共謀共同正犯の成立要件
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第9章 共犯 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
受け直し——相談に加わった全員が、正犯になるのか
図:盛り上がっただけの人も、正犯なのか
前回、共謀共同正犯を正犯として認める理屈、つまり相互利用補充関係のもとで結果に因果性を及ぼしているという通説の根拠を確認しました。ただし、最後にこう注意しましたね。相談さえすれば、いつでも正犯になるわけではない、と。ここで、あなたに聞きます。飲み会で、A・B・Cが「あいつ、痛い目にあえばいいのに」と盛り上がっただけだったとします。翌日、そのうちCが、本当に相手を殴ってけがをさせました。A・Bも、Cと一緒に、傷害の共同正犯になるでしょうか?その線引きになるのが、今日見ていく3つの成立要件です。共謀、共謀に基づく実行、正犯意思。この3つを通せば、この飲み会の問いにも、自分で答えを出せるようになります。
要件の全体像——根拠から3つが出てくる
図:前回の根拠が本当にあったと言えるための、3つの確認
ここで一度、前回に戻ります。共謀共同正犯の各人を正犯として認める、理論的な根拠は何だったか、覚えていますか?相互利用補充関係のもとで、結果に物理的または心理的な因果性を及ぼしている、ということでした。3つの成立要件は、この根拠が本当に成り立っていると言えるかを確認する、3つの視点にすぎません。共謀の事実は、利用し合い補充し合う土台、つまり心理的なつながりがあったかの確認です。共謀に基づく実行は、その土台の上で起きた実行行為が、確認した共謀の中身とちゃんと結びついているかの確認です。そして正犯意思は、因果性を及ぼしたその関与が、自分の犯罪としての関与だったかの確認です。
前に実行共同正犯の要件を見たときの言葉と並べると、対応がはっきりします。ここでもう一度聞きます。あのとき、共同実行の意思と共同実行の事実は、それぞれ根拠のどちらの因果性に対応していましたか?共同実行の意思が心理的因果性、共同実行の事実が物理的因果性でした。今日の共謀の事実は同じく心理的因果性の入口、共謀に基づく実行は同じく物理的因果性の入口に当たります。違いは、実行を分担しない者にもこの2つが及ぶ形になっている点です。正犯意思は、実は実行共同正犯でも本来必要なものです。ただ、自分の手で実行行為をした事実そのものが、通常はこれを推認させるので、独立の争点になりにくいだけです。前回、実行共同正犯の要件を2つと整理したのは、間違いではありません。自分の手で実行を分担した人は、共同実行の事実を確かめた時点で正犯意思も事実上読み取れるので、2つを確かめれば足りていた、ということです。実行を分担しない共謀共同正犯では、この推認が働かないので、正犯意思が独立の争点として前面に出てきます。さっきの飲み会の例で言えば、A・Bに欠けていたのは、まさにこの3つのどれかです。3つを順番に見ていけば、はっきりします。
共謀の意義——判例の定義
図:判例が示した、共謀の定義
判例最大判昭33・5・28(通称:練馬事件)
共謀の意義 2人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思のもとに一体となって、互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をいう。
まず、1つ目の要件である共謀そのものの意味を、判例の定義で確認します。「2人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思のもとに一体となって互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議」。この定義を、前回立てた相互利用補充関係と結びつけて読んでみます。「共同意思のもとに一体となって」が、相互利用補充関係の心理面そのものです。そして「互に他人の行為を利用し」が、まさに相互利用補充関係の言葉そのものです。自分1人では足りない部分を、相手の行為に頼って埋め合う関係が、この一言に表れています。
