刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#73

訴因の特定と識別説・防御権説

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第3章 公訴 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「共謀の上」——それで足りるのか

被告人とAの共謀の上という記載だけで日時場所方法が一切書かれていない起訴状の一文を示す板

前回、訴因の明示・特定が求められる理由は2つありました。1つは、裁判所に対して、何を示すためでしたか?審判の対象を限定するため、でした。もう1つは、被告人に対して防禦の範囲を示すためでした。日時・場所・方法は罪となるべき事実そのものではなく、この2つの目的を果たすための特定の一手段にすぎない、というのが白山丸事件の考え方でしたね。今日は、この2つの趣旨のどちらを重視するかによって、どこまで具体的に書けば足りるかという結論が変わってくる場面を見ていきます。「共謀の上」も、その1つです。

識別説と防御権説

審判対象の限定を重視する識別説と防御範囲の明示を重視する防御権説の対応表 図:審判対象の限定を重視する識別説と防御範囲の明示を重視する防御権説の対応表

前回の2つの趣旨に対応して、学説も2つに分かれます。審判対象の限定を重視する立場を、識別説と呼びます。他の犯罪事実と区別できる程度に訴因が書かれていれば、それで足りるとする考え方です。防御権説と呼びます。被告人が防御に困らない程度まで、具体的に書かれていなければならないとする考え方です。同じ条文、同じ2つの趣旨から出発しているのに、どちらを重く見るかで、必要な特定の程度が変わってきます。迷子の館内放送で考えてみます。『水色のTシャツの、5歳くらいの女の子をお預かりしています』。ほかの迷子と区別して親に届けるのが目的なら、これで足ります。これが識別説の発想です。でも、人違いのときに親が『うちの子じゃない』とその場で言い返せる材料まで要ると考えるなら、名札の有無のような、もっと細かい情報が必要になります。これが防御権説の発想です。

実務は識別説の立場に立っていると理解されています。区別できる程度に書かれていれば、被告人もどの事実を争えばよいかは分かるので、防御もできるからです。これから見ていく共謀共同正犯や覚醒剤使用の訴因の扱いは、いずれもこの考え方で説明されます。

共謀共同正犯の設例——「共謀の上」という記載

共犯者Aの実行行為は日時場所方法まで具体的に記載されるが被告人Bとの共謀は共謀の上とだけ記載されることを示す図

具体的な場面で考えましょう。AとBが、Vを襲うことをあらかじめ話し合い、実行の当日、Aが刃物でVを刺しました。Bは離れた場所で見張りをしていただけで、直接手を下してはいません。この事件の起訴状では、Aの実行行為——いつ、どこで、どんな刃物でVを刺したか——は具体的に特定して書かれます。ところが、AとBがいつ、どこで、どのように話し合って共謀したのかは、多くの場合「Aと共謀の上」としか書かれません。実務は、識別説の立場から、これで足りるとしています。理由は2つあります。1つは、共謀は密かに行われるのが通常で、日時・場所を明示できないという特殊事情があることです。もう1つは、刑法で見たとおり、共謀は事前にじっくり話し合っていなくてもかまわず、犯行の現場での意思連絡でも足りることです。共謀の核心は、実行の時点で犯罪を一緒にやるという合意にあり、打ち合わせのような謀議の場面は欠かせないものではありません。

共謀のところが一言だけでも、ほかの事件と区別できます。Aが刺した日時・場所・方法は具体的に書いてあります。Bが問われているのは、そのAの実行と結びついた共謀です。だから、どの事件の共謀なのかは取り違えようがない。識別できている以上、識別説からは足りるわけです。

防御権説からの批判と、手続全体での応答

防御権説は共謀の日時場所が無ければ反証できないと批判しこれに対し防御は公判前整理手続の証明予定事実や冒頭陳述求釈明を含む手続全体で図られると応答することを示す板

防御権説なら、共謀の具体的な日時・場所・方法が示されなければ、被告人は自分がその場にいなかったという反証ができない、と批判するはずです。もっともな指摘です。これに対する応答はこうです。被告人の防御は、起訴状の記載だけで図られるものではありません。公判の前に争点と証拠を整理する公判前整理手続で、検察官が証明しようとする事実を示す証明予定事実、証拠調べの初めに検察官が証明しようとする事実を述べる冒頭陳述、そして裁判所への求釈明——これら手続全体を通じて、被告人は共謀の具体的な中身を知り、反証の機会を得ることができます。起訴状という1枚に、防御に必要な情報のすべてを詰め込む必要は無いんです。

