと刑が加重される、前の回(#77)で不真正身分犯の例として出した常習賭博罪を思い出してください。この「常習性」という身分は、賭博を繰り返す危険な性格を通じて、法益侵害の可能性そのものを高める事情だと見れば、違法身分です。一方で、常習性は行為者本人の非難の程度、つまり責任の重さに関わる事情だと見れば、責任身分です。同じ常習性という1つの身分でも、見る角度によって、違法身分にも責任身分にも読めてしまいます。

ここまで聞くと、真正身分犯か不真正身分犯かという区別のほうがまだ分かりやすい、と感じるかもしれません。その感覚は、この見解への批判の中身とよく合っています。違法身分・責任身分という切り口は、原理としては筋が通っていますが、実際の当てはめでは、真正/不真正という切り口ほど、答えが一意に決まりにくい場合がある、ということです。

山場——同じ2設例に3つの見解を当てる

結論が割れるのは、どこか1点だけ 図:結論が割れるのは、どこか1点だけ

今日見た3つの見解を、冒頭の2つの設例に並べて当ててみます。真正身分犯の設例、公務員Xと非公務員Yが共同で収賄を行った場合、3つの見解のどれでも、Yには収賄罪の共犯が成立し、収賄罪の刑が科されます。ここは割れません。要扶助者を保護する責任のあるXと、責任のないYが共同で遺棄した場合、第1の見解では、Yに保護責任者遺棄罪が成立しつつ、単純遺棄罪の刑が科されます。判例・通説と、違法身分・責任身分の見解では、Yに成立するのは最初から単純遺棄罪であり、その刑も単純遺棄罪の刑です。刑の重さという結果は、どの見解でも同じ、単純遺棄罪の刑です。割れているのは、成立する罪の名前が、保護責任者遺棄罪なのか、単純遺棄罪なのか、という1点だけです。今日の軸に戻ると、これは、成立と科刑を条文の別々の項に分けて読むか、分けずに読むか、という出発点の違いから生まれています。

次への橋

今日の前提の中に、まだ争いがある 図:今日の前提の中に、まだ争いがある

今日は、65条1項の「共犯」に共同正犯も含まれることを前提に話してきました。実は、この前提自体にも争いがあります。それに、業務上横領のように、身分を2つ重ねて持つ罪と共犯の関係も、別に問題になります。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。65条は、矛盾しているのではなく、罪を作る身分の話(1項)と、刑を動かす身分の話(2項)を書き分けていました。第1の見解は、成立と科刑を分けて読みますが、この分離が不自然だという批判があります。判例・通説は、1項を真正身分犯、2項を不真正身分犯にきっちり分けて、成立と科刑をずらさない読み方で、条文の言葉に最も素直な読み方です。違法身分・責任身分の見解は、これまでの連帯・個別の原理と重なる魅力がありますが、常習性のように、違法身分か責任身分か判定が難しい身分もあります。結局、3つの見解で結論が割れるのは、不真正身分犯でYに成立する罪の名前、という1点だけでした。

最後に1つ確かめてください。ある不真正身分犯で、判例・通説に立つとき、身分のない共犯者に最初から成立するのは、身分者と同じ重い罪でしょうか、それとも身分の無い方の軽い罪でしょうか?

判例・通説では、成立と科刑を分けないので、最初から軽い方の罪が成立します。

参照条文

  • 刑法65条

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