刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#16

任意取調べの限界

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骨格実質的逮捕ではない取調べは、何で違法になるか

  • 1 2つの関門:①実質的逮捕か(前回の6つの事情)→ ②任意捜査として相当か。この回の2つの最高裁決定は、どちらも任意捜査と認めたうえで相当性を判断した(①②の2段に分けるのは解説書の整理)。
  • 2 ②の物差し:昭59決定=事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案し、「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」で許される。
    • 天秤で読むのは比例原則説の一つの立場(解説書):左=心身の苦痛・疲労からの自由(方法・応答状況)/右=重大性・嫌疑・取調べの重要性・緊急性。
  • 3 高輪(4泊5日):「必ずしも妥当とはいい難い」が、本人が応じていた・速やかに弁解を聴く必要があった → 違法とまでは断じ難い。2名の意見は違法とした(上告棄却には加わる)。
  • 4 神奈川(約22時間・徹夜):長時間は「特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく」→ 特殊な事情と事案の性質・重大性から、逸脱とまでは断じられない。1名の反対意見は違法。
  • 5 9泊10日(東京高判):事実上の身柄拘束に近く、少なくとも3日目以降の宿泊は本人が望んだものではない → 違法。並べると、日数より方法と応じ方の中身で評価が動くと読める。
  • 6 犯罪捜査規範168条3項:深夜・1日8時間超の被疑者の取調べは、本部長・署長の承認。内部規律なので、違反だけでは違法にならない。
  • 7 違法と自白は別の問い:平元(神奈川の決定)=任意性に疑いを生じさせる取調べなら違法とし自白を排除する、という枠組み(本件は疑いなし)/東京高判=違法が重大として自白を排除。
  • 8 答案:実質的逮捕か → 任意捜査として相当か → 自白の証拠能力。

⚠ 本人が同意していれば適法、ではない/高輪の2名は「意見」で、反対意見ではない/168条3項違反=違法、ではない/天秤は判旨の言葉ではない

2つの関門:実質的逮捕か、相当か

実質的逮捕ではないと決まっても、それで適法とは決まりません。任意捜査として相当かという、2つ目の関門があります。

関門①関門②
問い実質的逮捕ではないか任意捜査として相当か
物差し6つの客観的事情と一般人基準社会通念上相当か(比例原則の天秤で読むのが一つの立場)
通らなければ令状のない違法な逮捕任意捜査の限界を越えた違法な取調べ
  • 前提:強制処分と任意捜査:逮捕・捜索のような強制の処分は、刑訴法に特別の定めがある場合にしかできません(197条1項ただし書)。逮捕には原則として裁判官の令状も要ります(憲法33条)。強制の処分に当たらない捜査が任意捜査で(相手が協力している場面に限りません)。任意同行後の取調べも、実質的逮捕に当たらなければ、198条に基づく任意捜査です。
  • 関門①:任意同行・任意取調べの形でも、中身が逮捕と同じなら、令状のない逮捕として違法です。前回の道具をそのまま使います。
    • 6つの客観的事情:①同行を求めた時間・場所 ②同行の方法・態様 ③取調べの時間・監視状況 ④逮捕の準備状況 ⑤同行拒否・退去希望の有無・内容 ⑥対象者の属性。
    • 一般人基準:6つを総合し、一般人の立場から見て、本人が抵抗なく同行に応じていたと認められる状況かを見ます。
    • 例:本人が帰りたいと申し出たのに引き止め、監視をつけて深夜まで取調べを続けた → 6つの事情を総合して実質的逮捕とされれば、令状のない逮捕として違法です。天秤を持ち出す前に答えが出ます。
    • 監視や宿泊があっても、それだけで関門①に当たるとは限りません。高輪の事件では、多数意見は任意捜査と認め、2名の意見も実質的逮捕とは認定していません(「直ちにいい難いとしても」。第3節)。本人が帰宅を申し出ず応じ続けていたことを関門①の事情と読むのは、解説書の整理です。
  • 関門②:関門①を通っても、任意捜査として相当な範囲に収まっていなければ、違法な取調べです(第2節)。
    • 本人の同意の役割:関門①では「実質的逮捕ではない」方向の事情です(解説書の整理)。関門②では、心身の負担を軽くする事情になります(解説書の天秤では左②・第2節)。重い事情ですが、それだけで適法になるわけではありません。
    • 例:「本人が答申書を出し、帰りたいとも言わなかったから、それだけで適法」は誤り → 高輪の多数意見は、「必ずしも妥当とはいい難い」面を認めたうえで、他面、本人が容認し応じていたことを、違法とまでは断じ難い理由の1つにしました。2名の意見は、答申書があり明示の拒否も無くても、自由な意思によると「速断することはできない」として違法としました(第3節)。
  • この回の2つの最高裁決定:どちらも、取調べを刑訴法198条に基づく任意捜査と認めたうえで、相当性を判断しています。
    • どちらの決定も、任意捜査と認めた理由を明示してはいません。解説書は、2つとも本人の自発的な同意を重視したものと読みます。
    • 裁判官の間で評価が割れたのは、関門②のほうです。

