予定主張の明示と主張関連証拠開示(黙秘権との関係・取調べメモの開示)
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第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:類型の外に残った証拠
- 例=警察官が取調べのときに自分の覚えのために取ったメモ(署名も押印もないので7号に当たらず・作成が義務づけられた記録でもないので8号に当たらない)
- 見る道=被告人側が主張を明らかにしたあとの開示
- 検察官が応じないときに裁判所が決める手続は次の回
前の回の最後に、見えない証拠が残りました。警察官が被告人の取調べのときに、自分の覚えのために取ったメモです。署名も押印もないので、被告人の供述録取書等には当たりません。作成が義務づけられた取調べ状況の記録でもありません。類型の外にある証拠を、弁護側はどうすれば見られるのか。検察官が応じないときは、誰が決めるのか。今日は、1つ目の問いに答えます。2つ目の、裁判所が決める手続の中身は、次の回で条文から確かめます。類型の外にある証拠を見る道は、あります。ただし条件があります。弁護側が先に、自分が公判でする主張を明らかにすることです。
黙秘権との関係にも、最高裁の決定が答えています。今日の背骨は、一本の道です。主張を示すと、それに関連する証拠が開く。この一本道を、順に歩きます。
図:開示の段階の地図
- 前の回で歩いた段階(検察官の請求証拠の開示・類型証拠開示)は薄く=済み
- 今日は濃く=被告人側の主張の明示(316条の17)→主張関連証拠開示(316条の20)
- その先=検察官が応じないときの裁判所の判断(次の回)
- 左下=類型の外に残ったもの(取調べのメモ)
開示の段階の地図を、1枚で受けます。検察官の請求証拠の開示と、類型証拠開示の2つは、前の回で歩いたので、済みです。今日は、その先の、被告人側の番から始まります。まず、被告人側が主張を明らかにする段階。次に、その主張に関連する証拠の開示です。検察官が応じないときの裁判所による判断は、地図の右端に置いておき、次の回で歩きます。検察官が先に手の内を見せ、被告人側がそれを見たうえで主張を出す。今日は、その後半です。
被告人側がまずすること
図:鏡合わせ
- 左=検察官側(証明予定事実記載書→証拠調べ請求→開示→被告人側の意見)
- 右=被告人側(証拠意見→主張の明示→請求→開示→検察官の意見)
- 右の主張の明示と請求は「主張があるとき」だけ
- 期限は裁判所が当事者の意見を聴いて定める
被告人側の番です。前の回で、検察官の側は、証明予定事実記載書を出し、証拠の取調べを請求し、それを開示しました。このあと、相手である被告人側の意見を受けます。被告人側の手順は、この鏡合わせです。順に並べます。1つ目は、検察官請求証拠に対する意見。2つ目は、自分の主張の明示。3つ目は、自分の側の証拠の取調べ請求。4つ目は、請求した証拠の検察官への開示。5つ目は、それに対する検察官の意見です。最初の意見から、条文で見ます。
条文刑事訴訟法第316条の16第1項
刑事訴訟法第316条の16第1項——検察官請求証拠への意見 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに前条第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、検察官請求証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。
被告人側は、検察官の書面の送付と、請求証拠と類型証拠の開示を受けたら、検察官請求証拠について、意見を明らかにしなければなりません。見たうえで意見を言う順番です。意見は2種類あります。326条の同意をするかどうかと、取調べの請求に異議がないかどうかです。前の回の、夜道でスマートフォンを奪われた、ひったくりの設例で考えます。通行人の検察官調書は書面です。通行人の話を記した書面は、伝聞法則によって、原則として証拠にできませんでした。ただ、被告人側が326条の同意をすれば、そのまま証拠になります。だから、書面には、同意するかしないかを述べます。一方、検察官が、奪われたスマートフォンも証拠として請求していたとします。スマートフォンは物です。人の話を記したものではないので、伝聞法則が働かず、同意という問題は立ちません。そこで、取り調べること自体に異議があるかどうかを述べます。書面は同意の有無、物は異議の有無、と分けて覚えてください。期限は、条文では決まっていません。裁判所が、検察官と被告人側の意見を聴いて、期限を定めることができます。この期限の定めは、次に見る主張の明示と、検察官の意見にもあります。
予定主張の明示
図:予定主張の2軸
- 縦=事実上の主張/法律上の主張
- 横=検察官の主張への反論/弁護側が立てる積極的な主張
- 犯人は別の人だと争う=事実上・反論
- 正当防衛=法律上・積極
- アリバイ=事実上・積極
- 被害者の側の落ち度=量刑に関わる事実(対象になりうる)
次が、今日の中心になる、予定主張の明示です。条文を、全文で見ます。
条文刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項
刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項——予定主張の明示と証拠の請求 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 2 被告人又は弁護人は、前項の証明予定事実があるときは、これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第三項の規定を準用する。
部品に分けます。時期は、検察官の書面の送付を受け、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあとです。内容は、公判期日でする予定の、事実上と法律上の主張。相手は、裁判所と検察官です。そして、公判でする予定の主張があるとき、という条件が付いています。主張が無いのに、何かを言わせる条文ではありません。2項は、その中に証明予定事実があれば、それを証明する証拠の取調べ請求も義務づけます。2つの軸で整理すると分かりやすいです。縦の軸は、事実上の主張と、法律上の主張です。横の軸は、検察官の主張への反論か、弁護側が自分から立てる積極的な主張かです。たとえば、犯人は別の人だと争うのは、事実上の主張で、反論です。正当防衛は、法律上の主張で、積極的な主張です。アリバイ、つまり、その時刻には別の場所にいたという主張は、事実上の主張で、積極的な主張です。量刑に関わる主張も、対象になりうると言われます。被害者の側にも落ち度があったという事情のように、刑の重さに関わる事実です。
刑事訴訟規則217条の20第2項が、争点と証拠の整理に必要な事項を、具体的かつ簡潔に明らかにするよう求めています。争います、という一言では足りません。大事なのは、次の点です。主張が具体的であるほど、次に見る主張関連証拠開示で、関連すると言える範囲が定まります。主張の明示は、義務であると同時に、開示を引き出す足がかりでもあります。
被告人側の証拠の請求と検察官の意見
図:手続の一往復
- 被告人側の請求証拠→検察官への開示(316条の18=証拠書類・証拠物は閲覧し、かつ謄写する機会/証人等は氏名・住居+供述録取書等)→検察官の意見(316条の19=同意するか・異議がないか)
- 対照=検察官から被告人側(316条の14)は謄写の機会が条文に書かれるのは弁護人だけ/被告人側から検察官(316条の18)は閲覧し、かつ謄写する機会
主張を明らかにしたあと、被告人側は、証明予定事実を証明するための証拠の取調べを請求します。請求した証拠は、検察官にも開示しなければなりません。条文です。
条文刑事訴訟法第316条の18
刑事訴訟法第316条の18——被告人側の請求証拠の開示 被告人又は弁護人は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠については、速やかに、検察官に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。 一 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。 二 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。
証拠書類と証拠物は、検察官に、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。証人などは、氏名と住居を知る機会に加えて、公判で話すと思われる内容が分かる供述録取書等を、閲覧し、謄写する機会を与えます。検察官側の開示とほぼ同じ形です。短答で問われる違いが1つあります。検察官が被告人側に開示するときは、謄写が条文に書かれているのは弁護人に対してだけで、被告人本人は閲覧だけでした。被告人側が検察官に開示するときは、検察官に対し、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。相手が検察官ですから、被告人か弁護人かという区別が無いのです。
条文刑事訴訟法第316条の19第1項
刑事訴訟法第316条の19第1項——検察官の意見 検察官は、前条の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、第三百十六条の十七第二項の規定により被告人又は弁護人が取調べを請求した証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。
被告人側が請求した証拠について、検察官も、同意するかどうか、あるいは異議がないかどうかの意見を明らかにします。ここで手続が一往復して、検察官側の手順と対になりました。違うのは、被告人側の主張の明示と請求は、主張があるときだけ動く、という点です。
予定主張の明示と黙秘権
図:問いと決定の筋
- 問い=主張を先に言わせてよいのか
- 決定の3点(予定する主張があるときに限る/自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務付けるものではない/主張するかどうかも被告人の判断に委ねられている)→結論=自己に不利益な供述を強要するものとはいえない
- 左右に条文=憲法38条1項(何人も、自己に不利益な供述を強要されない。)/刑訴311条1項(被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。)
