堕胎罪と胎児性傷害——「胎児」はいつから「人」か
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第9章 生命・身体に対する罪 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
総説——保護法益・「堕胎」の意義・既遂時期 〔短答・論文共通〕

では総説。まず守っているもの、保護法益です。二つあります。主役は胎児の生命・身体。そして副えとして、母体つまり妊婦の生命・身体。胎児を守るのが第一。でも母体も傷つきうるから、二元的に守る。後で効いてきます。次に「堕胎」って何か。明治42年の古い判例が定義しています。二つあります。一つ目、胎児を母体の中で殺すこと。二つ目、自然のお産の時期より前に、人工的に外へ出すこと。そしてここが短答の引っかけ。既遂、つまり完成する時期です。堕胎は、胎児を外へ出した時点で完成します。胎児が死ななくても、もう既遂。そこです。「死ななければ未遂」と思いがち。でも違う。排出だけで既遂。死亡は要りません。いい着眼。命を危険にさらす行為そのものを罰する。だから死亡まで要求しないんです。
中絶が不可罰の正体——母体保護法14条で違法性阻却 〔短答(軸A)〕

では軸A。なぜ中絶が普通にできて、処罰されないのか。4ステップで通します。ステップ1。刑法は堕胎を原則禁止しています。ステップ2。でも、母体保護法という別の法律がある。その14条がカギ。指定医師が、決められた要件を満たして、本人と配偶者の同意を得て行う中絶。これが適法。ステップ3。この要件を満たした中絶は、違法性が阻却されます。形式的には堕胎にあたっても、許された行為だから違法性が消える。ステップ4。違法性が消えれば、堕胎罪は成立しない。だから不可罰なんです。ここで大事なのは、中絶は「違法でない」んじゃない。「違法性が阻却されて、結果として処罰されない」。堕胎罪自体は、原則禁止のまま残ってる。あります。例えるなら、赤信号は止まれが原則。でも救急車は赤でも進んでいい。中絶も同じ。原則は禁止、でも母体保護法という許可があれば違法性が消える。要件は3つ。指定医師であること、一定の事由があること、本人と配偶者の同意。
5類型の段階化——誰が×同意で重さが決まる 〔短答(軸B)〕

次が軸B。5つの類型を、表で一気に見ます。並びには意味があります。物差しは二つ。誰がやったか、と、妊婦の同意があったか。これで刑の重さが段階化します。一番軽いのが212、自己堕胎。妊婦本人が自分で堕胎する。1年以下です。次が213、同意堕胎。妊婦に頼まれて、第三者がやる。2年以下。そして214、業務上堕胎。医師や助産師、薬剤師などがやった場合。3月以上5年以下。専門家として命を扱う立場だから、より重い責任を負う。ここが身分犯です。主体が医師等に限られる「身分」。第36回でやった不真正身分犯にあたります。そして一番重いのが215、不同意堕胎。妊婦の意思に反してやる。6月以上7年以下。しかもここだけ、未遂も罰せられます。215の2項です。狙われます。最後に216、不同意堕胎致死傷。215の結果、妊婦が死傷した場合。これは結果的加重犯。第37回の道具です。法定刑は、傷害の罪と比較して重い刑。よく覚えてました。数値の法定刑を持たず、傷害罪と比べて重い方を採る。まとめると、軽い順に自己・同意・業務上・不同意・不同意致死傷。誰が×同意で段階化。
堕胎と殺人の境界——「人」の始期 〔短答・論文共通(#40接続)〕

ここで境界の話。堕胎罪は、どこまでで終わるのか。そこです。カギは「人」がいつ始まるか。第40回でやった、人の始期。完璧です。母体の中にいるうちは胎児。害すれば堕胎罪。でも体の一部が露出した瞬間から、「人」になる。排出された胎児に生育可能性があれば、その時点でもう「人」。殺害は殺人罪です。そういうことです。一本の線で、胎児から人へ切り替わる。補足を一つ。生育可能性がなくても、自分から手を下して殺せば殺人罪。「人」であることに変わりはないから。ただ不作為、つまり放置の場合は別。作為義務がなければ、放置しても殺人は成立しない。ここは細かいので、結論だけ。
胎児性傷害——侵害時は胎児・結果時は人 〔短答・論文共通(山場)〕

