刑法ゼロから刑法#68

共同正犯

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第9章 共犯 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

受け直し——外した方も、なぜ殺人なのか

命中したのは、片方の毒だけだった 図:命中したのは、片方の毒だけだった

前回は、共同正犯の本質、つまり何を「共同」すれば共同正犯になるのかという根本問題を見ました。今日は、60条の成立要件そのものに入っていきます。設例から始めます。AとBは、Cを殺そうと相談し、それぞれ別の毒をCのグラスに仕込みました。パーティーの席で、Cは2つのグラスのうち片方だけを手に取って飲み、そのまま死亡しました。もう片方のグラスは、結局誰も口をつけませんでした。ここで、あなたに聞きます。共同で計画したことは考えずに、AとBそれぞれを単独犯として見た場合、2人の結論はどうなるでしょうか?

単独犯として見れば、毒が飲まれた側は殺人既遂、飲まれなかった側は殺人未遂です。ところが、共同正犯として見ると、この結論がひっくり返ります。カギは、2人が互いの行為を頼りにし、足りない所を補い合っていたという点です。今日は、そこから60条の要件まで順に見ていきます。

60条の全文と共同正犯の分類

二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする 図:二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする

条文刑法60条

刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

60条をもう一度、全文で確認します。「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」今日は、この中の3つの言葉、「共同して」「実行した」「すべて正犯」を、順番に掘っていきます。まず、共同正犯には2つの型があります。1つは実行共同正犯、全員が実際に実行行為を分担する型です。もう1つは共謀共同正犯、相談だけをして、実行行為そのものは一部の者しか行わない型です。相談しただけの人まで正犯になるか、つまり共謀共同正犯が成立するかどうか自体が、大きな論点です。ただし、今日はそこには立ち入りません。今日は実行共同正犯を念頭に置いて、共同正犯の効果と要件を見ていきます。共謀共同正犯は、名前とこの一言の定義だけ覚えておいてください。

効果——一部実行の全部責任

単独では届かない結果に、60条が橋を架ける 図:単独では届かない結果に、60条が橋を架ける

冒頭の設例に戻ります。AとBは、Cを殺そうと相談したうえで、それぞれ別の毒をグラスに仕込みました。Cが飲んで死亡したのは、Bの毒が入ったグラスだけでした。単独で見れば、Bは殺人既遂、Aは殺人未遂です。ですが、AとBには、Cを殺すという共同の計画がありました。60条を適用すると、Aの行為にも、Bの毒によって生じた死亡結果まで含めて、責任が及びます。結論として、AもBも、殺人既遂の共同正犯になります。Aが自分では引き起こしていない結果まで、共同正犯であることを理由に背負うことになります。この効果を、一部実行の全部責任と呼びます。一部だけを実行した者にも、全部の結果について責任が及ぶ、という意味です。では、なぜそこまで責任を負わせてよいのか。答えの手がかりは、Aが加わっていたこと自体が、飲まれたBの毒の側にも届いていたという点にあります。次で、その理屈を確かめます。

根拠——相互利用補充関係と因果性

なぜ、自分の力が及んでいない結果まで背負えるのか 図:なぜ、自分の力が及んでいない結果まで背負えるのか

刑法には、自分がやったことにしか責任を負わないという、個人責任の原則があります。一部実行の全部責任は、この原則の大きな例外です。例外である以上、なぜそれが許されるのか、正当化する理屈が要ります。これを共同正犯の処罰根拠と呼びます。共犯の処罰根拠の話につながります。共犯の処罰根拠の回で、狭義の共犯の処罰根拠として、因果的共犯論、つまり惹起説を見ました。ここで思い出してください。刃物を貸しただけの人が、正犯と一緒に処罰される理由は、何に対する因果性でしたか?結果を引き起こしたという因果性、でした。物理的因果性と心理的因果性の2種類がある、という話でした。この発想を、そのまま共同正犯に持ち込みます。共同正犯の各人は、相互利用補充関係のもとにあります。

相互利用補充関係——利用し合い、足りない所を埋め合う 図:相互利用補充関係——利用し合い、足りない所を埋め合う

互いに、相手の行為を自分の計画の中に組み込み(利用)、自分1人では足りない部分を、相手に埋めてもらっている(補充)、という関係のことです。さっきの設例で言えば、AとBは、それぞれ別の毒を仕込むことで、互いにCを殺すという計画を成功させやすくしていました。片方の毒が失敗しても、もう片方が成功する可能性を、お互いに高め合っていたわけです。AとBは、互いの計画に相手を組み込み、自分1人では足りない部分を相手に埋めてもらう形で、力を合わせてCの死亡という結果を作り出しています。Aの毒そのものは飲まれませんでしたが、Aが仲間として計画に加わっていたこと自体が、Bを心理的に後押しし、心理的因果性という形で、結果に因果性を及ぼしています。

