共犯の錯誤
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第9章 共犯 ㉖/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
“傷害でいこう”と決めた2人。片方が刺して、相手が死んだ
図:“傷害でいこう”と決めた2人。片方が刺して、相手が死んだ
会社員のAとBは、取引先とのトラブルで揉めた相手Xに「痛い目に遭わせよう」と示し合わせました。傷害でいこう、というつもりです。当日、Aがひとりで現場に行き、Xと接触したところ、予想外の反撃を受けました。Aはかっとなり、殺意を抱いてXを刃物で刺し、死亡させてしまいます。現場にいなかったBが何罪になるのか——そこが今日の一番の問いです。殺すつもりが無かったほうは、何罪になるのか。今日はこの問いに、最後まで正面から向き合います。
共犯の錯誤とは、何がズレることか
図:認識と実行のあいだのズレ
まず、言葉の意味を確認します。共犯の錯誤とは、教唆犯・幇助犯・共同正犯といった広い意味の共犯者が、頭の中で認識していた犯罪事実と、実際に正犯者が実行した犯罪事実とのあいだに、食い違いがある場合をいいます。認識と実行、この2つのあいだのズレが共犯の錯誤です。
原則は変わらない。ただし例外がある
図:原則は法定的符合説。ただし例外がある
では、このズレをどう処理するか。先に考えてほしいのは、共犯になったからといって、比べるものが増えたわけではない、ということです。単独犯の事実の錯誤で比べていたのは、頭の中で認識していたことと、実際に起きたこと、この2つでした。共犯の錯誤で比べるのも、共犯者が認識していたことと、正犯者が実際にやったこと、やはり2つです。冒頭のBも、頭の中は傷害、実際に起きたのは殺人——比べている形は、単独犯のときとまったく同じです。比べる構造が同じなら、使う道具も同じで足ります。だから出発点は、単独犯と同じ法定的符合説です。
ただし、1つだけ注意が要ります。共犯の錯誤には、法定的符合説だけでは片づかない、共犯特有の処理が必要になる場面があります。今日の後半、山場になるのがそこです。
3つの場面に分けて見ていく
図:共犯の錯誤、3つの場面
共犯の錯誤は、大きく3つの場面に分けられます。1つ目は、共同正犯は共同正犯どうし、教唆犯は教唆犯どうしというように、同じ共犯の形の中で認識と実行がズレる場合。これが今日のテーマです。2つ目は、異なる共犯の形のあいだでズレる場合。3つ目は、間接正犯と共犯のあいだでズレる場合です。今日は、共同正犯・教唆犯・幇助犯、それぞれの内部で起きるズレを、順番に見ていきます。
共同正犯の具体的事実の錯誤——速く抜ける場面
図:客体を取り違えただけなら、道具はそのまま使える
まず、軽いところから確認します。AとBが、Xの殺害を共謀したとします。ところが実行を担当したAが、暗がりでXと人違いをして、Yを殺害してしまいました。法定的符合説では、殺人罪という構成要件のレベルで見れば、認識と発生は一致しています。だから、単独犯で使った道具をそのまま使えば足ります。A・Bともに、Yに対する殺人罪の共同正犯が成立します。共犯だからといって、ここで新しいことは何も起きていません。
共同正犯の抽象的事実の錯誤
図:共謀段階と実行段階、AとBの立場のズレ
ここからが今日の本題です。冒頭のAとBの話に戻ります。AとBは、Xへの傷害を共謀しました。ところが実行を担当したAは、殺意を抱いてXを刺し、死亡させています。Aについては、単独で見ても殺人罪が成立します。問題は、殺意を持たなかったBの罪責です。殺人罪は成立するでしょうか。それとも、別の何かでしょうか。少し考えてみてください。ここは、さっきの客体の取り違えと違って、傷害罪と殺人罪という、別々の構成要件のあいだのズレです。法定的符合説の問題として、そのまま処理することはできません。ここでは、2つの問いを順番に立てる必要があります。1つ目は、そもそも共同正犯とは何を共同することなのか、という共犯の本質の問題。2つ目は、被害者が死亡したという重い結果を、どう扱うかという結果的加重犯の問題です。結果的加重犯とは、軽い罪を犯すつもりで行為した結果、意図しない重い結果が生じた場合に重く処罰される犯罪類型をいいます。
図:問い①——殺人罪の共同正犯は成立するか
まず1つ目、共犯の本質から考えます。あらかじめ法律で定められた行為でなければ犯罪にならない、という罪刑法定主義から、犯罪は構成要件というかたちで定められています。
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯) 「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」
