共同正犯と従属性
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第9章 共犯 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の標語は、共同正犯でも効くか
図:2人で一緒に反撃した。もう1人の心のうちは
前回、狭義の共犯について「違法は連帯的に、責任は個別的に」という標語を立てました。今日はこれを、共同正犯に持ち込みます。共同正犯は共犯であると同時に、60条が「すべて正犯とする」と定める正犯でもあります。この二面性のせいで、前回の標語をそのまま輸入していいかは、実は自明ではありません。加えて、前回の最後で約束したもう1つの問いもあります。共犯とは何かという根本問題、つまり共同正犯が成立するために何を「共同」する必要があるのか、という問いです。先に見通しを言うと、責任は共同正犯でも個別のまま、違法の連帯は、心のうちの要件のところで割れます。今日は、この2つを順番に見ていきます。本題に入る前に、前回の内容を1つ思い出してください。教唆した相手が13歳の刑事未成年で、責任を阻却されたとしても、教唆犯は成立しましたか?
責任は行為者ごとに個別に判断されるから、正犯に責任が無くても、教唆犯は成立する、という話でした。今日はこの前提の上に立ちます。
違法の連帯性の有無
図:AとBが一緒に取り押さえた。心のうちは別だった
設例です。深夜、AとBが働く店に、酔った客Cが刃物を持って暴れ出し、Aに向かって振り回してきました。Aは身を守るため、Cの腕を押さえつけます。Bも一緒にCを押さえつけましたが、Bには、以前Cに万引きをされた恨みがあり、この機会にやり返してやろうという気持ちしかありませんでした。Aには正当防衛が成立するとして、この効果はBにも及ぶでしょうか?ここで、正当防衛の要件を客観的なものと主観的なものに分けて考えます。急迫不正の侵害があったこと、これは客観的な事実で、その場にいたAにもBにも共通して存在します。ですが、防衛の意思、つまり防衛するためという主観的な要件は、AとBそれぞれの心のうちにあるものです。
有力な見解では、違法性阻却の要件のうち、客観的要件は連帯するが、主観的要件は個別に判断するとされます。Bにはもっぱら攻撃の意思しかなく、防衛の意思を欠くので、Bには正当防衛は成立しません。
責任の連帯性の有無
図:責任は、いつも1人ずつ
もう1つ、責任のほうも確認しておきます。以前見たとおり、責任とは行為者ごとの非難可能性で、人によってあったり無かったりする個別の判断でした。責任は行為者一人ひとりへの評価なので、共同正犯であっても、この個別性は変わりません。前回、狭義の共犯について確認したのと同じ結論が、共同正犯にもそのまま当てはまります。たとえば、一緒に殴りかかった2人のうち1人が13歳でも、責任が無くなるのはその1人だけです。ここまでをまとめると、「違法は連帯的に、責任は個別的に」は共同正犯でも基本的に生きています。ただし、違法の連帯のほうには、実は主観的要件のところで割れ目があった、というのが今の設例で見えたことです。冒頭の二面性でいえば、その場に共通する出来事は共犯として連帯し、一人ひとりの心のうちは、自分の犯罪を実行する正犯として各人ごとに見る、ということです。
判例——過剰防衛は共同正犯者ごとに
図:一方には要件がそろい、もう一方にはそろわなかった
ここで判例を見ます。共同正犯とされた2人がいた事案です。一方には過剰防衛の要件がそろっていましたが、もう一方は、以前、急迫性の回で見た積極的加害意思、つまり侵害の機会を利用して積極的に加害しようとする意思を持っていたために、急迫性の要件がそろっていませんでした。ここで最高裁は、次のように述べました。
判例最決平4・6・5 刑集46巻4号245頁
最高裁判所——共同正犯者ごとの過剰防衛判断 「共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の一人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。」
過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人について、それぞれ要件を満たすかを検討して決める、という立場です。
弁別——欠けたのは、防衛の意思か、急迫性か
図:同じ「効果が及ぶか」でも、欠けた要件は違う
ここで、さっきのA・Bの設例と、今の判例を混同しないよう、一言はさみます。さっきの設例では、防衛の意思という主観的要件がBに欠けていました。ですが今の判例の事案では、積極的加害意思によって、急迫性という要件のほうが否定されています。ここで1つ気をつけてください。急迫性は、形のうえでは客観的要件です。ですが判例は、以前見たとおり、その人が侵害を待ち構えて積極的に加害しようとしていたかという、その人の心のうちを理由に急迫性を否定しました。だから欠けた場所は違っても、決め手になったのは設例と同じく、もう一方とは共有できない、その人の心のうちでした。判例は、そのうえで、過剰防衛の成否を共同正犯者の各人について検討しています。
山場——過剰防衛の根拠と違法の連帯を組み合わせる
図:責任減少説なら、及ぶ、及ばない、どちらでしょう
ここが今日の山場です。過剰防衛の任意的減免、36条2項の根拠には、過剰防衛の回で見たとおり、違法性減少説、責任減少説、その2つを積み上げる併合説がありました。今日は、土台になる違法性減少説と責任減少説の2つで考えます。通説は責任減少説です。恐怖や興奮で、多少行き過ぎても強く非難できない、という理由でした。この根拠論と、さっき見た「共同正犯の一方の違法の減少を、もう一方にも連帯させるか」を組み合わせると、判例の結論を支持できるかどうかが決まります。まず予想してみてください。責任減少説に立つ場合、一方の過剰防衛の効果は、もう一方に及ぶでしょうか、及ばないでしょうか?
