黙秘権の範囲と効果
問い:黙秘権は誰の、どこまでの権利で、使うとどうなるか。
骨組み
- 1自己負罪拒否特権():何人も(証人も)持つ。拒めるのは不利益な供述だけ。証人尋問では(を証人について具体化)。参考人の取調べは別=出頭も供述も拒める
- 2黙秘権(・):被疑者・被告人は、利益不利益を問わず一切の事柄について沈黙できる(拒める事項に限定なし)
- 3保障の理由(解説書):人格の尊厳/虚偽自白の防止/証明責任が検察側にあること/自己情報のコントロール、の4つの説明
- 4氏名(解説書/昭32):刑訴法の黙秘権の対象にはなる(解説書)。しかしでは原則として不利益な事項に当たらない+開示が強要された証跡もない → 氏名を伏せた弁護人選任届を却下してもに違反しない(昭32)
- 5氏名の例外(解説書の著者の見方):犯人との同一性/前科が分かり累犯加重・常習犯が成立/共犯者の存在 → 不利益な事項に当たり、黙秘の対象になりうる
- 6供述以外の証拠(通説・平9):指紋・血液・写真撮影・呼気検査には及ばない → 呼気検査の拒否を処罰しても合憲
- 7刑事手続以外の手続(昭47 川崎民商):実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶ。税務の帳簿検査は当たらない → 合憲
- 8報告・届出の義務(昭37・平16):解説書のまとめ=判例はおおむね、義務に必要性・合理性があり、範囲に刑事責任を問われるおそれのある事項まで含まれない → 合憲。平16は、犯罪行為を構成する事項の供述までは強制しないとしたうえで、医師は自分の罪責を問われるおそれがあっても届出義務を負う(医師免許に付随する負担)
- 9不利益事実推認の禁止(解説書・札幌高判平14):黙秘した事実それ自体から不利益な事実を推認することは原則として許されない(解説書)。犯罪事実の認定では、黙秘の態度をどの段階・どの状況でも不利益に考慮できない(札幌高判平14)。行使への制裁も許されない(講義解説)
- 10遮断効(学説):行使で取調べの継続を禁じる、という主張。捜査実務は逮捕・勾留中の被疑者に遮断効を観念しない/公判で延々と質問=「黙秘権の行使を危うくする」(札幌高判平14)
色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。最高裁は判例、高裁は裁判例と呼ぶ。条文番号は押すと条文(道路交通法・医師法・所得税法は文字のまま)、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。
3段で覚える。誰の権利か(1・2)→ どこまで及ぶか(4〜8)→ 使うとどうなるか(9・10)。4〜8は、が守るのは「刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないこと」という1つの言葉から出てくる。
1自己負罪拒否特権(・)条文解説書
- :何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
- 判例は、その法意を「何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したもの」と読む(昭32。項目4)。これを自己負罪拒否特権と呼ぶ。
- 主語は「何人も」→ 被疑者・被告人に限らず、証人にも及ぶ。
- 証人について:=何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。解説書はを、を証人について具体化したものとして扱う。昭37判決の補足意見も、はの趣旨に則ったもの、と書く。
- 参考人の取調べは証人尋問と違う:被疑者以外の者の取調べ()では、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる(がただし書を準用)。供述も拒める(は、取調べに対して「出頭又は供述を拒んだ場合」を予定している)。
- 拒まれたとき、捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者なら、検察官は第1回の公判期日前に限り、裁判官に証人尋問を請求できる()。その尋問では証言の義務があり、自分のことを理由に拒めるのはの範囲(自分が訴追・有罪判決を受けるおそれのある証言)に限られる(近親者・業務上の秘密は・に別の定め。で裁判官は裁判所と同じ権限を持つ)。
