量刑と余罪考慮
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第7章 裁判 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:今日の問い2つ
- ①傷害致死(法定刑=3年以上の有期拘禁刑=3年から20年)で、検察官の求刑は10年
- 判決は15年
- 法定刑の範囲内なら、何年でも適法か ②空き巣でC宅1件だけが起訴された
- D宅・E宅は起訴されていない
- この2件を、刑を重くする理由にしてよいか
前回までで、有罪と認定できるところまで来ました。では、有罪と決まったあと、刑の重さは、何を基準に、どう決まるのでしょうか。問いは2つあります。1つ目。傷害致死の事件です。法定刑は、3年以上の有期拘禁刑。上限は20年ですから、3年から20年までの広い幅があります。検察官は、10年を求刑しました。ところが判決は、法定刑の範囲内の、15年でした。範囲内でさえあれば、何年にしても適法なのでしょうか。2つ目。被告人は、空き巣1件、C宅の事件で起訴されました。取調べでは、D宅とE宅でも同じことをした、と述べています。ただし、D宅とE宅は起訴されていません。この2件を、刑を重くする理由にしてよいのでしょうか。
刑の重さを何で決めるのかと、起訴されていない事件をどう扱うのか。この2つが、今日の問いの芯です。先に答えの形だけ言います。1つ目は、範囲内でも何年でもよいわけではありません。2つ目は、使い方しだいです。罰するために使うのはだめで、人物を知るために使うのは許されます。なお、前回の最後に、他に共謀者がいたことは量刑で考慮できる、と述べました。なぜ考慮できるのかにも、今日答えます。先に切り分けをしておきます。前科や余罪を、犯人が誰かを示す証拠として使う話は、別の回で見ました。今日は、有罪と決まったあとに、刑を決める資料として使う話です。
図:今日の地図は4歩
今日の地図です。1歩目は、幅の中のどこに置くかの物差し。2歩目は、他の判決との公平性。3歩目は、起訴されていない事件の扱い。4歩目は、判決の主文に付いてくる周辺です。
法定刑・処断刑・宣告刑
図:3つの刑
まず、言葉を3つ整理します。法定刑、処断刑、宣告刑です。法定刑は、条文に書いてある幅です。傷害致死なら、刑法205条1項の、3年以上の有期拘禁刑。有期拘禁刑の上限は、刑法12条1項の20年です。処断刑は、その幅に、法律が定める加重や減軽を施したあとの範囲です。たとえば、併合罪の加重や、法律上の減軽がこれにあたります。それぞれの中身は、刑法の回で扱いました。ここでは、幅が修正されることがある、とだけ覚えてください。宣告刑は、その範囲の中で、量刑の考え方に基づいて決めた、具体的な刑です。判決で言い渡される、あの年数のことです。棚に喩えます。法定刑は、売り場の棚全体。処断刑は、その日、実際に選べる段。宣告刑は、その段から手に取る、1つの商品です。
冒頭の10年や15年は、どれにあたるのですか。宣告刑です。求刑は、検察官が望む宣告刑の案で、裁判所を拘束しません。判決書で、この宣告刑の理由を述べる欄が、前に見た量刑の理由です。今日は、その理由づけの物差しを見ます。
量刑の本質と犯情・一般情状
図:量刑の二層
- 本質=行為責任(犯罪行為にふさわしい責任)
- 犯情=やったことの重さ(法益侵害またはその危険の程度+犯行に至る意思決定への非難の程度)=中心
- 一般情状=予防の観点から考える事情=二次的な調整
- 空き巣の例
- 犯情=侵入の手口・被害の大きさ・計画性・動機・共犯での役割/一般情状=前科・反省・示談・年齢・家族の状況・更生の見込み
- 証明=犯情は厳格な証明/一般情状は自由な証明で足りる
幅の中のどこに置くか。その物差しの軸は、行為責任です。被告人のした犯罪行為に、ふさわしい責任を明らかにするのが、量刑の本質です。そこで、まず量るのは、やったことの重さです。2つの面があります。法益をどれだけ侵害したか、またはその危険がどれだけあったか、という客観的な重さ。それと、犯行に至った意思決定が、どれだけ非難に値するか。この2つをあわせて、犯情と呼びます。そのうえで、再犯を防ぐための考慮や、社会への影響といった、予防の観点から考える事情を、二次的に加えて調整します。これを一般情状と呼びます。空き巣で仕分けます。窓を割って侵入した手口、盗んだ金額、前もって計画していたか、動機、共犯での役割。これらは犯情です。やったことそのものの重さだからです。一方、前科、反省の態度、被害者との示談、年齢、家族の状況、更生の見込み。これらは一般情状です。
