刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#74

審判の対象と公訴事実の同一性

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第3章 公訴 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴状の詐欺と、法廷の窃盗

起訴状には店員をだまして上着を渡させたと書かれているが法廷では店員が渡す気などなく隙を見て持ち去られたと証言することを示す板

前回は、訴因をどこまで具体的に書けば足りるかで、識別説と防御権説が分かれるのを見ましたね?今日は、訴因そのものではなく、審判の対象は一体何なのかという、もう一段深い論点に入ります。まず、こんな場面を考えてみましょう。ある洋服店で、被告人が上着を試着したいと申し出て、店員から上着を受け取り、そのまま店の外に出てしまいました。起訴状には「被告人は、店員をだまして上着を渡させた」、つまり詐欺と書かれています。ところが、いざ法廷で店員が証言すると、様子が違いました。店員は試着室の前で待っていただけで、上着を渡す、つまり処分するつもりなど無かった。被告人は、店員が目を離した隙に、上着を持ち去っただけだった、というのです。

窃盗ではないか、という点が、まさに問題です。同じ上着、同じ日時・場所での出来事なのに、だまして渡させたのか、隙を見て持ち去ったのかで、詐欺と窃盗という、両立しない二つの評価に分かれてしまいます。先に答えを言っておきます。起訴状の詐欺のままでは、窃盗で有罪にはできません。ただし、検察官の請求で訴因を書き換えれば、窃盗で有罪にする道が開けます。今日はその仕組みを見ていきます。

裁判所が裁くのは、何なのか

裁判所が裁くのは実際に起きた出来事そのものか検察官が主張する具体的犯罪事実かという二つの選択肢を示す板

この疑問に答えるには、そもそも裁判所が裁いているのは何なのかを、はっきりさせる必要があります。これを審判対象論と呼びます。考え方は、大きく二つに分かれます。一つは、実際に起きた出来事そのもの——事件の背後にある社会的な事実そのものを裁くべきだ、という考え方。もう一つは、検察官が主張する具体的な犯罪事実、つまり訴因を裁くべきだ、という考え方です。刑訴法256条を見ると、起訴状には「公訴事実」と「訴因」の両方を書けと求められています。この二つの言葉が、同じことを指しているのか、それとも別のことを指しているのかが、そもそも問題になるからです。

公訴事実対象説と訴因対象説

審判対象を実際に生じた本当の事実そのものとする公訴事実対象説と検察官が主張する具体的犯罪事実とする訴因対象説の対応表

この二つの立場に、それぞれ名前が付いています。審判対象は公訴事実——実際に生じた本当の事実そのものだ、とする立場を、公訴事実対象説と呼びます。この立場では、訴因は検察官による単なる法的評価、法律構成にすぎないと見ます。だから、裁判所は検察官の言い分に縛られる必要はなく、事件そのものを自ら調べて裁くべきだ、という発想になります。裁判所が自ら事実を掘り起こして審理する、職権主義の考え方です。裁判所が裁くのは上着をめぐる出来事そのもの、ということになりますから、起訴状に詐欺と書いてあっても、法廷で分かった窃盗の方で、そのまま有罪にできる、という発想につながります。

審判対象は訴因——検察官が特定の構成要件に当てはめて構成した、具体的な犯罪事実だ、とする立場が、訴因対象説です。こちらは通説であり、実務の立場でもあります。

訴因対象説の理由——当事者主義の条文

起訴状一本主義訴因の明示証拠調べ請求権訴因変更請求権という四つの条文が検察官と被告人を対等な当事者とし裁判所を中立の審判者とする当事者主義を支えることを示す板

現行の刑訴法は、当事者主義という構造を採っています。検察官と被告人・弁護人が、対等な当事者として主張し合い、裁判所は中立の審判者として、その主張を審査する、という構造です。256条6項の起訴状一本主義——裁判所に予断を与える書類を事前に見せないという規定も、256条3項の訴因明示も、298条1項が証拠調べの請求権を当事者に与えていることも、すべて同じ構造の表れです。そして、これから見る312条1項の訴因変更の請求権も、検察官にあります。訴追者である検察官に、訴追対象の設定を委ねるべきだ、という考え方です。もし裁判所が訴因を無視して、勝手に別の事実を認定してしまえば、被告人にとって不意打ちになります。だから、訴因が審判対象だ、という結論になるんです。

