おとり捜査(機会提供型・犯意誘発型)
おとり捜査は任意捜査であることを前提に、適否の決め手=機会提供型(適法)と犯意誘発型(違法)の区別、最決平16・7・12の許容要件、違法な場合の効果(排除が有力)までを押さえる回です。
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第2章 捜査 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
1. 前提——GPS(#16)との違い 〔短答・論文共通〕
前回の GPS 捜査(最大判平29・3・15)は「強制処分か任意か」が論点の中心でした。私的領域に継続的・網羅的に侵入する=意思を制圧する強制処分だから令状が要る、しかし現行令状では賄えない、という流れです。
おとり捜査は出発点が違います。任意捜査であること自体は前提です。論点は一段先——任意捜査として、どこまで許されるか。第7回で扱った「任意捜査の限界(必要性・相当性)」の特殊版として位置づけます。
図:捜査の全体地図。強制の極端がGPS、任意の限界がおとり捜査。
2. おとり捜査の定義 〔短答・論文共通〕
最高裁(最決平16・7・12)が定義を示しています。
図:おとり捜査の定義(最決平16・7・12)。
捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するもの (最決平成16・7・12・刑集58巻5号333頁)
問題点は2つあります。第一に、この手法を認める明文規定がないこと。第二に、「警察が犯罪を作っているのではないか」という疑念が生じること。だからこそ、許される範囲を慎重に画する必要があります。
3. なぜ「任意捜査」なのか 〔論文〕
任意か強制かの判断には、最決昭51・3・16の基準を使います。強制処分とは「意思を制圧し、重要な権利利益を実質的に侵害する」処分です。
おとり捜査では、犯罪を実行するか否かを決めるのはあくまで本人です。本人が自分の判断で実行に出た——つまり意思を制圧していません。したがって任意捜査であり、根拠条文は197条1項本文です。
図:刑事訴訟法197条1項の全文カード。
【条文】刑事訴訟法197条1項(捜査の方法) 捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。
GPS 捜査と逆で、令状は要りません。
図:「最後にボタンを押すのは本人」が任意捜査の根拠。
4. 本丸——犯意の出どころが決め手 〔論文〕
任意捜査だからといって何でも許されるわけではありません。適否の決め手は「犯意(やる気)を誰が作ったか」の1点です。
図:犯意の出どころが機会提供型か犯意誘発型かを分ける軸。
ここで2つの型に分かれます。
図:機会提供型(適法)と犯意誘発型(違法)の対比。
覚えるポイント — 2類型の区別
- 機会提供型:犯意はもともと本人の中にあった。警察はただ「機会(扉)」を開けただけ。本人が起こした犯罪 → 適法。
- 犯意誘発型:犯意ゼロの市民に、警察が外から強い働きかけをして犯意を作り出した。本来生まれなかった犯罪 → 違法。
5. 「水の容器」で掴む 〔短答・論文共通〕
容器に溜まる水を犯意にたとえると、イメージが固まります。
- 機会提供型=すでに水が溜まった容器の蛇口を開けるだけ
- 犯意誘発型=空っぽの容器に外から水を注ぐ
あふれた水が本人由来か警察由来か、で適否が決まります。事案が変わっても「犯意の出どころ」という問いに戻れば当てはめられます。
図:機会提供型と犯意誘発型を水の容器で対比。
6. 判例の基準——最決平16・7・12 〔論文〕
最高裁は、次の要件を満たす場合に任意捜査として許容されると述べました。
図:最決平16・7・12の許容要件(3要素)。
判旨の核心(最決平成16年7月12日・刑集58巻5号333頁)
「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。」
図:判例が示す3要素(被害者なし・摘発困難・機会提供型)。
覚えるポイント — 「少なくとも」の意味
- 3要素は「これを満たせば限定される」という限定要件ではありません。
- 「少なくともここまでは許される」という最低ラインを示したものです。
- 3つ目「機会があれば犯罪を行う意思のある者」=まさに機会提供型の言い換えです。
7. なぜ薬物・銃器に限るのか 〔短答・論文共通〕
判例が「直接の被害者がいない薬物犯罪等」に絞る理由は、おとりを「例外的に」許す必要性の論理から導けます。
- 空き巣:被害者が「入られた」と通報し、目撃証言も出る → 通常の捜査で対応可