義務的釈明と任意的釈明

識別できる程度に達していない訴因にだけ裁判所の釈明が義務となりそれ以外は裁判長の自由な裁量であることを示す板

求釈明という制度があります。裁判所が検察官に、記載の趣旨を説明させることです。ただ、識別説の立場からは、この求釈明が義務になるのは、訴因が他の犯罪事実と区別できる程度にすら達していない場合に限られます。それ以外は、裁判長の自由な裁量、つまり任意的釈明です。区別できる程度には達しているけれど、もう少し詳しく書いてほしいという場合は、裁判所が求めても求めなくてもよいということになります。日時も場所も書かずに『Aと共謀の上、Vを刺した』とだけ書けば、どちらの事件の共謀なのか区別できません。識別できる程度にすら達していないので、裁判所の釈明は義務になります。補正されなければ、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効にあたるとして、前回見た刑訴法338条4号で公訴棄却です。

包括一罪の包括的記載

併合罪は個々の行為ごとの区別が必要だが包括一罪は全体として区別できる包括的記載で足りることを示す板

識別説の立場が、判例ではっきり示された場面があります。1人の被害者に対して、一定の期間に、何度も暴行を繰り返してけがをさせた事件です。個々の暴行を全部バラバラに、日時ごとに特定して書けるでしょうか。何度も殴っていたら、1回1回の正確な日時なんて、覚えていないと思います。この事件は、個々の暴行が別々の犯罪ではなく、全体で1つの罪、包括一罪として扱われる関係にありました。

判例最決平26・3・17(刑集68巻3号368頁)

包括一罪の包括的記載 上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

併合罪、つまり別々の犯罪として扱う関係なら、個々の行為ごとに区別できる特定が必要です。しかし包括一罪、すなわち全体を1つの罪として扱う関係なら、個々の行為まで区別できるように特定する必要はありません。たとえば、同じ相手を3日の間に3回殴ったとき、別々の罪なら1回ずつ日時を分けて書きます。全体を1つの罪とみるなら、『何日から何日までの間に、繰り返し殴った』とまとめて書けば足ります。最高裁は、共犯者・被害者・期間・場所・暴行の態様・傷害結果——これらの記載で他の犯罪事実と区別でき、構成要件に当たるかどうかを判定できる程度に具体的であれば、それで訴因の特定に欠けるところはない、としました。これは、識別説の立場を明らかにした判断です。ただし、包括一罪なら必ずまとめ書きでよい、というわけではありません。1回ずつ特定できる証拠があるなら、できる限り特定して書くべきです。

「罪となるべき事実」説

罪となるべき事実説は構成要件該当事実に加え有罪の確信に届くほどの具体性を求める識別説より厳格な見解であることを示す板

識別説より厳しい立場もあります。「罪となるべき事実」説と呼ばれる見解です。構成要件に該当する事実の記載に加えて、裁判所が有罪だと確信できるところまで具体的に書くことを求めます。有罪判決に書く罪となるべき事実と同じ程度の具体性を、起訴の段階の訴因にも求める考え方です。識別説より一段厳格です。手がかりは条文の言葉です。刑訴法256条3項が、訴因で特定しなさいと言っているのは「罪となるべき事実」。335条1項が、有罪判決で示さなければならないと定めているのも、同じ「罪となるべき事実」です。同じ言葉である以上、同じ程度の具体性が要る、と読むわけです。被告人の防御から出発する防御権説とは別の方向から、識別説より詳しい記載を求める立場です。

この説でも、共謀の核心を、さきほど見たように実行の時点の合意と捉えれば、明確な謀議行為の日時・場所までは要求されず、「共謀の上」で足りるという結論に落ち着きます。学説の立場が違っても、共謀の中身をどう捉えるかによって、結論が一致することもあるわけです。識別説と結論が分かれる場面もあります。遺体の損傷がひどく目撃者もおらず、被告人も否認や黙秘を続けた殺人事件で、日時を数時間の幅、場所を2つの県とその周辺、方法を『不詳の方法により』と書いた訴因について、識別説の立場から特定は足りるとした裁判例があります。一方、「罪となるべき事実」説なら、裁判所が求釈明をして、それでも有罪の確信に届くほど具体的になっていなければ、特定されていないと考えることになります。同じ訴因でも、物差しを変えると結論が割れるわけです。

