刑事訴訟法 ゼロから刑事訴訟法#20

訴因制度と訴因の特定(審判対象論・256条3項)

訴因制度と訴因の特定を扱う回。審判の対象は訴因か公訴事実か(訴因対象説)、訴因の2機能、特定の程度をめぐる識別説と防御権説、概括的記載が許される特殊事情(白山丸事件等)を押さえる。

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第3章 公訴 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

0. 訴因とは——起訴状の中の「何を裁くか」

  • 起訴状の必要的記載(256②)=①被告人の特定/②公訴事実/③罪名
  • 公訴事実は、訴因を明示して記載する(256③)。公訴事実=大きな器/訴因=その中に盛る具体的な中身。
  • 訴因=検察官が主張する具体的犯罪事実(例「○月○日○所で財布を盗んだ」)。
  • 刑訴256条1項「公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。」/2項「起訴状には、左の事項を記載しなければならない。一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項 二 公訴事実 三 罪名」

1. 審判の対象——何を裁くのか

256条は起訴状に「公訴事実」と「訴因」の両方を求める→裁くのはどっちか。

  • (1) 公訴事実対象説=裁くのは実際に起きた事実そのもの。訴因は法的な味付けにすぎない(職権主義寄り)。
  • (2) 訴因対象説 ★通説・実務=裁くのは訴因=検察官が主張する具体的犯罪事実そのもの。
  • ※「公訴事実」は256③ではほぼ訴因と同義/312①では訴因変更の限界を画す概念(歴史的事実の単一性)として機能(#21)。

2. なぜ「訴因」を裁くのか——当事者主義

  • 比喩=審判のお品書き:検察官が注文票(訴因)を出し、裁判所(料理人)は注文された料理だけを審査。注文が「窃盗」なら、厨房の事情がどうあれ勝手に「横領」は作らない
  • → だから窃盗で起訴された人を、証拠が横領を示しても、裁判所は横領で有罪にできない(冒頭の問いの答え)。
  • 背骨=当事者主義:検察官と被告人が対等に争い、裁判所は中立の審判者。何を裁くかの設定は訴える側(検察官)に委ねる。裁判所が勝手に認定したら不意打ち
  • 裏付け条文=256⑥(起訴状一本主義)・298①(証拠調べ請求)・312①(訴因変更)=当事者主導の現れ(#2「当事者主義の現れ」と接続)。

3. 訴因の2つの機能——なぜ細かく特定するのか

256③が日時・場所・方法で「できる限り特定」を求める理由=訴因の2機能:

  • ① 審判対象画定機能(識別機能)=裁判所に「この一件だけ審理して」と枠を示す。→ 他の事件と区別できる→二重起訴の防止・一事不再理の範囲確定。
  • ② 防御機能=被告人に「この日・この場所・この方法を疑われている」と防御の的を告知。→ アリバイ等を準備できる。
  • 両者は表裏一体=枠が決まって初めて防御できる。

4. 訴因の特定——256条3項(六何の原則)

  • 刑訴256条3項「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」
  • 六何の原則=いつ・どこで・誰が・何を・どのように・したか=事件の輪郭。鍵は「できる限り」。

5. 特定の程度——識別説と防御権説

2機能のどちらを重視するかで合格ラインが変わる:

  • 防御権説(反対説)=被告人の防御権行使に支障がない程度まで詳しく(厳しい)。
  • 識別説 ★判例・実務他の犯罪事実と識別しうる程度に特定されていれば足りる(緩やか・幅のある記載も可)。
  • 指名手配書なら:識別説=他の人と取り違えない人相書きで足りる/防御権説=本人がアリバイを完全に作れるほど詳細に。
  • なぜ識別説か(趣旨3)=①厳密な特定を求めると捜査が長期化/②書きすぎると裁判官に予断を与える(まっさらで始める原則に反する)/③防御の調整は起訴後の手続(求釈明・訴因変更)で図れる。

6. 概括的記載が許される場合(判例)