- 薬物の密売:売り手も買い手も黙っている → 通常の捜査では摘発困難
「被害者なし・摘発困難」の2要素は、「例外的におとりが必要な場面」を絞り込む機能を果たしています。
図:被害者がいる犯罪とない犯罪の摘発可能性の違い。
8. 違法だったらどうなる 〔短答・論文共通〕
犯意誘発型(違法なおとり)が行われた場合、その効果について学説が対立しています。
図:公訴棄却説・免訴説・違法収集証拠排除説の3説。
覚えるポイント — 3説の整理
- 公訴棄却説(338条4号):訴訟手続が違法 → 裁判を打ち切る
- 免訴説(337条):実体裁判の終結事由として処理する
- 違法収集証拠排除説(有力):裁判は止めず、違法に収集した証拠を排除する → 立証できず無罪になりやすい
排除の具体的な中身(排除基準・程度)は、第4章 証拠法の回で扱います。
9. 隣の手法——泳がせ捜査 〔短答〕
おとり捜査と混同しやすい手法として「泳がせ捜査」があります。
図:おとり捜査と泳がせ捜査の決定的な違い。
- 泳がせ捜査:禁制品が見つかっても場で捕らず、監視しながら運ばせ、受取人・背後組織が判明したところで一網打尽にする手法。
- 決定的な違い:犯意に働きかけるかどうか。おとりは犯意を起こさせる(意思に踏み込む)。泳がせはすでに起きている犯罪をただ監視するだけ。
- 泳がせは任意捜査とされやすいですが、詳細は別の回で扱います。
短答ひっかけ
- 「おとり捜査には令状が要る」は誤り。犯罪を実行するか否かは本人の意思に委ねられており、意思を制圧しないため任意捜査(197条1項)。令状は不要。
- 「二分説(機会提供型・犯意誘発型)は判例が採用した」は誤り。最決平16・7・12は「機会があれば犯罪を行う意思のある者」という表現を使っているが、判例が明示的に二分説を採用したわけではない。二分説は学説の整理であり、有力説は「型で分けず必要性・相当性で判断すべき」と批判する。
- 「違法なおとりの効果は公訴棄却で決まり」は誤り。効果は学説が割れており、違法収集証拠排除説が有力。
- 「泳がせ捜査=おとり捜査の一種」は誤り。泳がせは既存の犯罪を監視するだけで犯意に働きかけない点が決定的に異なる。
図:短答ひっかけ3点の整理。
📝 論文の型|おとり捜査の適法性 〔論文〕
- 【コア規範】おとり捜査とは、捜査機関等が身分・意図を秘して犯罪の実行を働き掛け、相手方が応じて実行に出たところで検挙するもの(最決平16・7・12)。犯罪を実行するか否かは相手方の自由な意思に委ねられ意思を制圧しないから、任意捜査(197条1項)である。もっとも無制限でなく、直接の被害者がいない薬物犯罪等で通常の捜査方法では摘発が困難な場合に、機会があれば犯罪を行う意思のある者を対象とする機会提供型は適法、犯意誘発型は違法と解する。
- 【復元キー】①定義(平16)②性質=相手の自由意思=意思を制圧しない→任意捜査(197①)③限界=必要性・相当性 ④許容要件=被害者なし+摘発困難+犯意ある者(機会提供型)⑤犯意誘発型は違法。
答案の流れ(4段構成)
図:論文答案の規範カード(4段の構成を逐語で確認)。
- おとり捜査にあたるか——定義(平16)に当てはめる
- 法的性質——本人の意思で実行=任意捜査、197条1項
- 適法か——任意捜査の限界で切る。判例の3要素=機会提供型かを検討する
- 違法なら効果——排除が有力、と触れる
図:事例へのあてはめの型。被告人に元からの犯意があれば機会提供型→適法と結論。
逐語暗記は太字のキーワードだけです。あとは趣旨から復元します。被告人に元からの犯意(密売の前歴等)があれば機会提供型、警察が一から犯意を作り出したなら犯意誘発型と評価して、結論を導きます。
今日の地図(保存版)
図:おとり捜査の全体地図(保存版)。
覚えるポイント — この回の核心
- おとり捜査は、実行を決めるのが本人=任意捜査(197条1項)。令状不要。
- 適否の決め手は「犯意の出どころ」——本人なら機会提供型で適法、警察なら犯意誘発型で違法。
- 最決平16・7・12の許容要件は3点:直接の被害者がいない薬物犯罪等 + 通常捜査では摘発困難 + 機会があれば犯罪を行う意思がある者(機会提供型)。
- 違法なら効果は学説対立。証拠排除説が有力(裁判を止めずに証拠を外す)。
- 泳がせ捜査との違い=犯意に働きかけるか否か(おとり=踏み込む、泳がせ=監視のみ)。
- 捜査の二本柱:強制の極端がGPS、任意の限界がおとり。
次回は #18「強制採尿(身体への侵入・令状の種類)」。身体という最も重い侵害をどこまで許すか——令状の種類の選び方と連行の許否を扱います。
参照条文
- 刑事訴訟法197条1項(捜査の方法)