幇助の因果関係
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第9章 共犯 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受けと、今日の問い
図:前回の受けと、今日残った1つの中身
前回、幇助犯の成立要件を4つ確認しました。①幇助行為、②正犯が実行行為に出ること、既遂罪の幇助犯なら③正犯結果が発生すること、そして主観面の④幇助犯の故意です。②の正犯の実行行為については、共犯従属性説や制限従属性説といった従属性の話を前回済ませました。今日は、②の中に残っていたもう1つの中身、幇助行為と正犯との因果関係を扱います。共犯関係の解消の話とは別の話です。あとで一言だけ整理しますが、今日の因果関係は「幇助犯がそもそも成立するか」という場面の話です。先に、こんな場面を考えてみてください。すでに店の金庫を狙って窃盗をすると決めていたBに、Aが金庫のダイヤル錠の番号を書いたメモを渡します。ところが実際には、金庫は店員の閉め忘れで半開きになっていて、Bはメモを使わずに金庫を開けてしまいました。渡したメモは、一度も使われていません。それでも、Aは幇助犯になるでしょうか。
問題の所在——何と、どれだけ
図:何と、どれだけつながっていればよいか
幇助犯が成立するには、幇助行為と正犯との間に、何らかのつながりが要ります。ここで2つの問いが立ちます。1つは、何とつながっていればよいかという問い。幇助行為から②正犯の実行行為までのつながりで足りるのか、それとも③正犯の結果までのつながりが必要なのか。もう1つは、そのつながりはどれだけ強いものでなければならないか、という問いです。この2つは別々の対立軸なので、順番に見ていきます。まず、何とつながっていればよいかから始めます。
不要説——正犯の実行行為までで足りる
図:不要説——結果までは要らない
不要説は、幇助行為が、正犯の②実行行為とつながっていれば、それで足りるとする見解です。正犯の③結果とまでつながっている必要はない、と考えます。根拠は2つあります。1つは、幇助の定義そのものです。幇助は、自分で手を下すのではなく、正犯の実行行為をやりやすくする関与でした。定義の文言が「実行行為を容易にすること」までしか言っていない以上、要求される因果関係もそこまでで足りる、という理屈です。もう1つは、62条1項の条文です。62条1項は「正犯を幇助した者は、従犯とする」としか規定していません。結果との因果関係を条文上の要件として書き込んでいないんです。
冒頭のメモで言えば、不要説が問うのは、メモがBの実行行為を容易にしたかどうかまでです。金品が持ち去られたという結果とのつながりまでは問いません。
必要説——正犯の結果まで要る
図:共犯の処罰根拠、何だったか
もう1つの説を見る前に、共犯を罰してよい根拠を確認しておきます。因果的共犯論、つまり惹起説です。共犯も、正犯の実行行為を通じて、法益侵害という結果を引き起こしたから罰せられる、という考え方です。この根拠を、幇助の因果関係にもそのまま当てはめるのが、必要説です。
図:必要説——結果まで要る
必要説は、共犯の処罰根拠が、正犯の実行行為を通じて法益侵害という結果を引き起こしたことにある以上、幇助行為も、その結果との因果関係が無ければ、そもそも処罰する理由を満たさないと考えます。だから、②実行行為までのつながりでは足りず、③結果までのつながりを要求します。処罰根拠と、要求する因果関係の範囲を、ぴったり揃えたいという発想です。冒頭のメモで言えば、必要説は、メモの影響が、金品が持ち去られたという結果にまで届いているかを問う、ということです。
橋渡し——実務上の差は小さいが、選び方の基準はある
図:2説の差はどこに出るか
不要説と必要説は、理屈のうえでは対立していますが、実務上の帰結はあまり変わりません。幇助が正犯の実行行為とつながっているなら、その実行行為が結果を引き起こしているのが通常なので、結果との因果関係も、たいてい併せて認められるからです。冒頭のメモで言えば、メモがBの実行行為を後押ししていたなら、その実行行為がそのまま金品を持ち去る結果を生んでいるので、結果とのつながりもたいてい認められます。2つの説の結論が割れる場面は、実は限られています。同じとまでは言えません。ただ、選ぶときの基準は示せます。共犯の処罰根拠を惹起説、つまり正犯の実行行為を通じて結果を引き起こしたことに求めるなら、要求する因果関係の範囲もその根拠と揃えた必要説のほうが、一貫した筋になります。不要説が誤りというわけではありませんが、答案の筋としては、必要説のほうが通しやすいということです。
因果関係の程度——どれだけつながっていればよいか
図:どちらの説に立っても、なお残る問い
ここまでで、幇助行為が何とつながっていればよいか、という1つ目の物差しを見ました。でも、これだけでは終わりません。不要説・必要説のどちらに立っても、その「因果関係」が、具体的にどれだけの強さのものでなければならないかは、まだ決まっていないんです。ここからが2つ目の物差しです。冒頭のメモで言えば、メモが無ければBは犯行に出られなかった、とまで言える必要があるのか、それとも、Bの背中を押した程度でよいのか、という違いです。
条件関係説
図:条件関係説——あれなければこれなし
条件関係説は、因果関係の回で見た「あれなければこれなし」の公式を、幇助行為にもそのまま使う見解です。幇助行為がこの関係で、正犯とつながっていることを要求します。幇助行為が無かったとしても、正犯が同じように実行行為に出て、結果も同じように生じていたと言えるなら、条件関係は否定され、幇助の因果関係も否定されます。