- 証言を拒む者は、拒む事由を示さなければならない(刑事訴訟規則122条1項)。被告人が理由を示さずに黙っていられる(項目2)のと逆。
警察に呼ばれた目撃者は、出頭を断れ、来ても話したくないことは話さなくてよい。裁判官の証人尋問に呼ばれたら、見たことには答える義務があり、自分のことを理由に拒めるのは「あなたも加担したのでは」のような、自分が罪に問われかねない事柄だけ(拒むなら、その事由を示す)。
出題証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒むに当たり、その事由を示す必要はない(×)
- 「参考人は、捜査機関の取調べにおいて、自己に不利益な事項以外の供述を拒むことができない」(取調べでは出頭も供述も拒める。の範囲に狭まるのは証人尋問)
- 「自己負罪拒否特権は、被疑者・被告人だけの権利で、証人には及ばない」(主語は「何人も」)
- 「証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒むとき、その事由を示す必要はない」(刑事訴訟規則122条1項=示さなければならない)
2被疑者・被告人の黙秘権(・)条文解説書
- :取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
- :被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。
- 解説書は、とを並べて根拠にし、被疑者・被告人は利益不利益を問わず一切の事柄について包括的に沈黙できる、とする=黙秘権(供述拒否権)。被疑者の黙秘権もという条文に根拠がある。
- 黙秘権は、の自己負罪拒否特権を、被疑者・被告人の防御のために法律で拡げたもの(解説書)。
- 被告人は、供述を拒むとき、その理由を明らかにする必要はない(予備R2-21-エ が正しい肢)。
| 自己負罪拒否特権 | 黙秘権 | |
|---|---|---|
| 条文 | (証人は) | ・ |
| 誰が | 何人も(証人も) | 被疑者・被告人 |
| 拒める範囲 | 刑事上の責任を問われるおそれのある不利益な事項だけ | 利益不利益を問わず一切の事柄 |
法廷の目撃証人は「その夜、何を見たか」に答えなければならない。被告人は「その夜、どこにいたか」というアリバイの質問にも、答えずに黙っていられる。
出題刑訴法上、取調べで被疑者が供述を拒むことができる事項に限定はない(○)
出題被告人は、供述を拒む場合に、その理由を明らかにする必要はない(○)
- 「取調べで被疑者が供述を拒めるのは、自己に不利益な事項に限られる」(は「自己の意思に反して」で、不利益な事項に限っていない)
- 「被告人が個々の質問に対して供述を拒むには、その理由を明らかにしなければならない」
3なぜ黙秘権を保障するか解説書
- 解説書は、保障の理由には「議論がある」として4つの説明を並べる。どれが通説とは書いていない。
- 供述の強制は個人の人格の尊厳を傷つける(裁判例の説示として紹介。大阪高判昭40・8・26=判決の全文は裁判所サイトに無く、解説書の紹介による)
- 供述の強制は虚偽の自白を誘発する
- 犯罪事実の証明責任が検察側にあることの裏返し
- 被疑者・被告人が自分の情報をコントロールする権利(プライバシー)を、刑事手続で特に保障した
4氏名は黙っていられるか(最大判昭32・2・20)判例
- 2段に分ける。刑訴法の黙秘権は一切の事柄が対象=氏名も黙秘の対象で、黙っていること自体は許される(解説書)。他方、昭32判決が判断したのはのほう。判決の筋は、①氏名は原則として不利益な事項でない、②本件は届が却下されて選任の必要から名乗ったにとどまり、開示が強要された証跡はない、の2本(届が不適法とされた根拠の条文は判決に書かれていない)。
- 会社の人員整理に反対する集団の中で、新聞記者・警察職員に暴行を加え傷害したとして起訴(判決の言及は「暴行罪、傷害罪等」)
- 被告人らは氏名を明かさず、監房番号の自署・拇印などで自分を示し、弁護人が署名押印した弁護人選任届を出す
- 選任届は不適法として却下 → 国選弁護人が選任される
- 被告人らは氏名を明かして、私選弁護人の選任を届け出る