関門②の物差し:社会通念上相当か

昭59決定は、強制手段を使えないだけでなく、さらに社会通念上相当な方法・態様・限度に収まることを求めました。これを比例原則の天秤で読むのが、学説の一つの立場です。

  • 判旨の基準:事案の性質・被疑者に対する容疑の程度・被疑者の態度等の事情を勘案して、「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」で許されます(第3節の判例カード)。
  • 二段構え:判旨は「強制手段によることができないというだけでなく、さらに」と続けます。任意捜査で有形力を使った手首の事件の決定と、同じ構造です。
    • 強制手段を使わない(取調べの場面では、主に関門①の実質的逮捕に当たらないこと)ことは前提で、その先にもう1段の限界がある、という形です。
  • 比例原則で読む場合の根拠:197条1項本文の「必要な」取調べです(197条=捜査一般の定め。被疑者の取調べは198条)。任意捜査は、目的を達するのに必要な限度でだけ許されます。

(1) 何を守っているのか:学説2説

最高裁は理由づけを明らかにしておらず、「社会通念上相当」の意味は学説で分かれます。

比例原則説行為規範説
理由づけ任意に応じていても、侵害・制約はある任意に応じている以上、侵害は無い(比べる対象が無い)
「社会通念上相当」とは必要性との権衡(天秤で釣り合うか)捜査機関が守るべき行為規範
答案の書き出し「任意でも心身の負担は生じている。だから必要性と釣り合うかを検討する」「侵害は無いが、捜査機関は相当な方法を守らなければならない」
  • 権衡:天秤の2つの皿が釣り合っていることです。
  • 行為規範説の物差し:侵害が無い以上、必要性と比べる天秤は使いません。何をもって相当とするかの具体的な物差しは、解説書も示していません。判旨の言葉(事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案して相当か)を、必要性との比較ではなく、捜査機関が守るべき方法の基準として読むことになる、と考えられます(ノートの補い)。
  • 比例原則説の中の分かれ:何が侵害されるかで、意思決定の自由/事実上の行動の自由/心身の苦痛・疲労からの自由とみる見解に分かれます。
    • 解説書は、任意に応じている以上、意思決定や行動の自由の侵害は考えにくいとし、心身の苦痛・疲労からの自由(人格権の1つ)を左の皿に置きます。次の天秤は、この立場の整理です。
      • 2説の違いが一番はっきり出るのは、本人が心から進んで応じていた場面です。
      • 例:本人が心から進んで20時間話し続けた → 行為規範説では侵害は無く、捜査機関の取調べ方が相当だったかを問います(当てはめ方は解説書に無く、ノートの補い)。心身の苦痛・疲労からの自由とみる立場では、自発的でも苦痛・疲労は積み上がるので、左の皿は小さいが空ではない、として必要性と比べます。

(2) 天秤の中身

左の皿:侵害される利益右の皿:必要性
心身をすり減らされない自由(心身の苦痛・疲労からの自由。人格権の1つ)その取調べを行う必要性
① 具体的な取調べ方法(宿泊のさせ方・監視の程度・休憩や食事の自由)① 犯罪の重大性
② 対象者の応答状況(自発的に応じていたか、渋々だったか)② 嫌疑の程度
③ 取調べの重要性(他の方法で証拠を得られないか)
④ 緊急性
  • 左の皿:取調べで心身にかかる負担です。同じ時間でも、方法が厳しいほど、本人が渋々応じているほど重くなります。
    • 例:休憩を自由に取れた8時間と、一度も席を立てなかった8時間 → 後者の方が左①は重い。
    • 例:自分から「全部話したい」と続けたPと、帰りたいとは言わないが短く答えるだけで何度もため息をつくQ → Qの方が左②は重い。Qが「帰りたい」と申し出て引き止められれば、関門①の問題に移ります。
  • 右の皿:その取調べを行う必要性です。緊急性も、右の皿に載る事情の1つです。
    • 例:殺人の疑いが濃い8時間と、軽い事件で疑いも薄い8時間 → 前者の方が右①②は重い。
    • 例:防犯カメラに犯行が映り、凶器から指紋も出ている事件と、本人の話しか手がかりが無い事件 → 前者は右③が軽い方向です。
  • 判例の言葉との対応(読み方の1つ):「事案の性質」は右①、「容疑の程度」は右②。高輪の決定が挙げた「速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性」は、右③④に当たります。
    • 「被疑者の態度」は主に左②です。ただし、高輪の事件の虚偽のアリバイのように、嫌疑(右②)を強める方向に働く態度もあります。

