訴因の明示と256条3項の趣旨
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第3章 公訴 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
同じ出来事なのに、訴因は1つとは限らない
図:頭を叩いて相手が死んだという1つの出来事から複数の訴因が立ちうることを示す板
前回は、起訴状に書く3つのうち、公訴事実——つまり訴因は、位置づけだけに留めました。今日はその中身に入ります。まず、こんな出来事を考えてください。Aが1回、Vの頭を叩いて、Vが死んだ。たったこれだけの出来事から、検察官が起訴状に書く訴因は、実は1通りとは限りません。実は決まりません。集めた証拠次第で、殺人にも、傷害致死にも、傷害にもなりえます。今日は、訴因という書面の中身が、どういう作業でできているのかを見ていきます。
256条3項の2層構造
図:訴因を明示する第1文と罪となるべき事実を特定する第2文の2層構造を示す板
条文を、もう一度全文で見ましょう。
条文刑事訴訟法第256条第3項
刑事訴訟法第256条第3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
同じことの言い換えではありません。この条文は、2つの別の作業を順番に求めています。1つ目の文は、この出来事をどの構成要件に当てはめたかを示せ、という作業です。2つ目の文は、その当てはめの結果生じる具体的な事実を、できる限り日時・場所・方法で絞り込め、という作業です。前者が法律構成、後者がその中身の特定です。当てはめる作業と、絞り込む作業は別物です。この2つの作業を分けて理解すると、今日の話が全部つながります。
公訴事実イコール訴因、審判の対象

まず前提として、起訴状の「公訴事実」の欄は、現在では一般に「訴因」と呼ばれています。両者は同じものを指し、これが裁判所の審判の対象そのものになります。裁判所が審理してよいのは、検察官がこの訴因に書いた範囲だけです。その理由は、この後の拘束力のところで詳しく見ます。まずは、訴因に何を書くのかという中身の話から入りましょう。
罪となるべき事実——書くもの・書かないもの

条文にある「罪となるべき事実」とは何かというと、特定の構成要件に該当する事実のことです。行為、結果、その2つをつなぐ因果関係、故意——構成要件要素は、もれなく書かなければなりません。たとえば冒頭の事件を殺人で起訴するなら、Aに殺意があったこと、頭を叩いた行為、Vの死亡、その行為で死亡したという因果関係——この4つを全部書きます。書かなくていいものもあります。動機や、事件に至る経緯、前科は、構成要件要素ではないので、罪となるべき事実には含めなくてよいんです。前回の余事記載と、今日の罪となるべき事実は、おもてと裏の関係です。前回の余事記載は、構成要件に関係の無い情報を「書いたらいけない」という話でした。今日の罪となるべき事実は、構成要件に関係のある情報を「もれなく書け」という話です。同じ1本の線——構成要件に関係があるかどうか——が、書いてよいものと書くべきものを、両方から決めているんです。
たとえば殺意を書くのか書かないのかがはっきりせず、殺人なのか傷害致死なのか読み取れない訴因は、どの罪を指しているのか特定できません。こうした訴因は、256条3項が求める特定を満たしていません。起訴という手続そのものが、それを定めた規定に違反して無効になるので、338条4号で公訴棄却になります。
条文刑事訴訟法第338条第4号
刑事訴訟法第338条第4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
訴因は、法律構成した具体的事実

ここで、冒頭の出来事に戻ります。Aが1回、Vの頭を叩いて、Vが死んだ。これは、まだ生の出来事、社会的な事実にすぎません。ここから訴因を組み立てるのが、検察官の仕事です。集めた証拠を当てはめてみましょう。Aに殺意があり、その一撃とVの死亡との間に因果関係も認められるなら、訴因は殺人になります。Aに殺意は無かったが、一撃とVの死亡との間に因果関係が認められるなら、訴因は傷害致死になります。死亡の結果をAに負わせることはできず、殺意も無いので殺人未遂にもなりません。訴因は傷害にとどまります。頭を叩いて怪我をさせた部分だけが、罪となるべき事実になるわけです。
これが、訴因は社会的事実そのものではなく、検察官が、起きた出来事を構成要件の型にはめて組み立て直した、具体的な事実だ、という意味です。動機や、AとVがなぜ揉めていたかという経緯は、この当てはめのどれを選ぶかには関係しません。だから罪となるべき事実には含めなくてよいわけです。
六何の原則と、できる限りの具体性

訴因の中身を具体的に書くとき、実務では六何の原則という整理を使います。誰が、いつ、どこで、誰に対して、何を、どのように——この6つの要素を、できる限り具体的に埋めていきます。構成要件要素に加えて、日時・場所・方法もできる限り具体的に書くことが求められます。冒頭の事件を殺人で書くなら、Aは、何年何月何日の午後何時ごろ、何市何丁目のV方で、殺意をもって、Vの頭を棒で1回強く叩いて頭の骨を折るけがを負わせ、そのけがによって、その頃その場所で死亡させて殺害した——こうなります。ただ、事件によっては、この日時や場所を厳密に特定できない場合もあります。その限界をどう扱うかは、この後見る「できる限り」という言葉の意味に関わってきます。
訴因の拘束力と当事者主義

