刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#34

別件逮捕・勾留①拘束そのものは適法か

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別件逮捕・勾留とは何か

重い罪の証拠が足りないとき、同じ人物の軽い罪で逮捕して、その間に重い罪のことを聞いてよいか。この捜査手法を整理します。

  • 別件逮捕・勾留:本当に調べたい事件の証拠が足りないときに、証拠の揃っている別の事件で逮捕・勾留し、その拘束期間を使って、本当に調べたい事件を取り調べる捜査手法です。
呼び方何を指すか別の呼び方
別件拘束の名目になっている事件(証拠が揃っている軽い罪)本罪
本件実際に調べたい事件(証拠が足りない重い罪)余罪
  • 覚え方:別件=拘束の名目、本件=実際に調べたい事件。この対応だけで足ります。

(1) 3段の検討順序

別件逮捕・勾留は、1つの手法でも、3つの段に分けて検討します。

問い
1段目別件での第一次逮捕・勾留そのものが適法か(この回の範囲)
2段目その拘束の間に、本件を取り調べることがどこまで許されるか(余罪取調べの限界
3段目その先で、本件について第二次逮捕・勾留ができるか
  • なぜ分けるのか:拘束の違法、取調べの違法、次の拘束の違法は、それぞれ別の理由で問題になるからです。
    • 1段目が適法でも、2段目の取調べが行き過ぎれば、そこだけが違法になり得ます。
    • 逆に、1段目が違法なら、その先を論じる前提が崩れます。

(2) 答えの形

  • 別件そのものに理由・必要性が無い場合:それだけで違法です。
  • 本当に問題になる場合:別件の理由・必要性はあるのに、拘束の中身が本件の取調べにすり替わっている場合です。ここで考え方が分かれます。

モデル事案(甲と乙)

学説を当てはめるための事案です。本件は1つ、別件は2つあります。

  • 本件(V社倉庫放火事件):V社の倉庫が放火されました。保険金目的の疑いもあります。
    • ただ、放火そのもので甲や乙を逮捕できるだけの証拠は、まだありません。
何者か倉庫の管理を任されていた従業員甲の知人で、倉庫に出入りしていた人物
別件無免許運転現行犯逮捕置き引きの疑いで緊急逮捕
別件の事情無免許運転で過去2回検挙されている。出頭要請にも応じない生活被害額は約2000円、証拠は目撃証言だけ。定まった住居と職業があり、任意出頭にも応じる姿勢

別件基準説(審査を受けた事実だけを見る)

第一次逮捕・勾留の適法性について、実務で多数を占める考え方です。

  • 別件基準説:「別件」自体に逮捕・勾留の理由と必要性があれば、それだけで第一次逮捕・勾留は適法と考えます。
    • 逮捕・勾留の理由と必要性:逮捕・勾留の要件です。罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、身柄を拘束する必要もあるかを見ます。
  • 見ないもの:拘束が本件を調べるために使われている、という事情は見ません。
  • 理由:裁判官が令状を出す前に現実に審査したのは、別件だけです。その審査に問題が無ければ足りる、という発想です。

(1) 甲と乙に当てはめる

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件自体の事情過去2回の検挙・出頭要請に応じないことから、逃亡・罪証隠滅のおそれも認められそう定住・職業があり、任意出頭にも応じる。逃亡・罪証隠滅のおそれは弱い
理由・必要性十分にある理由はあっても、必要性がそもそも欠けている可能性が高い
この説では適法違法の可能性が高い
  • 乙のような事案:別件自体の理由・必要性が無ければ、どの説から見ても違法です。
    • わざわざ「別件逮捕・勾留」として論じる必要すらありません。ただの、逮捕・勾留の要件を欠く事案です。
  • 学説が対立するのは甲の型:別件自体は適法に見える場合です。以下の学説は、甲のような事案を想定しています。

事件単位の原則との緊張関係

次の本件基準説の前提になるルールを確認します。

  • 事件単位の原則:逮捕・勾留の効力は、令状に書かれたその被疑事実にしか及ばない、というルールです。
  • 甲に当てはめると:甲の令状に書かれているのは、無免許運転だけです。放火について、裁判官の審査は及んでいません
  • 生まれる緊張関係:その拘束を使って放火を聞くこと自体が、本来なら許されない範囲に踏み込みかねません。

本件基準説(利用する意図を見る)

別件基準説とは違い、学説の多くが取る考え方です。

  • 本件基準説:「別件」に理由・必要性があっても、捜査機関がこれを「本件」の捜査に利用する意図がある場合には、違法と考えます。
    • この定式には、「専ら」という限定語はありません(第6節の最高裁の言い回しと区別します)。
  • 甲に当てはめると:捜査機関が、無免許運転の拘束を放火の捜査に利用する意図を持っていたと認められれば、違法になります。

