訴訟の主体①裁判所——裁判体・公平な裁判所・管轄
その事件を裁く裁判所は、事件が起きた時点で法律により決まっている——裁判体・公平な裁判所・管轄を「事件ごとに選ばせない」という1つの思想の3つの現れとして通す回。「裁判所」の2つの意味(官署と裁判体)と条文の主語の書き分け、単独体と合議体(裁判所法26条)・法定合議と裁定合議、公平な裁判所が守るのは結果ではなく組織段階での偏りの「おそれ」であること(憲37条1項・除斥20条・忌避21条・回避)、忌避の境界を画す判例2件、事物管轄・土地管轄(刑訴2条1項)・関連事件(9条1項と6条の役割分担)、管轄違いの判決(329条)と土地管轄だけ被告人の申立てを要件とする331条1項の趣旨まで。
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第1章 総論 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
その事件を、誰が裁くのか

あなたが事件の当事者になったとします。その事件を、どの裁判所の、何人の裁判官が裁くか——実は、事件が起きたその瞬間に、法律でもう決まっています。誰も、あとから選べません。この回は、なぜ「選ばせない」のかという話です。
前回、法廷の三面構造を見ました。訴える検察官、防御する被告人、その間で裁く裁判所——三者を分けるのが弾劾主義でした。今回はその「裁く人」——裁判所そのものを見ていきます。
言葉を1つ整理しておきます。「訴訟の主体」とは、裁判所・検察官・被告人の3者を指す言葉です。弁護人は被告人の補佐役という位置づけで、厳密にはここに数えません。前回の三面構造では弁護人も「防御する側」に並んでいましたが、これは切り口が違うためです。三面構造は法廷で誰がどの役割を担うかという役割の分け方で、弁護人は被告人と同じ防御する側です。訴訟の主体は手続を担う者として条文が名前を挙げるのは誰かという数え方で、弁護人はその補佐役という位置づけになります。防御に関与しない、という意味ではありません。
一方、「当事者」は検察官と被告人の2者だけです。三面構造でいえば、請求する側と防御する側の2つで、判断する側の裁判所は入りません。民事の「原告・被告」と同じ発想で、刑事では「検察官・被告人」と呼びます。中身は #1-5 で扱います。
裁判所には3つの顔があります——何人で裁くか/誰なら裁いてはいけないか/どこが担当するか。この3つは、1つの思想でつながっています。
「裁判所」という言葉の2つの意味

まず、「裁判所」という言葉の落とし穴からです。実は2つの意味があります。1つは、東京地方裁判所のような組織としての裁判所——官署としての裁判所です。もう1つは、その事件を実際に担当する裁判官の集まり——裁判体、別名受訴裁判所です。同じ組織でも、担当チームは裁判体です。
刑訴法の条文は、「裁判所」「裁判長」「裁判官」の3つをわざと書き分けています。前回、273条と297条を見ました。前回は「手続を進める」角度でしたが、ここでは「主語」という別の角度から読み直します。
297条の主語は裁判所——合議体・単独体としての判断の集まり全体です。273条や294条の訴訟指揮——審理をどう進めるかを決めて、法廷を仕切る仕事です——は、主語が裁判長で、合議体の中の1人だけが持つ権限になります。逮捕状の199条や捜索差押え令状の218条は、主語が裁判官です。裁判体という単位ではなく、個々の裁判官が単独で持つ権限です。
主語が変わると、権限を持つ人の範囲も変わります。この書き分けが読めるようになると、条文がぐっと読みやすくなります。訴訟指揮の中身は #4-2、令状の中身は第2章で扱います。
単独体と合議体