手口が悪質かどうかは犯情で、反省しているかどうかは一般情状、という分け方でよいですか。よいです。犯行の最中の事情か、犯行を離れた、被告人の人となりや事後の事情かが、おおよその見分け方です。基本の重さは犯情で決まり、一般情状は、そのまわりを調整するつまみ、と捉えてください。被害者や遺族が、被害についての気持ちを述べる、心情等の意見陳述も、同じ整理で位置づきます。被害者の意見陳述の回で見たとおり、犯罪事実を認定する証拠にはなりません。量刑でも、犯情以外の事情に限って、資料になります。犯情を外す理由は、このあとの証明のしかたで分かります。証明のしかたも、この二層で変わります。犯情は、罪となるべき事実、つまり判決に書く犯罪の中身と重なります。残虐な手口は、重く量刑する事情であると同時に、殺意を推認させる事実でもあるからです。犯罪の中身と同じ事実を、量刑の名目なら緩く認めてよいとすると、犯罪事実の認定の厳しさが骨抜きになります。ですから、証拠能力のある証拠を、法廷での正式な証拠調べにかけて証明する、厳格な証明が要ります。迷いが残れば被告人に有利に扱う、疑わしきは被告人の利益に、という利益原則も働きます。検察官が証明の責任を負います。宣誓も反対尋問もない心情の陳述から、犯情を認めてはいけないのも、このためです。一般情状は、性格や経歴、示談の状況のように、資料を広く集めたいので、証拠能力や調べ方の制限を受けない、自由な証明で足りるとされています。ただし実務では、あとで争いにならないよう、同意のうえで採用し、取り調べる形を取ることが多いです。
一般情状の証明責任が、誰にあるのかは、見解が分かれています。検察官が、有利不利を問わず負うとする見解が多いとされます。被告人に有利な事実は、被告人が負うとする見解もあります。厳格な証明と自由な証明の区別そのものは、証拠の回で見ました。
公平性と量刑傾向
図:事案
- 両親2人が、1歳8か月の三女に継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して死亡させた傷害致死(共謀を認定)
- 求刑は2人とも10年
- 第一審(裁判員裁判)は、量刑検索システムは登録数が限られ検証もできないとして傾向に従わず、近年の社会情勢(児童虐待防止の機運)を理由に、2人とも15年
- 原判決も是認
- 最高裁は両判決を破棄して自判
冒頭の問い1に入ります。最高裁の判決の事案です。被告人は、両親の2人です。1歳8か月の三女に、継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して、三女は亡くなりました。傷害致死で、2人の共謀が認められました。検察官の求刑は、2人とも10年でした。第一審は、裁判員裁判でした。裁判員の回で、量刑の評議では過去の傾向が目安になる、と一言だけ触れました。その考え方を示したのが、この判決です。過去の量刑の傾向を調べる、量刑検索システムがありますが、これは登録数が限られていて、検証もできない。だから傾向には従わない。そのうえで、近年の社会情勢、つまり児童虐待を防ごうという機運を理由にして、2人とも15年を言い渡しました。控訴審も、これを是認しました。最高裁は、この両判決を破棄しました。判断は、2段に分かれます。1段目は、量刑の傾向とはどういうものか。2段目は、裁判員裁判でも、その傾向を出発点にしなければならないか。まず、1段目を読みます。
判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁
量刑傾向の意義 裁判においては,行為責任の原則を基礎としつつ,当該犯罪行為にふさわしいと考えられる刑が言い渡されることとなるが,裁判例が集積されることによって,犯罪類型ごとに一定の量刑傾向が示されることとなる。そうした先例の集積それ自体は直ちに法規範性を帯びるものではないが,量刑を決定するに当たって,その目安とされるという意義をもっている。
先例が積み重なると、犯罪の類型ごとに、おおまかな量刑の傾向が見えてきます。この傾向は、法規範ではありません。裁判所を縛る法律のような力はない、ということです。ただ、量刑を決めるときの目安にされる意義はある、と述べています。2段目、裁判員裁判についての部分です。
判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁
裁判員裁判と公平性 裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。 …… そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには,従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について,裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである。
読み取るのは、3点です。1つ目。裁判員裁判でも、他の裁判の結果との公平性を保つ必要があります。2つ目。評議では、これまでの傾向を共通認識として、出発点にします。3つ目。傾向を前提にしない事情があるなら、その存在を、具体的で説得的に判決に書かなければなりません。