書かれていない部分が、有罪の心証に欠かせない事実かどうかです。共謀の例で書かれていないのは、話し合いの日時や場所です。共謀を実行の時点の合意と捉えるなら、それは初めから証明しなければならない事実ではありません。殺人の例で幅や不詳のまま残っているのは、殺害そのものの日時・場所・方法です。これでは、ほかの事件と区別はできても、殺したという心証まで届くのは通常難しい。だから結論が割れるんです。

覚醒剤使用の訴因——特殊事情と幅のある記載

覚醒剤の自己使用は単独密行性という特殊事情があり尿検査から採尿日を起点に一定期間内に少なくとも1回摂取したと推認できることを示す板

もう1つ、同じ物差しが働く場面を見ましょう。覚醒剤の自己使用です。被告人が黙秘し、目撃者もいない場合、いつ・どこで・どうやって使用したかを、検察官はどうやって特定するでしょうか。自己使用は、単独で密かに行われるのが通常だという特殊事情があります。ただし、手がかりが1つあります。被告人の尿を採取して鑑定すると、覚醒剤の成分が検出されます。体内から覚醒剤の成分が消えるまでの期間には、科学的な経験則があります。この経験則から、採尿した日を起点に、最長で2週間さかのぼった期間内に、少なくとも1回は摂取したと推認できるんです。

最終行為説による識別

幅のある日時場所摂取という記載に加え検察官が尿から検出された最終使用行為を起訴した趣旨と釈明することで他の使用事実と識別する最終行為説を示す板

そこで実務は、犯行日時を「採尿日から最長2週間遡らせた期間内」、場所を「その間に立ち寄った場所」、方法を、注射でも飲用でも吸引でも塗布でも構わないという意味で「摂取」という言葉で、幅を持たせて記載します。

判例最決昭56・4・25(刑集35巻3号116頁)

覚醒剤使用の訴因 本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

なぜこれで防御を害さないのか。ここで争われるのは、その期間内に1回でも覚醒剤を体に入れたかどうかです。いつ・どこでかは、防御の決め手になりません。立ち寄った場所は被告人自身が話すことが多いので、アリバイも大きな意味を持たないんです。そこで検察官は、冒頭陳述で「尿から検出された覚醒剤の、最終の使用行為を起訴した趣旨である」と釈明します。これを最終行為説と呼びます。被告人にもし複数回の使用歴があったとしても、起訴の対象は、採尿直近の最後の1回に限定されると分かるので、他の使用事実との識別ができるわけです。

日時・場所・方法という手段の精度を落とす代わりに、釈明という別の手段で、識別という目的をきちんと果たしているわけです。

今日のまとめ

共謀共同正犯包括一罪覚醒剤使用の3つがすべて識別できるかという1本の物差しで測れることを示す一覧板

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。訴因の特定を求める2つの趣旨のうち、審判対象の限定を重視するのが識別説、防御範囲の明示を重視するのが防御権説です。実務は識別説に立っています。2つ目。共謀共同正犯の「共謀の上」という記載は、共謀の密行性という特殊事情があるため、識別説の立場から許容されます。防御権説からの批判には、防御は手続全体で図られるという応答があります。3つ目。裁判所の釈明が義務になるのは、識別できる程度にすら達していない場合だけで、補正されなければ公訴棄却です。それ以外は任意的釈明です。4つ目。包括一罪の個々の行為は、区別できるように特定する必要はなく、全体として他の犯罪事実と区別できる包括的記載で足ります。5つ目。覚醒剤使用の訴因の特定では、密行性という特殊事情から幅のある記載が許され、検察官の釈明——最終行為説による絞り込みで、識別という目的を果たします。

今日は、共謀共同正犯も、包括一罪も、覚醒剤使用も、全部「識別できるか」という1本の物差しで測れる、という話でしたね。特殊事情があれば手段の精度は落としてよく、その分は釈明のような別の手段で補う。この構造は、白山丸事件から一貫しています。

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