60条は、二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする、と定めています。ここでいう「犯罪」とは、特定の構成要件のことです。だから、共同正犯として認められるには、その特定の構成要件を共同して実現していなければならない、という考え方が出発点になります。前に、共犯の本質のところで、部分的犯罪共同説という規範を習いましたね。思い出せますか?やってみます……各行為者の狙いが完全に重ならなくても、同質的で重なり合う構成要件であれば、その重なり合う限度で共同正犯の成立を認める、でした。この規範を、今回の場面に当てはめます。A・Bのあいだに、殺人罪についての共謀はありません。だから、殺人罪の共同正犯は成立しません。では、傷害罪と殺人罪は、重なり合うでしょうか。
たとえば、殺人罪って、人を傷つけたうえで死なせる罪、とも言えますよね。傷害罪は、人を傷つける罪。だとすると、人を傷つけるという部分では、重なっている気がします。傷害罪と殺人罪は、人の身体を害するという点で同質的で、傷害罪の限度で重なり合っています。したがって、少なくとも、A・Bのあいだには傷害罪の共同正犯が成立します。
図:問い②——死亡という重い結果を、どう扱うか
ここまでで、Bには傷害罪の共同正犯が成立することが分かりました。でも、これで終わりではありません。Xは実際に死亡しています。この重い結果を、Bにどう跳ね返らせるか、というのが2つ目の問いです。ここで、結果的加重犯の共同正犯の本質論をもう一度使います。重い結果についての過失を不要とする立場からは、過失犯の共同正犯——本来なら、過失犯にも共同正犯が成立するかどうか自体が議論になりうる論点です——の成否をわざわざ問題にするまでもなく、結果的加重犯の共同正犯の成立を認められます。傷害罪は暴行の結果的加重犯であり、傷害致死罪は傷害罪の結果的加重犯です。もっとも、不要説でも自動的に成立するわけではありません。基本となる傷害罪の共同正犯と死亡結果とのあいだに、危険の現実化と言える因果関係があるかは見ます。これは、以前、因果関係のところで見た考え方で、行為に含まれていた危険が、そのまま結果として現れたと言えるかを確かめるものです。冒頭のBも、死亡について過失はありませんが、共謀した傷害の危険がそのまま現実化して死亡に至ったと言えるので、傷害致死罪の共同正犯が認められます。
図:結論——Aは殺人罪、Bは傷害致死罪の限度で共同正犯
以上をまとめます。Aには、単独で殺人罪が成立します。Bには、傷害致死罪が成立します。そして、A・Bの2人は、傷害致死罪の限度で共同正犯となります。
条文刑法205条
刑法205条(傷害致死) 「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。」
この結論を導く条文が、傷害致死罪を定めた205条です。身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。この条文が、Bの罪責の着地点になります。だから、結論を丸暗記するのではなく、2つの問いを順番に立てる、という手順を覚えてください。1つ目、共同正犯として何を共同したと言えるか——共犯の本質、部分的犯罪共同説で、重なり合う限度の罪名を確定する。2つ目、その罪の結果的加重犯として、重い結果まで責任を負わせられるか——結果的加重犯の共同正犯の本質論を当てる。この2つの問いさえ立てられれば、場面がどう変わっても、自分で結論を導けます。
教唆犯の錯誤——具体的から抽象的へ
図:教唆犯の具体的事実の錯誤も、速く抜ける
次は、教唆犯の錯誤です。まず、軽いところから。AがBにXの殺害を教唆したところ、Bが暗がりでXと人違いをしてYを殺害した場合です。法定的符合説から、Bには殺人罪、Aには殺人罪の教唆犯が成立します。ここも速く抜けて構いません。
図:Aは窃盗を教唆したのに、Bは強盗を実行した
次が、今日2つ目の山場です。金に困っている後輩Bに、先輩Aが「あの店の商品を持ち出してこい」と持ちかけます。窃盗の教唆です。ところが当日、Bは店員に見つかり、逃げるために店員を突き飛ばして商品を奪って逃走しました。ここで、答案の流れに1つ注意が要ります。これは、前に、単独犯の錯誤のところで組み立てた手順と同じで、いきなり主観と客観のズレから始めるのではなく、まず客観を確定します。Bが実際にやったのは、暴行または脅迫を用いて財物を奪う行為ですから、客観的には強盗にあたります。そのうえで、Aの主観は窃盗の教唆だったから、客観と主観がズレている、抽象的事実の錯誤が問題になる、という順番で組み立てます。たとえば、今回のBは、店員を突き飛ばして商品を奪っているので、暴行または脅迫を用いて財物を奪う、という強盗の客観にそのまま当てはまります。
ここでも、単純に法定的符合説を使うのではなく、実質的な重なり合いの限度で考えます。名前は違いますが、考え方の中身は同じです。共同正犯は、AとBが同じ罪を一緒にやったと言えるかを問うので、共犯の本質——共同正犯として何を共同したかという問題——として、部分的犯罪共同説を使いました。これに対して教唆犯は、正犯者であるBとは別に、教唆者Aに何罪の故意があったかを問えば足りるので、単独犯の錯誤で使った道具、実質的符合説がそのまま効きます。