図:判決の結論と問い①の答え
- 15年は、傾向から外れ、求刑を大幅に超える
- 具体的・説得的な根拠が示されているとはいい難い→甚だしく不当な量刑判断→刑訴411条2号により破棄
- 自判=実行した側は10年/実行行為に及んでいない側は8年(実行行為に及んでいないことを踏まえて)
- 主文=未決勾留日数中各400日を算入・訴訟費用は負担させない
- 答え=法定刑の範囲内でも、傾向から踏み出すなら具体的・説得的な理由が要る
結論です。15年は、これまでの傾向から外れ、求刑を大幅に超えています。それを正当化する、具体的で説得的な根拠が示されているとはいい難い。そこで、甚だしく不当な量刑判断だとして、刑事訴訟法411条2号により、破棄しました。法定刑の幅の中で選べる、というだけでは足りない、ということです。最高裁は、差し戻さずに、自ら刑を言い渡しました。これを自判といいます。その結果は、実行した側が10年。実行行為に及んでいない側が8年でした。同じ共謀の2人でも、実行したかどうかで、刑が違います。これは、のちほど表で使います。冒頭の問い1の答えです。範囲内なら何年でも適法、ではありません。傾向は、法規範ではないので、裁判所を縛りません。けれども、似た事件が似た刑になるという公平性のために、出発点になります。そこから踏み出すなら、具体的で説得的な理由が必要です。
決め手は、公平性です。同じような事件で、裁判官や裁判体によって刑がばらばらでは、被告人は、自分の刑が妥当なのか納得できません。傾向を出発点にして、離れるなら理由を示す。この仕組みが、公平性を支えています。確認です。量刑傾向に、法的な拘束力はあるでしょうか?ありません。法規範ではなくて、目安です。ただ公平性のために出発点になるので、外れるなら具体的で説得的な理由が要ります。
余罪の問題設定
図:前科から犯人性を推認できるのは、どんなときか
- 答え=前科が顕著な特徴を持ち、起訴事実と相当程度類似するなど、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させるとき
- 今日は別の場面=有罪と決まったあと、量刑の資料として使えるか
余罪に入る前に、1問です。前科を犯人性の証拠に使う回を、思い出してください。前科から、被告人が犯人だと推認できるのは、どんなときでしたか?前科が特徴的で、起訴された事実と、かなり似ているときです。それ自体で、犯人が同じだと合理的に言えるなら、使えます。今日は、この場面とは違います。犯人だと決まったあとに、刑を決める資料として使えるかどうかを見ます。
図:余罪の問題設定
- 被告人A→C宅(起訴された窃盗1件)/被告人A→D宅・E宅(起訴されていない=余罪)
- 引き合う2つ=①罪を認定して重く罰するのは、起訴されていない事実の処罰になる ②しかし量刑は、被告人の性格・経歴・動機などすべてを考慮して決めるもの
冒頭の問い2の設例を、図にしました。被告人は、C宅の窃盗1件で起訴されています。D宅とE宅も、被告人がやったと述べていますが、起訴されていません。どうして、こういう事態が起きるのでしょうか。窃盗のように、繰り返し多数の事件を起こすことがうかがわれる罪では、証拠が足りない、公訴時効が完成している、といった理由で、起訴できないものがあります。起訴できるものでも、検察官は、起訴便宜主義によって、あえて起訴しないことを選べます。こうして、全部は起訴されないことがあります。ここで、2つの考えが引き合います。1つ目。起訴されていない事実を認定して、そのせいで重く罰するなら、起訴していない事実を処罰することになる。2つ目。しかし、量刑は、被告人の性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものでもある。繰り返しているという事実も、その人物を知る手がかりです。
ですから、線を引く基準が要ります。大法廷の判決が、その基準を示しました。
大法廷の判決と2つの類型
図:事案と結論
- 窃盗
- 原判決は「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね,それによつて得た金員を飲酒,小使銭,生活費等に使用したことを考慮すれば」と判示
- これが余罪の処罰にあたるかが争われた→上告棄却(余罪を処罰する趣旨ではなく、動機・目的・性格等を推知する一情状として考慮したものと解した)
事案は、窃盗です。原判決は、被告人が、この事件より前にも、約6か月間、多数回にわたって同じような犯行を重ねた。それで得たお金を、飲酒や小遣い、生活費に使った。これを考慮すれば、と書いていました。これが、余罪の処罰にあたらないかが争われました。結論は、上告棄却です。この部分は、余罪を処罰する趣旨ではなく、動機や目的、性格などを推し量る一つの情状として考慮したもの、と読みました。そのうえで、判決は、まず許されない側を述べています。
