前科証拠による犯人性の推認
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第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入

具体的な場面で考えます。夜、駐車中の車に入り込み、現金を盗む事件が起きました。犯人はAかどうかが争われています。Aには、鍵のかかっていない車から現金を盗んだ前科が、まったく同じ手口で10件あります。検察官は、この前科を証拠として請求しました。ところが、原則として、この使い方は認められません。それでも、前科で犯人を推認してよい場合が、例外的にあります。先に答えを言うと、性格を通さずに、前科と今回の共通点だけで、同じ人物だと言えるときです。今日は、原則と例外の線を、最高裁の判例の言葉で引きます。
前科証拠の推論構造——二段の推認

ここで、1問です。前回、関連性の有無は3つの視点で判断しました。推論構造、推認力、あと1つは何でしたか?偏見や誤導の危険、でした。推論構造と推認力を、その危険と比べるのでした。では、前科の証拠を、この3つの視点で見ます。まず推論構造、つまり、どんな経験則でつなぐかです。前科という過去の事実から、Aは、この種の犯罪をする性格の人だ、と推認します。これが1段目です。次に、その性格だから、今回もやったのだろう、と推認します。これが2段目です。どちらの段も、不確かなのです。1段目の、この人はそういう性格だ、というのは人格評価です。データや経験で裏付けられているとは言いにくい、つまり実証的根拠が乏しい判断です。2段目も、その性格が今も続いていて、たまたま今回の犯行に現れたのだ、と言える保証がありません。不確かな推認が、2回重なります。推認力は弱く、それでいて、あの人は悪い人だ、という印象が強く残ります。偏見の危険は大きいのです。
弱い推認が、強い印象に化けてしまう。そこに、危険の正体があります。
判例の出発点と規範

最高裁の判例は、まず、前科にも価値があることを認めます。そのうえで、危険を2つ挙げます。判旨を、そのまま読みます。
判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁
前科証拠の価値と、2つの危険 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。
争点の拡散とは、前科の中身、たとえば、前の事件は本当に被告人の仕業だったのか、といった争いに、審理が広がってしまうことです。今回の事件の本題から、離れていきます。では、だからどう判断するのか、という部分を読みます。
判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁
前科証拠の証拠能力と、犯人性の証明に用いる場合の判断枠組み したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。
前回の言葉で整理します。少しでも役に立つか、という自然的関連性は、前科にもあります。それでも、判断を誤らせるおそれが大きいので、使えないことがある。これが法律的関連性の問題で、前回見た悪性格証拠の代表例が、この前科です。なお、判旨自体は、法律的関連性という言葉を使っていません。前回の整理につなげて、理解してください。条件は、3つの要素に分けられます。1つ目は、前科の犯罪事実が、顕著な特徴を有すること。2つ目は、その特徴が、起訴された事実と相当程度、類似すること。3つ目は、そこから、それ自体で、犯人が同一だと合理的に推認できること。この3つの言葉を、答案で落としてはいけません。ただし、この3つの要素は、犯人が誰かの立証に使う場合の条件です。故意など、ほかの事実の立証に使う場合までは、この判決は示していません。また、これは判例が解釈で立てた規範であって、条文の要件ではありません。
⭐ 論文で書く規範:前科証拠で犯人性を立証する規範 前科の犯罪事実が顕著な特徴を有する | 起訴事実と相当程度類似する | それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させる (判例が立てた規範(条文の要件ではない))
3つの要素の意味——折り鶴と車の対比

2つの設例で比べます。設例1。犯人は、住宅に入って金品を盗むたびに、玄関に、自分で折った赤い折り鶴を1羽、置いて帰ります。同じ地域で前に3件あり、今回も、その折り鶴が残っていました。Aは、前の3件を犯したことが認められています。折り鶴のように、他の人はまずやらない特徴が、顕著な特徴です。それが今回も共通していれば、犯人は、他の誰かではなくAだ、と絞り込めます。第三者が犯人である可能性が、ぐっと下がるのです。ここで大事なのは、Aは折り鶴を置く性格だ、という話をしていないことです。前の3件と今回で、同じ、まれな特徴が現れているので、同じ人物だと言える。これが、それ自体で、ということです。筆跡が同じなら、同じ人物が書いた、というのに近い考え方です。設例2は、冒頭の車の事件です。鍵のかかっていない車から現金を盗む、というやり方は、ありふれています。同じ手口の人は、他にもたくさんいます。
手口だけでは、Aに絞ることができないので、結局、Aは、こういうことをする人だ、という性格を経由して、今回もやっただろう、と考えるしかなくなります。それが、二段の推認です。ここで、少し考えてください。設例2の10件の前科は、なぜ犯人性の立証に使えないのか。顕著な特徴と、それ自体で、という2つの言葉を使って、答えてみてください。車の中の現金を盗む手口は、誰にでもできるので、Aに絞る力を持ちません。性格の推認を挟まないと、今回の犯行に届かないのです。特徴の顕著さと、類似の程度が合わさって、推認力が決まります。1つ目と、2つ目の両方がそろった結果として、3つ目の、それ自体で同じ人物だと推せるか、が決まる、という関係です。ありふれた特徴が、いくら似ていても、推認力は強くなりません。要するに、この3つの要素は、偏見や誤認といった弊害を上回るだけの推認力があるか、を見るための切り口です。
当てはめ——最高裁の事案で足りなかったもの