図:組合せを埋める——4通りのうち、3通りは判例と一致
答えは「及ばない」です。責任減少説に立つ場合、過剰防衛の効果は責任の問題ですから、責任は常に個別に判断されます。だから、及びません。これは判例と整合します。過剰防衛の減免は、恐怖や興奮の中で行き過ぎた人を強く責められない、という理由でした。判例のもう一方は、その機会に積極的に加害するつもりで臨んでいました。その人に、他人の恐怖を借りて減免を与える理由はありません。違法性減少説は、防衛の効果によって違法性が軽くなる、という説明でした。ここで、一方の違法の減少をもう一方にも連帯させるかどうかで、結論が割れます。連帯を否定すれば、及びません。判例と整合します。ですが、連帯を肯定してしまうと、及ぶ、という結論になり、判例とは衝突してしまいます。
責任減少説という通説の立場に立てば、判例の結論は素直に導けます。違法性減少説を採る場合は、共同正犯の間で違法の減少を連帯させないことが、判例を支持するために必要になります。
共犯の本質——何を「共同」するのか
図:二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
ここからは、もう1つの根本問題です。60条は「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と定めています。2人が同じ故意で同じ構成要件を実現したなら、何の問題もありません。では、1人は殺すつもりで、もう1人は怪我をさせるつもりだった場合、つまり故意にしたがう構成要件が違う場合はどうでしょうか。これも「共同して犯罪を実行した」と言えるでしょうか?ここで問われているのが、共犯の本質、つまり共同正犯が成立するために何を「共同」すればよいか、という問題です。60条の「犯罪」を、事実としての行為と読むか、殺人罪や傷害罪といった構成要件の枠と読むか。この読み方の違いが、2つの説に分かれます。
行為共同説
図:行為共同説——構成要件を離れた事実の共同で足りる
1つ目が行為共同説です。この説では、構成要件を離れた、事実としての行為さえ共同していれば足りるとします。60条の「犯罪」を、構成要件の枠ではなく、事実としての行為と読むからです。行為共同説では、行為者ごとに、それぞれの故意に応じた罪名で共同正犯が別々に成立することになります。つまり、罪名が2人の間でそろっていなくてもよい、という立場です。前回は、共犯が正犯に、いつから、どこまで寄りかかるかを見ました。ここで問うのは3つ目、一緒に関与した者どうしで罪名がそろう必要があるか、です。これを、罪名従属性を否定する立場と言います。
犯罪共同説——完全犯罪共同説と部分的犯罪共同説
図:犯罪共同説——特定の構成要件の共同が必要
もう1つが犯罪共同説です。こちらは、2人が同じ構成要件を実現していることを、共同正犯の条件とします。根拠は罪刑法定主義です。犯罪は構成要件という枠組みで捉えるべきだから、構成要件を離れた事実の共同だけでは足りない、という発想です。犯罪共同説の立場では、行為者は同じ構成要件を共同して実現していなければ、共同正犯にはなりません。罪名従属性を肯定する立場です。この犯罪共同説は、さらに2つに分かれます。1つ目は完全犯罪共同説で、2人の狙った構成要件が寸分違わず重なることを求める、より厳格な立場です。2つ目は部分的犯罪共同説で、これが通説です。各行為者の狙いが完全に重ならなくても、同質的で重なり合う構成要件であれば、その重なり合う限度で共同正犯の成立を認めます。なぜこれで足りるかというと、殺人と傷害の故意がぶつかっても、けがをさせるという部分は、2人が現に一緒に実現した構成要件そのものだからです。その重なり合う限度で共同を認めても、構成要件の枠からは外れません。
では、行為共同説と部分的犯罪共同説で、2人の罪名がどう変わるか、設例で確かめましょう。
故意が違う2人——2説で罪名はどう変わるか
図:AとBが一緒に攻撃した。Cはけがをした
設例で、2説の帰結を比べます。AとBが一緒にCに襲いかかりました。Aは殺すつもりで金属パイプを振るい、Bはそのとき、日頃の口論への仕返しとして怪我をさせるつもりで殴りかかりました。Cはけがを負いましたが、死亡はしませんでした。行為共同説なら、どうなるでしょうか?行為共同説では、Aには殺人未遂罪の共同正犯、Bには傷害罪の共同正犯が成立します。では、部分的犯罪共同説ならどうなるでしょうか。
図:2説を1枚に並べる
部分的犯罪共同説では、殺人罪と傷害罪は、人を傷つけるという点で同質的で、重なり合う構成要件だと考えます。だから、重なり合う傷害罪の限度で、共同正犯が成立します。Aには殺人未遂罪が単独で成立したうえで、傷害罪の限度でBとの共同正犯にもなります。Bには傷害罪の共同正犯が成立します。違いが出るのは、Aの殺意の部分です。行為共同説では、殺人未遂そのものをBと一緒に実現したと見るので、Aは殺人未遂罪の共同正犯になります。部分的犯罪共同説では、2人が共同したのは重なり合う傷害の部分だけです。殺意の部分はA一人のものなので、殺人未遂罪はA単独で成立します。何を共同したと見るかで、共同正犯になる範囲が変わるわけです。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。「違法は連帯的に、責任は個別的に」は、共同正犯でも基本的に生きています。ただし、違法性阻却の客観的要件は連帯しますが、主観的要件は個別に判断されます。この個別性から、さっきの判例の結論、つまり過剰防衛の成否は共同正犯者の各人について検討する、という立場が、責任減少説を通せば素直に導けました。もう一度聞きます。責任減少説に立つとき、一方の過剰防衛の効果は、もう一方に及ぶでしょうか、及ばないでしょうか?責任は個別だから、及ばない、です。後半は、共犯の本質という問題でした。何を共同するかで、行為共同説と犯罪共同説が対立し、犯罪共同説はさらに完全犯罪共同説と部分的犯罪共同説に分かれました。通説は部分的犯罪共同説です。
参照条文
- 刑法60条