条文刑訴法256条3項

刑事訴訟法第256条3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

この条文が求めているのは、公訴事実を訴因という形で明示することです。つまり256条3項でいう公訴事実は、訴因とほぼ同じ意味で使われています。実は「公訴事実」という言葉には、もう一つ別の意味があるのですが、それはこの後で見ていきます。「公訴事実」という同じ言葉に二つの意味がある点は混同しやすいので、後ほどはっきり区別します。ともかく、学説にも判例にも、審判対象は訴因である、という点で異論はありません。では、冒頭の設例に戻りましょう。

試着室からの持ち去り——訴因の拘束力に突き当たる

被告人と店員の間でだまして渡させたという起訴状の主張と隙を見て持ち去ったという法廷の心証という両立しない二つの評価が対立することを示す関係図

審判対象が訴因だとすると、裁判所は起訴状に書かれた訴因、つまり詐欺の枠の中でしか判断できません。法廷での証言から、店員に上着を渡す意思など無かった、被告人が隙を見て持ち去っただけだと分かっても、裁判所は勝手に窃盗として認定することはできないんです。訴因の明示を見た回で、訴因の拘束力と呼んだものです。詐欺という評価に必要な、店員をだまして錯誤に陥らせ、財物を交付させたという事実が、証拠上認められない以上、訴因どおりの詐欺では認定できません。このままでは、無罪判決を出すほかありません。

無罪→再訴の不合理、そして訴因変更

無罪判決を受けて検察官が別の訴因で再び起訴すれば被告人は再度応訴の負担を負い訴訟経済にも反するため312条1項の訴因変更という道があることを示す板

持ち去ったことははっきりしているのに無罪、というのは、もっともな違和感です。もしここで無罪判決を確定させ、検察官が改めて窃盗として起訴し直す、ということになったらどうなるでしょうか。被告人は、また一から裁判を受けなければならなくなりますね。被告人はもう一度応訴の負担を負い、検察官・裁判所にも重ねて労力と費用がかかります。これは訴訟経済に反しますし、被告人にとっても酷です。法廷で見えてきた事実に合わせて訴因を書き換える制度が、実際にあります。訴因変更です。

条文刑訴法312条1項

刑事訴訟法第312条1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

この条文が求めているのは、検察官の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限度で、裁判所は訴因の追加・撤回・変更を「許さなければならない」ということです。裁判所の自由な裁量ではなく、要件を満たせば許可する義務があります。訴因の書き換えを認めることで、無罪→再訴という遠回りをせずに、目の前の手続の中で正しい罪に到達できるようにする。それが訴因変更制度です。

変更・追加・撤回、補正・訂正の区別

訴因の交換的な書き換えである変更と予備的訴因を付け足す追加とそれを除去する撤回起訴状の瑕疵を直す補正訂正との違いを示す表

312条1項が扱う「追加・撤回・変更」には、それぞれ違いがあります。変更というのは、起訴状に書かれた訴因を、性質の異なる別の犯罪事実にまるごと入れ替えることです。今回の設例で、詐欺の訴因を窃盗の訴因に丸ごと入れ替えるなら、これに当たります。追加は、もとの訴因と予備的、または択一的な関係にある訴因を、付け足すことです。撤回は、そうした予備的な訴因や、一罪の関係にある事実を取り除くことです。実務では、交換的な変更よりも、もとの訴因、これを本位的訴因と呼びますが、これを維持したまま、予備的な訴因を追加する形が一般的です。詐欺の訴因を残しつつ、予備的に窃盗の訴因も追加しておく、というやり方です。

なぜ追加が多いのかというと、審理の最後まで、詐欺と窃盗のどちらで認定されるか分からないことがあるからです。詐欺を窃盗に丸ごと入れ替えたあとで、やはり店員はだまされて渡していたと分かったら、今度は詐欺で有罪にできなくなってしまいます。予備的というのは、まず本位的訴因の詐欺を判断し、それが認められないときに初めて窃盗を判断してもらう、という順番付きの並べ方です。これに対して択一的は、どちらを先に判断してもよい、という並べ方です。ここまでの変更・追加・撤回は、訴因の中身を書き換える話です。これとは別に、起訴状そのものに瑕疵があるときの「補正」「訂正」という制度もあります。訴因の特定に重大な瑕疵があって起訴状が無効になりかねない場合の手当てが補正、瑕疵がそこまで重大でない場合の書き直しが訂正です。312条1項の訴因変更とは、別の話だと押さえておいてください。