では、その裁判体は、何人の裁判官で構成されるのか。1人で構成される場合を単独体、複数で構成される場合を合議体と呼びます。
条文裁判所法26条1〜3項
1項 地方裁判所は、第二項に規定する場合を除いて、一人の裁判官でその事件を取り扱う。 2項 次に掲げる事件は、裁判官の合議体でこれを取り扱う。ただし、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定めがあるときは、その定めに従う。 一 合議体で審理及び裁判をする旨の決定を合議体でした事件 二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪(刑法第二百三十六条、第二百三十八条又は第二百三十九条の罪及びその未遂罪、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)第一条ノ二第一項若しくは第二項又は第一条ノ三第一項の罪並びに盗犯等の防止及び処分に関する法律(昭和五年法律第九号)第二条又は第三条の罪を除く。)に係る事件 三 簡易裁判所の判決に対する控訴事件並びに簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告事件 四 その他他の法律において合議体で審理及び裁判をすべきものと定められた事件 3項 前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。
1項が原則を決めて、2項がその例外を並べる作りです。地方裁判所は原則単独体、例外的に3人の合議体になります。3人になるのは、人を殺した罪のように死刑や無期が定められている罪です。逆に、他人の物を盗んだ罪のように、上限は10年でも下限が軽い罪は、原則どおり1人です。簡易裁判所は常に単独体、最高裁判所・高等裁判所は常に合議体です。
なお、条文の「拘禁刑」は、かつての懲役・禁錮が令和の改正で一本化されたものです。古い教材は「懲役又は禁錮」のままなので読み替えてください。
なぜ重い事件は3人で裁くのか

「重大事件だから慎重に」で終わらせず、もう一歩踏み込みます。1人の判断には、その人固有の見立ての癖が、そのまま結論に出てしまいます。例えば、同じ証言を聞いても、「落ち着いて話しているから信用できる」と受け取る人と、「まとまりすぎていて不自然だ」と受け取る人がいます。1人なら、その受け取り方がそのまま判決になります。3人なら、評議——3人で意見を出し合って結論を決める場——で、その違いが必ず突き合わされます。
合議は、3人のうち1人でも違う結論を持てば、多数決の前に議論が起きる仕組みを制度に埋め込んでいます。反対意見が出る余地が、あらかじめ保証されているわけです。
26条2項には、2種類の合議があります。1つは法定合議——2号のように、法律が「この重さの事件は3人」とあらかじめ決めているもの。もう1つは裁定合議——1号の「合議体で審理及び裁判をする旨の決定をした事件」で、法律が決めていなくても、裁判所自身が「これは3人でやろう」と決定した事件です。裁定合議も決定という手続を通すので、「なんとなく3人で」という裁量ではありません。
2号の括弧書きでは、強盗のように重くても対象から外されている罪があります。ただ、外れても1号の裁定合議で3人にすることはできます。「2号に載っていない=必ず1人」ではありません。裁判員裁判の構成は #6-3 で扱います。
合議体の中の役割

合議体には、3人それぞれに役割があります。26条3項のとおり、1人が裁判長、残り2人が陪席裁判官です。裁判長は訴訟指揮権や法廷の秩序を守る権限を持ちます(中身は #4-2)。陪席裁判官は、裁判長と一緒に審理し、評議で意見を述べる対等な一員です。
名前だけ押さえてほしいものが3つあります。受命裁判官——合議体の1人が他のメンバーに代わって特定の行為をする裁判官。受託裁判官——別の裁判所の裁判官に一定の行為を頼む形。受任裁判官——令状を出すときのように、受訴裁判所とは独立して権限を行使する場合です。中身は検証(#2-25)・証人尋問(#4-6)・令状(#2-20)を扱う回で見ます。
裁判官には判事と判事補があります。よく「判事は実務10年以上のベテラン」と説明されますが、これは正確には任命資格の話で、「10年未満だから判事補」と言い切るのは不正確です。確実に言えるのは、判事補は原則として1人で裁判できない(裁判所法27条)ということです。ただし一定の経験を積んだ特例判事補は単独で裁判できます。数字より、この条文の事実を押さえてください。
裁判官を支える人たち

法廷にいるのは裁判官だけではありません。中心になるのが裁判所書記官です。公判調書の作成をはじめ、記録の作成・保管、法廷内外の進行管理を担います。
条文刑訴法282条1項・2項
1項 公判期日における取調は、公判廷でこれを行う。 2項 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。
「裁判官及び裁判所書記が列席し」——書記官が列席していることは、公判廷が成り立つための要件です。権限があるという話ではなく、いなければそもそも開廷できません。公判で何が行われたかを公的に残せる人がいないまま審理を進めると、あとから手続が正しかったかを確かめる手段が無くなってしまうからです。
ほかに裁判所事務官・裁判所調査官もいます。公判調書の証明力は、証拠法を扱う第5章で扱います。
公平な裁判所とは何か