(3) 自前の設例:同じ外形でも、左の皿が動く

軽い重い
宿泊(窃盗の疑いで、対象者Bが警察官Aの取調べを受け、日をまたぎそう)Bが自分から「電車もないし、歩ける距離でもないので、近くに泊めてほしい」と申し出た。宿泊費はBが払い、部屋の外に警察官はいないAが一方的に近くの宿を指定し、宿泊費は警察が負担。隣の部屋からAがずっと様子を見ていた(実質的逮捕に近づく方向)
長時間(傷害致死の疑いで、深夜に及ぶ聴取)Bが「今日中に全部話して、すっきりしたい」と続行を希望。1〜2時間おきに休憩・食事を自由に取れ、いつでも中断を申し出られるBが「もう休みたい」と言っても取り合わない。Bが一度自白した後も、裏づけ捜査に切り替えず聴取を続けた
  • 動かすもの:誰が決めたか・誰が費用を持ったか・どこまで見られていたか/休息が取れたか・本人の希望が尊重されたか・他にとれる方法があったのに使わなかったか(神奈川の決定の「他にとりうる方途」=第4節)。

高輪グリーンマンション事件(4泊5日):割れた重み付け

多数意見は、妥当でない面を認めつつ、本人が応じていたことと、速やかに弁解を聴く必要から、違法とまでは断じ難いとしました。2名の意見は、同じ事実から違法としました。

事実高輪グリーンマンション事件(最決昭59・2・29)

  • 殺人事件で、被害者と同棲したことのある男性が自分から署に出頭し、アリバイを述べました。アリバイが虚偽と分かり、容疑が強まりました。
  • 早朝、勤め先の寮から任意同行し、ポリグラフ検査の後に取り調べると、その夜に自白しました。
  • 本人の申出もあって、捜査官は「寮に帰るのはいやなので、どこかの旅館に泊めてほしい」旨の答申書(本人の意思を書いた書面)を作成提出させ、署の近くに泊めました。初日は捜査官4、5名が同宿し、1名は隣室で挙動を監視しました。
  • 2日目以降は、捜査官が手配したホテルの周りで張り込みました。署との往復は警察の車で送迎し、最初の3晩の宿泊費は警察が払いました。午前中から深夜まで、連日取り調べました。
  • 4夜・前後5日間の後、迎えに来た母親と帰郷させました。2か月余り後に逮捕しています。
多数意見意見(2名の裁判官)
重くする事情寮は署から遠くなく、帰れない特段の事情も無い。監視・送迎・宿泊費・連日深夜までの追及 → 応じざるを得ない状況に置かれていた「一面もあり」、期間も長い同じ事情に加え、虚偽のアリバイと決めつけられ、逮捕されかねない状況だった。所持金があったとみられるのに、警察が宿泊費を払った
軽くする事情初日の宿泊は答申書がある。取調べ・宿泊を拒み、帰宅を申し出た証跡も、捜査官が引き止めた事実も無い → 「その意思によりこれを容認し応じていた」それらから、任意で自由な意思によると「速断することはできない」。自由な意思決定は著しく困難だった
右の皿事案の性質上、速やかに詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があった容疑が重大で、聴取の必要性があったとしても、結論は変わらない
取調べの評価「必ずしも妥当とはいい難い」が、「違法なものであつたとまでは断じ難い」「手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法」
主文上告棄却上告棄却に加わる(第7節)
  • 意見:最高裁の裁判では、裁判官が多数意見と別に、自分の考えを書き添えられます。そのうち、主文(上告棄却)には加わり、理由づけが違うものが意見です。主文に反対する反対意見とは区別します。
    • 2名は、実質的に逮捕したものとまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査として違法だとしました。関門①に当たるかを決めなくても、関門②で違法になるという判断です。
    • 例:「高輪の2名は反対意見」は誤り → 2名は取調べを違法としましたが、違法は判決に影響しないとして上告棄却に加わりました(意見。理由は第7節)。神奈川の1名は、違法が判決に影響し破棄すべきだとしました(反対意見)。
  • 割れたのは重み付け:見ている事実はほぼ同じです。答申書などがあっても、本人が自由に決められる状況だったと見るかで、評価が分かれました。
    • 例:宿泊費を初日から本人が払い、ホテルの周りでの張り込みも無かった → 意見が重く見た事情(費用・昼夜の監視)が欠け、左の皿は軽くなる方向です。
  • 覚え方:「4泊5日は適法」と結論だけで覚えず、妥当でない面を認めたうえでの、ぎりぎりの判断として覚えます。