判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁
余罪の考慮(許されない側) 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。
許されないのは、余罪を犯罪事実として認定して、実質上処罰する趣旨で、量刑の資料にすることです。次に、許される側です。
判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁
余罪の考慮(許される側) 刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない …… もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり …… 余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。
量刑は、性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものだから、情状の1つとして余罪を考慮することも、必ずしも禁じられていない。ただし、考慮する程度は、必要な限度にとどめる。そして、処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるので、両者を混ぜないように慎重に、と注意しています。
図:2つの類型
- 実務の整理=判決の言葉ではない
- 実質処罰類型=余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くする→許されない
- 情状推知類型=性格・経歴・動機・目的・方法といった情状を推知する資料として余罪を考慮する→許される(必要な限度で)
ここで整理の言葉を1つ入れます。以下の2つの呼び名は、判決の言葉ではなく、実務での整理です。判決は、この2つを混ぜるな、と言っているだけです。余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くするのを、実質処罰類型と呼びます。許されません。性格や動機といった情状を推し量る資料として、余罪を考慮するのを、情状推知類型と呼びます。許されます。ただし、必要な限度までです。軸は1本です。その余罪を罰するためか、人物像を知るためか。請求書を被告人に回しているのか、人物の説明書として読んでいるのか、と言い換えてもよいです。
実質処罰が許されない4つの理由
図:実質処罰が許されない理由4つ
- ①不告不理の原則に反し、憲法31条(法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない)にも反する
- ②刑訴317条の証拠裁判主義に反する
- ③自白と補強証拠の制約(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)を免れるおそれ
- ④後日起訴されて有罪となれば、すでに量刑で責任を問われた事実について再び責任を問うことになり、憲法39条にも反する
- 覚え方=余罪を認定して罰するなら、起訴・証拠・補強・一事不再理のルールを全部くぐれ
実質処罰が許されない理由を、判決は4つ挙げています。1つ目。裁判所は、起訴された事実についてしか判断できません。不告不理の原則です。起訴されていない余罪を、処罰する趣旨で認定して考慮するのは、この原則に反します。起訴という、法律に定める手続を経ずに刑罰を科すことになるので、憲法31条にも反します。2つ目。事実の認定は証拠による、という、刑事訴訟法317条に反します。
条文刑事訴訟法第317条
刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。
3つ目。自白には、それを裏づける別の証拠、つまり補強証拠が要る、という制約を、免れるおそれがあります。余罪は、被告人の自白だけで語られがちだからです。自白だけでは有罪にできない、という憲法38条3項と刑事訴訟法319条2項、3項の制約を、すり抜けかねません。4つ目。余罪が、のちに起訴されないという保障はありません。起訴されて有罪になれば、量刑で重くした分だけ、すでに一度罰した事実を、もう一度罰することになります。同じ犯罪について重ねて責任を問うことを禁じた、憲法39条にも反します。
条文憲法第39条
憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
4つを、1つの軸でまとめます。余罪を認定して罰するなら、起訴の手続も、証拠による認定も、補強証拠の要求も、一事不再理も、全部くぐれ。実質処罰は、そのどれもくぐらずに罰することになるから、許されないのです。起訴の手続を踏まずに判決をすると、不告不理に違反し、控訴の理由にもなります。ただし、その詳しい扱いは、控訴の回で扱います。一事不再理の効力が及ぶ範囲は、公訴事実の同一性を扱った回で見ました。確定判決の効力としての詳しい扱いは、のちの回で見ます。