- 注記=別の問題として、主張しなかったときの不利益
冒頭の問いに戻ります。主張を先に言わせることは、黙秘権に反しないのか。前に、この問いを証拠開示の回で見ると約束しました。画面の左右に、憲法38条1項と、刑事訴訟法311条1項を並べています。自己に不利益な供述を強要されないこと、そして、被告人が終始沈黙できることです。最高裁は、この問いに答えています。予定主張の明示を定める条文は、316条の17でした。この条文は憲法38条1項に違反する、という弁護側の上告での主張を退けた決定です。決定は、まず、この条文の趣旨と義務の中身を述べています。
判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁
最高裁の決定——予定主張の明示の趣旨と義務の中身 公判前整理手続は,充実した公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うために,事件の争点及び証拠を整理する公判準備であるところ,公判前整理手続において十分に争点及び証拠を整理するためには,検察官の主張に対する反論として,被告人側の主張やその取調べ請求証拠が明らかにされなければならないことから,刑訴法316条の17は,被告人又は弁護人に対し,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付を受け,かつ,同法316条の14 316条の15第1項の各規定による証拠開示を受けた場合に,公判期日においてすることを予定している主張があるときには,これを明らかにするとともに,その証明に用いる証拠の取調べを請求することを義務付けている。
趣旨は、争点と証拠を十分に整理するには、検察官の主張への反論として、被告人側の主張と証拠が明らかになる必要がある、というものです。そのうえで、核心の部分を読みます。
判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁
最高裁の決定——黙秘権との関係 このように,同法316条の17は,被告人又は弁護人において,公判期日においてする予定の主張がある場合に限り,公判期日に先立って,その主張を公判前整理手続で明らかにするとともに,証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって,被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく,また,公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって,主張をすること自体を強要するものでもない。そうすると,同法316条の17は,自己に不利益な供述を強要するものとはいえないから,憲法38条1項違反をいう所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
決定が言っていることを、3点に分けます。1つ目は、義務づけられるのは、公判でする予定の主張がある場合に限られること。2つ目は、被告人に、自分が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務づけるものではないこと。3つ目は、公判で主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられていて、主張すること自体を強要するものでもないことです。この3点から、自己に不利益な供述の強要とはいえない、と結論づけています。主張するかどうかを誰が決めるのかは、決定の言葉と、こちらの整理を分けて説明します。決定が言っているのは、先ほどの3点です。こちらの整理では、主張するかしないかの自由は残っていて、主張するなら、いつ言うかだけが決められている、と言い換えられます。義務づけられているのは、主張の時期の前倒しであって、主張の内容を強いるものではない、という整理です。論文で書くなら、この形で使えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。
主張しなかったら、何か困ることがあるのではありませんか。あります。主張を明らかにしていなければ、主張関連証拠開示は請求できません。また、整理手続のあとに新たな証拠調べを請求することは、制限されます。前に見た条文、316条の32です。さらに、明らかにしなかった主張に沿う被告人質問も、主張を明らかにする義務に違反し、整理手続を行った意味を失わせる場合には、295条1項で制限されることがありえました。ただし、この決定は、そうした不利益が強要に当たるかどうかには触れていません。判例がそう言っている、とは書けません。不利益はありますが、それは供述の強要とは別の問題として整理する、というところまでが、こちらの説明です。
主張関連証拠開示
図:主張関連証拠開示の要件の流れ
山場です。類型証拠開示の外にある証拠を、どう開くのか。これが、316条の20の主張関連証拠開示です。別名として、争点関連証拠開示と呼ばれることもあります。まず、条文を全文で見ます。
条文刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項
刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項——主張関連証拠開示 検察官は、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、第三百十六条の十七第一項の主張に関連すると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、第三百十六条の十四第一項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 被告人又は弁護人は、前項の開示の請求をするときは、次に掲げる事項を明らかにしなければならない。 一 開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 二 第三百十六条の十七第一項の主張と開示の請求に係る証拠との関連性その他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由
部品に分けます。対象は、請求証拠の開示と、類型証拠の開示をした証拠以外の証拠で、316条の17第1項の主張に関連すると認められるものです。要件は4つです。1つ目は、主張を明らかにしたこと。2つ目は、その主張に関連すると認められること。3つ目は、関連性の程度などの必要性と、開示の弊害とを比べて、検察官が相当と認めること。弊害とは、前の回で見た、証人への働きかけや、関係者のプライバシーの侵害、罪証隠滅などです。4つ目は、被告人または弁護人からの開示の請求です。効果は、検察官が速やかに、弁護人には閲覧し、かつ謄写する機会を与える方法で、開示することです。検察官は、必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けられます。開示しないときは、その理由を弁護側に告げなければなりません。刑事訴訟規則217条の26です。請求のときの言い方も、前の回と同じです。2項の1号は、請求する証拠を識別するに足りる事項、2号は、主張と請求する証拠との関連性その他、開示が必要な理由を、明らかにするよう求めています。何かありそうだから全部見せてください、では足りません。
条文の書き方には、注意が必要です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。類型に当たらない証拠、とは書いていません。類型に当たりうるのに開示されなかった証拠も、主張に関連すれば、対象になりうるのです。ここで、前の回の復習を1問です。類型証拠開示の請求は、主張を明らかにする前でも、できましたか?できました。請求証拠の開示を受けたあとなら、主張の前でも請求できました。これが、今日の主張関連証拠開示との、いちばん大きな違いです。比較表にします。
図:類型証拠開示と主張関連証拠開示の比較
- 何のため=類型は請求証拠の証明力の判断/主張関連は自分の主張の裏づけ・争点の整理
- いつから=類型は主張の前でも請求できる/主張関連は主張を明らかにした後
- 対象の決まり方=類型は法律が挙げる1号から9号/主張関連は主張との関連性で決まる(類型外も含む)
- 共通点=請求が要る・必要性と弊害を比べて相当と認めること
類型証拠開示は、特定の請求証拠の証明力を判断するためのものでした。主張関連証拠開示は、自分の主張の裏づけと、争点の整理のためのものです。時期も違います。類型は主張の前でも請求できますが、主張関連は、主張を明らかにしたあとです。対象の決まり方も違います。類型は、法律が挙げた1号から9号の枠で決まりました。主張関連には、そうした枠がありません。主張との関連性で決まります。共通点は、どちらも請求が必要なこと、そして、必要性と弊害を比べて相当と認められることです。なぜ、枠が無い代わりに、主張が先なのですか。枠が無ければ、何を開示するかを決める手がかりが要るからです。その手がかりが、被告人側の主張です。主張が、開示の範囲を画します。主張を出さずに全部見せろ、は通らない設計です。前の回で見た、全部を無条件に見せると弊害が出る、という軸に戻ります。主張関連証拠開示の請求は、あとで追加や変更をした主張にも及びます。追加と変更の手続は、次の回で見ます。
取調べメモをめぐる3つの最高裁の決定
図:取調べメモの3つの決定の切り分け
- ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
- ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
- ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした
冒頭に戻ります。警察官の取調べのメモは、検察官の手元に無いことが多いものです。検察官が現に持っていない証拠も、開示の対象になるのか。これに、最高裁の3つの決定が答えています。3つは、決めたことが違います。1つ目は、対象になる証拠の範囲。2つ目は、対象かどうかを裁判所が確かめる方法。3つ目は、警察官が私費で買ったノートの扱いです。事案は、誰のメモか、どんな主張か、で見分けます。先に、言葉を1つ確認します。検察官が開示すべき証拠を開示していないと裁判所が認めるとき、裁判所は、弁護側の請求を受けて、決定で開示を命じなければなりません。これを開示命令といいます。316条の26です。手続の中身は次の回で見ます。これから見る3つの決定は、どれも、この開示命令をめぐるものです。1つ目は、偽造通貨を使った事件の決定です。弁護人は、警察官による自白を強要する威嚇的な取調べや、利益を示して自白を誘うような取調べがあった、と主張しました。自白の任意性を争う主張です。そして、被告人の取調べを担当した警察官の、取調べのメモや備忘録などの開示を請求しました。検察官は、手持ちの記録には無く、取調べのメモは一般に開示の対象ではない、と答えました。最初の裁判所は請求を退けましたが、弁護側の不服申立てを受けた高等裁判所が開示命令を出し、最高裁はこれを是認しました。最高裁が示した範囲の規範を、読みます。
判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁
最高裁の決定——開示命令の対象の範囲 公判前整理手続及び期日間整理手続における証拠開示制度は,争点整理と証拠調べを有効かつ効率的に行うためのものであり,このような証拠開示制度の趣旨にかんがみれば,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解するのが相当である。
開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られません。決め手は、制度の趣旨です。争点の整理と証拠調べを有効に行うための制度なのに、証拠が警察に置かれているだけで対象から外れては、その趣旨が果たせません。だから、その事件の捜査の過程で作成され、または入手した書面等で、公務員が職務上現に保管し、かつ、検察官が入手しやすいものを含みます。要素は3つです。捜査の過程で作成または入手したもの、公務員が職務上現に保管しているもの、検察官が入手しやすいもの、です。警察が持っているメモも、この3つを満たせば、対象になりえます。決定は、備忘録についても述べています。犯罪捜査規範13条は、警察官に、公判に証人として出頭する場合を考え、将来の捜査にも役立てるため、捜査の経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない、と定めています。取調べを担当する警察官は、これに基づいて備忘録を作成します。この規定を前提にした部分を、読みます。
判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁
最高裁の決定——取調べ警察官の備忘録 取調警察官が,同条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができる。これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得るものと解するのが相当である。
文中の、同条とは、先ほどの犯罪捜査規範13条のことです。この条に基づく備忘録は、個人的メモの域を超えた、捜査関係の公文書で、取調べ状況について証拠調べが行われる場合には、開示の対象になりえます。
図:2つ目の決定
- 対象=警察官が作った、保護の状況と採尿の状況に関するメモ
- 争われた点=個人的なメモか、開示の対象になる備忘録か/裁判所は検察官にメモの提示を命じられるか
- 判断=開示命令の対象かどうかは裁判所が判断する・必要があれば提示を命じられる・提示命令に応じなかった→開示を命じた判断は違法でない
2つ目は、尿の採取に関わる事件の決定です。警察官が作った、保護の状況や、尿を採ったときの状況に関するメモについて、弁護側は開示を求めました。検察官の側は、このメモは警察官が私費で買ったノートに、誰からも指示されず心覚えのために書いたものだ、と主張しました。1つ目の決定で対象になりうるとされたのは、13条の備忘録でした。個人的メモなら、その外です。だから、どちらに当たるかが分かれ目になります。争点は2つで、個人的メモか、開示の対象になる備忘録か、そして、裁判所が検察官にメモの提示を命じられるか、でした。決定は、こう述べました。警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが開示命令の対象かどうかは、裁判所が判断します。そのために必要があれば、検察官にメモの提示を命じることができます。提示とは、裁判所に見せることです。弁護側に見せる開示とは違います。このメモは、捜査の過程で作成され、警察官が保管しているものです。だから、備忘録に当たる可能性は否定できず、提示命令は相当でした。ところが、検察官は提示命令に応じませんでした。決定は、この事実関係の下では、開示を命じた最初の裁判所の決定は違法でない、としました。決定は、その理由を詳しくは述べていません。こちらの整理では、こう説明できます。対象かどうかを決めるのは裁判所です。その裁判所に見せることを検察官が拒めば、対象に当たらないと確かめる道がありません。当たる可能性が残る以上、開示を命じても違法とはいえない、ということです。この決定は、主張との関連性の点には触れていません。提示命令の仕組みは、次の回で条文から見ます。
図:3つ目の決定
- 主張=証人の新しい供述についての検察官調書と、予定されている証言の信用性を争う
- 請求した証拠=証人の取調べを担当した警察官の、私費で買った大学ノートのうち、その証人の取調べの記載部分