- その法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは、この制度発達の沿革に徴して明らかである。
- されば、氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。
- そして、本件では、論旨主張にかかる事実関係によつてもただその氏名を黙秘してなされた弁護人選任届が却下せられたためその選任の必要上その氏名を開示するに至つたというに止まり、その開示が強要されたものであることを認むべき証跡は記録上存在しない。
- 理由は2本立て:①氏名は原則として不利益な事項でない ②本件で開示が強要された証跡はない → 違反なし。「開示を強要しても合憲」とまでは言っていない。
- 弁護人依頼権()も違反なし:私選弁護人の立会いのもとで審理が行われ(被告人の1人は第1回公判期日が国選弁護人の立会いで、第2回以降が私選弁護人)、被告人の一部がした却下決定への特別抗告も取り下げられた=弁護権の行使を妨げられたとは認められない。
- 解説書:氏名を言うことが、すぐに刑事責任にかかわる供述になることは通常ない。
出題氏名を明らかにせず居室番号の自署・拇印等で自己を表示した選任届も、氏名を開示する義務はないので、不適法として却下されることはない(×)
- 「被告人には氏名を開示する義務はないので、氏名を書かず居室番号の自署・拇印等で自己を表示した弁護人選任届も、不適法として却下されることはない」(予備R4-18-イ)=判例は、却下してもに違反しないとした
- 「氏名は、刑事訴訟法の黙秘権の対象にならない」(刑訴法の黙秘権は一切の事柄が対象。原則として不利益な事項でないとされたのはのほう)
- 「判例は、氏名の開示を強要してもに違反しないとした」(開示が強要された証跡はない、とも述べた)
5氏名が不利益な事項になりうる場合解説書
- 解説書の著者の見方(「黙秘の対象となりうるだろう」):氏名を明らかにすることで、①犯人との同一性が認められる場合 ②前科が判明して累犯加重・常習犯が成立する場合 ③共犯者の存在が明らかになる場合。
- 判例が示した例外ではない(昭32判決の全文に、前科・累犯・同一性・共犯の語は出ない)。
- ②は一続き:前科が分かるだけではなく、それで累犯加重・常習犯の成立につながる場合。どれも、名乗ることが罪や刑の重さの手がかりに直結する場面。
現場に残った配送伝票の宛名と被告人の名前が同じなら、名乗ることが犯人と結びつく材料になる → 黙秘の対象になりうる。名乗ると同種の罪の前科が分かり累犯加重の対象になる人も同じ。
- 「氏名を名乗ると前科が分かる場合は、それだけで常に不利益な事項に当たる」(著者の見方は、前科が判明して累犯加重・常習犯が成立する場合)
- 「昭32判決は、前科・共犯者が明らかになる場合を例外として示した」(例外は解説書の著者の見方)
6供述以外の証拠(最判平9・1・30)学説判例
- 解説書:黙秘権は自己負罪拒否特権に由来する → 供述以外の物的・非供述証拠(指紋・血液の採取・身体検査・写真撮影など)には及ばない=通説。
- 事案:道路交通法の呼気検査(判決当時67条2項・現行67条3項)を拒んだ者を処罰する規定(判決当時120条1項11号)がに違反するか。
- 右検査は、酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法三八条一項に違反するものではない。
- 判決は、昭32判決と昭47判決(項目7)の趣旨に徴して明らか、とする。
- 体から取る証拠の歯止めは、黙秘権ではなく令状のルール:身体の検査は身体検査令状による(後段)。身体の拘束を受けている被疑者の指紋・足型の採取、写真撮影などは、裸にしない限り令状は要らない()。
同じ検問でも、「何杯飲みましたか」と聞いて答えさせるのは、言葉による申告を求めるもの=供述の側(判例がこの場面を判断したのではなく、「供述を得ようとするものではない」という理由づけからの当てはめ)。
出題呼気検査は供述を得ようとするものではないから、拒んだ者を処罰する道交法の規定はに違反しない(○)
- 「呼気検査の拒否を処罰するのは、自己に不利益な供述の強要に当たり、に違反する」
- 「逮捕された被疑者が指紋の採取を拒むのは、黙秘権の行使として許される」(供述以外の証拠には及ばない。歯止めは令状のルール)
7刑事手続以外の手続(最大判昭47・11・22 川崎民商事件)判例