3回前、一罪の一部起訴の回で見た、横領後の横領を思い出してください。他人の不動産を預かっていた者が、先に勝手に抵当権を設定し、後でその不動産を売ってしまった事件です。検察官が後の売却だけを起訴したとき、裁判所は先の抵当権設定まで立ち入って審理してよかったでしょうか?立ち入れません。訴因の外だから、でした。同じ理屈がここでも働きます。冒頭の事件で、検察官が殺意も因果関係も認めにくいと考えて傷害の訴因で起訴したら、Vが実際には亡くなっていても、裁判所は死亡の結果を審判できません。これを訴因の拘束力と呼びます。
昔の刑事訴訟法は、裁判所が自ら事実を掘り起こして審理する、職権主義の色が濃いものでした。しかし今の刑事訴訟法は、検察官に起訴するかどうかの裁量を与え、訴因を設定する権限を与え、後から訴因を書き換える請求権も与えています。事件をどう組み立てて審理の場に出すかを、検察官に委ねているんです。第1章で見た当事者主義が、ここで効いてくるんです。だからこそ、裁判所は検察官が設定した訴因の範囲内でしか審理できません。訴因は、検察官が描いた審判の枠そのものなんです。
「できる限り」の意味——2つの趣旨

日時や場所を厳密に特定できない事件で「できる限り」で済ませてよい理由が、今日いちばん深いところです。なぜ日時・場所・方法を求めるのか、その趣旨を考える必要があります。趣旨は2つあります。1つは、裁判所に対して、審判の対象をこの範囲に限定するためです。もう1つは、被告人に対して、どの事実について防御すればよいか、その範囲を示すためです。たとえば、AがVを3月にも5月にも殴っていたとします。起訴状に『AがVを殴った』としか書いていなければ、裁判所はどちらの暴行を裁くのか決められません。Aの側も、3月のアリバイを出せばいいのか、5月のアリバイを出せばいいのか分かりません。
ここで大事なのは、日時・場所・方法そのものは、罪となるべき事実そのものではなく、この2つの目的を果たすための手段にすぎない、ということです。目的地に着く手段はいろいろあってよくて、目的さえ果たせれば、その手段は事案の性質によって幅があってもよいんです。
白山丸事件——特定の一手段

この考え方をはっきり示したのが、密出国の事案です。日時を「6年余りの期間内」、場所を「本邦より」とだけ記載し、方法を具体的に示さなかった公訴事実の当否が争われました。最高裁の判断は、2段になっています。1段目が特定を求める趣旨、2段目が日時・場所・方法の位置づけです。
判例最大判昭37・11・28(刑集16巻11号1633頁)
白山丸事件 刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、……
ここまでが1段目です。続く2段目がこちらです。
判例最大判昭37・11・28(刑集16巻11号1633頁)
特定の一手段 犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。
当時、日本と国交の無かった中国への密出国で、出国したいきさつを後から確かめる手立てがほとんどありませんでした。それでも、問われているのはその期間の密出国という1つの行為で、裁判所が何を審判するかははっきりしており、被告人がどこを争えばよいかも限られていました。目的が果たせている以上、幅のある表示でも違法ではないとされたわけです。ただし、これは白山丸のような、特定が難しい特殊事情がある事案の話です。冒頭の事件のように、V方で1回叩いたことが分かっているなら、『6年の間に、日本のどこかで』と書く理由がありません。特殊事情が無いのに幅を持たせれば、できる限り特定したとは言えないわけです。では、どれくらいの幅までなら許されるのか、識別説と防御権説という、2つの趣旨のどちらを重視するかで結論が分かれる場面があります。
今日のまとめ

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。256条3項は2つの作業を求めています。訴因の明示——どの構成要件に当てはめたかを示すこと。そして罪となるべき事実の特定——その当てはめの結果を、できる限り日時・場所・方法で絞り込むことです。2つ目。罪となるべき事実は、構成要件に該当する事実だけです。動機・経緯・前科は書かなくてよく、これは前回の余事記載と表裏の関係にあります。逆に構成要件要素を書かなければ、公訴棄却です。3つ目。訴因は、社会的事実そのものではなく、検察官が証拠を当てはめて法律構成した具体的事実です。同じ出来事からでも、殺意や因果関係の有無で、殺人・傷害致死・傷害という異なる訴因が立ちえます。

4つ目。裁判所が審判できるのは、訴因の範囲内だけです。現行法は検察官に起訴裁量と訴因設定権を与える、当事者主義を採っているからです。5つ目。日時・場所・方法は罪となるべき事実そのものではなく、審判対象の限定と防御範囲の明示という2つの目的を果たすための一手段です。特殊事情があれば、その目的を害さない範囲で幅のある表示も許されます。今日は、訴因という中身が、法律構成という作業と、それを具体的に絞り込む作業の、2段階でできているという話でしたね。
参照条文
- 刑事訴訟法第256条第3項
- 刑事訴訟法第338条第4号