そして「各自の意思を実行に移す」とは、相談で終わらせず、実際に犯罪の実現へ向けて動き出す意思がある、という意味です。つまり共謀とは、単なる雑談ではなく、特定の犯罪を実現するために、互いを頼りにし合う意思のつながりのことです。定義そのものが、前回の理屈をそのまま言葉にしたものだと分かります。冒頭の飲み会のやりとりは、この定義には当たりません。誰が、どの犯罪を、どう実行に移すかという中身が無く、互いの行為を当てにし合ってもいません。気持ちを口にしただけでは、特定の犯罪を実行に移す謀議とは言えず、まず共謀そのものが欠けます。
共謀の認定——どこまで具体的である必要があるか
図:事前でなくていい。明示でなくていい。細部が無くていい
次に、共謀がどこまで具体的でなければならないかを見ます。実務では、大きく3つの点が争点になります。まず時期です。共謀は、事前にじっくり話し合っていなくてもかまいません。犯行の現場で、その場の様子を見て瞬間的に意思が通じ合う場合、これを現場共謀と呼びますが、これでも共謀は成立します。次に方法です。共謀は、明示の話し合いでなくてもかまいません。これは、後で黙示の共謀として詳しく見ます。そして、内容の具体性です。共謀は、犯罪計画の重要な部分について意思連絡があれば足り、実行の日時や具体的な手段まで細かく決めていなくても、成立しえます。
例えば、留守中の別荘に忍び込んで金品を盗もうと、AとBが相談したとします。いつ盗みに入るか、正確な日にちまでは決めていなかったとしても、別荘の金品を盗むという計画の重要な部分について意思が通じ合っていれば、共謀は成立します。逆に、その重要な部分についてすら意思が通じ合っていなければ、共謀は成立しません。
図:面識のない者どうしにも、共謀は及びうる
方法についても、もう一歩踏み込みます。共謀は、全員が顔をそろえて話し合う必要はありません。例えば別荘の計画で、BがさらにCに見張りを頼み、CはAと面識が無かったとします。AはBを通じて人手が加わることを当てにし、CもBの向こうに計画を立てた者がいると分かって加わるなら、互いを当てにし合うつながりは、Bを介してAとCの間にも及びえます。これを順次共謀と呼びます。ここまでをまとめると、共謀は、事前でなくても、明示でなくても、細部まで詰めていなくても成立しえます。求められているのは、重要な部分についての意思のつながりだけです。なぜここまで緩いのか。共謀が確かめているのは、互いの行為を当てにし合う心理的なつながりでした。そのつながりは、その場の目配せでも、日にちが決まっていなくても、できあがるからです。
黙示の共謀
図:指示していなくても、認識しながら受け入れていた
判例最決平15・5・1(通称:スワット事件)
黙示の共謀(要旨) 護衛役が武器を所持していることを確定的に認識しながら、これを当然のこととして受け入れて認容していたことに加え、団体の長には護衛役を指揮命令する権限があり、長は護衛役に警護される立場にあって、護衛役は終始、団体の長と行動を共にしていたことも併せると、実質的には長が護衛役に所持させていたと評しうるとして、共謀共同正犯が成立する。
明示の話し合いが無くても共謀が認められた、有名な決定があります。ある団体の長が、複数の護衛役を連れて移動していました。護衛役が拳銃などの武器を持って警護に当たることは、いつものことになっていました。長は、その場で「武器を持て」と指示したわけではありません。そこがポイントです。長は、護衛役が武器を持っていることを、確定的に分かっていました。そして、それを当然のこととして受け入れ、認めていました。何も言わなくても、分かっていて受け入れているなら、そこに黙示の意思の連絡があったと言える、というのが判断の骨子です。なぜ無言で足りるのか。長は護衛役の武器に守られることを当てにし、護衛役も長がそれを受け入れていると分かって武器を持っています。言葉が無くても、互いを当てにし合う心理的なつながりが、そこにあるからです。
