同時傷害の特例207(後編)——「誰の一撃か不明」をどう裁くか
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第9章 生命・身体に対する罪 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
原則だとなぜ全員が責任を免れるのか——この回の軸 〔論文の骨格〕

まず原則を確認します。図を見てください。甲と乙、共謀はありません。たまたま同じ場で、別々にXを殴った。そしてXはケガをした。ここで問われるのは、誰の暴行がそのケガを生じさせたか、です。分からない。つまり、自分の暴行とそのケガとの因果関係が証明できない。刑事には大原則があります。疑わしきは被告人の利益。前編の#26送りの話です。因果関係が不明なら、因果関係なしとして扱う。すると、どうなるか。原則どおりなら、2人とも暴行罪止まり。ケガの責任を負わない。変です。立証が難しいというだけで、被告人が不当に得をしてしまう。この不都合を立法で解消したのが、これから見る207条なんです。
207条の意義と共同正犯との区別 〔短答・論文共通〕

ここで大事な前置き。207が問題になるのは、共謀がない場面だけです。共同実行の意思があれば、それは共同正犯。60条の世界です。共同正犯なら一部実行全部責任で、どちらの一撃でも当然に2人とも傷害罪。だから207の出番がない。207は、共謀が「ない」同時犯だけの話。共謀がないから、本来は自分のケガしか責任を負わないはず。でも原因者が特定できない。趣旨は、この立証困難を回避することにあります。
効果「共犯の例による」——因果関係の推定・挙証責任の転換 〔論文の骨格〕

では条文。207条を読みます。2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。言葉だけ見るとそう読めます。でも中身は、もっと限定された意味です。通説と判例はこう読みます。各暴行とケガとの因果関係を、推定する。普通は検察官が「あなたの一撃でケガをした」と証明します。でも207では、その因果関係を、いったん「あったもの」と推定する。そして立証責任を、被告人の側にひっくり返す。これが挙証責任の転換です。甲も乙も、自分の暴行ではこのケガは生じていない、と反証しない限り、ケガの責任、つまり傷害罪を負う。最決平成28年3月24日もこの立場です。
207 vs 共同正犯——決定的な違いは「反証の余地」 〔論文の骨格〕

ここで一番混同しやすい所。207と共同正犯は、似て非なるものです。表面はそう見える。でも根っこと、抜け道の有無が、まるで違うんです。共同正犯は、共謀があるから、一部実行全部責任。仲間の結果も全部引き受ける。そして決定的なのは、反証しても抜けられないこと。共謀したのは事実だから。一方、207は共謀がない。本来は責任を負わないはずを、推定で負わせるだけ。そこです。自分の暴行ではこのケガは生じていない、と立証できれば免責される。共同正犯は窓を閉め切る装置。207は立証の向きを逆にするだけで、反証の窓は残す。答案で「共犯の例による」を共同正犯と混同したら命取りです。
合憲性と要件——責任主義の例外だが許される 〔短答・論文共通〕

ここで当然の疑問。やってないかもしれないのに罰する。これ、許されるの?いい疑問です。たしかに、疑わしきは被告人の利益の例外で、批判もあります。でも合憲とされる。理由は2つ。1つは、原因者の特定が著しく困難な場面に限ること。もう1つは、あくまで推定であって、反証すれば免責されること。逃げ道がある。完全に責任を押し付けるなら違憲。でも反証可だから許容範囲、と考える。そして、その推定が働くための前提は、検察官の側が立証します。要件は2つ。1つ目、各暴行が、そのケガを生じさせうる危険性を持つこと。2つ目、各暴行が同一の機会に行われたこと。時間も場所も近接していること。ダメです。外形的に、共同で実行したのと等しい状況であることが要る。いい整理です。最決平成28年3月24日が、この要件を明示しています。
傷害致死罪への適用——判例は肯定 〔論文の骨格〕