識別説に立つ帰結=捜査を尽くしても特定できない特殊事情があれば、幅のある記載も許す(「できる限り」=無理なものまで要求しない)。

  • ① 白山丸事件=最大判昭和37年11月28日(大法廷判決)=密出国を約6年の幅で起訴。犯罪の種類・性質等から詳らかにできない特殊事情がある場合は、防御の範囲を示す目的を害さない限度で幅のある記載も適法(国交なしで特定不可能)。リーディングケース。
  • ② 覚せい剤自己使用=最決昭和56年4月25日(第一小法廷決定)=「日時、場所の表示にある程度の幅があり、使用量・使用方法の表示にも明確を欠くとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、訴因の特定に欠けるところはない」(密行性・被害者不在で特定困難)。
  • ③ 共謀共同正犯=起訴状「Xと共謀の上、実行行為を行った」で共謀の日時場所が不詳でも、実行行為が特定されていれば他の事件と識別でき、訴因の特定あり(識別説のあてはめ。防御権説なら×=アリバイ不能)。
  • 白山丸=大法廷判決/覚せい剤=決定。判決と決定を取り違えない。

7. 特定が足りないときの処理——求釈明→公訴棄却

  • 特定不十分の起訴は本来256③違反で無効。でも明文の解決規定なし→いきなり打ち切らない。
  • ① まず裁判所が検察官に「ここを直して」と促す=求釈明(刑訴規則208①)=補正のチャンス。
  • ② 直って特定されれば瑕疵が治癒=有効な起訴。
  • ③ 直らなければ公訴棄却判決(338④「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」)=手続を打ち切る(※無罪ではない=実体判断に入らない)。

短答ひっかけ

  1. 裁判所が裁く対象は訴因訴因対象説が通説・実務)。
  2. 訴因対象説の根拠=当事者主義(何を裁くかを検察官に委ねる)。
  3. 特定の程度の基準=識別説(他の犯罪事実と識別しうる程度・判例実務)。
  4. 白山丸=大法廷判決/覚せい剤自己使用=決定(判決と決定を取り違えない)。
  5. 特定不十分はいきなり公訴棄却でなく、まず求釈明

📝 論文の型|訴因の特定

  • 【コア規範】(逐語暗記は太字だけ)訴因特定の趣旨は①審判対象の画定②防御範囲の明示にある。防御は起訴後の手続(求釈明・訴因変更)でも図りうるから、訴因は他の犯罪事実と識別できる程度に特定されていれば足りる(識別説)。256条3項「できる限り」の趣旨から、犯罪の性質上 日時・場所・方法を詳らかにできない特殊事情があれば、起訴当時の証拠でできる限り特定した概括的記載も許容される。
  • 【復元キー】①趣旨=審判対象の画定+防御範囲の明示(防御は起訴後手続でも補える)→②基準=識別説(他の犯罪事実と識別できる程度で足りる)→③「できる限り」(256③)=特殊事情があれば概括的記載も可→④特殊事情=犯罪の性質上 日時・場所・方法を詳らかにできない(覚せい剤自己使用等)。
  • 【フル論証】訴因の特定が要求される趣旨は、①裁判所に対し審判の対象を画定する(審判対象画定機能)とともに、②被告人に対し防御の範囲を示す(防御機能)点にある。もっとも、防御の保障は起訴後の手続(求釈明・訴因変更)によっても図りうる。そこで、訴因は、他の犯罪事実との識別が可能な程度に特定されていれば足りると解する(識別説)。そして、256条3項が「できる限り」と定める趣旨に照らし、犯罪の性質上、捜査を尽くしても日時・場所・方法等を詳らかにできない特殊事情がある場合には、起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである限り、概括的な記載も許容される。
  • 【事例】検察官は被告人甲を覚せい剤自己使用罪で起訴したが、訴因は「9月下旬から10月初めまでの間、A町内及びその周辺で、覚せい剤若干量を自己の身体に使用した」という日時・場所に幅のある記載であった。
  • 【問題提起】かかる概括的な記載で、256条3項が要求する「訴因の特定」を満たすか。
  • 【あてはめ】覚せい剤の自己使用は密行性が高く被害者もいないため、本人が黙秘すれば日時・場所・方法の厳密な特定が困難という特殊事情がある。検察官は起訴当時の証拠に基づきできる限り特定しており、当該記載でも他の使用行為と識別できる。よって訴因の特定に欠けるところはない。

次回予告

裁判の途中で訴因がズレてきたら(窃盗で起訴したが横領らしいと分かってきた、等)、検察官は訴因を変えられるのか・変えられる限界はどこか。次回 #21 訴因変更(刑訴312条・公訴事実の同一性)。本回の最後に出た「訴因変更の限界を画す物差し」がそこで効く。

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