過失犯の共同正犯
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第9章 共犯 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
受け直し——うっかり同士でも「一緒にやった」と言えるか
図:2人とも点検を怠った。でも原因がどちらか分からない
今日のテーマは、過失犯の共同正犯です。こんな場面を考えます。工場の同じ持ち場で、ボイラーの安全弁の点検を、AとBが担当していました。2人とも、所定の確認を怠ったまま作業を終えたところ、ボイラーが爆発し、火災が起きました。ところが、爆発の原因を作った確認漏れが、Aの担当分だったのか、Bの担当分だったのかは、記録からは分かりません。このままだと、どうなると思いますか。AとBそれぞれの過失と結果の因果関係は、証明できません。しかも、過失犯には未遂を罰する規定がありません。個々の過失と結果の因果関係が証明できない以上、2人とも不可罰になってしまいます。
この落差を埋められないか、というのが今日のテーマです。故意犯の共同正犯と同じように、AとBを「一緒にやった」として扱えないか。過失犯の共同正犯という論点です。
論じる実益——認めないと、2人とも不可罰になる
図:一部実行の全部責任は、共同正犯にどんな効果を与えていましたか
ここで、少し前に戻ります。共同正犯には、一部実行の全部責任という効果がありました。これは、どんな効果でしたか。自分では引き起こしていない結果まで、共同正犯であることを理由に背負う、という効果でした。この効果を、さっきのAとBの場面に及ぼせないか、というのが最初の問いです。もし、AとBに過失犯の共同正犯が成立するなら、一部実行の全部責任によって、どちらの確認漏れが原因だったかにかかわらず、2人とも火災という結果について責任を負います。
条文刑法38条1項
刑法38条1項(故意) 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
ここで条文を確認します。38条1項は、罪を犯す意思、つまり故意がない行為は原則として罰しない、と定めています。過失犯が罰せられるのは、この条文のただし書、法律に特別の規定がある場合に限られます。しかも、その特別の規定である過失犯の条文には、未遂を罰する規定がありません。故意犯なら、途中で結果が生じなくても未遂として処罰できますが、過失犯にはその仕組みがそもそも無いんです。過失犯の共同正犯を否定すれば、Aの過失とBの過失、それぞれについて、単独で火災という結果との因果関係を証明しなければなりません。今日の設例のように、どちらの確認漏れが原因か分からない場合、その証明はできません。結果、AもBも不可罰になります。
この不都合を避けられないか、というのが、過失犯の共同正犯を論じる実益です。
肯否——過失をどこに見るかで、共同できるかが決まる
図:新過失論では、過失はどんなものとして捉えられていましたか
ここで、以前見た過失の構造論を思い出してください。新過失論では、過失は何として捉えられていましたか?実は、過失犯の共同正犯を認めるかどうかは、この過失の捉え方によって決まります。過失の本質をどこに見るかで、共同正犯の結論はどちらに転ぶと思いますか。
図:過失をどこに見るかで、結論が変わる
1つ目、否定説です。旧過失論のように、過失の本質を、結果を予見しなかったという無意識の部分に見る立場です。無意識の部分は、他人と共有しようがありません。だから、過失犯の共同正犯は成立しない、と考えます。2つ目、肯定説です。新過失論のように、過失の本質を、基準となる行動から外れた行為そのものに見る立場です。行為であれば、複数人で分担することも、共同して行うこともできます。だから、過失犯の共同正犯も成立しうる、と考えます。この動画では、肯定説を取ります。過失の構造を見た回で、この動画は新過失論を土台に考えると決めました。過失を行為として見る以上、行為の共同も認めるのが筋です。しかも否定すれば、さきほど見たとおり、2人とも不可罰という不都合が残ります。ボイラーの点検という行為は、AとBが共同して行った、あるいは共同して怠った行為として捉えられます。無意識の部分ではなく、行為として捉えるからこそ、共同正犯の話に乗せられるわけです。
成立要件——共同の注意義務に、共同して違反したこと
図:共同正犯の要件を、過失犯でどう満たすか
肯定説を取っても、まだ話は終わりません。共同正犯の根拠の回で見たとおり、共同正犯が成立するには、相互利用補充関係、つまり互いに利用し合い、足りない所を埋め合う関係のもとで、結果への因果性が認められる必要がありました。行為が物理的に結果につながる物理的因果性と、心理的に後押しする心理的因果性の2つです。過失犯でこれをどう満たすのか、が次の問題です。過失犯では、故意による計画の共有はありません。その代わりに、互いに注意するだけでなく、相手にも注意義務を守らせるよう、互いに監視し合う義務を負う、という形でこれを満たします。この義務を、共同の注意義務と呼びます。
相互監視義務とも呼ばれます。設例で言えば、Aは自分の担当分を確認するだけでなく、Bがきちんと確認しているかにも注意を払うべき立場にあり、Bも同じ立場にあります。さきほどの相互利用補充関係に、設例を当てはめます。AがBの分まで見ていれば、Bの確認漏れはその場で止められました。Aが見なかったことは、Bの確認漏れを通って、爆発につながっています。Bの側から見ても同じです。これが物理的因果性です。しかも、相手も見ているはずだという意識が、互いの手抜きを後押しします。これが心理的因果性です。
⭐ 論文で書く規範:過失犯の共同正犯の成立要件 業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要である。 (規範(最決平成28年7月12日))
この共同の注意義務に、AとBが共同して違反したときに、共同正犯の要件である相互利用補充関係、そして物理的心理的因果性が認められます。学説は、この整理を共同義務の共同違反説と呼びます。今日の設例に当てはめると、AとBは、互いに相手の点検が済んでいるかを確認し合う義務を負っていたのに、2人とも自分の分だけでなく、相手の分にも注意を払わないまま作業を終えました。この共同の注意義務への共同違反が認められれば、どちらの確認漏れが直接の原因かを問わず、AとBに、業務上必要な注意を怠って火災を起こした罪、つまり業務上失火の共同正犯が成立します。