- 保管=警察署の机→転勤後は自宅→問い合わせを受けて新しい勤務署
- 判断=職務のために作成・職務上保管→対象
- 関連性は一定程度・必要性も肯認できないではない・特段の弊害なし
3つ目は、強盗致傷などの事件の決定です。あとで読む決定文には、2つの記号が出てきます。Aは証人、Bはその証人の取調べを担当した警察官です。この決定の中だけの記号です。事案です。検察官が請求し採用された証人の準備のために確認したところ、この証人が、警察官調書に無い新しい供述をしました。被告人が犯行への関与を自認する言動をした、という内容です。そこで検察官は、その新しい供述の検察官調書を作って、証拠請求しました。弁護人は、新しい供述に関する検察官調書や、予定されている証言の信用性を争う、と主張しました。そして、この主張に関連する証拠として、証人の取調べを担当した警察官が使っていた、私費購入の大学ノートのうち、証人の取調べの記載部分の開示を請求したのです。このノートは、警察署の机の引き出しにしまわれ、転勤後は自宅に持ち帰られ、検察官の問い合わせで、新しい勤務署に持ち込まれて保管されていました。最高裁は、開示を命じた判断を是認しました。多数意見の一節を読みます。2段に分けて聞いてください。前半は、このノートが開示命令の対象に入るか。後半は、弁護人の主張との関連性、必要性、弊害です。
判例最決平20・9・30 刑集62巻8号2753頁
最高裁の決定——私費のノートでも対象になるか 本件メモは,B警察官が,警察官としての職務を執行するに際して,その職務の執行のために作成したものであり,その意味で公的な性質を有するものであって,職務上保管しているものというべきである。したがって,本件メモは,本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものに該当する。また,Aの供述の信用性判断については,当然,同人が従前の取調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたかが問題にされることになるから,Aの新規供述に関する検察官調書あるいは予定証言の信用性を争う旨の弁護人の主張と本件メモの記載の間には,一定の関連性を認めることができ,弁護人が,その主張に関連する証拠として,本件メモの証拠開示を求める必要性もこれを肯認することができないではない。さらに,本件メモの上記のような性質やその記載内容等からすると,これを開示することによって特段の弊害が生ずるおそれがあるものとも認められない。
決め手を整理します。私費で買ったノートでも、職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、先ほどの3要素を満たします。そして、証人の信用性を判断するには、前の取調べで新しい供述についてどう述べていたかが問題になるので、弁護人の主張とメモの記載の間に、一定の関連性があります。必要性も認められないわけではなく、特段の弊害も無い。だから開示を命じた判断は是認されました。主張関連証拠開示の、関連性、必要性、弊害の3つが、決定の中で順に確かめられています。この決定には、反対意見が付いています。弁護人の主張は、取調べ状況やそのときの供述内容の信用性を争点にしておらず、関連性を明らかにしていない。必要性も乏しい、という意見です。補足意見も付いています。13条の備忘録に当たるかを検討するより、捜査の過程で作成され、検察官が入手しやすいか、を問題にするほうが適切だ、という趣旨です。結論だけでなく、関連性の線引きがどこにあるかも、争われた決定だということです。
図:取調べメモの3つの決定の切り分け
- ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
- ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
- ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした
誰のメモか、どんな主張か、で分けます。被告人の取調べを担当した警察官のメモで、自白の任意性を争うなら、1つ目です。この決定で、範囲が検察官の保管に限られないこと、13条の備忘録が公文書であることが固まりました。メモが開示の対象かを、裁判所が検察官に提示を命じて判断できる、というのが2つ目です。証人の取調べを担当した警察官のメモで、証人の供述の信用性を争うなら、3つ目で、私費ノートや自宅への持ち帰りがあっても、職務上保管なら対象になります。なお、3つ目の事案は警察官のノートで、検察官自身の取調べのメモの決定ではありません。取調べのメモは、何に効くのか。証人が法廷で述べたことと、取調べで述べたことが食い違うなら、328条の自己矛盾供述による弾劾、つまり、法廷での証言の信用性を減らす材料になります。供述の変遷や、取調べの状況も、メモから見えてきます。
主張関連証拠開示の当てはめ
図:設例1の当てはめ
- 前の回のひったくり事件
- 弁護人の予定主張=その時刻に被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた(アリバイ)
- 請求①ゲームセンターの出入口の防犯カメラ映像を警察が入手して解析した結果の報告書=関連性あり