条文刑法38条2項(既出の再掲)
刑法38条2項(重い罪と軽い罪) 「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。」
38条2項は、重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない、と定めています。この条文の先にあるのが、保護法益や行為態様の共通性を基礎に、実質的な重なり合いがあるかどうかで判断する、実質的符合説でしたね。窃盗の限度で、実質的な重なり合いが認められます。だから、Bには強盗罪が成立し、Aには窃盗罪の教唆犯が成立します。
図:客観と主観、どちらが重いか——2つの入口の違い
ここでもう1つ、押さえておきたいことがあります。今回の場面は、客観のほうが重く、主観のほうが軽い場合でした。この場合、厳密には、故意があるかどうかの問題ではなく、軽い故意に対応した軽い客観が存在するか、という問題として論じます。強盗という客観の中に、窃盗という軽い客観が含まれているかを見る、というイメージです。今回は、暴行・脅迫を用いて財物を奪うという行為の中に、財物を奪うという窃盗の要素がそのまま含まれているので、問題なく認められます。では逆に、Aが強盗を教唆したのに、Bが窃盗にとどまった場合はどうでしょうか。
客観のほうが軽くて、主観のほうが重い場合ですね。この場合は、まず客観を、Bが実際にやった窃盗の教唆と認定します。そのうえで、それに対応する故意がAにあるかを論じます。Aは強盗を教唆したのですから、その中には窃盗という軽い行為の認識も含まれています。だから、Aには窃盗罪の教唆犯が成立します。どちらのパターンでも、先に客観を固定してから、対応する故意や客観を探しに行く、という順番は共通しています。
結果的加重犯の場合——そもそも錯誤にならない
図:傷害を教唆したら、傷害致死になった
ここで、もう1つ場面を見ます。AがBに傷害を教唆したところ、Bが実際に暴行を加え、被害者が死亡してしまい、傷害致死が成立したとします。よく似ています。でも、結論はまったく違います。この場合、錯誤はそもそも問題になりません。錯誤が問題になるのは、発生した犯罪事実について、行為者に故意が無かった場合です。ところが、結果的加重犯の重い結果については、そもそも故意は不要でした。故意が要らない以上、故意が無かったことを問題にする必要そのものがありません。だから、これは錯誤の問題ではなく、そもそも結果的加重犯に対する教唆犯が成立するかどうかという、別の問題になります。
図:2つの場面の比較——分かれ目はどこにあるか
ここで、さっきの、傷害を共謀して殺意で実行された場面と、いま見た、傷害を教唆して死亡結果が出た場面を並べて比較してみます。前者は、AとBが共同正犯という関係でした。実行担当者のAが殺意を持ったことで、認識していた構成要件そのものが、傷害罪から殺人罪へと移動しています。だから、錯誤の問題として処理しました。Bの行為は、最初から最後まで、1つの構成要件の中にとどまっています。ではなぜ、ここでは構成要件をまたぐ移動が起きないのか。傷害致死罪の死亡結果には、はじめから故意が要求されていないからです。要求されていない以上、Bの認識は傷害罪の枠から動きようがありません。だから分かれ目は、重い結果についての故意がそもそも要求されているかどうか——これが、構成要件をまたぐ移動が起きているかを決める1本の物差しです。
幇助犯の錯誤——同じロジックがもう一度効く
図:教唆犯で組み立てた筋が、そのまま効く
最後に、幇助犯の錯誤です。ここまで教唆犯で見てきた処理が、そのまま使えます。論証を新しく立てる必要はありません。教唆犯のところで組み立てた筋が、もう一度そのまま効くだけです。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。共犯の錯誤は、原則として法定的符合説で処理します。ただし、共同正犯の抽象的事実の錯誤だけは例外で、共犯の本質と結果的加重犯という、2つの問いに置き換えて処理しました。部分的犯罪共同説で重なり合う罪名を確定して、そのうえで、結果的加重犯の本質論で重い結果まで届かせる、という2段構えでしたね。そして、同じように「重い結果が出た」場面でも、結果的加重犯として一貫した構成要件の中にとどまっている場合は、そもそも錯誤の問題にはなりません。重い結果についての故意が要求されているかどうかが、分かれ目でした。
A・Bのあいだに殺人罪の共謀はなく、傷害罪の限度でしか重なり合っていません。だから、まず傷害罪の共同正犯が成立します。そのうえで、重い結果についての過失を不要とする立場からは、その傷害罪が死亡という結果に至った以上、傷害致死罪の共同正犯として扱われます。
参照条文
- 刑法60条
- 刑法205条
- 刑法38条2項(既出の再掲)