(1) 根拠は2つの潜脱

  • 潜脱:ルールを実質的にすり抜けることです。
根拠中身
①令状審査の潜脱拘束の効力は別件にしか及ばず、本件は誰の司法審査も受けていない。実質は本件で拘束しているのに、審査は別件にしか及んでいない。これでは令状主義が骨抜きになる
②身体拘束期間の潜脱本件については、203条以下の厳格な期間制限が及ばないまま、拘束が続いてしまう
  • 発想:別件という名目を借りると、事件単位の原則と期間制限の両方をすり抜けられます。だから、見た目の審査対象だけでなく、実際の利用の目的まで見ます。

(2) 批判(「意図」はどう見抜くのか)

  • 意図は頭の中にある:「利用する意図」は、捜査機関の頭の中にあることです。裁判官が見抜くのは容易ではありません。
  • もう1つの弱点:客観的には理由・必要性が十分な逮捕・勾留を、証明しにくい主観だけで違法にしてよいのか。その根拠が明らかではありません。
  • 実務での対応:余罪の取調べに費やした時間の割合や、別件の取調べを打ち切った時期など、客観的な事情から意図を推知する(推し量る)ほかない、と説明されます。
    • 結局、客観的な事情を見ることになります。この客観的な事情を、意図の推知としてではなく正面に据えるのが、第7節の実体喪失説です。

最高裁の決定は2段階で判断した

学説の対立図式を、実際の事件にそのまま当てはめてよいかを確かめます。別件逮捕・勾留が問題になった最高裁判所の決定です。

(1) 事案

順番出来事
別件で逮捕・勾留窃盗・暴行・恐喝未遂の被疑事実(別件)で、逮捕・勾留された
勾留中に本件も取調べ強盗強姦・強盗殺人・死体遺棄という重大な被疑事実(本件)についても、取調べが行われた
本件で第二次逮捕・勾留別件の勾留期間が満了したあと、本件について第二次逮捕・勾留がされた

(2) 2段階の判断

  • ①別件自体の理由・必要性の確認:第一次逮捕・勾留の基礎になった被疑事実に、逮捕・勾留の理由と必要性があったことは明らかだ、としました。
    • ここは、別件基準説が見る点と同じです。
  • ②密接な関連性ゆえの評価:別件の恐喝未遂と本件は、社会的事実として一連の密接な関連がありました。
    • 事件当時の被告人の行動状況は、恐喝未遂を調べるためにも、どのみち聞かなければならない内容でした。
    • だから、その取調べは別件について当然しなければならない取調べであり、専ら本件のための取調べではない、と評価しました。
  • 結論:第一次逮捕・勾留は、別件に名を借りて本件の取調べと同じ効果を狙ったもの、とはいえない、としました。
  • 「専ら」に注意:最高裁の言い回しには「専ら」がありますが、本件基準説の定式にはありません。判例の言い回しと学説の定式は、別物として扱います。
  • 位置づけ:最高裁は、別件基準説・本件基準説のどちらも名乗っていません。独自の2段階審査です。

別件逮捕・勾留中の本件取調べ最高裁判所決定別件自体の理由・必要性第一次逮捕・勾留は、その基礎となつた被疑事実について逮捕・勾留の理由と必要性があつたことは明らかである。密接な関連性と取調べの評価そして、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃つていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない。

実体喪失説(客観的な取調べ状況から見る)

実務でも有力な、もう1つの考え方です。拘束が始まったあとの、実際の捜査の中身を見ます。

  • 出発点(勾留期間の趣旨):勾留期間の定めは、被疑者の身柄を不必要に長く拘束しないための期間制限です。
    • だから勾留期間は、その間に別件について適正な捜査を行うための期間だ、と理解します。
  • 核心:第一次勾留期間中の、余罪の取調べを含む客観的な捜査状況から、拘束の中身が別件の勾留としての実体を失っていたと評価できる場合があります。

(1) 5つの考慮要素

次の5つを総合して考慮します。

  1. 捜査機関の意図
  2. 本罪と余罪、それぞれの取調べの程度
  3. 余罪と本罪の関係(法定刑の軽重、密接な関連性の有無)
  4. 取調べの態様や供述の自発性
  5. 捜査全般の進行状況
  • ①の意図の扱い:この説では、意図は中心の判断材料ではありません。他の客観的な事情と合わせて考慮する、5つのうちの1つにとどまります。
    • 意図の有無で違法かどうかを決める本件基準説とは、ここが違います。

(2) 違法になる範囲

  • 時点から先だけ:実体を喪失したと認められる時点から先だけが違法になります。勾留の全部が違法になるわけではありません。
  • なぜ全部ではないのか:勾留に入った最初の時点では、まだ別件として適正に運用されていたはずだからです。
    • 途中でその実体が崩れたので、崩れた時点を境に評価が分かれます。

