訴因変更の許否と時機的限界
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第3章 公訴 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
枠の中にいても、なお許されない変更

前回までに見た、公訴事実の同一性の二つの顔——罪数で一つの罪にまとまるかを見る単一性と、日時や場所がずれても同じ事実と言えるかを見る狭義の同一性、覚えていますか?旧訴因と新訴因がこの枠の中に入っていれば、訴因変更は可否のレベルではクリアです。同一性の枠に入りさえすれば請求は必ず通る、という理解には、実は落とし穴があります。今日見るのは、枠の中にいてもなお、裁判所が変更を許さないことがある場面です。同一性の枠に入っていること、つまり可否がOKであることと、この請求を今、通してよいこと、つまり許否がOKであることは、別の問題なんです。
問題の所在——「許さなければならない」は無条件か

前回までに確認した312条1項を思い出してください。「公訴事実の同一性を害しない限度において」「許さなければならない」という文言でした。文言だけ見れば、裁判所は必ず許すしかないように見えます。しかし刑事訴訟法には、もう一つ見ておくべき条文があります。同じ312条の7項です。
条文刑事訴訟法第312条7項
刑事訴訟法第312条7項 裁判所は、訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。
この条文が前提にしているのは、訴因変更には被告人の防御に負荷をかける側面がある、ということです。312条1項は原則として許可を義務づけますが、その負荷への応急処置として、同じ条の7項に公判手続の停止が用意されている。公判手続を停止すれば、たいていの不利益は準備の時間で埋め合わせられます。ただ、負荷があまりに大きく、一時停止という応急処置では埋め合わせがきかない場合があります。裁判例には、そういう場合に、312条7項よりもう一段重い対応に踏み込んだものがあります。変更そのものを許可しない、という対応です。今日はその境界線を、二つの場面で見ていきます。
もみ合いの傷害——結審間近に蒸し返された「蹴った行為」

一つ事件を用意します。飲食店で客どうしがもみ合いになり、AがBにけがをさせたという傷害の訴因で起訴されました。審理の中で、弁護人が求釈明、つまり裁判長を通じて検察官に説明を求めました。「もみ合いのどの行為を罪に問うのか」と。検察官は「Bを突き飛ばした行為に限る。その後に蹴ったかどうかは訴因に含めない」とはっきり答えました。Aの弁護人は、それを前提に防御を組み立てます。争うのは突き飛ばしについてだけだ、と。ところが、約2年半にわたる審理を経て、結審間近、つまり審理を締めくくる直前になったところで、検察官が「やはり蹴った行為も加えたい」という訴因変更を請求しました。突き飛ばしも蹴りも、同じもみ合いの中で、同じBに続けて加えた暴行で、けがという結果も一つです。罪数でいえば全体で一つの傷害罪、つまり一罪です。旧訴因と新訴因が一つの罪にまとまるので、単一性の顔で見て、公訴事実の同一性の枠には入っています。可否はクリアです。一度は対象にしないと明言した蹴った行為を、最後の最後になって復活させる。これは許されるでしょうか、許されないでしょうか。理由も考えてみてください。
求釈明で除外した事実の復活——福岡高裁那覇支部の判断