次に、判例の事案です。ここは、判決が認定した事実と、検察官の主張、最高裁の判断を、分けて聞いてください。被告人は、現住建造物等放火、つまり、誰かが住んでいる建物などに火を付ける罪などで起訴され、何者かが放火したこと自体は争わず、自分が犯人であることを争いました。被告人には、窃盗の前科と、放火の前科があります。検察官は、窃盗で欲しい金品が得られなかった腹立ちから放火する、という前の放火と同じ動機で、特殊な手段方法だと主張して、前科の証拠を請求しました。第一審は、関連性がないとして、請求を退けました。原審の高裁は、放火の前科には、動機や手段方法に共通点があり、特徴的な行動傾向が固着化している、として、退けたのは違法だと判断しました。最高裁は、この原判決を破棄しました。
検察官が言った、特殊な手段方法、というのは、認められたのですか。違います。それは、検察官の主張です。最高裁は、原判決が指摘した共通点を前提にしても、顕著な特徴とはいえない、と判断しました。最高裁の判断は、大きく3つに分かれます。動機と態様は顕著な特徴か。原審の、固着化という評価をどう見るか。そして、時間の間隔などの事情です。まず、1つ目です。
判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁
当てはめ——動機・態様は顕著な特徴といえない 窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。
1つ目が、顕著な特徴がない、という点でした。2つ目が、原審の、固着化、という言葉です。最高裁は、これを、強く習慣化している、あるいは性格に根付いている、という意味だろうと読みました。ただ、単に何度も繰り返しているというだけでは、そうは認められず、実証的根拠の乏しい人格評価だ、としました。3つ目に、前の放火は、今回の事件の17年前で、その間に服役期間もあり、当時と同じ犯罪傾向が続いていたとは推認しにくい、と述べました。二段の推認の2段目、その性格が今も続いているか、が怪しくなるわけです。今回の放火の前後、約1か月の間に、被告人自身が、31件の窃盗をしたと述べています。起訴はされていませんが、その多くは、十分な金品を得ていないとみられます。それなのに、放火はしていません。金品が取れなかったら放火する、という傾向があるなら、これらの場面でも放火が出そうなものです。今回だけ放火の傾向が出た、とは考えにくいのです。結論の部分を読みます。
判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁
当てはめ——結論 本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。
ただし、この判決は、前科証拠を一律に禁じたのではありません。この事案の前科に、顕著な特徴が足りなかった、という判断です。折り鶴のような特徴があれば、結論は変わりえます。当てはめは、3つの順に書きます。特徴が顕著か。類似の推認力は強いか。人格評価を介していないか。この順番で、事案に即して、確かめていきます。
人格評価を介さない推認の余地

性格を通らなければ、前科を使える場合は、ほかにもありますか。あります。たとえば、ある条件になると、いつも決まった反応をする、習慣に近い行動様式を、十分な数で示せる場合です。たとえば、金品が取れなかった窃盗の場面が何十回もあって、そのたびに必ず同じやり方で火を付けていた、と示せる場合です。先ほどの固着化とは違い、性格を評価するのではなく、この条件ならこの反応、という事実の積み重ねそのものから推すのです。また、前科や常習性そのものが、犯罪の成立要件に含まれる場合もあります。たとえば、常習賭博罪では、賭博を繰り返す習癖そのものが罪の中身です。過去の賭博は、性格を推すためではなく、その要件を直接に証明するために使います。どちらも、人格評価を介さない推認だから、許される余地がある、という整理です。ただ、判例自身が述べているわけではないので、ここでは、名前を知っておく程度で十分です。なお、前科を記した書面には、関連性とは別に、伝聞の問題も残ります。また、量刑の資料として前科や余罪を見る場面は、犯人性の立証とは別の話です。どちらも、別の回で扱います。
今日の地図(保存版)

今日のまとめです。前科の推論は、前科から性格、性格から今回の犯行、という二段で、どちらも不確かです。そのため、前科証拠は、価値があるだけでは使えず、人格評価で誤らないと認められるときに初めて許されます。犯人性の立証に使うには、前科の内容が顕著な特徴を有し、起訴事実と相当程度類似して、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させることが必要です。ここは、論文でも論点になりうるところです。判例の事案で足りなかったのは、3点です。動機も態様も、際だった特徴とはいえませんでした。固着化というのは人格評価でした。そのうえ、17年の間隔などの事情もありました。