ここが、一部実行の全部責任を正当化する根拠です。各人が、相互利用補充関係のもとで、結果に対して物理的または心理的な因果性を及ぼしている。だから、実際に自分の行為が結果を引き起こしていなくても、責任を負わせることが正当化されます。

要件の導出——根拠から要件が出てくる

根拠が2つの経路なら、要件も2つに割れる 図:根拠が2つの経路なら、要件も2つに割れる

ここが、今日いちばん大事な折り返しです。もう一度、根拠を振り返ってください。一部実行の全部責任を正当化する根拠は、何でしたか。相互利用補充関係のもとで、結果に物理的または心理的な因果性を及ぼしている、ということでした。この根拠が本当にあることを示すのが、成立要件のはずです。根拠が心理的因果性と物理的因果性という、2つの経路を挙げていたので、要件もその2つの経路に対応して、2つに割れます。心理的因果性の入口にあたる要件を、共同実行の意思と呼びます。物理的因果性の入口にあたる要件を、共同実行の事実と呼びます。この2つが、共同正犯の成立要件です。

ここから先は、この2つの要件を、それぞれ見ていきます。

要件①共同実行の意思

共同実行の意思——利用し合い、補充し合う意思 図:共同実行の意思——利用し合い、補充し合う意思

共同実行の意思とは、各行為者が、自分の実行行為を持ち寄りながら、互いの行為を自分の計画に組み込んで、犯罪を実現しようとする、共同での意思をいいます。さっきの設例でいえば、AとBが「一緒にCを殺す」という計画を共有し、互いの毒に頼り合っていた、あの心のうちのことです。共同実行の意思が、根拠の「心理的因果性」に対応する要件です。では、この意思が無かったら、どうなるでしょうか。

同時犯との対比

同じ2つの毒でも、示し合わせていなかったら 図:同じ2つの毒でも、示し合わせていなかったら

さっきの設例を、少し変えます。AとBは、互いにまったく面識が無く、それぞれ別の理由でCを恨んでいました。2人はお互いの計画を知らないまま、たまたま同じパーティーの日に、それぞれ別のグラスに毒を仕込みました。Cが飲んで死亡したのは、やはりBの毒の方だけでした。外から見える行動はほとんど同じです。ただし、AとBの間には、意思の連絡がありません。ここで、あなたに聞きます。この場合、Aは殺人既遂の責任を負うでしょうか、負わないでしょうか?意思の連絡が無く、たまたま同じ客体に、ほぼ同じ時期に犯罪を実現しようとする場合を、同時犯と呼びます。同時犯には、一部実行の全部責任は働きません。各自は、自分の行為と因果関係のある結果についてしか、責任を負いません。Aは殺人未遂、Bだけが殺人既遂です。個人責任の原則どおりの結論に戻るわけです。

意思の有無だけで、一部実行の全部責任が働くかどうかのスイッチが切り替わる。これが、共同実行の意思の役割です。なお、2人以上が暴行を加えて人を傷害したのに、誰の暴行でけがをしたか分からない場合には、同時犯でも207条という特例があります。今日は中身には立ち入りませんが、そういう例外があるとだけ覚えておいてください。

要件②共同実行の事実

共同実行の事実——共同して構成要件を実現した事実 図:共同実行の事実——共同して構成要件を実現した事実

もう1つの要件、共同実行の事実です。これは、各行為者が力を合わせて、ある構成要件に当たる事実を実際に作り出したという、客観面の事実をいいます。さっきの毒の設例でいえば、AもBも、自分の手でグラスに毒を仕込んでいます。2人とも、殺人の実行行為を自分で行っている。これが、共同実行の事実です。根拠の「物理的因果性」に対応する要件です。ただし、共同実行の事実というのは、必ずしも「全員が実行行為の全部をやる」ことを求めているわけではありません。ここを、具体的な場面で確かめます。

3類型のあてはめと2軸の振り分け

Aが刃物を突きつけ、Bがレジから現金を奪った 図:Aが刃物を突きつけ、Bがレジから現金を奪った

新しい設例です。閉店後の店で、AとBは強盗をしようと相談しました。Aが店員に刃物を突きつけて動けなくしている間に、Bがレジから現金を取り出しました。ここで、共同実行の事実が問題になる場面を、3つの型に整理します。1つ目は、各人が実行行為の全部を行う場合です。例えば、AとBの2人とも、それぞれ別の店員を刃物で脅しながら、自分でレジの現金も取っていくような場合です。2つ目は、今の設例のように、実行行為を一部ずつ分担する場合。3つ目は、一部の者が実行行為を全く分担しない場合です。今の設例は、2つ目の型です。Aは脅すという行為だけ、Bは奪うという行為だけを行っていて、どちらか一方だけでは、強盗罪の実行行為を完成させられません。ですが、2人合わせれば、強盗罪の実行行為を実現しています。