線引きの実際と前科
図:線引きの実際
- 判決自身の当てはめ=余罪の回数・金額を具体的に判示していない/犯罪の成立に関係のない使途を詳しく判示している/前後の判文と読み合わせると、動機・目的・性格を推知する一情状として考慮した→実質処罰ではない
- 判決文の書きぶり
- 書きぶり1=D宅・E宅でも窃盗に及び合計○○万円を得た、この2件分も含めて刑を重くする→実質処罰類型(×)/書きぶり2=同種の犯行を繰り返し抵抗感が薄れている、再犯のおそれがあるので執行猶予は付けない→情状推知類型(○・必要な限度)
- 前科=再犯の危険や更生の見込みを見る→可/過去の事件を蒸し返して上乗せ→不可(憲法39条)
では、現場でどう見分けるのか。判決自身の当てはめを見ます。判決は、この事件の判文について、3つの点を見ています。余罪の回数や金額を、具体的に判示していない。犯罪の成立と関係のない、お金の使い途を、比較的詳しく判示している。前後の文と読み合わせると、この事件の動機や目的、性格を推し量る情状として考慮したもの。だから、実質処罰ではない、という判断です。判断のしかたは、事案ごとです。判決も、必要な限度にとどめる、両者を混ぜない、と注意していました。設例で、判決文の書きぶりを2つ並べます。書きぶり1。D宅とE宅でも窃盗に及び、合計で何十万円を得ている。この2件分も含めて、刑を重くする。件数と被害額を具体的に認定して、刑に反映させています。これは実質処罰類型で、許されません。書きぶり2。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、犯行への抵抗感が薄れている。再犯のおそれがあるので、執行猶予は付けない。性格や動機を推し量るにとどまっています。これは情状推知類型で、許されます。ただし、必要な限度にとどめます。補助の目安もあります。宣告刑が、同種事案の傾向から大きく外れて重いのに、理由に余罪が挙がっているときは、実質処罰が疑われやすい。断定はできませんが、目安になります。
この区別は、いつも明確というわけではありません。実務でも、区別はしばしば困難で、一審と控訴審とで判断が分かれることもあります。余罪にあたる別の行為を量刑で考慮したことが、実質処罰にあたる疑いがあるとして、控訴審が一審を破棄して差し戻した例もあります。前科も、同じ型で考えられます。前科から、再犯の危険や更生の見込み、つまり性格や環境を見るのは、許されます。情状推知です。けれども、過去の事件を蒸し返して、今回の刑に上乗せするのは、許されません。実質処罰です。すでに裁かれた事件を、もう一度罰することになるので、憲法39条の一事不再理の趣旨に反するからです。前面に出る条文が、余罪とは違います。執行猶予の条文も、前科を考慮することを、法が予定している証拠になります。のちほど見ます。
放火の死傷結果と量刑
図:事案
- 現住建造物等放火(刑法108条=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)
- 居宅にいた2人が一酸化炭素中毒で死亡
- 公訴事実に死亡の結果は書かれていない
- 第一審は死亡も量刑事情として考慮し13年
- 弁護側=訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果の考慮は不告不理に反する→上告棄却
次は、余罪とは違う種類の、訴因に書かれていない事実です。放火の死傷結果です。事案は、現住建造物等放火です。居宅にいた2人が、一酸化炭素中毒で死亡しました。ところが、起訴された公訴事実には、死亡の結果が書かれていません。第一審は、死亡も量刑の事情として考慮して、13年としました。弁護側は、訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果を、量刑で考慮するのは、不告不理の原則に反する、と主張しました。最高裁は、上告を棄却しました。
判例最決平29・12・19 刑集71巻10号606頁
放火の死傷結果と量刑 放火罪は、火力によって不特定又は多数の者の生命、身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり、人の死傷結果は、それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの、上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。 …… 同罪の量刑において、かかる人の死傷結果を考慮することは、法律上当然に予定されているものと解される。したがって、現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を、その法定刑の枠内で、量刑上考慮することは許されるというべきである。
