詐欺罪の処分行為と処分意思(詐欺罪と窃盗罪の区別 前編)
返すと偽って楽器店からギターをケースごと借り出し、ケースの内ポケットに店主Vが入れ忘れたエフェクターごと持ち去った甲について、窃盗罪か詐欺罪かを答案に書き切る回。分かれ目は占有の移転がVの意思に基づくか=処分行為の有無。処分行為を、錯誤による瑕疵ある意思に基づいて財物を終局的に相手方に移転させる行為と定義し、店外への持ち出しを許してギターの事実上の支配が甲に移った以上、返却の約束や貸出台帳への記録があっても処分行為にあたるとする。Vが気づいていないエフェクターについては、何らかの財物が移ることの認識があれば足りるとする無意識的処分行為説で処分行為を認め、ギターとエフェクターについて1項詐欺罪の成立を導く(意識的処分行為説ならエフェクターは窃盗罪)。変形として、店内の目の届くブースで弾かせただけなら支配は店に残り、どちらの説でも窃盗罪になる。
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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:土曜の午後の経過
土曜日の午後2時10分ごろです。町の楽器店で、店主のVが、カウンターの中で貸出台帳に書き込んでいます。その間に、客の甲が、カウンターに置かれたギターのハードケースを、1人で開けました。ギターに傷がないか、確かめるためです。すると、ケースの内側のポケットから、機材が半分のぞいています。店の売り物の、中古のエフェクターです。甲は、これに気づきました。Vは、書き込みに集中していて、気づいていません。この場面に至るまでを、順に見ます。登場するのは、30代の会社員の甲と、60代の男性のVです。Vは、この楽器店を1人で営んでいて、楽器の販売のほか、ギターなどの貸出しもしています。
午後2時ごろ、甲は、Vに申し込みました。あすの日曜、知人の結婚式の二次会で演奏する。エレキギターを月曜の朝まで貸してほしい。これは、うそです。甲は、借りたギターを売って現金に換えるつもりで、返す気はありませんでした。午後2時10分ごろ、Vは、甲の運転免許証を見て、氏名と住所を貸出台帳に書き写しました。そして、こう言います。月曜の午前10時までに返してください。貸出料は返却のときに精算します。貸出用のエレキギター1本を、貸出用のハードケースに入れて、カウンターで甲に手渡しました。Vは、甲が約束どおり返してくれると、信じていました。ところが、ケースの内側のポケットには、エフェクターが1台入っていました。販売価格は18万円です。Vが前日に、音を確かめるために出して使い、そのまま入れて忘れていたものです。Vは、貸出台帳にも書いていません。入っていることに、気づいていません。午後2時15分ごろ、甲は、ケースを提げて店を出て、そのまま立ち去りました。同じ日の午後5時ごろ、ケースごと中古の買取店に持ち込み、ギターとエフェクターを売って、現金を得ました。月曜日、甲は店に来ず、連絡もつきませんでした。
図:甲とVの関係
関係を、図で整理します。Vが、ギターを入れたケースを甲に渡しています。返すつもりがあるように偽ったのは、甲です。ケースの内側のポケットのエフェクターには、Vは気づいていません。甲は、Vが返してもらえると信じてケースを渡していること、自分には返すつもりがないことを、分かっていました。エフェクターが貸出品ではなく、Vが気づいていないことも、分かっていました。ギターもエフェクターも、売って現金に換えるつもりで、Vに返す気はありませんでした。問いは次の1つです。甲の罪責のうち、午後2時15分ごろまでの、ギターとエフェクターを持ち出した行為について、窃盗罪か詐欺罪かを論じなさい。ただし、買取店に売った行為は除きます。
罪名と条文の特定
答案は、甲が何をしたかから書き出します。甲がしたのは、Vからギターを入れたケースを受け取って、持ち去ることです。奪ったのか、渡させたのか。それによって、検討する罪が変わります。条文を見る前に、前に確認したことを思い出してください(解説 #16-2 詐欺罪②——錯誤と処分行為の意義・終局的移転)。詐欺罪は、何と何と何が順につながって成立するのでしたか?欺罔行為、錯誤、処分行為、財物の移転の、4つです。相手をだます行為があって、相手が思い違いをして、その思い違いにもとづいて相手が財物を渡し、財物が行為者に移る。この4つが順につながります。どれか1つでも欠ければ、既遂になりません。この鎖の3つ目が、今回の中心です。条文を見ます。