ただし、この決定が認めたのは、武器の所持を確定的に分かったうえで当然のこととして受け入れていた場合です。しかも、長には護衛役を指揮命令する権限があり、長自身は護衛役に警護される立場にあって、護衛役は終始、団体の長と行動を共にしていました。こうした事情も合わせて、実質的には長が持たせていたと評価できる、という判断です。何となく知っていたというだけで、いつでも黙示の共謀になるとまでは言っていません。共謀は、口に出した約束事だけを指すのではなく、こうした無言の了解も含みます。ここまでで、共謀という要件が、思っていたよりずっと柔軟に成立することが分かったと思います。だからこそ、次の要件が重要になります。共謀さえ成立すれば、あとはどこまで責任が及ぶのか、という歯止めです。
共謀に基づく実行——計画とズレたとき
図:侵入口が違っても、狙いは同じ別荘の金品だった
ここからは、2つ目の要件である共謀に基づく実行です。実際に実行を担当した者が、共謀の内容と少し違うことをする場合があります。まず、さっきの別荘の設例で考えます。AとBは、鍵のかかっていない窓から侵入する計画を立てていました。ところが当日、Bは、たまたま開いていたバルコニーの扉から侵入し、金品を持ち出しました。ここで、あなたに聞きます。Aは、Bが持ち出した金品について、窃盗罪の共同正犯としての責任を負うでしょうか?侵入口という手段の細部は違っていても、別荘の金品を盗むという計画の基本的な部分は、共通しています。基本的な部分が共通していれば、細部のズレがあっても、共謀に基づく実行があったと言えます。Aも、窃盗罪の共同正犯としての責任を負います。
図:財産を狙う計画が、対人的な暴力にすり替わった
もう1つの場面です。同じAとBの計画のまま進みます。ただし当日、盗みの最中に、予定より早く所有者が帰ってきて、Bと鉢合わせしてしまいました。Bはとっさに、所有者に暴行を加え、けがをさせました。Aは、現場にはいません。ここでも、同じことを聞きます。Aは、Bが所有者に負わせたけがについて、共同正犯としての責任を負うでしょうか?AとBが共謀していたのは、留守中の財産を狙う計画であって、対人的な暴力は含まれていません。基本的な部分が、財産犯から対人的な犯罪へと、別のものにすり替わっています。この場合、その部分については共謀に基づく実行があったとは言えず、Aには傷害罪の責任は及びません。所有者への暴行とけがの責任は、実行したBだけが負い、Aは共謀した窃盗の限度で責任を負うことになります。
責任が及ぶ範囲は、共謀の基本的な内容の範囲までです。なお、実行行為がずれても、当初の計画とずれた後の内容とが、構成要件として重なり合う限度でなお成立する余地がある、という考え方もありますが、これは共犯の錯誤という別の論点で本格的に扱います。今日は、基本的な部分が共通か、別のものにすり替わったかという場合分けだけ押さえてください。
正犯意思——幇助犯との分かれ道
図:正犯意思——自分の犯罪として関与する意思
⭐ 論文で書く規範:正犯意思 共謀共同正犯として処罰するには、共謀・共謀に基づく実行に加えて、その関与を自己の犯罪として行う意思が必要である。これを欠けば、狭義の共犯(教唆犯・幇助犯)の問題にとどまる。 (主観的要件)
1つ目の共謀と、2つ目の共謀に基づく実行を満たしても、それだけでは共謀共同正犯は成立しません。最後の要件、正犯意思です。正犯意思とは、共謀に加わり因果性を及ぼしたその関与を、自分の犯罪として行う意思のことです。これが欠ければ、他人の犯罪を手伝っただけ、つまり狭義の共犯、教唆犯や幇助犯の問題にとどまります。因果性を及ぼしたことと、それが自分の犯罪としての関与だったことは、別の問題です。冒頭の飲み会の例で言えば、盛り上がっただけのA・Bは、さっき見たとおり、まず共謀そのものが欠けます。仮にA・Bも本当に一緒になって計画していて、共謀が認められたとしても、それが自分の犯罪としての関与でなければ、正犯にはなりません。