放火罪は、火の力で、不特定または多数の人の、生命、身体、財産に危険を生じさせる罪です。人の死傷は、構成要件の要素ではありません。けれども、その危険の内容として、本来想定されている範囲に含まれます。だから、量刑で死傷の結果を見ることは、法があらかじめ織り込んでいる。法定刑の枠内で、量刑上考慮してよい、というのが結論です。決め手は、別の事件かどうかです。余罪は、起訴された罪とは別の犯罪事実です。死傷結果は、別の事件ではありません。起訴された放火の危険が、現実になったものです。だから、その罪の量刑で、法定刑の枠内で考慮できます。
訴因にない事実の整理
図:訴因に書かれていない事実をどこまで量刑に使えるか
- ①余罪(別の犯罪事実)=処罰する趣旨では不可/性格等の推知なら可(大法廷判決)②起訴された罪の死傷結果=その罪の危険として本来想定される範囲=法定刑の枠内で可(最高裁の決定)③共犯者の存在・被告人の役割=別の犯罪を処罰するのではなく、起訴された犯行そのものの様子(犯情の一部)=可
- 実例=共謀の2人が10年と8年(実行行為に及んでいない側は8年)
訴因に書かれていない事実を、量刑にどこまで使えるか。3つを1枚の表で比べます。1つ目、余罪。別の犯罪事実です。処罰する趣旨では使えません。性格などを推し量る資料としてなら、使えます。2つ目、起訴された罪の死傷結果。その罪の危険として、本来想定される範囲にあります。法定刑の枠内で、考慮できます。3つ目、共犯者の存在や、被告人の役割。前回、単独犯と認定しても、他に共謀者がいないという認定を伴わない、と整理しました。他に共謀者がいたことは、別の犯罪を処罰するわけではありません。起訴された犯行そのものの様子、つまり誰がどこまで関わったかという、犯情の一部です。だから考慮できます。では前回のように、共謀者がいたかもしれない、とうかがわれるだけで、認定まではできないときはどうか。犯情ですから、利益原則で扱います。被告人の役割が小さかったかもしれない、という有利な方向なら、その疑いを考慮できます。逆に、刑を重くする方向に使うなら、厳格な証明が要ります。実例は、先ほどの判決です。共謀した2人でも、実行した側は10年、実行行為に及んでいない側は8年でした。役割の違いが、刑の差に出ています。
節目のミニ事例
図:節目のミニ事例
節目のミニ事例です。1つ目。余罪の件数や被害額を具体的に認定して、その2件分も含めて刑を重くした。許されますか。2つ目。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、再犯のおそれがあるので、執行猶予を付けなかった。許されますか。3つ目。放火の死傷結果は、訴因に書かれていないので、量刑で考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。4つ目。起訴されていない余罪は、どんな趣旨でも、一切考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。×です。処罰する趣旨はだめですが、情状を推し量る資料としてなら、考慮できます。弁別の軸は毎回同じです。処罰する趣旨か、情状の推知か。別の事件か、起訴された罪の危険の現実化か。
判決に付く周辺:未決勾留日数と訴訟費用
図:主文に付く周辺
ここからは、判決の主文に付く周辺です。先ほどの2つの判決の主文を、手がかりにします。1つ目は、未決勾留日数の算入です。判決が確定する前に、勾留されていた日数を、未決勾留といいます。
条文刑法第21条
刑法第21条 未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる。
「できる」と書いてあります。算入するかどうかは、裁判所の裁量です。主文で言い渡します。先ほどの傷害致死の判決は、第一審における未決勾留日数のうち、400日をそれぞれ刑に算入しました。放火の決定は、当審における未決勾留日数のうち、610日を本刑に算入しました。上訴には、別枠があります。刑事訴訟法495条の通算です。判決が言い渡されてから、上訴を申し立てるまでには、長くて14日間の、上訴するかを考える期間があります。この期間中に勾留されていた日数は、裁判所が何も言わなくても、法律上当然に、全部が刑に通算されます。これを法定通算といいます。上訴を考えている間の勾留で、刑が実質的に重くならないようにするためです。これに対して、先ほどの400日や610日のように、何日入れるかを裁判所が裁量で決めるのが、裁定通算です。
今日は、算入が裁量であることと、上訴期間の通算との違いまで見ます。2つ目は、訴訟費用の負担です。
条文刑事訴訟法第181条第1項
刑事訴訟法第181条第1項 刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。