訴因変更の3つの問い

訴因を変更しないと認定できないかという要否新訴因が公訴事実の同一性の範囲内かという可否範囲内でも許可すべきでない事情はないかという許否という三つの問いを示す板

訴因変更をめぐる問題は、実は三つの問いに整理できます。一つ目は要否——そもそも訴因を変更しないと、その事実を認定できないのか、という問いです。多少の食い違いなら、変更せずそのまま認定してよい場合もあります。二つ目は可否——変更するとして、新しい訴因が、もとの訴因との関係で、公訴事実の同一性の範囲内にあるか、という問いです。三つ目は許否——同一性の範囲内だとしても、時機に遅れた変更など、許可すべきでない事情はないか、という問いです。そこで一つ、考えてみてください。冒頭の設例、詐欺から窃盗への書き換えは、要否・可否・許否のどの問いに当たるでしょうか。

今日の設例は、可否の問題に当たります。今日は、まず地図として、三つを区別できるようにしておきましょう。

公訴事実の同一性——機能概念

公訴事実の同一性は事件の背後にある社会的事実ではなく旧訴因と新訴因を見比べて一定の関係が認められるかを判断する訴因変更の限界を画する機能概念であることを示す板

では、可否を分ける「公訴事実の同一性」とは、何なのか。ここで、さきほど触れた「公訴事実」のもう一つの意味が出てきます。256条3項の公訴事実は、訴因とほぼ同じ意味でしたね。ところが、条文の312条1項の「公訴事実の同一性」というときの公訴事実は、事件の背後にある社会的な事実を指しているのではありません。変更前の訴因、これを旧訴因と呼びますが、この旧訴因と変更後の新訴因とを見比べて、たとえば同じ機会・同じ客体をめぐる話だといえるくらい重なりがあるなら、「公訴事実の同一性がある」と扱うんです。訴因変更の限界を決めるための機能概念にすぎない、と理解されています。なぜ、事件そのものが同じかどうかで測らないのか。審判対象は訴因だ、と決めたからです。変更できる範囲を事件そのもので測ると、裁判所が訴因の外にある事実を探しにいくことになり、さっきの公訴事実対象説に戻ってしまいます。訴因変更の可否は、旧訴因と新訴因が似ているかどうか、という比較のアプローチで判断するのが基本です。今日の設例でいえば、法廷で本当は何があったかを裁判所が探し出す、という話ではありません。「だまして渡させた」という詐欺の訴因と、「隙を見て持ち去った」という窃盗の訴因、この二つを並べて見比べる、ということです。

単一性と狭義の同一性

実体法上一罪の関係にある単一性と実体法上両立せずどちらか一方でしか処罰できない関係にある狭義の同一性という二つの類型を示す表

この「比べて似ているか」を判断する場面は、大きく二つの類型に分けて論じられます。一つは公訴事実の単一性——新旧両方の訴因が、実体法上一罪、つまり刑法の罪数論で一つの犯罪として扱われる関係にある場合です。告訴の不可分を見た回で、他人の家に侵入して現金を盗めば、住居侵入と窃盗は手段と結果の関係にあるので、本来は二つの罪でも、刑を決めるときは一つにまとめて扱う科刑上一罪になる、と見ましたね。旧訴因が窃盗で、新訴因がその家への住居侵入なら、両者は科刑上一罪の関係にあるので、単一性が認められます。一罪には刑が一つしか科されませんから、同じ手続の中で書き換えて、まとめて裁けばよいんです。もう一つは狭義の同一性——実体法上一罪の関係にはなくても、新旧両方の訴因が両立せず、どちらか一方でしか処罰できない関係にある場合です。冒頭の設例の詐欺と窃盗が、まさにこの関係に当たります。

詐欺と窃盗のどちらか一方でしか処罰できないという関係にあるので、狭義の同一性が認められます。だからこそ、裁判所は詐欺の訴因を窃盗の訴因に書き換えることが許されるんです。たとえば、同じ被告人が先月、別の店で財布を盗んでいたとします。上着の詐欺の訴因を、この財布の窃盗に書き換えることはできません。二つは一罪でもなく、両方とも同時に成り立ちうる別々の出来事だからです。財布の件を裁きたければ、検察官は別に起訴するしかありません。