高輪グリーンマンション事件最高裁判所決定任意取調べの限界を測る基準「任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、……事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容される」ものと解すべきである。多数意見は、「宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがある」としつつ、「社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難い」と結論づけた。意見(2名の裁判官)は、「任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なもの」であったとする。

神奈川の事件(約22時間・徹夜):「容易に是認できない」から始まる

長時間の取調べは、特段の事情が無い限り容易に是認できず、他の方途もあったので、適法と認めるには慎重を期すとしました。そのうえで、特殊な事情と事案の性質・重大性から、限度を逸脱したとまでは断じられないとしました。

事実神奈川の事件(最決平元・7・4)

  • 被害者の妹の訴えで、殺害された被害者が見つかりました。1か月ほど前まで同棲していた男性に任意同行を求め、午後11時過ぎに署へ同行しました。
  • 取調べの冒頭で本人は協力を約束し、一睡もさせずに徹夜で取り調べました(本人の承諾を得てポリグラフ検査も)。翌朝9時半過ぎ、殺害を自白しました。
  • 本人が書いた上申書(捜査機関に出す、本人名義の書面)の内容が客観的事実と合わないため、強盗殺人を疑ってさらに取り調べると、本人は強取の意思を認める上申書を書きました。午後9時25分に逮捕しました(同行から約22時間)。
  • 出発点:長時間の取調べは、任意捜査でも心身に多大の苦痛、疲労を与えるので、特段の事情がない限り、容易に是認できません。
    • 殺害を自白した段階で裏付け捜査をして逮捕し、取調べを中断するなど、他にとりうる方途もあったと考えられるので、適法と認めるには慎重を期さなければならないとしました。
  • 決定が認めた「特殊な事情」
    • ① 参考人として事情を聴くために始め、冒頭で本人から進んで取調べを願う承諾を得ていた。
      • 参考人=疑いをかけられた被疑者としてではなく、事情を知る人として話を聴かれる立場です。最初から自白を取るための取調べではなく、本人も進んで応じていた事情として挙げられていると読めます。
      • 反対意見は逆に、ポリグラフ検査も受けており、早い段階から実質は被疑者の立場だったと推測しています(下の供述拒否権の指摘につながる)。
    • ② 自白後も続けたのは、自白の強要や逮捕の時間制限を免れる意図ではない。自白が客観的状況と合わず、強盗殺人を疑ったためだった。
      • 逮捕すると、身体を拘束された時から48時間以内に検察官へ送致の手続をしなければならない(留置の必要があるとき)、などの時間制限がかかります(203条1項)。
      • 例:逮捕状を請求できる資料がそろったのに、逮捕すると時間制限が始まるので、任意の形のまま一晩続けた → 決定が否定した、時間制限を免れる意図に当たり、違法の方向に大きく動きます。
    • ③ 取調べを拒んで帰ろうとしたり、休息を申し出たりした形跡がない。重要な点で虚偽の供述を続けており(追及されても虚偽の供述を続けていた=判断力は保たれていた、とみたと読めます)、意識がもうろうとしていたとは認めがたい。
      • 例:午前3時ころ本人が「少し休ませてほしい」と言ったのに、朝まで続けた → 決定が挙げた「休息させてほしいと申し出た形跡はなく」が欠け、苦痛・疲労も重く評価され、違法の方向に動きます(結論を示した判例はありません)。
  • 結論:これらの事情に加え、事案の性質・重大性を総合して、許容される限度を「逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」としました。自白の任意性に疑いを生じさせるものでもない、としています。
    • 特殊な事情は、満たせば適法になる要件ではありません。事案の性質・重大性と合わせて総合した事情の1つです。
    • 長時間の取調べを広く認めたのではなく、歯止めをかけたうえでの判断と読めます。
  • 反対意見(1名):特殊な事情があることは認めたうえで、違法としました。
    • 約22時間、2、30分の休憩を3回くらいはさんだだけで、ほぼ間断なく続いた。自白後は、やむをえず応じざるをえない状態だった。
    • 苦痛・疲労は「極めて深刻、重大」で、遅くとも殺人の自白の段階で逮捕し、休ませるべきだった → 自白の任意性にも疑いがあり、破棄すべきだとしました。
    • 供述拒否権=言いたくないことは言わなくてよい権利です。被疑者を取り調べるときは、あらかじめ告げなければなりません(198条2項)。
    • 参考人として始めた聴取で、供述拒否権を告げたかどうか、いつ告げたかが記録上明らかでない点も、本来重要な判断要素だと指摘しています(この点を措いても違法とした)。
  • 学者の評価:多数意見の結論に疑問を示す見解もあります。結論を支持する見解でも、この事案は任意取調べを適法とできる「限界事例」だ、という見方でほぼ一致しています(解説書)。