相互監視義務が成り立つ条件——対等な立場どうしか
図:対等な2人と、指示する側・される側の2人
ただし、この相互監視義務は、誰にでも成り立つわけではありません。監視し合うには、互いに相手を見る、対等な立場であることが前提です。対比のために、もう1つ設例を置きます。建設現場で、現場を指揮するCと、その指示に従って作業するDが、同じ足場の点検を担当していました。Cは、Dに対して、この足場は簡易な確認だけでいいと指示し、Dはその指示に従って、詳しい点検をしないまま作業を終えました。足場が崩れ、通行人のVが転落して負傷しました。
条文刑法211条
刑法211条(業務上過失致死傷等) 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
似ていますが、決定的に違う点があります。CとDは、指揮する側とされる側という、上下の関係にあります。Dには、Cの指示を確認し、間違っていれば指摘する立場がありません。相互監視義務が成り立つのは、互いに相手を監視できる、同一の法的地位にある者どうしに限られます。上下主従の関係にある者の間には、相互監視義務があるとはいえません。この場合、CとDは、それぞれ単独犯として過失を検討します。Cについては、過失の回で見た狭義の監督過失、つまりあいだに部下の行為が入る過失の問題として、部下への指示や監督のあり方に注意義務違反があったかを、Dについては、自分の点検そのものに注意義務違反があったかを、それぞれ別々に判断します。共同正犯として一括りにはしません。
この線引きが、今日いちばん押さえてほしいポイントです。
責任過失は各自で個別に
図:共同にできるのは、構成要件レベルまで
もう1つ、忘れてはいけない点があります。以前、構成要件的過失と責任過失を区別しました。構成要件的過失は一般人を基準に、責任過失は行為者個人を基準に判断する、という話でした。ここまで見てきた共同の注意義務、そしてその共同違反は、構成要件レベルの過失の話です。ここが共同で認められても、責任過失は行為者ごとに個別に検討します。Aには責任過失があっても、Bには無い、ということはありえます。たとえば、Bだけが体調不良で、確認漏れに気づく可能性が個人的に無かった、という事情があれば、Bの責任過失は否定されます。構成要件レベルでは共同でも、責任のレベルでは、必ず一人ずつ確認する。答案でも、この一言認定を忘れないでください。
判例——要件を示しつつ、結論では共同正犯を否定した決定
図:現場を指揮する立場と、署内で補佐する立場。役割が違えば、注意義務も違う
ここで、実際の最高裁の決定を見ます。雑踏事故で多数の死傷者が出た事件で、現場の警備を指揮する立場の人物と、署内で署長を補佐する立場の人物、この2人の過失犯の共同正犯が問題になりました。
判例最高裁決定 平成28年7月12日(第三小法廷)
過失犯の共同正犯の成立要件を示した最高裁決定 業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要であると解される。……本件事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできない。
最高裁は、まず一般論として、業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要だ、と示しました。学説は、これを共同義務の共同違反説と呼びますが、この決定自体が、その学説名を使ったわけではありません。要件を「共同の業務上の注意義務に共同して違反したこと」という言葉で示した、というのが正確なところです。最高裁は、現場を指揮する立場の人物と、署内で補佐する立場の人物とでは、事故を回避するために負うべき具体的注意義務の内容が、基本的に異なっていたと認定しました。その上で、両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったとはいえない、として、共同正犯の成立を否定しました。
ここで、1つ注意してください。最高裁は、2人が指揮する側とされる側の上下関係だったから否定した、とは言っていません。理由にしたのは、分担する役割が基本的に異なり、事故を防ぐために負うべき具体的な注意義務の中身が違っていた、という点です。CとDの話とは理由の立て方が違いますが、根っこは同じです。共同の注意義務とは、同じ義務を2人で守り合うことでした。守るべき義務の中身がそもそも違えば、2人で共同して違反する対象がありません。だから共同正犯にならない。要件を立てても、常に肯定されるわけではない、という好例です。今日の設例のような火災の事案では、117条の2、業務上失火等の罪が問題になります。
条文刑法117条の2
刑法117条の2(業務上失火等) 第百十六条又は前条第一項の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、又は重大な過失によるときは、三年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処する。
では、どんな場面なら肯定に傾くのか。答えは、今日の要件から出てきます。最高裁決定で否定されたのは、守るべき注意義務の中身が2人で違っていたからでした。今日の設例のように、対等な立場の2人が、同じ確認作業という同じ義務を怠った場面なら、2人で共同して違反する対象があります。だから、共同の注意義務への共同違反が認められやすく、共同正犯が成立する方向に傾きます。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。過失犯の共同正犯を認めないと、個々の過失と結果の因果関係が証明できないうえ、過失犯には未遂処罰も無いので、2人とも不可罰になってしまいます。この不都合を避けるのが、認める実益でした。この動画は、行為として見る肯定説を取りました。その上で、共同正犯の要件を満たす形として、共同の注意義務に、共同して違反したこと、という要件を立てました。最高裁は、要件そのものは示しましたが、2人の分担する役割が基本的に異なり、負うべき具体的注意義務が共同のものとはいえない、という理由で、実際の事件では共同正犯を否定しました。上下関係だったから、という理由ではありません。
参照条文
- 刑法38条1項
- 刑法211条
- 刑法117条の2