(3) 甲に当てはめる

時期取調べの状況
3日目余罪の有無を聞かれて、言い淀んだ
4日目〜9日目(6日間)無免許運転の取調べは1日15分程度。放火の取調べは連日2〜3時間、集中的に行われた
  • 評価:この6日間について、無免許運転の勾留としての実体を失っていたと評価できる可能性があります。
    • 名目は無免許運転でも、中身が放火の取調べにすり替わった時点から先は、違法になり得ます。

(4) 違法と評価されたあとの4つの手当て

違法な拘束に対しては、手続の段階に応じて、次の4つの手当てがあります。

手当てどんなときに・何をするか
①勾留の取消し第一次勾留がまだ続いているなら、勾留を取り消して釈放する
②延長を認めない勾留の延長の前なら、延長を認めずに釈放する
③第二次逮捕・勾留の請求を却下この先、本件で逮捕・勾留が請求されても、それを却下する
④自白調書の証拠能力を否定起訴されたあとの裁判で、自白調書を証拠として使えないとする
  • ①の根拠(87条):勾留の理由や必要がなくなったとき、勾留を取り消さなければならない、という条文です。
  • 被疑者の勾留での使い方:87条の主語は「裁判所」、対象は「被告人」です。被疑者の勾留では、207条1項の授権で87条を読み替えて使います。
    • 207条1項:勾留の請求を受けた裁判官に、その処分について、裁判所や裁判長と同じ権限を与える規定です(保釈は除く)。
    • そのため、被疑者を勾留した裁判官が、87条に従って勾留を取り消せます。

87条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

新しい本件基準説・新しい別件基準説

実体喪失の考え方は、本件基準説と別件基準説の両方の側から取り込まれています。

新しい本件基準説新しい別件基準説
起点本件基準説の立場から、実体喪失を取り込む別件基準説の立場から、実体喪失を取り込む
勾留期間の理解起訴前の勾留期間は、逃亡・罪証隠滅を防いだ状態で、拘束の理由になった被疑事実について、起訴するかどうかを決めるために捜査する期間別件の勾留は、別件について適正に捜査するために、身柄を押さえておく期間
何が違法になるかその必要性を欠く取調べは、本件目的の勾留として違法余罪取調べが違法になるだけでなく、実体喪失で別件の理由・必要性そのものが失われ勾留自体が違法
裁判例東京地方裁判所の決定が採ったとされる立場
  • 新しい別件基準説の理屈:実際には別件の捜査はほとんど進まず、拘束は本件の取調べに使われている。そうなると、別件のために拘束を続ける根拠は、もう残っていません。
    • 87条が「勾留の理由や必要がなくなったら取り消す」と定めているのと同じ筋です(被疑者の勾留では、207条1項の授権で読み替えて使います)。
  • 共通点:起点は本件か別件かで違いますが、どちらも実体喪失という考え方に合流します。
    • 実体を喪失した拘束を違法とする、という結論の方向は同じで、大差は無いとされています。

3つの学説を並べる

第一次逮捕・勾留の適法性についての3つの学説を、判断の対象・時点・弱点で比べます。

別件基準説本件基準説実体喪失説
判断対象別件自体の理由・必要性捜査機関の利用する意図客観的な取調べ状況
判断時点逮捕・勾留の時点逮捕・勾留の時点事後的
弱点本件目的で利用されていても、すり抜けを見逃す意図の証明が難しい違法になる時点の特定が、事案ごとに難しい
  • 最高裁の決定との関係:どの学説にも、きれいには収まりません。
    • 別件自体の理由・必要性を見る点は、別件基準説と同じです。
    • そのあとに密接な関連性ゆえの評価を加えている点は、どの学説とも完全には一致しません。
    • 学説のどちらかを名乗るものではなく、独自の2段階審査と理解するのが安全です。

甲と乙のあてはめ

モデル事案の2人に、3つの学説を当てはめます。

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件基準説無免許運転の理由・必要性が十分 → 適法置き引き自体の必要性が薄い → 入口で理由・必要性を欠く可能性
本件基準説放火の捜査へ利用する意図が認められれば → 違法別件基準説の入口で決着する。別件逮捕・勾留として論じる必要が無い
実体喪失説4〜9日目の6日間(無免許運転1日15分程度、放火は連日2〜3時間)→ この期間について実体を喪失していた可能性放火の取調べを一切していない → 検討する場面自体が生じない
  • 見えてくること:別件逮捕・勾留が本当に問題になるのは、別件自体は一見適法に見えて、しかも本件の取調べに時間が偏っている、甲のような場合です。

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