神奈川の事件最高裁判所決定長時間・徹夜の取調べの基準「一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであつても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、……その適法性を肯認するには慎重を期さなければならない」。そのうえで、「社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」とした。

3事案を並べる:日数ではなく中身

4泊5日と約22時間はどちらも違法とまでは断じられないとされ、9泊10日は違法とされました。並べると、日数よりも、取調べの方法と本人の応じ方の中身で評価が動いていると読めます。

  • 日数ではないと読める根拠:1日足らずの約22時間でも、決定は「容易にこれを是認できるものではなく」から始めました。逆に、9泊10日の事案で東京高判は、当初は協力的だったとしつつ「少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない」と、宿泊の中身を区別して見ています。
4泊5日(高輪)約22時間・徹夜(神奈川)9泊10日
裁判所最高裁決定最高裁決定東京高裁判決
結論違法とまでは断じ難い(意見2名は違法)逸脱とまでは断じられない(反対意見1名は違法)違法
評価の言葉「必ずしも妥当とはいい難い」「容易にこれを是認できるものではなく」「社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎ」
左①:方法監視・送迎・宿泊費・連日深夜まで一睡もさせず徹夜、自白後もほぼ半日10日間厳重に監視、ほぼ外界と隔絶、連日長時間
左②:応答初日の宿泊は答申書。拒否・帰宅の申出の証跡なし冒頭で進んで承諾。休息の申出なし当初は協力的。少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない
自白任意捜査段階の自白も証拠能力あり(多数意見)任意性に疑いなし違法が重大として排除(第7節)

事実9泊10日の事案(東京高判平14・9・4)

  • 殺人事件の重要参考人として、外国人の女性を任意同行し、連日取り調べました(途中から通訳を介した)。
  • 最初の2泊は、娘が入院していた病院の病室(本人が泊まると答えた)。その後の7泊は、警察が用意した職員宿舎とビジネスホテルで、費用は警察が持ちました。病室の前・宿舎の隣室・ホテルの通路で、警察官が常時監視しました。
  • 本人に泊まれる可能性のある友人がいると把握しながら、真摯に検討せず、警察の用意した宿泊先を指示しました。10日目に殺害を認める上申書を書き、その夜に逮捕されました。
  • 宿泊先の内訳と監視の場所は、同じ事案の国家賠償訴訟の判決(千葉地判平15・6・2)の認定によります。
  • 理由づけ:警察の影響下から一度も解放されず、9泊の宿泊を「余儀なくされた」。「事実上の身柄拘束に近い状況」にあり、「心身に多大の苦痛」を受けた。少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない、としました。
    • 他方で、重大事件で緊急・詳細に聴取する必要性が極めて強いこと、通訳で時間がかかったことなども考慮したうえで、行き過ぎで違法としました。
    • 例:「理由さえあれば、何日泊めても適法」は誤り → 9泊10日の事案は、重大事件で聴取の必要性が極めて強いと認めたうえで、違法とされました。
    • 例:同じ9泊10日の事案の国家賠償訴訟(警察の違法を理由に国に賠償を求める民事訴訟。千葉地判平15・6・2)は、本人が同意した最初の病院での2泊(監視は自殺のおそれを理由に相当とされた)を違法とせず、警察が宿泊場所を用意した後の聴取・取調べを違法としました。同じ日数の中でも、宿泊の中身で評価が分かれます。
  • どちらの関門か:結論の形は「社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎ」=任意捜査として許される限度を越えた、です(関門②の形)。ただ、違法が重大とされた根拠として、「事実上の身柄拘束にも近い」を令状が要る態様に達していたという評価と読む論者もいます(関門①寄り。第7節の排除にもつながる)。判決は2関門の枠では書いていません。
  • 天秤で読むと:右の皿の必要性が極めて強くても、左の皿の方法と応答の両面が、事実上の身柄拘束に近いところまで積み上がれば、釣り合わないと読めます。