ここから2つ目の柱——公平な裁判所です。当たり前に聞こえますが、この制度が何を守っているのか、正確に言える人は多くありません。
条文憲法37条1項
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
大事なのは、これが「現に不公平な判決が出たかを事後に争う制度」ではないという点です。守っているのは結果ではなく、裁判所という組織・構成の段階での、偏りのおそれです。例えば、被害者本人が裁判官としてその事件を裁いたら、判決の中身が偏っていたかに関わらず組織として信用できません。
だから、除斥・忌避・回避は判決の前に偏りのおそれがある人を外すための制度です。土台には裁判官の独立を定めた憲法76条3項もあります。これは、#1-1 で見た適正手続主義——手続を正しく踏ませて人権を守る——の、具体的な現れの1つです。
除斥——類型に当たれば当然に外れる

1つ目は除斥です。刑訴法20条に、7つの類型が並んでいます。裁判官が被害者本人だったとき、被告人や被害者の親族だったとき、法定代理人・後見監督人・保佐人などであるとき、事件で証人や鑑定人になったとき、被告人の代理人・弁護人・補佐人になったとき、検察官や司法警察員の職務を行ったとき、前審の裁判など、その事件の前の審理に関与したとき、などです。
これに当てはまったら、申立ては要りません。法律上当然に、その裁判官は職務の執行から外れます。「おそれ」があまりに明白な類型だからです。
忌避——当事者が申し立てて外す

除斥の類型に当てはまらないけれど不公平そうな裁判官がいたら、どうするか。そこで2つ目の忌避です。
条文刑訴法21条1項
裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる。
除斥の類型に当たらなくても、偏りのおそれがあれば外せる——除斥より範囲が広い制度です。除斥事由がある場合はもちろん、それ以外にも「不公平のおそれ」があれば、検察官または被告人が申し立てて外すことができます。原則、審理は一旦止まり、忌避された裁判官を除く合議体が申立てを審査します。
では、忌避を申し立てれば審理をいくらでも引き延ばせるのか。そこには対応する仕組みがあります。訴訟を遅延させる目的のみが明らかな忌避申立ては、24条により決定でただちに却下しなければならないとされています。例えば、判決の言渡しの直前になって、理由も示さないまま、次々に忌避を申し立てるような場合です。通常は忌避された裁判官を除いて審査しますが、簡易却下の場面だけは本人自身がその却下の裁判に加わることができます——遅延目的の乱用を防ぐための例外です。
どこまでが「おそれ」なのか

では、忌避は実際にはどのくらい通るのか。実務では、ほとんど通りません。境界線を判例2つで引いていきます。
判例最決昭48・10・8(刑集27巻9号1415頁)
訴訟指揮・法廷警察権の当否は忌避理由にならない 訴訟手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえない。裁判長の訴訟指揮権・法廷警察権の行使の不当を理由とする忌避申立ては、訴訟遅延のみを目的とするものとして24条により却下すべきものである。
訴訟指揮のやり方に不満があっても、それだけでは忌避できません。理由は、訴訟指揮への不服には異議・上訴という別の出口がすでに用意されているからです(異議は #4-2、上訴は #8-2)。
判例最決昭60・12・20(集刑241号555頁)
共犯者の事件を担当していたことは忌避事由でない 共犯者の事件審理により被告人に対する事件の内容につき知識を得ているからといって、不公平な裁判をするおそれがあるものとはいえない。
判例は、事件の内容を知っているという事実だけでは忌避事由にならないとしました。専門職の判断は、証拠に基づかない予断とは切り分けられる、という前提があります。#1-2 で、判断の材料にできるのは法廷に出された証拠だけ、という話をしました。共犯者の事件で聞いた話も、この事件の法廷に出てこない限り、判決の材料にはできません。知っていることと、判断の材料にすることは別だ、ということです(予断排除の中身は #3-4)。
では、忌避はもうほぼ通らないのか。「ほぼ通らないから制度が無意味」ではありません。除斥事由の見過ごしや、被告人との個人的な利害関係——愛人関係や私怨など——が具体的に裏づけられた場合は、忌避が通ります。外れるべき人はそもそも除斥で先に外れているから、忌避の出番が少ない。忌避が仕事をしていないわけではなく、除斥がすでに仕事をしているのです。
回避と、3つの制度の位置づけ