同じ範囲が効く場面——一事不再理と二重起訴

訴因変更が可能な範囲一事不再理効の客観的範囲二重起訴の禁止という三つの場面で公訴事実の同一性という同じ物差しが効くことを示す板

この「公訴事実の同一性」が及ぶ範囲は、訴因変更の場面だけで終わりません。以前、公訴棄却の判決を見たとき、無罪判決とは違って、あるものが無かったという話をしましたね。覚えていますか。たしか、公訴棄却には、一事不再理の効力が無い、という話でした。無罪や有罪の判決には、一事不再理効——同じ事件で二度と裁判にかけられないという効力が生じます。この一事不再理効が及ぶ範囲は、公訴事実の同一性が及ぶ範囲、つまり訴因変更が可能な範囲と同じだと理解されています。冒頭の設例でいえば、上着の件が窃盗として有罪で確定したら、検察官が後から同じ上着の件を、今度は詐欺として起訴し直すことはできません。一つの裁判の中で詐欺にも窃盗にも書き換えられた以上、その範囲は一回の裁判で決着させるべきだからです。同じ範囲について、もう一つ効いてくる規律があります。二重起訴の禁止です。一つの事件の裁判が続いている間に、同じ事件をもう一度起訴することはできません。同じ裁判所に重ねて起訴すれば、後の起訴は、338条3号により、公訴棄却の判決で打ち切られます。たとえば、詐欺の訴因で裁判が続いている最中に、同じ上着の件を窃盗として別に起訴する、といったことです。窃盗なら、今の裁判の中で訴因を書き換えれば裁けます。わざわざ別の裁判を立てれば、被告人は同じ上着の件で二つの裁判に応じる負担を負い、判決が食い違うおそれも出てきます。だから、書き換えで対応できる範囲では、別の起訴は許されないんです。訴因変更が可能な範囲、一事不再理効の範囲、二重起訴が禁止される範囲——この三つは、すべて同じ物差し、公訴事実の同一性によって画されているんです。

訴因変更の手続

検察官が書面で請求し裁判所が謄本を被告人に送達して意見を聴き防御に実質的な不利益が生じるおそれがあれば公判手続を停止することを示す板

ここで、訴因変更の手続を確認しておきましょう。訴因変更は、検察官が裁判所に請求し、裁判所が許可することで行われます。この請求は書面によることが法律で求められています。検察官はその書面の謄本、つまり写しを裁判所に提出し、裁判所がそれを被告人に送達します。ただし、被告人が在廷している公判廷でなら、口頭による請求も認められています。そして、被告人側の意見も聴かれます。訴因が変わったことで、被告人が防御するうえで実質的に不利になりそうなときは、被告人又は弁護人からの請求があれば、裁判所は決定で、防御の準備に必要な期間、公判手続を止めなければなりません。書き換えを認める一方で、被告人が不意打ちを受けないよう、手続の中で手当てがされているんです。

なぜ「社会的事実」から「訴因」へ

かつては公訴事実を社会的事実そのものとし訴因をその法律構成と理解していたが現在は訴因に書かれた事実の存否を審理判断すると理解することを示す表

今日見てきた理解は、実は最初から一つに定まっていたわけではありません。かつては、公訴事実とは法律評価を受ける前の社会的な事実そのもの、訴因とはそれを検察官が法律的に構成したものだ、という理解がありました。この理解では、訴因変更の可否も、裁判所が心証として抱く社会的事実が同一かどうかで判断されることになります。ですが、これでは裁判所が訴因の外にある事実まで探知して審判できることになってしまい、検察官に訴追対象の設定を委ねた意味が失われてしまいます。そこで現在は、検察官が主張している訴因に書かれた事実が本当にあったかどうかを、裁判所が調べて判断する、という理解になっています。学説・判例とも、審判対象を訴因とする点で、異論はありません。

今日のまとめ

審判対象は訴因であり訴因がずれたら312条1項の訴因変更制度で書き換え可否を画するのが公訴事実の同一性で同じ範囲が一事不再理効二重起訴禁止にも効くという地図を再掲する表

今日渡した地図を、振り返りましょう。一つ目。裁判所が裁くのは、実際に起きた出来事そのものではなく、検察官が主張する訴因です。当事者主義の帰結として、訴因対象説に異論はありません。二つ目。訴因が審理で見えた事実とずれたら、312条1項の訴因変更制度で書き換えます。検察官の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限度で、裁判所は許可する義務を負います。三つ目。訴因変更には要否・可否・許否という三つの問いがあり、可否の枠を決めるのが公訴事実の同一性です。これは社会的事実そのものではなく、旧訴因と新訴因を比べる機能概念で、単一性と狭義の同一性の二つの類型に分かれます。四つ目。この公訴事実の同一性が及ぶ範囲は、一事不再理効の範囲や、二重起訴が禁止される範囲とも一致します。

冒頭の詐欺と窃盗の設例は、その中でも可否——狭義の同一性の問題だった、ということですね。

参照条文

  • 刑訴法256条3項
  • 刑訴法312条1項

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