犯罪捜査規範168条3項:深夜・長時間の内部ルール

深夜(午後10時〜午前5時)や1日8時間を超える被疑者の取調べには、警察本部長か警察署長の承認が要ります。内部規律なので、違反だけでは違法にならず、適法かは今も判例の基準で決まります。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守る心構え・方法・手続を定めた、国家公安委員会規則です(1条)。法律ではなく、名宛人は警察官です。
判例の基準犯罪捜査規範168条3項
物差し社会通念上相当(事案ごとの評価)数字(午後10時〜午前5時/1日8時間超)
超えるときは個別の事情を総合考慮する警察本部長又は警察署長の承認が要る
法的性質最高裁判例国家公安委員会規則(内部規律)。違反しても直ちに違法にはならない
  • 前段と後段:前段は、取調べ一般について深夜・長時間を「避けなければならない」とします。後段の承認は、被疑者の取調べについての定めです。
    • 例:警察官が被疑者を午後8時から聴取し、午後11時まで続ける → 午後10時以降に及ぶので、本部長か署長の承認が要ります。
  • 違反したとき:承認は警察内部の手続なので、それを欠いただけでは取調べは違法になりません。
    • 例:「承認を得ずに深夜に取り調べたから、それだけで違法」は誤り → 適法かは社会通念上相当かで判断し、深夜に及んだことはそこで左の皿の事情になります。検察官の取調べには、この規則は及びません。

168条(任意性の確保)(抜粋)|犯罪捜査規範 第八章 取調べ(166〜182条の5)3項:取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。この場合において、午後10時から午前5時までの間に、又は1日につき8時間を超えて、被疑者の取調べを行うときは、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。

  • 今後の見通し(解説書):取調べ状況報告書・取調べの監督・録音録画などの適正化が進み、同じような事案は起きにくい。社会通念も動きうるので、今後は必要性が一層厳しく見られるだろう、としています。
    • 取調べ状況報告書:取調べ室などで被疑者・被告人を取り調べた日ごとに、警察官が作ります(犯罪捜査規範182条の2)。
    • 録音・録画:死刑・無期拘禁刑に当たる罪の事件などで、逮捕・勾留中の被疑者の取調べを録音・録画します(301条の2)。

取調べの違法と、自白の証拠能力:別の問い

取調べが適法かと、その間の自白を証拠にできるかは、別の問いです。平元決定(第4節の神奈川の事件)は任意性から、東京高判は違法の重大性から、自白を排除する道を示しました。