共同実行の事実は、あります。実行行為を分担していても、2人合わせて特定の構成要件を実現していれば、共同実行の事実は認められます。これが、一部実行の全部責任の典型的な現れ方です。Aは、現金を取る行為そのものはしていませんが、強盗罪の共同正犯として、強盗罪の既遂の責任を負います。

Bは店の外の車で待っているだけだった。この場合は 図:Bは店の外の車で待っているだけだった。この場合は

もう1つの型も見ておきます。AとBが強盗を相談し、Aが1人で店員を脅して現金を奪いました。Bは、その間、店の外に停めた車の中で、Aが戻ってくるのをただ待っていただけで、店員には一切接触していません。この場合、Bについては、強盗罪の実行行為を、全く分担していません。実行共同正犯としては、Bに共同実行の事実は認められません。では、Bはおとがめなしかというと、そう単純ではありません。今日のところは、実行共同正犯の枠内では、Bに共同実行の事実が無い、というところまでにしておきます。

意思の有無×実行分担の有無——4つの場面を並べる 図:意思の有無×実行分担の有無——4つの場面を並べる

ここまでの場面を、1枚の表に並べます。縦軸が、共同実行の意思の有無。横軸が、実行行為をどこまで分担しているか、です。まず、自分で振り分けてみてください。意思があって、2人とも実行行為の全部を行った場合は、どうなりますか。当然、共同実行の事実もあるので、共同正犯です。意思があって全員が全部を行えば、共同正犯です。では、意思があって、さっきのAとBのように、実行行為を一部ずつ分担した場合は。一部ずつの分担でも、共同実行の事実があるので共同正犯です。では、意思はあるけれど、車で待っていたBのように、実行行為を全く分担しなかった場合は。

実行を全く分担しなければ、実行共同正犯としては成立せず、共謀共同正犯の問題になります。最後に、そもそも意思の連絡が無い場合は。意思の連絡が無ければ同時犯で、各自が自分の行為と因果関係のある結果にしか責任を負いません。これで4つとも振り分けられました。この2軸さえ持てば、場面ごとの結論を暗記しなくても、その場で導けます。

本質論を受けたあてはめ

Aは殺すつもりで、Bは怪我をさせるつもりだった 図:Aは殺すつもりで、Bは怪我をさせるつもりだった

最後に、前回の話を1つ使います。前回、共同正犯の本質、つまり何を「共同」すれば共同正犯になるのかという問題で、行為共同説と部分的犯罪共同説を見ましたね。工事現場の屋上で、AとBが、下を歩くCに向けて一緒に資材を落とそうと示し合わせ、それぞれ資材を落としました。Aは殺すつもりで重い鉄材を、Bは日頃の恨みから怪我をさせるつもりで木材の切れ端を、同時に落としたとします。Cは負傷しましたが、死亡はしませんでした。ここで、共同実行の事実を考えるとき、行為共同説と部分的犯罪共同説とでは、答えが変わります。行為共同説なら、構成要件を離れた事実としての行為さえ共同していれば足りるので、Aには殺人未遂罪の、Bには傷害罪の、それぞれ別の罪名で共同実行の事実が認められます。部分的犯罪共同説なら、殺人罪と傷害罪が重なり合う限度、つまり傷害罪の限度でしか、共同実行の事実は認められません。

部分的犯罪共同説では、殺意の部分はAだけのものとして扱われ、Aには殺人未遂罪が単独で成立したうえで、傷害罪の限度でBとの共同正犯にもなります。要件②を、何と結びつけて見るかで、共同正犯として認められる範囲が変わってくるわけです。前回見たとおり、通説は部分的犯罪共同説です。答案では、傷害罪の限度で共同実行の事実を認めることになります。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。60条の効果は、一部実行の全部責任でした。単独犯としては未遂にとどまるはずの行為者にも、共同者が引き起こした結果の責任が及びます。この根拠が2つの経路を持っていたから、成立要件も、共同実行の意思と共同実行の事実の2つに割れました。ここで、もう一度聞きます。共同実行の意思と共同実行の事実は、それぞれ、どちらの因果性に対応していましたか?共同実行の意思が心理的因果性、共同実行の事実が物理的因果性でした。意思が無ければ同時犯に戻り、意思があっても実行を全く分担しなければ、実行共同正犯としては成立しません。今日の2つの要件は、この先も何度も問い直されます。過失犯や結果的加重犯で意思の連絡をどう考えるか、身分犯の場合はどうなるか、そして共謀共同正犯、承継的共同正犯といった論点でも、今日の考え方が土台になります。

冒頭の問いに戻ります。毒を仕込んだのに、誰にも飲まれなかった方も、なぜ殺人既遂なのか。答えは、相互利用補充関係のもとで、心理的因果性という形で、結果に因果性を及ぼしていたからです。

参照条文

  • 刑法60条

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