起訴状の記載と起訴状一本主義
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第3章 公訴 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
起訴状に、前科を書いたらどうなるか
図:起訴状に前科5犯と書いたらどうなるかという問いを示す板
前回は、1つの告訴がどこまで効くか、そして告訴の追完を見ました。今日は、告訴の話が始まる前の場面に戻ります。検察官が裁判所へ提出する、たった1枚の書面の話です。起訴状に、被告人は前科5犯の者であるが、と書いたとします。これは違反になります。本当のことでも書けないというのが、今日いちばんの核心です。事実かどうかではなく、その情報が起訴状という場所に置かれていいかどうかが問題になります。先に答えを言うと、起訴状に書いてよいのは、誰が何をしたかを特定するのに必要な情報だけです。裁判官の心証を先に動かすだけの情報は、本当のことでも書けません。ずっと前、公平な裁判所を扱った回で、裁判所は結果ではなく組織の段階での偏りのおそれを避けなければならない、という話をしました。今日は、その裏側です。事件が裁判所に届く、まさにその瞬間に、何を書いてよく、何を書いてはいけないかを見ていきます。
起訴状に何を書くかを尋ねてもらった回が、確かにありました。あのとき、詳しく扱う回が別にあるので外形だけ押さえてください、と預けました。今日、その約束を回収します。
起訴状という1枚の書面
図:公訴の提起は起訴状の提出によってのみ行われることを示す板
まず、起訴状そのものの位置づけです。
条文刑事訴訟法第256条第1項
刑事訴訟法第256条第1項 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
電話や口頭で起訴すると伝えるのはダメです。検察官が事件を裁判所に渡す方法は、起訴状の提出だけに限定されています。口頭でも、電磁的な送信だけでも足りません。書面という、形の残る手段に限る。これを書面主義と呼びます。書面主義をそこまで厳格にするのは、事件が裁判所の手元にいつ、どの範囲で移ったのかを、後から誰でも確認できるようにするためです。訴訟がいつ始まったかが曖昧では、その後の手続すべてが不安定になります。そしてこの起訴状こそが、裁判所が事件について最初に手にする、唯一の情報源になります。だからこそ、そこに何を書くかが重要な問題になるわけです。
起訴状に書く3つ
図:起訴状に記載しなければならない被告人の特定公訴事実罪名の3つを示す板
条文は、起訴状に書くべきことを3つに絞っています。
条文刑事訴訟法第256条第2項
刑事訴訟法第256条第2項 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。 一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項 二 公訴事実 三 罪名
これが、今日の前半で見ていく「書くもの」です。1つずつ、順番に見ていきます。
被告人の特定
図:氏名不詳のまま写真と特徴で被告人を個体識別して起訴する場面を示す板
1つ目、被告人の特定です。通常は、氏名・年齢・住居・本籍を書きます。では、氏名を最後まで黙秘し、身元が分からないまま逮捕された人物を、起訴できるでしょうか。できます。たとえば、防犯カメラの映像から逮捕された人物が、取調べで一貫して氏名を黙秘し続けたとします。実務は、このとき氏名不詳と記載した上で、身長・体格・人相の特徴、そして留置番号を書き、写真を添えて起訴します。名前が無くても、特定したことになります。ここで押さえてほしいのは、条文が求めているのは氏名そのものではなく、被告人を特定するに足りる事項だということです。氏名は、特定のための手段の1つにすぎません。目的は、この1人の人間を、他の誰でもない個体として絞り込むことです。写真や体格の特徴でその絞り込みができれば、氏名が無くても足ります。
特定にそこまでこだわるのは、検察官が特定した、その1人にしか、起訴の効力が及ばないからです。もし起訴した人物が、実は真犯人ではなかったとします。その場合、効力は真犯人には及びません。無罪判決が出た上で、改めて真犯人を特定して起訴し直すことになります。誰を裁くかを決めるのは検察官で、裁判所がその外に出て別の人物を裁くことはできない。これが、特定という作業の重みです。
公訴事実——訴因という2本目の柱
図:公訴事実は訴因を明示して記載され訴因の中身の特定方法は次回に送ることを示す板
2つ目、公訴事実です。
条文刑事訴訟法第256条第3項