最後の1つが回避です。裁判官自身が「自分には忌避されるべき原因がある」と思ったとき、自分から所属裁判所に申し立てて外れる制度で、刑事訴訟規則に定められています。
3つを並べて整理します。誰が・何によって・どう外れるかです。除斥は、類型に当たれば申立て不要で自動的に外れる。忌避は、除斥事由か不公平のおそれがあるとき、当事者——検察官か被告人——が申し立てて外れる。回避は、裁判官自身が自分の判断で申し立てて外れる。
3つとも、あらかじめ定められた要件と手続を通して外れる、という点で共通しています。これが、「公平な裁判所」という保障を実際に機能させている仕組みです。
第2の問い——どの裁判所が担当するのか

ここから3つ目の柱——管轄です。ただ、これを「担当の分担」だと思っていると、大事な視点を見落とします。もし、検察官が「この裁判所の方が有利そうだ」と起訴先を自由に選べたらどうなるか。さきほど見た「公平な裁判所」の保障が、骨抜きになります。
管轄というのは、事件ごとに裁判所を選ばせないための仕組みです。裁判体・公平な裁判所と、同じ思想です。身近な例で言えば、住んでいる場所によって通う学校の学区があらかじめ決まっているのと同じで、生徒側も学校側もその場で自由には選べません。住んでいる場所という決まった基準が、通う学校を自動的に決めてしまいます。
検察官も被告人も、この事件はここで裁く、と自由に選べません。管轄には、事件の重さで決まる事物管轄と、場所で決まる土地管轄、そして審級ごとの流れを決める審級管轄があります(審級管轄は #8-1)。
事物管轄

事物管轄は、事件の軽重・性質による担当の分配です。第1審の管轄は、原則地方裁判所が持ちます(裁判所法24条2号)。例外として罰金以下の刑に当たる罪——失火、過失往来危険(刑法129条1項)、単純賭博、過失傷害、過失致死など——は簡易裁判所のみが第1審の管轄を持ちます(同33条1項2号)。「罰金以下」とは、法定刑に拘禁刑のような自由刑がなく、罰金・拘留・科料しか選べない罪、という意味です。内乱に関する罪は高等裁判所のみが管轄です(同16条4号)。
地裁と簡裁の両方が担当できる場合もあります。選択刑——1つの罪に拘禁刑と罰金の両方が定められていて、どちらかを選ぶ形——として罰金がある罪など、管轄が競合する領域では、検察官がどちらに起訴するか裁量で決められます。
では「簡裁を選べば軽い刑で済む」のか。そこには歯止めがあります。簡易裁判所には科刑制限があり、原則として拘禁刑以上の刑を科せません(同33条2項本文)。一部の罪は例外的に3年以下の拘禁刑まで科せますが(同項ただし書)、それを超えるべきと判断したときは、決定で地裁に移します(同33条3項・刑訴法332条)。簡裁の科刑には上限があるので、それを超えそうな事件は結局、地裁に移されます。
土地管轄と関連事件

次に土地管轄——事件の土地的関係による担当の分配です。
条文刑訴法2条1項
裁判所の土地管轄は、犯罪地又は被告人の住所、居所若しくは現在地による。
犯罪地——事件が発生した土地。住所・居所——民法どおりの意味。現在地——公訴提起時に被告人が実際にいる場所です。どれか1つでも当てはまれば、その裁判所に起訴できます。
事例で考えます。名古屋市内に住むBが、静岡県内の観光地で財布を盗んで現行犯逮捕され、在宅で捜査中です。Bには東京都内に懇意の弁護士がいて、東京地方裁判所への起訴を希望しています。