山場——渡した物が結局使われなかった場面
図:Aは、金庫の番号を書いたメモをBに渡した
冒頭の場面に戻ります。Bは、店の金庫を狙って窃盗をすると、すでに決意していました。Aはそれを知りながら、金庫のダイヤル錠の番号を書いたメモをBに渡します。ところが、実際には店員の閉め忘れで金庫は半開きになっていて、Bはメモを一度も使わずに金庫を開け、中の金品を持ち去りました。渡したメモは、犯行に一切使われていません。Aは幇助犯になるでしょうか。条件関係説に立つと、メモが無くてもBは同じように実行できた以上、条件関係が否定され、Aには幇助の因果関係が認められません。つまり、幇助犯は成立しない、という結論になります。
Bの犯行を手伝うつもりで実際にメモまで渡したのに、たまたま使われなかっただけで何も問われないのは変ではないか、その違和感が、条件関係説への批判そのものです。渡した物がたまたま使われなかっただけで一律に不成立とするのは、成立範囲が狭すぎるという評価につながります。ここで、もう1つの説が出てきます。
促進的因果関係説——有力説
図:促進的因果関係説——後押ししていれば足りる
促進的因果関係説は、条件関係までは要求しません。正犯の実行行為などを、物理的にであれ心理的にであれ、容易にし促進すれば、それで幇助の因果関係として足りるとする見解です。この物理的・心理的というのは、共犯の処罰根拠の回で見た、物理的因果性と心理的因果性の2つの経路のことです。幇助だから物理的、と決めつけないという、あのときの注意が、ここで効いてきます。同じ場面で考えてみます。Bは、Aがメモを用意してくれたことで、金庫を開ける手段が確保できている、と感じて犯行に踏み切りやすくなったかもしれません。実際には使わなかったとしても、渡されたこと自体が心理的にBの実行を後押ししたと評価できれば、幇助の因果関係を肯定できます。
船に例えると分かりやすいかもしれません。ロープでつながれた2そうの舟のうち、片方の舟がもう片方を物理的に引っぱっているなら、それは条件関係にあたる強い結びつきです。でも、ロープが多少たるんでいても、並走してくれる舟があるというだけで、船頭が安心して漕ぐ手を緩めないなら、それも1つの推進力です。促進的因果関係説が見ているのは、この後者の後押しなんです。逆に、後押しすら無い場合は別です。たとえば、AがメモをBの上着のポケットに黙って入れておき、Bはそれに気づかないまま金庫を開けていた、としましょう。これでは、メモはBの行動にも気持ちにも、何の影響も与えていません。促進的因果関係説に立っても、この場合は幇助の因果関係が否定されます。
図:条件関係説と促進的因果関係説の対比——金庫の設例の結論
表で見ると分かるとおり、違いはつながり方の強さをどこに置くかです。あれなければこれなし、まで要求するか、後押しがあれば足りるとするか。この線引きの違いが、そのままAへの評価を裏返しています。条件関係説では、物理的に役立たなかった手助けがすべて外れてしまい、成立範囲が狭すぎるという批判から、促進的因果関係説が妥当とされています。だから、必要説と促進的因果関係説を組み合わせれば、メモが使われなくても、渡したことがBの背中を押したと言えれば、Aは幇助犯になりえます。
帰結——2つの物差しの組み合わせ
図:答案で書きやすい組み合わせ
ここまでの2つの物差しを組み合わせると、答案で書きやすい型が見えてきます。共犯の処罰根拠を惹起説に置くと、それと一貫するのは必要説でした。そして、条件関係説では成立範囲が狭すぎるという批判から、促進的因果関係説が妥当とされます。この必要説と促進的因果関係説を組み合わせると、惹起説から一本の筋で最後まで説明がつながります。冒頭のメモなら、最後のあてはめは、メモを渡したことがBの実行を心理的に後押ししたと言えるか、になります。この組み合わせは、論文でも論点になりうる型です。
区別の一言——共犯関係の解消とは別物
図:同じ「因果性」でも、場面が違う
今日見た因果関係は、幇助犯がそもそも成立するかどうかの場面の話です。それに対して、共犯関係の解消は、いったん成立した共犯関係から途中で抜けられるか、つまり、自分が及ぼした因果性を途中で断ち切れるかどうかの場面の話でした。同じ「因果性」という言葉が出てきますが、問題にしている場面がまったく別です。混同しないように、この1点だけ押さえておいてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。幇助の因果関係には2つの物差しがありました。何とつながるかについては、正犯の実行行為までで足りるとする不要説と、正犯の結果までのつながりを要する必要説が対立します。どれだけつながるかについては、あれなければこれなしを要求する条件関係説と、物理的・心理的な促進で足りるとする促進的因果関係説が対立していました。共犯の処罰根拠である惹起説と一貫させるなら必要説、条件関係説では狭すぎるという批判から促進的因果関係説、この組み合わせが答案で書きやすい型です。金庫のメモを渡したAが、結局メモを使われなかったのに幇助犯になりうるのは、促進的因果関係説に立てば、物理的に使われたかどうかではなく、渡されたこと自体がBの実行を心理的に後押ししたかどうかで判断するからです。渡した物が実際に使われるかどうかは、幇助犯の成否を決める唯一の分かれ目ではありません。