刑事訴訟法第256条第3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
この訴因をどこまで具体的に書けば足りるのか、日時・場所・方法をどこまで絞り込む必要があるのかは、実はかなり深い論点で、有名な判例もあります。今日押さえてほしいのは、起訴状に書く2本目の柱が、この公訴事実、つまり訴因だという位置づけだけです。
罪名・罰条と、誤記の効果

3つ目、罪名です。
条文刑事訴訟法第256条第4項
刑事訴訟法第256条第4項 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
窃盗罪なら、たとえば刑法235条というように罰条を示して罪名を書きます。ここで面白いのは、但し書です。もし検察官が罰条を書き間違えたら、起訴そのものが無効になってしまうと思いませんか。実際、原則として無効にはなりません。被告人の防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力に影響しないと、条文自体が書いています。訴因の厳格な特定と、罰条の誤記への寛容さのその違いが、今日1つ目の対比です。訴因、つまり公訴事実は、裁判所がまさに何を審理するのかという審判対象そのものです。ここがずれれば、裁判所は何を裁いているのか分からなくなります。これに対して罪名・罰条は、その事実を法的にどう呼ぶかという、付随的な表示にすぎません。罰条を1つ間違えても、被告人は自分がどの事実について裁かれているのかを、公訴事実の記載から理解できます。だから、罰条の記載の誤りは、防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力そのものには影響しないんです。訴因は中身、罪名・罰条はラベルだと考えると分かりやすいかもしれません。
起訴状一本主義

ここまでが、書くものでした。ここから後半、書いてはいけないものに入ります。ここが、冒頭の問いへの答えにつながります。
条文刑事訴訟法第256条第6項
刑事訴訟法第256条第6項 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
予断とは、証拠を調べる前に裁判官が抱いてしまう先入観のことです。ここが重要な工夫です。証拠書類そのものをホチキス留めして提出するのはもちろん禁止ですが、それだけでは足りません。証拠物を直接付けなくても、その中身を起訴状の文章の中に書き写してしまえば、同じことが起きてしまいます。だから、添付だけでなく、内容の引用も禁止の対象に含めています。これを起訴状一本主義と呼びます。
なぜ予断を排除するのか

中古車の査定を考えてみてください。査定士のところに、1台の車と、その車についての査定シートだけが持ち込まれます。査定士は、車そのものと、シートに書かれた特定情報だけを見て、査定額を決めます。もしシートに、この車を持ち込んだ客は以前別の店で査定額をめぐってクレームを付けた人物だ、と書いてあったらどうでしょうか。車を見る前から、その人への印象で判断が歪みそうです。査定額は、車の状態だけで決まるべきなのに、人物評価が先に紛れ込んでしまいます。裁判所も同じです。刑事裁判は、当事者主義を原則としています。検察官と、被告人・弁護人が、それぞれ主張し、証拠を出し合う。裁判所は、その主張と立証だけを材料にして、法廷で心証を形成します。証拠に触れる前の裁判官は、いわば白紙の状態でなければなりません。ところが起訴状に証拠の中身が書き込まれていたら、裁判官は、証拠調べが始まる前から、その中身に触れてしまいます。
だから条文は、検察官に起訴状という1枚だけを提出させ、証拠書類・証拠物は法廷での証拠調べの段階で初めて裁判所に渡すという順序を作りました。この順序そのものが、公平な裁判所を実際に機能させる仕組みなんです。ここで、少し前に見た起訴状の提出の場面を思い出してください。検察官が裁判所に渡すのは起訴状という1枚だけでした。だとすると、起訴の段階では、証拠の中身そのものは、まだどこにあるべきでしょうか?起訴状の外、検察官の手元に留まっているべきです。法廷に、証拠調べという形で正式に出されるまでは。
余事記載の原則——構成要件に関係の無い情報は書けない
図:前科余罪暴力団員性格の4つの設例が原則として起訴状に書けない理由を示す板
この起訴状一本主義に照らして、よく問題になるのが余事記載、つまり起訴状に書く必要の無い余計な事柄の記載です。たとえば、次の4つの記載を考えてみましょう。被告人は窃盗の前科がある者であるが。被告人は他にも余罪があるが。被告人は指定暴力団の組員であるが。被告人はかねて短気で粗暴な性格であったが。これらを公訴事実の冒頭に書けるでしょうか。原則はそのとおり、いずれもダメです。構成要件とは、刑法の条文が犯罪ごとに定めている「型」のことです。これらは通常、その型に当てはまることを明らかにするための事実でも、それと密接に結び付いた事実でもありません。単に、裁判官に対して、この被告人は悪い人間だという印象を先に与えるだけの記載になってしまいます。だから256条6項に違反し、原則として許されません。