条文刑法235条
刑法235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
条文刑法246条
刑法246条(詐欺)
1項:人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。
2項:前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
成立要件は、条文どおりです。窃盗罪は、他人の財物を窃取したこと。詐欺罪の1項は、人を欺いて、財物を交付させたこと。2項は財産上の利益の場合で、本件で動いたのは、ギターとエフェクターという物、つまり財物ですから、1項を検討します。窃取と、交付させた、の違いが、2つの罪の分かれ目です。窃取は、占有している人の意思に反して、占有を移すこと。交付させた、は、だまされた被害者に、自分の意思で財物を渡させることです。つまり、分かれ目は、占有の移転が、被害者の意思に基づくかどうかです。この「自分の意思で渡した」行為を、処分行為といいます。処分行為があれば詐欺、なければ窃盗として検討します。そして、詐欺罪の「欺」く行為は、処分行為に向けられたものでなければなりません。相手に財物を手放させるためのうそでなければ、詐欺ではないということです。向けられていなければ、さきほどの鎖の1つ目、欺く行為が、そもそもありません。詐欺の実行が始まっていないので、詐欺は未遂にもならず、窃盗で検討することになります。甲の行為には、気になる点が2つあります。1つ目。Vは、返してもらう約束で、貸すつもりでギターを渡しています。台帳にも書いています。それでも、ギターについて、処分行為があるといえるのか。2つ目。ケースの内側のポケットのエフェクターに、Vは気づいていません。気づいていない物についても、処分行為といえるのか。この順に見ます。
処分行為と終局的な移転
1つ目です。Vは、貸すつもりでケースを渡しています。返してもらう約束があり、貸出台帳に免許証の内容も書き写しています。それでも、ギターについて処分行為があるといえるのか。処分行為とは何かは、条文には書かれていません。次のように考えます。
⭐ 論文で書く規範:処分行為の意義
処分行為(交付行為)とは、錯誤による瑕疵ある意思に基づいて、財物又は財産上の利益を終局的に相手方に移転させる行為をいう。
(規範(通説で立てる))
図:規範カード|処分行為の意義
「瑕疵ある意思」とは、だまされて勘違いした、傷のある意思のことです。規範の中で、結論を左右するのは、「終局的に」です。財物の場合、相手に移すのは、その物の占有です。占有の中心は、物に対する事実上の支配です。ここでいう終局的とは、永久に手放す、という意味ではありません。返してもらうつもりでも、物の事実上の支配が、いったん相手の手に移るなら、終局的な移転にあたります。支配が相手に移れば、その物を使うのも、持ち去るのも、相手しだいになり、渡した人は、もう自分の目や手では、その物を守れません。決め手は、相手が許したことが、その場での一時的な使用にとどまるのか、それとも、占有そのものを手放すことなのか、です。事実を拾って、確かめましょう。観点だけを、表にして示します。
図:事実を拾う観点
左は、拾う事実。真ん中は、その事実のもとで、ギターにVの支配が及んでいるか。右は、処分行為の判断への影響です。項目は3つです。
図:事実を拾って評価する
