刑事訴訟法 ゼロから刑事訴訟法#19

公訴提起(国家訴追主義・起訴便宜主義・公訴権濫用論)

公訴提起を扱う回。国家訴追主義・起訴独占主義(247条)と起訴便宜主義(248条)による検察官の広範な訴追裁量、不起訴を縛る付審判請求・検察審査会、起訴を縛る公訴権濫用論までを押さえる。

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第3章 公訴 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

0. 公訴とは

捜査(第2章)で集めた材料を、いよいよ裁判所に持ち込む段階。

  • 公訴=国家を代表して検察官が、裁判所に「この人を裁判にかけ審理・判決してほしい」と求める申立て。
  • 方法=起訴状(書面)を提出してする(刑訴256①)。口頭不可。起訴状受理で呼び名が被疑者→被告人に変わる。
  • ※起訴状に何を書くか=訴因(256③・312①)は #20 で本格解説。起訴状一本主義(256⑥)は第4章。

1. 第1部・パワー①——なぜ検察官「だけ」か(247条)

  • 国家訴追主義=公訴権を被害者個人でなく国家機関に専属させる。
  • 起訴独占主義=国家機関の中でも原則「検察官のみ」に独占させる。
  • 247条「公訴は、検察官がこれを行う」が、両主義を一言で表す(主語が検察官に限定)。
  • なぜ被害者でなく検察官か=被害者に握らせると感情で突っ走る/脅されて取り下げる/地域差が出る→感情から切り離し全国一律で公正に判断する専門家に一本化。
  • 対義語=私人訴追主義(被害者が直接起訴・英国の一部)。日本は不採用

2. 第1部・パワー②——起訴便宜主義(248条)

  • 検察官は起訴/不起訴を選べる。しかも証拠が十分で有罪にできる事件でも、あえて起訴しないことができる(起訴猶予)。
  • 248条「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」
  • 対義語=起訴法定主義(十分な嫌疑+訴訟条件具備なら必ず起訴。独などで採用・日本は原則これでない)。
  • 趣旨3つ=① 具体的正義(初犯で反省・弁償済みの人まで一律前科者にしない=個別事情を汲む)② 訴訟経済(全件起訴は裁判所が回らない)③ 刑事政策(刑務所より社会内更生が良い場合に柔軟)。

3. 起訴猶予 vs 嫌疑不十分(同じ不起訴でも中身が逆)★最重要の区別

不起訴の主な種類=罪とならず/嫌疑なし/嫌疑不十分/起訴猶予(+訴訟条件を欠く)。

  • 嫌疑不十分=犯人性・犯罪成立に十分な証拠がなく有罪に持ち込めない=起訴したくてもできない
  • 起訴猶予証拠は足りる(起訴すれば有罪にできる)が諸事情で訴追不要できるのにあえてしない
  • たとえ=嫌疑不十分は「答案を書く実力(証拠)が足りず出せない」/起訴猶予は「満点の答案を書けるのに出さない」。
  • 起訴猶予こそ起訴便宜主義を採っている証(嫌疑不十分は便宜主義と無関係=ただの証拠不足)。

4. 起訴便宜主義の例外——少年事件(少年法45⑤)

  • 家庭裁判所が「刑事処分が相当」と判断し検察官に送り返す=逆送
  • 逆送された事件は、嫌疑があれば原則 公訴提起しなければならない(45条5号本文)。但書あり(一部に嫌疑なし・新事情で訴追不相当等は除く)。
  • ここだけ検察官の裁量が狭まる=便宜主義の中の起訴法定主義の現れ

5. 第2部・コントロール——強い権限の両側に手すり

独占(247)+裁量(248)=強い権限→濫用の危険。間違いは2方向。

  • 方向A=本来起訴すべきを不当に不起訴(手抜き・身内かばい)。
  • 方向B=本来見送るべきを不当に起訴(見せしめ・嫌がらせ)。
  • だから縛りも両面=不起訴を縛る道具(付審判・検察審査会)と起訴を縛る道具(公訴権濫用論)。

6. 不当な不起訴を縛る①——付審判請求(262①)

  • 対象=公務員の職権濫用罪など特定の犯罪(刑法193〜196等)で検察官が不起訴にした場合。
  • なぜ公務員犯罪に限る=被疑者が警察官等だと検察官が身内に手心を加えやすい→そこだけ裁判所への直訴窓口。
  • 告訴・告発した者が検察官を飛ばして裁判所に「審判に付して」と請求→裁判所が付審判決定起訴されたものとみなす。検察官役=裁判所が選ぶ指定弁護士
  • 262①「刑法第百九十三条から第百九十六条まで…の罪について告訴又は告発をした者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、…管轄地方裁判所に事件を裁判所の審判に付することを請求することができる。」

7. 不当な不起訴を縛る②——検察審査会(強制起訴)

  • 対象=すべての犯罪。くじで選ばれた市民11人が不起訴の当否を審査(プロの独占に市民感覚のブレーキ)。
  • 強制起訴は議決2回が必要:① 起訴相当を議決(8人以上)→ ② 検察官が再び不起訴 → ③ 再審査 → ④ 起訴議決8人以上)→ 検察官の意思に関わらず強制起訴指定弁護士が起訴)。検察審査会法41条の6等・平成21年導入。
  • + 検察官には処分の通知(260)・不起訴理由の告知(261)の義務(放置・ブラックボックス化を防ぐ)。
  • 付審判 vs 検察審査会=付審判は「裁判所に請求/公務員職権濫用罪系だけ」、検察審査会は「市民が審査/全犯罪/議決2回で強制起訴」。

8. 不当な起訴を縛る——公訴権濫用論(338④類推)