先ほどの設例は、実際にあった裁判例の骨格を借りたものです。当初は暴行の態様があいまいな訴因で起訴され、弁護人の求釈明を受けて検察官が「その事実は訴因から外す」と明言し、それから約2年6か月、18回にわたる公判を重ねて結審間近になったところで、検察官が外したはずの事実を追加する訴因変更を請求しました。裁判所はこの請求を許しませんでした。判決の判断は、二段に分かれます。一段目は、同一性の枠の中の請求でも許さないことがありうるか、という一般論。二段目は、この事件の請求がそれに当たるか、という評価です。
判例福岡高那覇支判昭51・4・5判タ345号321頁
訴因変更請求そのものを許さないとした判断 検察官の請求そのものを許さないことが、例外として認められると解するのが相当である。
312条7項の公判手続停止のような応急処置では足りない、というレベルの判断です。判決は、公判手続の停止で手当てする不利益が「当事者主義の基本原理であり、かつ、裁判の生命ともいうべき公平を損うおそれが顕著な場合」に限って、この例外が認められるとしています。当事者主義とは、検察官と被告人の双方が主張と立証をぶつけ合い、裁判所はそれを受けて判断する、という今の刑事裁判の基本の形でした。相手の主張を前提に防御を組めることが、その公平の土台です。そのうえで、この請求は誠実な訴訟上の権利の行使とは言いがたい、と評価しました。
刑事訴訟規則の1条2項です。
条文刑事訴訟規則第1条
刑事訴訟規則第1条 この規則は、憲法の所期する裁判の迅速と公正とを図るようにこれを解釈し、運用しなければならない。 訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない。
検察官の訴因変更請求も、この規則1条2項が言う「訴訟上の権利」の行使です。誠実に行使されているとは言いがたい、というのが判決の評価でした。
図:福岡高裁那覇支部が挙げた誠実さを欠く五つの事情を示す板
判決がこの評価の根拠として挙げた事情は、おおよそ次の五つです。一つ、検察官自身が求釈明で明瞭に除外した事実を、改めて復活させるに等しい請求であること。二つ、追加すれば被告人は防御の範囲を大きく広げなければならず、別の罪としても処罰される危険にさらされること。三つ、約2年6か月、一貫して維持してきた検察官の主張が成り立ちがたくなった、結審に近い段階での請求であること。四つ、被告人側は除外された事実について、防御の準備をまったくしてこなかったこと。五つ、被告人側の一貫した主張が功を奏したかに見える段階だったこと。
ここから読み取れるのは、312条7項の停止で被告人に渡せるのが準備のための時間だけだ、ということです。検察官の「外す」という明言を前提に2年半かけて組み立てた防御の方針は、時間を足しても元に戻りません。つまり、停止という応急処置では埋め合わせがきかない、ということです。そのうえで、この新しい争点を扱うには新たな証拠調べや防御活動が必要になり、訴訟がさらに長引きます。規則1条1項が定める迅速な裁判の趣旨にも反する、という指摘も加わります。この判決が判断したのは、検察官自身が除外を明言した事実を復活させる、という場面です。先ほどのAの事件も同じ構図です。検察官自身の明言、それを前提にした2年半の防御、結審間近の蒸し返し。許されない方向に強く傾きます。
許否の判断枠組み——何が決め手か

ここまでを一般化しておきましょう。時機的限界の判断は、審理期間の長さだけでは決まりません。さっきの設例も2年半でしたけど、単に「時間が経ったからダメ」ということではないんですか。違います。決め手になるのは、検察官の従前の訴訟態度、被告人の防御上の不利益の程度、そして新旧両訴因の関係を総合したものです。検察官自身が事実を除外すると明言し、被告人側がそれを信頼して防御を組んでいたという経緯があってはじめて、結審間近という時機が、致命的な不意打ちとして働きます。同じ2年半でも、検察官が一度も態度を変えず、被告人側も除外された事実の存在を知っていたような事件であれば、結論は違ってくるでしょう。
312条1項の「許さなければならない」は、同一性の枠内であることを必要条件にしていますが、それだけで十分とまでは意味しません。規則1条2項の誠実な権利行使、規則1条1項の迅速な裁判という観点から見て著しい不利益が生じる、例外的な場合には、不許可がありうるんです。
公判前整理手続とは何のための手続か

ここまでは、時機と防御上の不利益という角度から見た許否でした。もう一つ、別の角度から許否が問題になる場面があります。公判前整理手続を経たあとの訴因変更です。以前、争点を決める主導権は当事者にある、という話の中で少しだけ触れましたね。今日はその中身に入ります。公判前整理手続とは、第一回の公判期日より前に、事件の争点と証拠をあらかじめ整理しておく手続です。
条文刑事訴訟法第316条の2第1項
刑事訴訟法第316条の2第1項 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。
争点が何かをあらかじめ決め、その争点を立証するにはどんな証拠を取り調べるかまで計画を立てておく。これによって、公判が始まってから右往左往せず、充実した審理を継続的・計画的・迅速に進められます。工事にたとえると、着工前に工程表を組むようなものです。どの作業をいつやるか、どの職人をいつ呼ぶかを先に決めておくから、工事が途中で止まりません。公判も同じで、争点を先に決めておくから、検察官も弁護人もその争点に絞って証拠を用意でき、期日をまとめて入れられるんです。工程表どおりに、職人も資材も手配済み、という状態です。そこへ工程表に無かった土台からのやり直しを求められたら、工程表は丸ごと無駄になります。逆に、壁紙の色を変える程度なら、工程表はそのまま使えます。
公判前整理手続で決めた争点や審理計画を、公判が始まったあとの訴因変更で覆してしまうと、せっかく手続を経た意味がなくなってしまいます。ここでも、同一性の枠には入っている変更が、なお制限されることがあるわけです。ただし、守ろうとしているものは、さっきの時機的限界とは違います。時機的限界が守っていたのは、不意打ちを受けない被告人の防御でした。こちらが守るのは、争点を絞って審理計画を立てるという手続そのものの働きです。だから物差しも、防御上の不利益の大きさではなく、整理した争点と審理計画をどれだけ壊すかになります。
公判前整理手続後の訴因変更——争点整理の趣旨を壊すかどうか