1行目です。Vは、ケースを提げて店を出ることを許しています。甲は、月曜の朝まで、Vの目の届かない所で、ギターを使えます。ケースを渡した時点で、ギターの事実上の支配は、店を離れて甲に移っています。これが決め手です。2行目。月曜の午前10時までに返す約束は、返してもらえるという、Vの期待にとどまります。支配が甲に移っている事実は、約束があっても変わりません。結論に影響しません。3行目。貸出台帳への書き写しは、貸したことの記録です。甲の手元にあるギターに、Vの支配が続いている根拠にはなりません。これも、結論に影響しません。当てはめます。Vは、甲が返してくれると信じて、つまり錯誤のもとで、ケースを甲に手渡しました。ギターの事実上の支配は、甲に移っています。ですから、ギターについて、Vの行為は、錯誤による瑕疵ある意思に基づいて、占有を終局的に甲に移転させる行為です。処分行為にあたります。欺く行為には、処分行為に向けられていることのほかに、2つの条件があります。重要な事実を偽ることと、損害の現実的な危険があることです。後の方の条件は、詐欺罪が財産を守る罪であることから求められます。一言ずつ当てておきます。Vは、返すつもりがないと知っていれば、ギターを渡さなかったはずです。返す意思の有無は、渡す判断の基礎となる重要な事実です。また、Vはギターそのものを失いますから、財産的な損害を与える現実的な危険もあります。
処分意思
2つ目です。ケースの内側のポケットのエフェクターに、Vは気づいていません。Vは、エフェクターが甲に移ることを、認識していません。処分行為があるといえるために、渡した人は、どこまで認識している必要があるのか。処分行為の内側にある、渡す人のこの認識を、処分意思といいます(解説 #16-3 詐欺罪③——処分意思の要否)。これも、条文には書かれていません。見解が分かれています。1つ目は、意識的処分行為説です。特定の財物が相手に移転することまで、認識している必要がある、とみます。詐欺は、被害者の意思にもとづいて占有が移る構造をもちます。被害者が自分の意思で渡したといえるのは、渡すと分かっていた物だけです。だから、その意思の対象は、個々の中身にまで及ぶ必要がある、という理由です。2つ目は、無意識的処分行為説です。財物が相手に移転することの認識があれば足り、個々の中身まで認識している必要はない、とみます。2つの見解を、表にして並べます。
図:2つの見解の対比
答案では、無意識的処分行為説で書きます。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:処分行為に必要な被欺罔者の認識(1項詐欺)
処分行為を認めるには、被欺罔者が、何らかの財物が自分の手から相手方に移ることを認識していれば足り、移る財物の一つひとつの中身まで認識していることは要しないと解する。何が移るのかを相手に知らせないまま財物を渡させることは、だます手口の典型であり、これを詐欺罪の外に置く理由はないからである。
(規範(学説で立てる))
図:規範カード|処分行為に必要な被欺罔者の認識
なぜ、この説で書くのか。理由は、規範の後ろの文にあります。だます手口の典型は、何が移るのかを相手に知らせないまま、財物を渡させることです。個々の中身の認識を必要とすると、まさにその典型が、詐欺から外れてしまいます。それは、妥当ではありません。名前から、無意識的処分行為説は、認識がまったくなくてよい説だと、思いがちです。そうではありません。認識には、2段あります。1段目は、何らかの財物が移ることの認識。2段目は、その個々の中身までの認識です。1段目は、どちらの説でも必要です。争いがあるのは、2段目だけです。たとえば、Vの目を盗んで、ケースを持ち去ったなら、Vは何の移転も認識していません。1段目がありませんから、どちらの説でも、処分行為はなく、窃盗です。事実を拾って、確かめましょう。観点だけを、表にして示します。
図:認識を拾う観点
項目は、2つの見解です。列は、Vが認識していたもの、エフェクターについての処分行為、罪名です。
図:認識を拾って結論を比べる
Vが認識していたのは、ギターを入れたケースが、甲に移ることです。1段目は、あります。エフェクターが移ることは、認識していません。2段目は、ありません。意識的処分行為説では、2段目まで必要ですから、エフェクターについては処分行為がなく、窃盗罪になります。無意識的処分行為説では、1段目で足りますから、エフェクターについても処分行為があり、詐欺罪になります。ここで、結論が分かれます。無意識的処分行為説で、当てはめます。エフェクターは、そのケースの内側のポケットに入っていて、ケースとともに甲に移っています。Vは、エフェクターの存在に気づいていなくても、エフェクターの入ったケースという財物が移ることは、認識しています。ですから、エフェクターについても、Vがケースを渡した行為は、処分行為にあたります。
結論
図:甲の罪責の検討結果