図:正犯意思をどう見分けるか——5つの視点
正犯意思の有無は、いくつかの視点を総合して判断します。1つ目は、犯罪から生じる結果に、自分自身の利害があったか。2つ目は、得られた利益の分配を受けたか、受けたとすればその割合。3つ目は、実行の計画を決める話し合いに、どれだけ意見が通ったか、つまり影響力です。4つ目は、自分自身が実行担当者になる可能性が、どれだけあったか。5つ目は、自分が担当した行為が、実行行為の実現にとって、どれだけ不可欠で密接な行為だったかです。1つずつ暗記するより、実際の場面に当てはめて練習した方が身につきます。設例で確かめましょう。
図:標的を選んだDと、頼まれて見張っただけのE
DとEが、宝石店を狙う窃盗を計画しました。Dは、その宝石店を標的に選び、計画の中身を決め、盗んだ品物の売り先まで手配しました。Eは、Dに頼まれて、見張り役だけを引き受けました。実行の当日、盗んだ品物のうち、Dは取り分として4割を受け取りましたが、Eは分け前を受け取っていません。計画についても、Eは特に意見していません。ここで、あなたに聞きます。DとEは、それぞれ正犯意思があると言えるでしょうか?Dは、犯罪の結果に自分の利害があり、利益の配分も受け、計画への影響力もありました。実行担当者になる可能性もあり、盗品の売り先の手配という役割も、犯罪の実現にとって重要です。正犯意思が認められ、共謀共同正犯として窃盗罪の責任を負います。
Eには、利害関係も利益の配分もなく、計画への影響力もありませんでした。見張りという行為自体は実行に密接な行為で、5つ目の視点だけを見れば正犯寄りの事情です。ですが、Eが自分自身で実行担当者になる可能性はほとんど無く、利害関係も利益の配分も影響力も伴っていません。これらを総合すると、見張り役という関与は結果に因果性を及ぼしていても、自分の犯罪としての関与とまでは言えず、Eは正犯意思を欠き、窃盗罪の幇助犯にとどまります。見張りだからといって、常に幇助にとどまると決まっているわけではありません。共謀に加わって因果性を及ぼしただけでは、まだ正犯とは限らない。相談さえすれば正犯になるわけではない、という歯止めの最後の1つが、ここです。
実行共同正犯と共謀共同正犯をまとめて見る見解
図:実行共同正犯と共謀共同正犯を、1つの枠で比べる
最後に、少しだけ発展的な見方に触れておきます。ここまで、実行共同正犯と共謀共同正犯を、別の型として見てきました。ですが、両方をまとめて、共同正犯一般の成立要件として、共謀と、共謀に基づく実行という2つの要件で捉え直す有力な見解もあります。もっとも、正犯意思が要らなくなるわけではありません。共同正犯である以上、正犯意思が必要なのは、どちらの型でも同じです。まとめ直すのは、共謀と実行の部分です。例えば、さっきの別荘で、AとBが2人とも忍び込み、手分けして、Aは居間の金品を、Bは寝室の金品を運び出したとします。その場で分担を決めたこと自体が、互いを当てにし合う共謀の中身になり、2人がそれぞれ運び出したことが、共謀に基づく実行になります。こう見れば、実行共同正犯も、共謀共同正犯と同じ枠で説明できます。今日は、実行共同正犯と共謀共同正犯を、共謀と実行の2つで統一的にとらえる見解もある、という一言だけ覚えておいてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。共謀共同正犯の成立要件は、共謀の事実、共謀に基づく実行、正犯意思の3つでした。これは、前回の根拠、相互利用補充関係のもとでの因果性が、本当に成り立っていると言えるかを確認する3つの視点でした。共謀に基づく実行は、計画の基本的な部分が共通していれば成立し、別の犯罪にすり替われば、その部分には及びませんでした。そして正犯意思は、因果性を及ぼした関与が、自分の犯罪としての関与だったかを、5つの視点で総合的に見るものでした。相談さえすれば、いつでも正犯になるわけではない。この3つの要件が、そこに歯止めをかけています。