  • 不当な「起訴」を直接止める条文はない(不起訴は付審判・検察審査会で縛れるのに)。
  • そこで学説・判例の理論=公訴権濫用論=起訴の裁量も無制限でなく、著しく逸脱した起訴は無効→裁判の中身に入る前に手続を打ち切る=公訴棄却
  • 明文なし→刑訴338条4号を類推適用(柱書「左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない」+4号「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」)。338④に「公訴権濫用」とは書いていない=あくまで類推

9. 公訴権濫用が問題になる3パターン(いずれも消極)

  • (1) 起訴猶予相当を起訴=理屈では濫用だが判例はガチガチに厳しい(→チッソ川本)。
  • (2) 嫌疑不十分を起訴=公訴権濫用論を使わない。証拠不足なら普通に裁判して無罪判決を出せばよい(門前払いより被告人の名誉回復にも◎)。
  • (3) 違法捜査に基づく起訴(おとり捜査・違法盗聴等)=原則使わない。違法に集めた証拠は違法収集証拠排除で法廷から外せば足りる(起訴自体は無効にしない)。※#17 おとり捜査の送り「違法捜査でも原則 公訴棄却にならない=排除で足りる」を回収。
  • =「違法捜査=即・公訴棄却」ではない。排除の中身(基準・程度)は第4章 証拠法で。

10. 判例の立場——チッソ川本事件(最決昭55・12・17)

  • 事案=水俣病の患者が、原因企業との補償交渉の過程で従業員に傷害を負わせ起訴された。被告人は「公訴権の濫用」だと争った。
  • 判旨=裁量権の逸脱でも直ちに無効でない/無効となるのは公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる
  • =公訴権濫用論は理論としてはあるが判例はほぼ認めない(非常ブレーキはあるがよほどでないと引かない)。本件も公訴棄却は否定
  • ★これは最決=決定であって判決ではない(「判決」と書かない・短答ひっかけ)。

短答ひっかけ

  • ① 起訴は検察官だけ(警察は逮捕・捜査はするが起訴しない/私人訴追なし)。
  • 起訴猶予 ≠ 嫌疑不十分(証拠が足りるのに見送る/足りなくてできない)。起訴猶予こそ便宜主義の証。
  • ③ 公訴権濫用論で不当な起訴は簡単に打ち切れない(判例は極限的な場合に限る=極めて消極的)。
  • ④ 338④に「公訴権濫用」とは書いていない(あの条文を類推して使う)。
  • ⑤ チッソ川本は決定(最決)。判決と書かない。

📝 論文の型|公訴権濫用論

  • 【コア規範】(逐語暗記は太字だけ)検察官は国家訴追主義・起訴独占主義(247条)・起訴便宜主義(248条)のもと広範な訴追裁量を有する。もっとも裁量も無制限ではなく、著しく逸脱した公訴提起は無効となり得、338条4号を類推して公訴を棄却すべき場合がある。ただし判例は極めて消極的で、無効となるのは公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる(チッソ川本事件・最決昭55・12・17)。
  • 【復元キー】①原則=広範な訴追裁量(247・248)→②効果=著しい逸脱は無効となり得る・338条4号類推で公訴棄却→③判例の枠=極めて消極的=職務犯罪を構成する極限的な場合に限る(チッソ川本)→④棲み分け=嫌疑不十分は無罪判決/違法捜査は違法収集証拠排除で対処。
  • 【フル論証】検察官は、国家訴追主義・起訴独占主義(247条)および起訴便宜主義(248条)のもと、公訴の提起につき広範な訴追裁量を有する。もっとも、その裁量も無制限ではなく、裁量権を著しく逸脱した公訴提起は無効となり得、公訴提起の手続が規定に違反したため無効であるとき(338条4号)を類推適用して公訴を棄却すべき場合がある。もっとも判例は極めて消極的であり、公訴提起が無効となるのは、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる(チッソ川本事件・最決昭55・12・17)。
  • 【事例】検察官Pは、起訴猶予相当の軽微な事案について、被告人甲を狙い撃ちするかのようにあえて公訴を提起した。
  • 【問題提起】検察官の裁量を逸脱した公訴提起を、無効として公訴棄却できるか(明文なし=公訴権濫用論)。
  • 【あてはめ】本件は起訴猶予相当の事案をあえて起訴したもので訴追裁量の逸脱がうかがわれる。もっとも無効となるのは職務犯罪を構成する極限的な場合に限られるところ、Pの行為が特別公務員職権濫用罪等を構成するとまではいえない。よって訴追裁量の逸脱があっても直ちに無効とならず、公訴権の濫用にあたらない。なお嫌疑不十分の起訴は無罪判決、違法捜査に基づく起訴は違法収集証拠排除で対処する。

条文(e-Gov 現行XML 逐語)

  • 刑訴247条「公訴は、検察官がこれを行う。」
  • 刑訴248条「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」
  • 刑訴262条1項(核心節)「刑法第百九十三条から第百九十六条まで…の罪について告訴又は告発をした者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、…管轄地方裁判所に事件を裁判所の審判に付することを請求することができる。」
  • 刑訴338条(柱書+4号)「左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。/四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。」
  • 少年法45条5号(本文)「検察官は、家庭裁判所から送致を受けた事件について、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するときは、公訴を提起しなければならない。」(但書あり)

送り(回収先)

  • 起訴状の記載事項(256②③)・起訴状一本主義(256⑥)=第4章 公判
  • 訴因の特定(256③)・訴因変更の要否可否・公訴事実の同一性(312①)=#20 訴因の回(次回)。
  • 一罪の一部起訴(強盗を恐喝で起訴等)=#20以降 訴因/訴追裁量の回
  • 違法収集証拠排除法則の中身=第4章 証拠法の回

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