刑の言渡しをしたときは、原則として、被告人に負担させます。ただし、貧困で納付できないことが明らかなら、負担させません。傷害致死の判決は、このただし書を適用して、被告人の両名に負担させませんでした。負担させるときは、職権で、その裁判をします。185条です。ほかに、2項は、被告人の責めに帰すべき事由で生じた費用は、刑の言渡しがなくても負担させられるとし、3項は、検察官だけが上訴して、棄却や取下げになったときは、上訴に関する費用を、被告人に負担させられないとしています。
執行猶予と保護観察
図:刑の全部の執行猶予
- 刑訴333条2項=刑の言渡しと同時に判決で言い渡す(保護観察に付す場合も同様)
- 刑法25条1項=3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡し
- ①前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
- ②処せられたことがあっても、執行を終わった日等から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者→情状により猶予できる
- 刑法25条の2第1項=1項の場合は保護観察に付することができ、2項の場合は付する
- 余罪の常習性=猶予をつけるかで効く一般情状
最後に、執行猶予です。刑の全部の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決で言い渡します。
条文刑事訴訟法第333条第2項
刑事訴訟法第333条第2項 刑の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決でその言渡しをしなければならない。猶予の期間中保護観察に付する場合も、同様とする。
猶予をつけられる要件は、刑法25条1項に書いてあります。
条文刑法第25条第1項
刑法第25条第1項 次に掲げる者が三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。 一 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者 二 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
言い渡された刑が、3年以下の拘禁刑か、50万円以下の罰金であること。そのうえで、前に拘禁刑以上の刑を受けたことがない者、または、受けたことがあっても、執行を終えてから5年以内に拘禁刑以上の刑を受けていない者であること。そして、情状による、とあります。ここで、前科が要件の中に出てきます。前科を考慮すること自体を、法が予定している、ということです。猶予の期間中の保護観察は、刑法25条の2第1項に書いてあります。25条1項の場合は付することができ、2項の場合、つまり執行猶予の期間中の者に、もう一度猶予を付ける場合は、付する、という違いがあります。一度猶予を受けている人に、さらに猶予を重ねる以上、社会の中での指導と監督を必ず付ける、という仕組みです。冒頭の問い2とのつながりです。同種の犯行を繰り返してきた、という余罪から読み取れるのは、常習性、つまり、また同じことをするおそれです。刑務所に入れずに、社会の中で立ち直らせてよいか、という猶予の判断は、まさに再犯を防ぐ、予防の観点の判断です。ですから常習性は、猶予をつけるかどうかで効く、一般情状として働くことが多いのです。先ほどの書きぶり2が、まさにこれでした。
今日の地図(保存版)
図:まとめの地図
今日のまとめです。刑の重さは、まず、やったことの重さ、つまり犯情で決まります。一般情状は、そこへの調整です。冒頭の問い1の答えです。法定刑の範囲内なら何年でも適法、ではありません。量刑傾向は、法規範ではありませんが、公平性のために出発点になります。そこから踏み出して、求刑を大幅に超える刑にするなら、具体的で説得的な理由が必要です。15年は、それが示されなかったので、破棄されました。問い2の答えです。D宅とE宅は、処罰する趣旨で、重くする理由にしてはいけません。起訴、証拠、補強証拠、一事不再理の手続を、くぐらずに罰することになるからです。一方で、同種の犯行を繰り返してきたことから、動機や性格を推し量って、必要な限度で考慮することは許されます。放火の死傷結果は、別の事件ではなく、その罪の危険が現実になったものです。だから、法定刑の枠内で考慮できます。共犯者の存在や役割も、起訴された犯行そのものの様子なので、考慮できます。判決には、未決勾留日数の算入、訴訟費用の負担、執行猶予が、主文として付きます。ここまでは、争って、証拠を調べて、刑を決める、通常の公判でした。争いのない事件でも、同じ道のりを歩くのでしょうか。次は、手続を簡単にする仕組みを見ます。
参照条文
- 刑事訴訟法第317条
- 憲法第39条
- 刑法第21条
- 刑事訴訟法第181条第1項
- 刑事訴訟法第333条第2項
- 刑法第25条第1項