- 事案:所得税の過少申告の疑いで、税務署職員が売上帳・仕入帳などの呈示を求めたのを拒み、旧所得税法70条10号・63条違反で処罰された。
- 右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。
- 同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存すること
… - 結論:検査・質問の規定はにいう「自己に不利益な供述」を強要するものではない → 合憲。
- あわせて、・は刑事手続の規定で直ちに行政手続に適用されない、とした原判断は解釈の誤りと述べた(違憲でないという結論は正当)。(言い換えると、及ぶかどうかは手続の名前ではなく働きで決まる。)
- 「は刑事手続の規定なので、行政手続には及ばない」(判例は原判断のこの解釈を誤りとした)
- 「川崎民商事件で、最高裁は帳簿検査を拒んだ者を処罰する規定を違憲とした」(合憲)
8報告・届出の義務(最大判昭37・5・2・最判平16・4・13)判例
- 昭37(交通事故の報告義務):事故を起こした運転者が警察官に報告せず、指示も受けなかったとして処罰された(道路交通取締法施行令67条2項)。報告義務は交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定とした上で:
- 同条二項掲記の「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等、交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。
- 刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは、解せられない。
- → 報告を命じても、にいう自己に不利益な供述の強要に当たらない。
- 平16(医師法21条の異状死体の届出義務):届出義務は犯罪捜査の端緒を得やすくし、社会防衛を図る役割も担う行政手続上の義務で、公益上の必要性は高い。
- 本件届出義務は,医師が,死体を検案して死因等に異状があると認めたときは,そのことを警察署に届け出るものであって,これにより,届出人と死体とのかかわり等,犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない。
- 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,本件届出義務を負うとすることは,憲法38条1項に違反するものではないと解するのが相当である。
- 平16の理由:届出義務の性質・内容・程度、医師免許に伴う社会的責務、公益上の高度の必要性 → 自己の犯罪が発覚する端緒を与えうる一定の不利益があっても、医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容される。
- 解説書のまとめ:判例はおおむね、届出・報告義務に必要性・合理性があること、届出・報告の範囲に自分が刑事責任を問われるおそれのある事項まで含まれないこと、を理由に違反しないとしてきた。
| 判決 | 義務 | 理由の軸 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 昭37・5・2 | 交通事故の報告 | 必要かつ合理的/報告するのは事故の態様だけ(原因は含まない) | 合憲 |
| 昭47・11・22 | 税務の帳簿検査 | 及ぶ手続の基準を立てた/本件の検査は当たらない・公益上の必要性と合理性 | 合憲 |
| 平16・4・13 | 医師の異状死体の届出 | 公益上の必要性が高い/犯罪行為を構成する事項の供述までは強制しない/医師免許に付随する負担 | 合憲 |
手術後に患者が亡くなり、執刀医が自分のミスを疑われうる場合でも、死体を検案して異状を認めたら警察署に届け出る義務がある。届けるのは異状があることで、自分と死体のかかわりなど犯罪を構成する事項まで話す必要はない。
- 「医師は、自己が業務上過失致死の罪責を問われるおそれがある場合には、異状死体の届出義務を負わない」(おそれがある場合にも負う)
- 「交通事故の報告義務には、事故の原因など刑事責任を問われるおそれのある事項も含まれる」(事故の態様に関する事項だけ)