道筋入口この回の判例
自白法則(319条1項)自白の任意性に疑いがあるか平元:取調べが供述の任意性に疑いを生じさせるものなら、その取調べを違法とし、その間の自白の証拠能力を否定する(入口は任意性で、違法が重大かは問うていない)
違法収集証拠の排除手続の違法が重大か東京高判:違法は重大で、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を与えるのは相当でない → 自白を排除
  • 自白法則:任意にされたものでない疑いのある自白を、証拠にできないとするルールです(319条1項)。
    • 例:脅されてした自白、不当に長く抑留・拘禁された後の自白(319条1項が挙げる例)。
  • 違法収集証拠の排除:違法な手続で集めた証拠を、証拠から外すという考え方です。
  • 平元の一文:「もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである」。出発点は「任意性に疑いを生じさせるか」です。
    • この一文は任意性への疑いを起点にしており、関門②(社会通念上相当か)と同じ物差しとは書かれていません(ノートの読み)。決定自身も、関門②(逸脱したとまでは断じられない)と任意性(疑わせるものとも認められない)を並べて判断しています(第4節)。
    • 逆向き、つまり関門②で違法だが任意性に疑いは無い場合を、平元の一文は扱っていません。そこで使えるのが東京高判の道筋で、違法が重大か、違法捜査抑制の見地から排除が相当かを見ます(東京高判自身は、任意性の判断より先にこちらを検討しました。解説書は、二元説の立場による裁判例と位置づけます)。
  • 東京高判:控訴審は違法を重大とし、自白を排除しました。任意性の判断より先に排除法則(違法収集証拠の排除)を検討する方が明確で妥当だ、と述べています(解説書の紹介)。そのうえで破棄自判(第一審判決を破棄し、控訴審が自ら判決する)で有罪としています(排除した自白以外の証拠によったことになります)。
    • 第一審も取調べを違法としていましたが、違法は重大でないとして自白を使っていました(論文の紹介)。
    • 重大とした理由:控訴審は、宿泊中の取調べや監視の態様も考慮したうえで、「事実上の身柄拘束にも近い9泊の宿泊を伴った連続10日間の取調べは明らかに行き過ぎであって、違法は重大」としました(解説書の引用)。身柄拘束に近い中身(第5節)が、9泊10日続いたことを合わせて「明らかに行き過ぎ」とした形です。第5節の「日数ではなく中身」と矛盾はなく、日数そのものではなく、身柄拘束に近い中身が10日続いたことが違法の重さに効いていると読めます(ノートの読み)。どういう違法を重大とみるかの一般的な基準は、違法収集証拠の排除の論点で扱います。
    • 例:「取調べが違法なら、自白は当然使えない」は誤り → この事案では、第一審も控訴審も取調べを違法としましたが、違法の程度の評価が違い、第一審は自白を使い、控訴審は排除しました。
  • 高輪の意見:任意捜査段階の自白は証拠から外すべきだとしつつ(理由は、任意性に当然に影響があることと、こうした捜査方法を抑止する見地の両方。「違法な取調べに基づく、任意性に疑いがあるもの」としました)、2か月余り後に逮捕されてからの勾留中の自白は、その違法の影響下に無いとして証拠能力を認めました。だから違法は判決に影響しない、としています。
    • 違法の影響が及ばない後の自白は、使える場合もあるということです。

答案の型:3段

任意同行後の取調べは、①実質的逮捕か → ②任意捜査として相当か → ③自白の証拠能力、の順で書きます。

段問い書くこと
1段目実質的逮捕か① 権利・利益(人身の自由)の特定/② 6つの客観的事情を積む(第1節)/③ 人身の自由への実質的な侵害(=実質的逮捕)があったかの結論
2段目任意捜査として相当か① 権利・利益(心身をすり減らされない自由)の特定/② 重要な権利・利益への実質的侵害(強制処分)に至っていないことの確認/③ 必要性の積み上げ/④ 権衡の結論
3段目自白の証拠能力(自白の任意性/違法収集証拠の排除)取調べが任意性に疑いを生じさせるものだったか、違法が重大で排除すべきか
  • 1段目から書く:実質的逮捕に当たれば、令状のない逮捕として違法で、2段目に進むまでもありません。
    • 例:宿泊を伴う取調べの問題で、いきなり天秤から書く → 段を飛ばしています。1段目で、6つの事情から実質的逮捕ではないことを確かめてから2段目に進みます。
  • 2段目の②:2段目の①〜④は、前々回の任意捜査の型(利益の特定 → 強制処分に至っていないことの確認 → 必要性 → 権衡)を取調べに当てたものです。②は、その取調べが重要な権利・利益への実質的侵害(強制処分)に当たらないかの確認です。取調べでそれに当たるのは、主に身柄を拘束したのと同じ状態、つまり1段目の実質的逮捕の場面なので、ここは1段目の結論を受けて確認する1行で足ります(ノートの整理)。
  • 2段目の中身:この回の天秤です(比例原則説で書く場合の型。行為規範説なら③④の代わりに、捜査機関が相当な方法を守ったかを事情から検討します)。
    • 特定するのは、心身をすり減らされない自由(心身の苦痛・疲労からの自由)です。
    • 積むのは、犯罪の重大性・嫌疑の程度・取調べの重要性・緊急性です。
    • 判例でも重み付けで評価が割れたので、重くする事情と軽くする事情の両方を拾い、どちらに傾くかを示します。

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