次は応用論点。207は条文上「傷害した場合」としか書いていません。そこが問題です。傷害致死罪205にも、207を使えるか。一読そう見えます。でも判例は、傷害致死にも適用できると、肯定しています。共謀なき同時暴行で人を死なせ、原因者が分からない場合、共同暴行者は傷害致死の責任を負う。古くから判例が認めてきた立場です。最決平成28年も、傷害を原因として生じた死亡の結果についても責任を負う、と言う。そこ、必ず押さえてください。判例は傷害致死にも207を適用=肯定です。有力説は反対で、文言と責任主義から傷害罪に限るべき、と言いますが、試験では判例の肯定を軸に、反対説を一言添える、で十分です。
承継的共同正犯との関係——判例は適用肯定 〔論文の骨格〕

最後の論点。少しひねった場面です。時系列図を見てください。甲が単独でXを殴り始めた。その途中から、乙が加わった。これは前編で予告した、第36回の承継的共同正犯の場面です。問題は、ケガが乙の加担より前に生じたのか、後なのか不明、というところ。いい筋です。前に生じていたなら乙の暴行とは無関係のはず。そこで207を使えるか。鋭い。でも判例は、乙にも207を適用できると肯定します。理由が面白い。207はもともと、共同実行の意思が全くない場合のための規定です。なら、共謀がなければ適用されたはずなのに、途中で共謀ができたから不適用、というのは、かえって不均衡。だから途中加担の乙にも、207を適用してよい。最決平成28年がこの立場です。反対説は、傷害の責任者である甲がいる以上、乙にまで例外を使う必要はない、と言いますが、ここも判例の肯定を軸にします。承継的共同正犯そのものの中身、どこまで承継するかは、第36回に送ります。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を6つ。①207は共謀なき同時犯だけ。共謀があれば共同正犯で、最初から当然に傷害罪。207の出番はない。②効果は因果関係の推定と挙証責任の転換。一部実行全部責任ではない。③決定的な違いは反証の余地。207は反証で免責、共同正犯は反証しても帰責。前提の危険性と同一機会は検察官が立証、反証は被告人。二段構え。⑤傷害致死にも判例は適用を肯定。⑥承継的共同正犯にも判例は適用を肯定。
📝 論文の型

では論文の型。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは下の復元キーをたどって、趣旨から組み立て直します。趣旨は、原因者の特定が困難なときの立証困難を回避すること。そこから、207条の「共犯の例による」を、因果関係の推定と読む。すなわち、その挙証責任を被告人に転換したもの。共同正犯の全部責任とは別物。だから各暴行者は、自己の暴行が当該傷害を生じさせていないことを立証しない限り、責任を負う。推定の前提、危険性と同一機会は検察官が立証。推定ゆえ反証で免責、責任主義の例外だが合憲。

使い方を型で。共謀なく甲乙がXを殴り、どちらの一撃でケガをしたか不明の事例。問題提起。原因者が不明なとき、甲乙は傷害の責任を負うか。規範を立てて、あてはめ。207条は因果関係を推定し挙証責任を転換する。各暴行が傷害を生じさせうる危険性を持ち、同一の機会に行われている。甲乙は自分の暴行では生じていないと反証しない限り、傷害罪の責任を負う。この順です。
今日の地図(保存版)

まとめます。共謀なく同時に殴り、誰の一撃か不明なら、原則は全員暴行罪止まり。それを救うのが207。効果は因果関係の推定と、挙証責任の被告人への転換。共同正犯の一部実行全部責任とは別物。決定的な違いは、反証で免責できること。要件は危険性と同一機会で、検察官が立証する。反証は被告人がする二段構え。責任主義の例外に見えるが、推定で反証可だから合憲。そして傷害致死にも、承継的共同正犯にも、判例は一貫して適用を肯定しています。過失致死傷を扱います。故意犯の章を一区切りして、過失の世界へ入っていきましょう。