9黙秘したことを不利益に扱えるか解説書裁判例
- 黙秘権を行使したこと自体に、制裁を科すことは許されない(講義解説)。
- 解説書:黙秘した事実それ自体から、裁判所が被告人に不利益な事実を推認することは、原則として許されない(不利益事実推認の禁止。現行法の解釈として)。理由=①黙秘の動機はさまざまで、推認に合理性がない ②許すと供述の強要につながり、黙秘権の保障を掘り崩す。
- 札幌高判平14・3・19(殺人被告事件):黙秘・供述拒否の態度を1個の情況証拠として扱うことは、黙秘権・供述拒否権が与えられている趣旨を実質的に没却する。
- その黙秘の態度をもって犯罪事実の認定において被告人に不利益に考慮することは,それがいかなる段階のものであっても,またいかなる状況下のものであっても許されない
- 被告人が事実関係について一切黙秘し何の説明も弁明もしなかったため,検察官側の立証により形成された被告人に不利な心証を崩すことができず,それが事実上被告人に不利益に働いてしまうということがあることは否定できない。
- 被告人の黙秘の態度を情況証拠として取り扱うこととは次元を異にする問題である。
- 量刑:講義解説は、量刑で不利益に考慮できる場合があるとする。解説書は量刑に触れず、札幌高判の判示も「犯罪事実の認定において」に限る=量刑の扱いは別の議論。
殺意が争われる事件で、被告人が検察官の質問に一つも答えなかったことを「殺意を隠しているから」と殺意の認定の材料にすることはできない。ただ、検察官の証拠で有罪の心証ができているのに何も説明しなければ、その心証が崩れないまま判決に至ることはある(黙秘を証拠に使うこととは別の話)。
- 「被告人が捜査・公判を通じて黙秘を続けたことは、殺意を推認させる1個の情況証拠にできる」
- 「黙秘したため検察官の立証による不利な心証が崩れないことも、黙秘を不利益に扱うことになるので許されない」(裁判例は、情況証拠として扱うこととは次元が違うとした)
10黙秘権を行使した後も取調べは続くか(遮断効)学説裁判例
- 実情(解説書):黙秘権が行使されても、直ちに取調べをやめることは稀で、供述するよう説得を続けることが多い。
- 学説:黙秘権の行使は、取調べの継続を禁じる効果を生む=遮断効を主張するものがある。その説得が黙秘権の保障を危うくする、という問題意識による。
- 捜査実務は、逮捕・勾留中の被疑者に取調べ受忍義務(出頭・滞留の義務)を肯定している → 捜査実務では、逮捕・勾留中の被疑者について遮断効は観念されていない(解説書)。取調室に出頭し留まる義務がある以上、取調べを続けられる、という筋。この範囲の解説書は捜査実務の肯定だけを書いて19講5へ送る。受忍義務そのものは、実務=肯定/学説=否定が通説、の対立(解説書・論点理解編19講5)。
- 公判(札幌高判平14・3・19):検察官が被告人質問で約400回質問し、被告人はことごとく黙秘。弁護人は、被告人に黙秘権を行使する意思があるとして被告人質問の実施に反対していた。
- もとより,そのような状況の下であっても,被告人質問を実施すること自体を不当ということはできないけれども,実際に被告人質問を実施してみて被告人が明確に黙秘権を行使する意思を示しているにもかかわらず,延々と質問を続けるなどということはそれ自体被告人の黙秘権の行使を危うくするものであり疑問を感じざるを得ない。
- 違法と判断したのではなく「疑問」の説示。判決は、検察官の狙いは黙秘の態度を不利益な事実認定に使うことにあったと見て、そのような扱いはできないとした(項目9)。
| 場面 | 立場 | 中身 |
|---|---|---|
| 被疑者の取調べ | 学説の一部 | 遮断効=行使で取調べの継続を禁じる |
| 逮捕・勾留中の被疑者の取調べ | 捜査実務 | 受忍義務を肯定 → 遮断効は観念しない |
| 公判の被告人質問 | 札幌高判平14 | 実施自体は不当でない/明確な黙秘の意思に延々と質問=黙秘権の行使を危うくし疑問 |
- 「捜査実務では、被疑者が黙秘権を行使すれば、直ちに取調べを打ち切る」(説得を続けることが多い)
- 「札幌高判平14は、黙秘の意思を示した被告人への質問の継続を違法とした」(「疑問を感じざるを得ない」という説示)
- 「被告人に黙秘権を行使する意思があるときは、被告人質問を実施すること自体が不当である」(実施自体は不当ではない)