- 請求②被害者のスマートフォンの購入記録・保険加入の資料=関連性なし
- 店員の証人尋問を請求→316条の18の開示→検察官の意見
設例で当てはめます。前の回のひったくり事件を引き継ぎます。夜道でスマートフォンを奪われた窃盗で、被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。検察官は、通行人の検察官調書の甲1と、昼間の現場の見通しの実況見分調書の甲2を請求していました。弁護人は、前の回の類型証拠開示で、通行人の警察官調書などを受けた、という前提です。類型証拠を見た弁護人は、被告人と相談のうえ、予定主張を明らかにします。主張は、事件の時刻に、被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた、というアリバイです。事実上の主張で、積極的な主張です。そして、アリバイを証明する証拠として、ゲームセンターの店員の証人尋問を請求し、検察官に氏名と住居などを開示し、検察官が意見を述べます。ここまでが、さきほどの鏡合わせです。そのうえで、弁護人は、主張関連証拠を請求します。請求の型は、予定主張はこれ、請求する証拠はこれ、主張とのつながりはこう、なぜ防御の準備に必要か、の4点を言うことです。1つ目の請求は、ゲームセンターの出入口を映した防犯カメラの映像を、警察が捜査の過程で入手して解析した結果をまとめた報告書です。つながりは、その時刻にそこにいた、という主張の裏づけに直結することです。必要性は、被告人の記憶だけでは時刻が確定しないことです。弊害として考えられるのは、映像に写り込んだ店の客です。ただし、写り込みの範囲の調整や、条件を付けることで足りるかどうかを、相当性の判断で見ます。関連性は、認められます。
2つ目の請求は、被害者のスマートフォンの購入記録と、保険加入の資料です。アリバイ、つまり被告人がそこにいたかどうかとは、つながりません。弁護人の主張に関連すると認められるものではありません。何かありそうだから全部見せてください、の典型です。主張が、人違いだという一言にとどまると、1つ目の報告書を請求する理由を、言えなくなります。どこで、いつ、という主張が具体的だから、請求する証拠も絞れて、関連性が言えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。当てはめでは、どの主張か、請求する証拠は何か、主張とのつながりはどこか、必要性と弊害はどうか、の順で書けるように、設例で練習してください。
今日の地図(保存版)
図:短答の落とし穴
短答の確認です。予定主張の明示は、黙秘権を保障する憲法38条1項に違反する。×です。公判でする予定の主張がある場合に限って、時期を前倒しするだけで、自己に不利益な供述の強要とはいえない、というのが最高裁の決定でした。被告人側は、公判でする予定の主張がなくても、何らかの主張を整理手続で明らかにしなければならない。これも×です。条文は、あるとき、と定めています。被告人側が取調べを請求した証拠書類や証拠物について、検察官には、閲覧し、かつ、謄写する機会が与えられる。○です。316条の18です。主張関連証拠開示は、予定主張を明らかにする前でも請求できる。×です。主張を明らかにしたあとです。類型証拠開示は、主張の前でも請求できました。主張関連証拠として請求できるのは、類型に当たらない証拠に限られる。これも×です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。検察官は、主張に関連すると認められれば、必要性と弊害を比べずに開示しなければならない。×です。必要性の程度と弊害を考慮して、相当と認めるときです。開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られる。×です。捜査の過程で作成、入手され、公務員が職務上現に保管し、検察官が入手しやすいものを含みます。警察官が私費で買ったノートのメモは、私物だから対象にならない。×です。職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、対象になりえます。
今日のまとめです。検察官は、先に手の内を見せました。被告人側は、公判でする予定の主張があるときに、それを先に明らかにします。主張は、時期を前倒しするだけで、黙秘権を侵しません。主張を示すと、その主張に関連する証拠の開示を請求できます。何を開示するかを決めるのは、枠ではなく、主張です。そして、開示の対象は、検察官の手元にあるものに限られません。主張を示す、関連する証拠が開く。この一本道が、今日の答えです。次の回では、検察官が開示に応じないときに、裁判所がどういう手続で決めるのかを扱います。主張や証拠をあとから追加するとき、証拠の採否を決めるときの決まりも、あわせて見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第316条の16第1項
- 刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項
- 刑事訴訟法第316条の18
- 刑事訴訟法第316条の19第1項
- 刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項