刑法 ゼロから刑法#41

同時傷害の特例207(後編)——「誰の一撃か不明」をどう裁くか

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第9章 生命・身体に対する罪 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

原則だとなぜ全員が責任を免れるのか——この回の軸 〔論文の骨格〕

同時傷害の場面図。甲と乙が共謀なく(示し合わせず)同時にXを殴る→Xに傷害。しかし甲の一撃で生じたか乙の一撃で生じたか不明=因果関係が立証できない。原則「疑わしきは被告人の利益」→因果関係なし扱い→甲も乙も傷害罪にならず暴行罪止まり(ケガの責任を負わない)。

まず原則を確認します。図を見てください。甲と乙、共謀はありません。たまたま同じ場で、別々にXを殴った。そしてXはケガをした。ここで問われるのは、誰の暴行がそのケガを生じさせたか、です。分からない。つまり、自分の暴行とそのケガとの因果関係が証明できない。刑事には大原則があります。疑わしきは被告人の利益。前編の#26送りの話です。因果関係が不明なら、因果関係なしとして扱う。すると、どうなるか。原則どおりなら、2人とも暴行罪止まり。ケガの責任を負わない。変です。立証が難しいというだけで、被告人が不当に得をしてしまう。この不都合を立法で解消したのが、これから見る207条なんです。

207条の意義と共同正犯との区別 〔短答・論文共通〕

207条が問題になる場面の限定。【共謀あり】共同実行の意思があれば共同正犯(60条)=一部実行全部責任で、当然に2人とも傷害罪。207の出番なし。【共謀なし】共同実行の意思がない同時犯の場面でだけ、原因者不明の問題が生じる=ここが207の守備範囲。趣旨=立証困難の回避。

ここで大事な前置き。207が問題になるのは、共謀がない場面だけです。共同実行の意思があれば、それは共同正犯。60条の世界です。共同正犯なら一部実行全部責任で、どちらの一撃でも当然に2人とも傷害罪。だから207の出番がない。207は、共謀が「ない」同時犯だけの話。共謀がないから、本来は自分のケガしか責任を負わないはず。でも原因者が特定できない。趣旨は、この立証困難を回避することにあります。

効果「共犯の例による」——因果関係の推定・挙証責任の転換 〔論文の骨格〕

刑法207条(同時傷害の特例)の全文。「2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。」核心=「共犯の例による」=各暴行と傷害結果との因果関係を推定し、その挙証責任を被告人に転換する。

では条文。207条を読みます。2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。言葉だけ見るとそう読めます。でも中身は、もっと限定された意味です。通説と判例はこう読みます。各暴行とケガとの因果関係を、推定する。普通は検察官が「あなたの一撃でケガをした」と証明します。でも207では、その因果関係を、いったん「あったもの」と推定する。そして立証責任を、被告人の側にひっくり返す。これが挙証責任の転換です。甲も乙も、自分の暴行ではこのケガは生じていない、と反証しない限り、ケガの責任、つまり傷害罪を負う。最決平成28年3月24日もこの立場です。

207 vs 共同正犯——決定的な違いは「反証の余地」 〔論文の骨格〕

207 vs 共同正犯(60条)対比表。【共同正犯60条】根拠=共謀あり/責任の中身=一部実行全部責任(自分が手を下していない結果も当然に全部引き受ける)/反証の余地=なし(反証しても帰責される)。【同時傷害207】根拠=共謀なし/責任の中身=因果関係の推定(立証技術として負わせるだけ)/反証の余地=あり(自分の暴行では生じていないと立証すれば免責)。決定的な違い=反証の余地の有無。

ここで一番混同しやすい所。207と共同正犯は、似て非なるものです。表面はそう見える。でも根っこと、抜け道の有無が、まるで違うんです。共同正犯は、共謀があるから、一部実行全部責任。仲間の結果も全部引き受ける。そして決定的なのは、反証しても抜けられないこと。共謀したのは事実だから。一方、207は共謀がない。本来は責任を負わないはずを、推定で負わせるだけ。そこです。自分の暴行ではこのケガは生じていない、と立証できれば免責される。共同正犯は窓を閉め切る装置。207は立証の向きを逆にするだけで、反証の窓は残す。答案で「共犯の例による」を共同正犯と混同したら命取りです。