Bの希望どおり東京地裁に起訴することはできません。東京の管轄区域には犯罪地——静岡——も、Bの住所・居所・現在地——在宅捜査中の名古屋——もないからです。検察官は静岡か名古屋の地方裁判所に起訴すべきで、本人の希望では土地管轄は動きません。
複数の被告人がいるときは、原則として事件がばらばらの裁判所に散らばりますが、関連事件という特則があります。9条1項は、①1人が数罪を犯したとき ②数人が共に同一・別個の罪を犯したとき ③数人が通謀して各別に罪を犯したとき、の3類型を挙げています。
その3つに当たるとどうなるか。そこから先が6条です。9条1項がどういう事件が関連事件かを決め、6条が、土地管轄を異にする数個の事件が関連するとき、1つに管轄がある裁判所は他の事件もまとめて管轄できると定めています。定義が9条1項、まとめる効果が6条です。6条は土地管轄の特則で、事件の重さ——事物管轄——の側の特則は3条にあります。
具体例で見ます。仙台市内に住むCが、盛岡市内に住むDをリーダーとする特殊詐欺グループの一員として詐欺を行いました。Dは同一事件で、すでに盛岡地方裁判所に起訴されています。Cだけを見れば仙台地裁が土地管轄を持つはずですが、Cは「数人が共に同一の罪を犯した」関連事件に当たるので、6条により盛岡地方裁判所がC・D双方について管轄を持ち、検察官はCを盛岡地方裁判所に起訴できます。
なぜ1か所に寄せるのか。同じ詐欺の証拠は共通するので、別々の裁判所で審理すると、同じ証人を二度呼ぶことになり、事実の認定も食い違いかねないからです。ただし、6条で寄せられるのは9条1項が定めた関連性がある場合だけで、「こちらの裁判所の方が有利そうだから」で動かせるわけではありません。ここでも「選ばせない」という軸は崩れていません。
管轄がなかったら、どうなるか

管轄のない裁判所に起訴してしまったらどうなるか。ここが、民事裁判との大きな違いです。
条文刑訴法329条
被告事件が裁判所の管轄に属しないときは、判決で管轄違の言渡をしなければならない。但し、第二百六十六条第二号の規定により地方裁判所の審判に付された事件については、管轄違の言渡をすることはできない。
民事なら管轄のある裁判所に移送すればよいところ、刑事では移送は認められていません。管轄違いの判決で手続を打ち切るのが原則です。ただし再起訴は禁じられておらず、検察官は管轄のある裁判所に公訴を提起し直せます。なお、高裁が地裁に移す330条・簡裁が地裁に移す332条という限られた例外があります。
ここで、前回ちらっと見た331条1項を回収します。前回は「裁判所が自分から調べる場面にも例外がある」という角度で出しました。今回は「誰の利益のための管轄か」という角度から、同じ条文を見ます。
条文刑訴法331条1項
裁判所は、被告人の申立がなければ、土地管轄について、管轄違の言渡をすることができない。
事物管轄や審級管轄は、裁判所が自分で調べる事項です。裁判所としての資格そのものに関わる話だから、裁判所自身が確かめます。でも土地管轄だけは違います。どの土地の裁判所で裁かれるかは、出向く負担や弁護人へのアクセスといった被告人個人の防御の便宜の問題だからです。
誰の利益を守るための線引きかで、扱いが変わる。被告人が「このままで構わない」と言うなら裁判所から潰す必要がない——それが331条1項の趣旨です。なお、証拠調べを開始したあとは、この申立てはできなくなります(331条2項)。訴訟条件としての位置づけは #3-11 で扱います。
今日の地図(保存版)

今回渡した3つをまとめます。1つ目、裁判体——何人で裁くかは、事件の重さで法律があらかじめ決めていました。単独体が原則で、法定合議と裁定合議の2種類がありました。2つ目、公平な裁判所——結果ではなく、組織の段階での偏りのおそれを、除斥・忌避・回避という定められた手続で外す仕組みでした。忌避はほとんど通りませんが、それは除斥がすでに働いているからでした。3つ目、管轄——どの裁判所が担当するかは、検察官にも被告人にも選ばせず、事件の重さと場所であらかじめ決まっていました。
3つとも、「事件が起きた時点で、もう答えが決まっている」という話でした。何人で、誰が、どこで裁くのか——事件ごとに選ばせないことが、公平さの土台になっている。それが、この回の1本の軸です。
次回は、訴訟の主体の残り——検察官・被疑者被告人・弁護人を見ていきます。起訴するかどうかを決めるのは誰か、その権限はどこまで及ぶのか、そして弁護人はなぜ必要とされるのか、という話です。
参照条文
- 裁判所法26条1〜3項
- 刑訴法282条1項・2項
- 憲法37条1項
- 刑訴法21条1項
- 刑訴法2条1項
- 刑訴法329条
- 刑訴法331条1項