教唆犯
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第9章 共犯 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受けと今日の問い
図:自分では手を出していないのに、正犯と同じ刑を科される
共同正犯に続いて、ここからは自分では実行を分担しない側、狭義の共犯に入ります。その1本目が教唆犯です。61条の文言をそのまま分解すると、成立の条件と、処罰の仕方が、両方とも見えてきます。今日はそこまでを1本で通します。
教唆犯の意義——61条の出発点
図:教唆とは何か——61条の出発点
条文刑法61条
刑法61条 1項「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。」 2項「教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。」
今日いちばん最初に置くのが、この条文です。人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。今日話すことは、すべてこの1文から出てきます。教唆とは、他人を唆して、犯罪を実行する決意を生じさせることです。ポイントは「決意を生じさせる」の部分です。もともとその人がすでに実行する気になっていたのなら、いくら後押ししても教唆にはなりません。比べてみましょう。友人Aが「あの店、万引きしようかな」とすでに半分決めていたBに「やれよ」と言っても、Bの決意はAが生じさせたものではないので、これは教唆ではありません。これに対して、何も考えていなかったBに「あの店、レジに誰もいないから今のうちに何か盗んでこいよ」と持ちかけ、Bがそこで初めて盗む気になったのなら、決意を生じさせているので教唆にあたります。何も考えていない人に火をつけるのが教唆で、もう燃えている火をあおるだけなのが幇助です。今日はまず教唆だけを見ます。
成立要件の全体像——「実行させた」を分解する
図:61条「犯罪を実行させた」を4つに割る
「犯罪を実行させた」という言葉を割ると、4つの要素が出てきます。客観的な要素が3つ、主観的な要素が1つです。客観①教唆行為があったこと、客観②その教唆に基づいて正犯が実行行為に出たこと、客観③既遂罪の教唆犯として問うなら正犯の結果まで発生したこと。主観④は教唆犯の故意です。4つとも、条文の文言をそのまま並べ直しただけです。61条の解釈で新しく足した基準ではなく、条文どおりの成立要件です。だから「覚える規範」として暗記するものではなく、条文を分解すれば誰でも導けるものだと思ってください。今日は①から③まで、この順番で見ていきます。
要件①——教唆行為
図:「一定の」犯罪を決意させれば足りる
要件①の教唆行為から見ます。まず方法は問いません。はっきり言葉で指示してもいいですし、それとなくほのめかしてもかまいません。難しいのは、どこまで具体的に言えば教唆行為にあたるかです。「悪いことしてこいよ」くらいの軽口では、それだけでは足りません。「何か悪いことをしてこい」というのは、犯罪一般を漠然と唆しているだけで、どの犯罪の決意を生じさせたのかが特定できないからです。これに対して「あの店、レジに誰もいないから何か盗んでこいよ」なら、窃盗という一定の犯罪を決意させています。日時や、具体的にどう盗むかまでは特定していなくても、それで足ります。
判例も、一定の犯罪を決意させれば足り、日時・場所・方法までの特定は不要だという立場を採っています。
要件②ア——正犯の実行行為への従属性
図:従属性は前回までの結論をそのまま使う
要件②の従属性は、共犯従属性説と制限従属性説の話そのものです。いくら教唆行為があっても、被教唆者が実際に実行に移していなければ、教唆犯は成立しません。正犯がどこまで犯罪の成立要件を満たしている必要があるかは、制限従属性説のとおり、構成要件該当性と違法性で足ります。責任まで要らないのは、違法性が、法益が侵害されたという出来事の側の評価なので関与者どうしで共有できるのに対し、責任は一人ひとりへの非難なので共有できないからです。従属性の回で、違法は連帯的に、責任は個別的に、とまとめたとおりです。たとえば、Aに唆されて盗む気にはなったBが、結局店に行かなかったなら、Aは教唆犯になりません。
要件②イ——教唆行為と実行行為の因果関係
図:AがBを唆すが、Bはいったん犯意を捨てて無関係に実行する
要件②には、もう1つ大事な中身があります。教唆行為と正犯の実行行為の間には、因果関係が必要です。共犯の処罰根拠の回で見た因果性を、教唆に当てはめる話です。教唆は言葉で決意を生じさせるので、ここで問うのは主に、Aの言葉がBの決意に働いたかという心理面の経路です。設例で見てみましょう。AがBに「あの店で万引きしてこい」と唆しましたが、Bは一度は断って帰りました。ところがその後、Bは生活が苦しくなり、Aの教唆とは無関係に、自分の判断だけで「もう我慢できない、盗もう」と考え直し、別の日に実行したとします。
この場合、Aに教唆犯は成立しません。Bの実行は、Aの教唆行為から生まれたものではなく、Aの教唆とは切り離された、Bの独自の決意から生まれたものだからです。教唆行為と実行行為の間の因果関係が切れているので、Aに教唆犯は不成立です。判例も、この因果関係を要求する立場を採っています。Bが一度断った後もAの言葉が心のどこかに引っかかっていて、それがきっかけで実行した場合は、Aの教唆行為がBの決意の形成に影響を及ぼしたと言えるかどうかという事実認定の問題になります。今日は、因果関係が完全に切れている場合と、そうでない場合の違いがあるということだけ押さえてください。
要件③——正犯結果の発生
図:実行の着手で未遂、結果発生で既遂