合憲性と要件——責任主義の例外だが許される 〔短答・論文共通〕

207の合憲性と要件。【性質】「疑わしきは被告人の利益」の例外=責任主義の例外との批判もある。【なぜ合憲か】(i)原因者の特定が著しく困難な場面に限定/(ii)あくまで推定で、反証すれば免責される→許容範囲=合憲。【要件=検察官が立証(最決平28・3・24)】①各暴行が当該傷害を生じさせうる危険性/②各暴行が同一の機会に行われたこと(外形的に共同実行に等しい状況=時間・場所が近接)。

ここで当然の疑問。やってないかもしれないのに罰する。これ、許されるの?いい疑問です。たしかに、疑わしきは被告人の利益の例外で、批判もあります。でも合憲とされる。理由は2つ。1つは、原因者の特定が著しく困難な場面に限ること。もう1つは、あくまで推定であって、反証すれば免責されること。逃げ道がある。完全に責任を押し付けるなら違憲。でも反証可だから許容範囲、と考える。そして、その推定が働くための前提は、検察官の側が立証します。要件は2つ。1つ目、各暴行が、そのケガを生じさせうる危険性を持つこと。2つ目、各暴行が同一の機会に行われたこと。時間も場所も近接していること。ダメです。外形的に、共同で実行したのと等しい状況であることが要る。いい整理です。最決平成28年3月24日が、この要件を明示しています。

傷害致死罪への適用——判例は肯定 〔論文の骨格〕

207を傷害致死罪205にも適用できるか。問題=207は条文上「傷害した場合」としか書いていない=死亡結果(傷害致死罪205)にも使えるか。【判例=適用肯定】最判昭26・9・20=共謀なき同時暴行で人を死なせ原因者不明→共同暴行者は傷害致死の責任を負う。最決平28・3・24も「傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負う」と肯定。【反対(有力説)】文言「傷害した場合」+責任主義の例外ゆえ拡張は厳格に=傷害罪に限るべき。

次は応用論点。207は条文上「傷害した場合」としか書いていません。そこが問題です。傷害致死罪205にも、207を使えるか。一読そう見えます。でも判例は、傷害致死にも適用できると、肯定しています。共謀なき同時暴行で人を死なせ、原因者が分からない場合、共同暴行者は傷害致死の責任を負う。古くから判例が認めてきた立場です。最決平成28年も、傷害を原因として生じた死亡の結果についても責任を負う、と言う。そこ、必ず押さえてください。判例は傷害致死にも207を適用=肯定です。有力説は反対で、文言と責任主義から傷害罪に限るべき、と言いますが、試験では判例の肯定を軸に、反対説を一言添える、で十分です。

承継的共同正犯との関係——判例は適用肯定 〔論文の骨格〕

承継的共同正犯と207の関係(時系列図)。①甲が単独でXを殴り始める→②途中から乙が「一緒にやろう」と共同実行の意思で加担→③傷害発生。問題=傷害が乙の加担「前」に生じたか「後」か不明。甲は傷害罪。乙に207を適用できるか。【判例=適用肯定(最決平28・3・24)】207は共同実行の意思が"全くない"場面の規定→共謀がなければ適用されたものを、途中で共謀ができたから不適用では不均衡→途中加担にも207を適用してよい。【反対】責任者(甲)がいる以上、乙に例外は不要。

最後の論点。少しひねった場面です。時系列図を見てください。甲が単独でXを殴り始めた。その途中から、乙が加わった。これは前編で予告した、第36回の承継的共同正犯の場面です。問題は、ケガが乙の加担より前に生じたのか、後なのか不明、というところ。いい筋です。前に生じていたなら乙の暴行とは無関係のはず。そこで207を使えるか。鋭い。でも判例は、乙にも207を適用できると肯定します。理由が面白い。207はもともと、共同実行の意思が全くない場合のための規定です。なら、共謀がなければ適用されたはずなのに、途中で共謀ができたから不適用、というのは、かえって不均衡。だから途中加担の乙にも、207を適用してよい。最決平成28年がこの立場です。反対説は、傷害の責任者である甲がいる以上、乙にまで例外を使う必要はない、と言いますが、ここも判例の肯定を軸にします。承継的共同正犯そのものの中身、どこまで承継するかは、第36回に送ります。