余事記載の例外——構成要件要素と、密接不可分性

例外の1つ目は、常習累犯窃盗のように前科を条件にした犯罪を起訴する場合です。常習累犯窃盗は、直近10年以内に窃盗や強盗で一定の拘禁刑の執行を受けたことが、構成要件要素そのものになっている犯罪です。この場合、前科の記載は、被告人への印象操作ではなく、公訴事実を特定するために不可欠な情報になります。だから当然に許されます。査定で言えば、事故歴のある車専門の買取プランなら、事故歴そのものが査定区分を決めるので、書かないほうがむしろおかしい、というのと同じです。
判例最大判昭27・3・5(刑集6巻3号351頁)
前科記載が許される場合 もつとも被告人の前科であつても、それが、公訴犯罪事実の構成要件となつている場合(例えば常習累犯窃盗)又は公訴犯罪事実の内容となつている場合(例えば前科の事実を手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であつて、これを一般の前科と同様に解することはできないから、これを記載することはもとより適法である。
恐喝の手段として前科を使う場合が、2つ目の例外です。被害者に対して、お前には前科があることを知っている、暴力団の組員だ、と告げて脅し、金銭を要求したとします。この場合、被害者がなぜ畏怖したのかという犯行の手段を説明するために、前科や暴力団員であることの記載が必要になります。構成要件そのものではありませんが、手段・動機として構成要件該当性を示すのに必要で、かつ密接に結び付いた事実だからです。どちらも、決め手は同じです。その事実を書かないと、公訴事実——何が起きたのか——が正しく伝わらないかどうか。伝わるのに書けば、それは印象操作にすぎません。伝わらないなら、それは特定のために必要な情報です。この1本の物差しで、余事記載が許されるかどうかは決まります。
証拠の引用——脅迫文書は、どこまで書けるか
図:ノートの切れ端に書かれた脅迫文言を起訴状に要約して書くべきという原則を示す板
もう1つ、実務でよく問題になる場面があります。今度は前科ではなく、証拠そのものの中身をどこまで起訴状に書けるか、という問題です。元同僚を脅すため、ノートの切れ端に脅迫文言を書いて自宅の郵便受けに投函した脅迫罪の事件で、検察官が、証拠として請求するその脅迫文書の文言を、公訴事実にそのまま引用したとします。証拠の中身をそのまま書き写せば、原則として起訴状一本主義に触れます。判例も、まずは要約して摘記すべきだ、と述べています。
判例最判昭33・5・20(刑集12巻7号1398頁)
要約摘示の原則 一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。……かような関係があつて、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に……全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。
さっきの査定シートの喩えで言えば、通常は、バンパーに30センチの擦り傷、と要約すれば足ります。でも傷の形が複雑で、要約すると保険会社にも査定士にも実際の損傷が伝わらないなら、詳細な描写をそのまま書かざるを得ないこともあります。脅迫文言も同じです。文言の言い回しそのものに脅しの強さが表れている場合、要約してしまうと、犯罪の方法という、公訴事実を特定するのに必要な部分が、かえって伝わらなくなってしまいます。設例に当てはめてみます。あのノートの切れ端の脅迫文が、言い回しを重ねるごとに脅しを強めていく書き方なら、要約すると脅しの強さそのものが消えてしまいます。この場合は、全文に近い引用でも要約と大差なく、許されます。逆に、脅しの中身は、家族に危害を加える、の一文で言い尽くせて、残りは被告人の身の上話だというなら、要約で足ります。それでも全文を書き写せば、特定に要らない部分まで裁判官に読ませることになります。原則どおり、要約すべき場面です。
証拠の引用——訴因を明示するための抽出記載

この考え方を、名誉毀損文書の事件で改めて確認したのが、もう1つの判例です。大阪府議会を揶揄する文章が名誉毀損に問われた事件で、検察官は、その文章のうち犯罪構成要件に該当すると考えた部分を抜き出して起訴状に書きました。