要件③に進みます。正犯が実行に着手した時点で、教唆者には未遂罪の教唆犯が成立します。そこからさらに正犯が結果まで発生させれば、教唆者には既遂罪の教唆犯が成立します。万引きで言えば、Bが売り場で商品に手を伸ばしたところで店員に止められれば、Aは窃盗未遂罪の教唆犯。商品を自分のかばんに入れてしまえば、Aは窃盗罪の教唆犯です。教唆行為は1回だけでも、正犯の進み具合次第で、教唆者に問われる罪名の段階が変わります。ここまでが、61条の「犯罪を実行させた」を分解した要件①から③です。
山場——「正犯の刑を科する」の意味
図:「正犯の刑を科する」=正犯の法定刑の幅で決める
ここからが今日の山場です。61条は、唆しただけの人に「正犯の刑を科する」と書いています。まず、なぜ手を出していない人を正犯と同じ扱いにするのか、から見ます。さっきの万引きで言うと、Bの中には、盗む決意がもともとありませんでした。それをAがゼロから生み出し、その決意がBの手を通って、店の商品が盗まれるという結果にまでつながっています。共犯の処罰根拠の回で見たとおり、共犯も、正犯と一緒に結果を引き起こしたから罰せられます。結果の源をつくったという点で、Aは自分で盗んだBと変わらない。だから61条は、刑の扱いを正犯とそろえたのです。
ただし、「正犯の刑を科する」は、教唆者に正犯とまったく同じ刑を言い渡す、という意味ではありません。判例は、正犯の罪に定められた法定刑の範囲内で、教唆者の刑を決めるという意味だと読んでいます。
図:法定刑と宣告刑——ひっかけの正体
法定刑は、条文が定める刑の幅のことです。たとえば窃盗罪なら、10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、というレンジそのものです。これに対して宣告刑は、裁判官がその幅の中から選んで実際に言い渡す、1つの具体的な刑です。「正犯の刑を科する」というのは、この法定刑という幅の中で処罰するという意味であって、宣告刑という具体的な数字まで正犯に揃える、という意味ではありません。宣告刑が正犯と食い違うことはあります。幅の中でどこに落ち着くかは、個別の事情次第です。だから、正犯が現実に捕まらなかったり、正犯には責任が無くて不処罰に終わったりしても、教唆犯だけを独立に処罰できます。逆に、唆した側であるAの方が、実行したBより重い宣告刑を受けることもあります。
たとえば、Bは初めてで深く反省していて、罰金で済んだとします。一方でAは、乗り気でないBに何度もしつこく持ちかけていた。それなら、Aに拘禁刑が言い渡されてもかまいません。どちらも窃盗罪の幅の中だからです。逆に、Aの方がどれだけ悪質でも、窃盗罪の幅を超えて、10年を超える拘禁刑をAに言い渡すことはできません。そろえるのは、あくまで幅です。理由は、さっき確認した要件②の従属性とつながっています。違法は出来事の評価として関与者どうしで共有され、責任は一人ひとりへの非難として共有されない。要件②アで見た、違法は連帯的に、責任は個別的に、という整理です。だから、正犯が個別の事情で処罰を免れても、それは違法性の判断を揺るがさず、教唆犯の処罰には響かないんです。非難の重さも一人ひとり違うので、同じ幅の中で、唆した側の方が重く言い渡されることもありえます。「正犯の刑を科する」を法定刑の幅の話だと読むことで、この責任の個別性がそのまま活きてきます。
条文刑法64条
刑法64条 「拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。」
もう1つ、処分に関わる条文があります。64条です。拘留・科料しか法定刑に無いような、ごく軽い罪については、教唆・幇助を処罰する特別の規定が無ければ、教唆者・従犯を罰しません。あまりに軽い罪にまで、教唆や幇助の処罰を広げすぎないための歯止めです。ここまでをまとめます。手を出していなくても、結果の源をつくった教唆者は、正犯と同じ幅で罰せられる。ただし、そろうのは法定刑という幅であって、言い渡される刑ではない。これが「正犯の刑を科する」の意味です。
諸類型——間接教唆・再間接教唆・従犯の教唆
条文刑法62条2項
刑法62条2項 「従犯を教唆した者には、従犯の刑を科する。」
図:3つの類型と、条文の対応
最後に、教唆に似た形の3つの類型を並べます。1つ目は間接教唆です。教唆した相手が、さらに別の人を教唆した場合、その最初の教唆者も61条2項によって処罰されます。教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする、という条文どおりです。2つ目は再間接教唆です。間接教唆者を、さらにもう一段教唆した場合です。条文には直接の規定がありませんが、判例は、これも教唆犯として処罰する立場を採っています。間接教唆者も、61条2項で罰される「教唆者」の1人なので、その人を唆した者も、2項の「教唆者を教唆した者」に入ると読めるからです。
3つ目は従犯の教唆です。幇助犯を教唆した者、つまり「お前は手伝う側に回れ」と唆した者は、62条2項によって、従犯の刑を科されます。ここで気をつけてほしいのは、62条2項は従犯の教唆の根拠であって、間接教唆の根拠ではないということです。間接教唆は61条2項、従犯の教唆は62条2項。条番号と類型を、正しく対応させてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点——61条の2つの部品
教唆とは、他人を唆して犯罪を実行する決意を生じさせることです。成立要件は、①教唆行為、②教唆に基づく正犯の実行行為、既遂罪なら③正犯結果の発生です。②には、正犯の実行への従属性と、教唆行為との因果関係の両方が必要です。処分については、「正犯の刑を科する」とは、正犯の罪に定められた法定刑の範囲内で、教唆者の刑を決めるという意味です。Aがいくら唆していても、Bの実行がその教唆とは無関係な独自の決意から生まれたものであれば、Aに教唆犯は成立しません。因果関係が切れているからです。
参照条文
- 刑法61条
- 刑法64条
- 刑法62条2項