短答ひっかけ

ここはひっかかる。①207が働くのは共謀なき同時犯の場面だけ(共謀あり=共同正犯60条で当然に傷害罪)②効果=因果関係の推定・挙証責任の転換(≠共同正犯の一部実行全部責任)③決定的な違い=207は反証で免責できる/共同正犯は反証しても帰責④要件=危険性+同一機会(検察官が立証)/反証は被告人⑤傷害致死にも適用=判例は肯定(最判昭26・9・20)⑥承継的共同正犯にも適用=判例は肯定(最決平28・3・24)。

短答でひっかかる所を6つ。①207は共謀なき同時犯だけ。共謀があれば共同正犯で、最初から当然に傷害罪。207の出番はない。②効果は因果関係の推定と挙証責任の転換。一部実行全部責任ではない。③決定的な違いは反証の余地。207は反証で免責、共同正犯は反証しても帰責。前提の危険性と同一機会は検察官が立証、反証は被告人。二段構え。⑤傷害致死にも判例は適用を肯定。⑥承継的共同正犯にも判例は適用を肯定。

📝 論文の型

★コア規範:207条の「共犯の例による」とは、各暴行者の暴行と傷害結果との間の因果関係を推定し、その挙証責任を被告人に転換したものをいう/したがって各暴行者は、自己の関与した暴行が当該傷害を生じさせたものでないことを立証しない限り、傷害について責任を負う。

では論文の型。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは下の復元キーをたどって、趣旨から組み立て直します。趣旨は、原因者の特定が困難なときの立証困難を回避すること。そこから、207条の「共犯の例による」を、因果関係の推定と読む。すなわち、その挙証責任を被告人に転換したもの。共同正犯の全部責任とは別物。だから各暴行者は、自己の暴行が当該傷害を生じさせていないことを立証しない限り、責任を負う。推定の前提、危険性と同一機会は検察官が立証。推定ゆえ反証で免責、責任主義の例外だが合憲。

答案の型:【事例】→【問題提起】→【規範】→【あてはめ】(共謀なき同時暴行で原因者不明の事例)。

使い方を型で。共謀なく甲乙がXを殴り、どちらの一撃でケガをしたか不明の事例。問題提起。原因者が不明なとき、甲乙は傷害の責任を負うか。規範を立てて、あてはめ。207条は因果関係を推定し挙証責任を転換する。各暴行が傷害を生じさせうる危険性を持ち、同一の機会に行われている。甲乙は自分の暴行では生じていないと反証しない限り、傷害罪の責任を負う。この順です。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ。共謀なき同時暴行で原因者不明→原則は「疑わしきは被告人の利益」で全員暴行罪止まり。それを救うのが207=同時傷害の特例。効果「共犯の例による」=因果関係の推定・挙証責任の被告人への転換(≠共同正犯の一部実行全部責任)。決定的な違い=207は反証で免責できる。要件=危険性+同一機会(検察官が立証)。責任主義の例外だが推定+反証可で合憲。傷害致死にも判例は適用を肯定(昭26・9・20)。承継的共同正犯にも判例は適用を肯定(平28・3・24)。

まとめます。共謀なく同時に殴り、誰の一撃か不明なら、原則は全員暴行罪止まり。それを救うのが207。効果は因果関係の推定と、挙証責任の被告人への転換。共同正犯の一部実行全部責任とは別物。決定的な違いは、反証で免責できること。要件は危険性と同一機会で、検察官が立証する。反証は被告人がする二段構え。責任主義の例外に見えるが、推定で反証可だから合憲。そして傷害致死にも、承継的共同正犯にも、判例は一貫して適用を肯定しています。過失致死傷を扱います。故意犯の章を一区切りして、過失の世界へ入っていきましょう。

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