結論です。甲には、ギターとエフェクターについて、詐欺罪、刑法246条1項が成立します。窃盗罪は、成立しません。刑は、10年以下の拘禁刑です。
事実を1か所変える
図:変形の事実
事実を1か所変えて、結論が動く場面を見ます。変わるのは、申し込みの中身と、Vが許した場所です。ケースの中身の話は、出てきません。午後2時ごろ、甲は、Vに申し込みます。ギターの音を確かめたい。店の奥の防音ブースで、30分ほど弾かせてほしい。甲は、隙を見てギターを持ち出して、売るつもりでした。午後2時10分ごろ、Vは、ブースを開けて、ギターを甲に手渡します。ケースには入れていません。ブースはレジの横にあり、ガラス張りです。Vはドアを開けたままにして、レジから、ブースの中が見えました。午後2時20分ごろ、店の電話が鳴ります。Vが受話器を取って応対している間に、甲は、ギターを持ってブースを出て、そのまま店の外へ走り去りました。観点を、表にして示します。
図:変形で拾う観点
左は、Vが許したこと。真ん中は、ギターの支配。右は、罪名です。
図:変形で事実を拾う
Vが許したのは、店内のブースで、ギターを弾かせることだけです。ブースは、レジの横のガラス張りで、ドアは開けたまま、Vの目の届く所です。ギターの支配は、店に残っています。Vは、占有を手放していません。そこで、甲がギターを持って店の外へ走り去ったのは、Vの意思に反して、Vが占有するギターを、自分の占有に移したことです。窃取にあたり、窃盗罪が成立します。甲のうそは、ブースでギターを手に取らせるためのもので、占有を手放させるためのものではありません。処分行為に向けられていませんから、欺く行為にあたりません。鎖の1つ目が無く、詐欺の実行が始まっていないので、詐欺は、未遂にもなりません。ここで、判決を1つ見ます。規範の出典としてではなく、事実のどこを拾うかの例として使います。
判例広島高判昭30・9・6
一時見せるための交付と事実上の支配
……Bが右のように上衣を被告人に交付したのは、被告人に一時見せるために過ぎないのであつて、その際は未だBの上衣に対する事実上の支配は失われていないものというべく、……
交付が、一時見せるにとどまるなら、事実上の支配は失われていない、と判断した判決です。拾うのは、相手が許した範囲と、その物が相手の目の届く範囲にあるかどうか、という事実です。基本事例との違いは、Vが許した範囲です。基本事例のVは、ケースを提げて店を出ることを許し、支配が甲に移りました。変形のVは、目の届く店内で弾かせただけで、支配は店に残っています。説によって、この結論は変わるんですか。変わりません。2つの説が分かれるのは、移った物について、渡した人がどこまで認識していれば足りるか、という点です。変形では、ギターの支配が、そもそも甲に移っていません。移転がない以上、認識の範囲を問う前に、処分行為が欠けます。意識的処分行為説でも無意識的処分行為説でも、窃盗罪です。次に、場面ごとに整理します。
場面ごとの結論の整理
図:場面ごとの結論の整理
3つの場面を、1枚の表にして並べます。1つ目は、貸出しで、店の外へ持ち出せるギターです。どちらの説でも、処分行為があり、詐欺罪です。2つ目は、ケースの中の、Vが知らないエフェクターです。意識的処分行為説では、処分行為がなく、窃盗罪。無意識的処分行為説では、処分行為があり、詐欺罪です。3つ目は、店内のブースで弾かせるだけの場合です。どちらの説でも、処分行為がなく、窃盗罪です。分かれ目は、2つです。許した範囲が、店を離れて使うことまで及んでいるか、つまり支配が店を離れたか。そして、渡した人の認識を、どこまで求めるかです。
完成答案
図:完成答案:問題の所在、欺く行為と処分行為の意義
完成答案です。ここまでの検討を、試験で書く答案の形にしたもので、順番も、ここまで見てきた順と同じです。1枚目は、問題の所在と、欺く行為、処分行為の意義です。
図:完成答案:あてはめ(ギター)、処分意思の問題提起
2枚目は、ギターのあてはめと、処分意思の問題提起です。
図:完成答案:処分意思の規範とあてはめ
3枚目は、処分意思の規範と、エフェクターのあてはめです。
図:完成答案:詐欺罪のその余の要件、結論
4枚目は、詐欺罪のその余の要件、つまり、ここまでで取り上げなかった残りの要件と、結論です。
参照条文
- 刑法235条
- 刑法246条