では山場、胎児性傷害です。冒頭の疑問②、ここで決着します。時系列で見ます。3コマあります。コマ1。侵害行為のとき。有害物質などで、お腹の胎児を侵害する。このとき相手は胎児です。コマ2。やがて出生する。体の一部が露出して、ここで「人」になる。コマ3。生まれた後に、障害が出たり、死亡したりする。このとき相手は「人」です。そこが難所。侵害時と結果時で、客体の性質が変わってしまう。問題は、「人」への傷害罪や過失致死が成立するか。でも侵害した時点に「人」はいない。変ですよね。イメージしてください。まだ人がいない部屋に、時限式の仕掛けをしておく。後で人が入ってきて、被害が出る。仕掛けた時点で「人」への攻撃と言えるか。ここから3つの説を見ます。
胎児性傷害の3説——母体傷害説/生まれてきた人説/否定説 〔短答・論文共通(山場)〕

表で3説を比べます。問いは、人への傷害罪や過失致死が成立するか。A説、母体傷害説。これが判例の立場です。発想は、胎児は母体の一部だ、と考える。だから胎児への侵害は、母体への傷害になる。結論は成立する。最決昭和63年2月29日、胎児性水俣病事件がこの立場です。罪名は業務上過失致死罪。これを母体傷害説で成立させた。決定です。判決じゃない。でもこの説、批判があります。212条は自己堕胎、つまり妊婦が自分で堕胎するのを罰している。でも、もし胎児が母体の一部なら、自己堕胎は自分を傷つける自傷のはず。するどい。そこが母体傷害説の弱点です。次、B説。生まれてきた「人」説。これは呉先生の立場。傷害という結果が「人」に生じた時点で、傷害が成立する、と構成します。結論は成立する。ただこれも批判が二つ。一つ。侵害したときは胎児なのに「人」に含める。それは類推解釈で、罪刑法定主義に反する。もう一つ。さっきの時限式の仕掛けの話。侵害の作用が及ぶ時点に、客体が存在すべきだ、と。最後、C説、否定説。大谷・前田・西田といった先生方です。侵害したときは「人」でない。だから人への罪は構成できない。傷害も過失致死も成立しない。そこが否定説への批判。処罰の間隙、つまり処罰の穴が空いてしまう。だから判例は母体傷害説を採るけど、学説は今も割れている。論点として整理が大事。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を整理します。①既遂は排出時で足り、胎児の死亡は不要。②中絶が不可罰なのは母体保護法14条で違法性阻却だから。堕胎罪自体は原則禁止。③5類型は誰が×同意で段階化。最軽が自己堕胎、最重が不同意堕胎。④排出後、生育可能性ある胎児を殺せば殺人罪。堕胎の終わりが殺人の始まり。⑤胎児性傷害は、判例が母体傷害説。最決昭和63年、業務上過失致死罪の事件です。この5つを押さえれば、堕胎の罪の短答はかなり強くなります。
今日の地図(保存版)

まとめます。堕胎罪は、生まれる前の命を守る罪。保護法益は胎児が主、母体が副。中絶が不可罰なのは、母体保護法14条で違法性阻却だから。原則禁止×許可で阻却の二段構え。「堕胎」は分娩期前の人工排出か、母体内殺害。既遂は排出時で足り、死亡は要らない。5類型は誰が×同意で段階化。自己・同意・業務上・不同意・不同意致死傷の順に重くなる。生育可能性ある胎児の殺害は殺人罪。堕胎の終わりが殺人の始まり。そして山場、胎児性傷害。侵害時は胎児、結果時は人。これで第9章、生命・身体に対する罪が完結です。次は第10章、自由に対する罪。人の身体を不当に拘束する逮捕監禁罪です。