実際の事件を見てみましょう。業務上過失致死の訴因で起訴された事件が、公判前整理手続に付されました。そこで整理された争点は、「被告人が事故を起こして逃げた犯人かどうか」という一点でした。過失の中身そのものは、争点にはなっていませんでした。ところが、公判での証拠調べが進むうちに、事故の態様が当初の訴因とは違っていたらしいことが分かってきました。検察官は、注意義務の内容、つまり過失の中身についての訴因変更を請求します。判決は、まず許否を判断する枠組みを示し、次にそれをこの事件に当てはめています。
判例東京高判平20・11・18判タ1301号307頁
争点整理の趣旨を没却する訴因変更は許されないとした判断 充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されないものと解される。
裁判所は、公判前整理手続の趣旨、つまり「事件の争点を明らかにし、証拠を整理することによって、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるようにするため」という目的そのものを、壊すような訴因変更請求は許されない、という枠組みを示しました。

判決は、当てはめで二つの点を指摘しました。一つ、争点になっていたのは「犯人性」であって、変更が問題にしているのは「注意義務の内容」です。整理した争点自体がずれるわけではありません。二つ、追加で必要になる証拠調べは、検察官側の立証はごくわずかで、弁護側の立証を含めても一回の期日で終わる程度でした。審理計画を大きく組み直す必要はありません。争点もずれず、追加の審理もわずかで済むなら、争点整理の趣旨は壊れません。この二つから、訴因変更請求は許可されました。整理された争点そのものを動かすか、審理計画を大きく組み直す必要があるか。この二点が、公判前整理手続後の許否を分ける物差しになります。なお、この判決そのものは許可した例です。物差しの反対側、工程表で言えば土台からのやり直しに当たる変更が来れば、不許可の側に傾くことになります。
論文の型

最後に、今日の内容を答案の型として整理しておきましょう。
⭐ 論文で書く規範:訴因変更の検討順序(可否→許否) ①公訴事実の同一性の枠内か(単一性・狭義の同一性)を検討し肯定する/②枠内であってもなお、時機的限界(検察官の従前の訴訟態度・被告人の防御上の不利益)または公判前整理手続の趣旨没却(争点のずれ・追加証拠調べの規模)から、許否を検討する (訴因変更の答案の流れ)
まず可否、つまり同一性の枠内かどうかを検討して肯定する。そのうえで、なお許してよいかという許否を検討する、という順序を崩さないでください。許否の当てはめは、時機的限界の枠組みが問題になっている事案なのか、公判前整理手続後の枠組みが問題になっている事案なのかを、まず見極めてから当てはめます。
今日の地図(保存版)

今日のまとめです。312条1項は、公訴事実の同一性の枠内であれば訴因変更を許さなければならないと定めますが、それは無条件の義務ではありません。312条7項の公判手続停止という応急処置では埋め合わせられないほど著しい不利益があるとき、裁判例は請求そのものを許さないことがあります。福岡高裁那覇支部の判決は、検察官が自ら除外すると明言した事実を、長期の審理を経た結審間近に復活させる請求について、誠実な訴訟上の権利の行使とは言いがたいとして、これを許しませんでした。もう一つの角度が、公判前整理手続後の訴因変更です。東京高等裁判所は、争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されない、という枠組みを示しました。整理された争点自体が動くか、追加の証拠調べで審理計画を大きく組み直す必要があるか。この二点が、この事件での当てはめの分かれ目でした。
同一性の枠に入っているかどうかだけでなく、その請求が今このタイミングで誠実なものか、争点整理を壊すものではないか、というところまで見るんですね。可否の枠を固めたら、そこで終わりではなく、許否まで視野に入れる。これが今日の到達点です。
参照条文
- 刑事訴訟法第312条7項
- 刑事訴訟規則第1条
- 刑事訴訟法第316条の2第1項