判例最決昭44・10・2(刑集23巻10号1199頁)
訴因明示のための抽出記載 検察官が同文章のうち犯罪構成要件に該当すると思料する部分を抽出して記載し、もつて罪となるべき事実のうち犯罪の方法に関する部分をできるかぎり具体的に特定しようとしたものであつて、刑訴法二五六条三項に従つて本件訴因を明示するための方法として不当とは認められず、また、これをもつて同条六項にいう裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用したものというにはあたらない。
両方とも、同じ考え方に立っています。検察官が、文書のうち犯罪の方法として重要な部分を抜き出して書くのは、証拠を予断のために引用しているのではなく、訴因を明示するための方法にすぎない、という考え方です。決め手は、その記載が、犯罪の方法を具体的に特定するために必要かどうかです。必要な範囲での抽出・引用は、訴因明示の手段であって、起訴状一本主義には違反しません。逆に、特定に必要な範囲を超えて、人物への印象づけのためだけに詳しく書けば、それは違反になります。証拠の中身を書くこと自体が禁止されているのではなく、それが特定のためか、印象づけのためかで分かれるんです。
違反の効果——公訴棄却と、治癒不可

起訴状一本主義に違反すれば、公訴棄却です。
条文刑事訴訟法第338条第4号
刑事訴訟法第338条第4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
起訴状一本主義違反は、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときにあたり、判決で公訴が棄却されます。問題になった記載を途中で削除しても、やり直すことはできません。実際に前科の記載が問題になった事件で、判例は、いったん生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができない、と述べています。
判例最大判昭27・3・5(刑集6巻3号351頁)
治癒しない違法性 かかる事項を起訴状に記載したときは、これによつてすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする。
裁判官は、その記載を一度目にした時点で、既に心証への影響を受けてしまっています。後から記載を削っても、その裁判官が最初に受けた印象までは消せません。だからこの違反は、事後の訂正では治りません。起訴のやり直し以外に道はないんです。
今日のまとめ
図:起訴状に書くもの3つと書いてはいけないものを256条の表と裏として並べた一覧板
今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。起訴状に書くものは3つ。被告人の特定、公訴事実——つまり訴因、そして罪名・罰条です。氏名が分からなくても、他の情報で個体を識別できれば特定は足ります。2つ目。訴因と、罪名・罰条は役割が違います。訴因は審判対象そのものなので厳格な特定が求められますが、罪名・罰条は、付随的な表示で、罰条の記載の誤りは、防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力に影響しません。3つ目。起訴状一本主義。裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある書類・物の添付も、内容の引用も禁止されます。当事者主義の下、裁判官は証拠に触れる前は白紙でなければならない、という考え方から来ています。4つ目。余事記載は原則違反ですが、その事実を書かなければ公訴事実が正しく伝わらない場合——構成要件要素そのものである場合や、手段・動機として密接不可分な場合——は例外的に許されます。証拠の引用も、同じ物差しで測られます。特定に必要な範囲かどうかです。5つ目。違反すれば公訴棄却。しかも、一度生じた違法性は、後から削除しても治癒しません。
今日ずっと出てきたのは、書かれた情報が「特定のためか、印象づけのためか」という、1つの物差しでしたね。前半の被告人の特定と罪名・罰条は、この物差しの特定の側、つまり起訴状が必ず伝えなければならないものでした。後半の余事記載と証拠の引用では、同じ物差しが、書いてよいかどうかの線引きとして効いていました。今日、位置づけだけに留めた訴因、その中身をどこまで具体的に書けば足りるのかという、訴因の特定を扱います。
参照条文
- 刑事訴訟法第256条第1項
- 刑事訴訟法第256条第2項
- 刑事訴訟法第256条第3項
- 刑事訴訟法第256条第4項
- 刑事訴訟法第256条第6項
- 刑事訴訟法第338条第4号