再審の理由(新規性と明白性)
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第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入
図:今日の問い
- Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて判決が確定した
- 服役中のZは、一貫して「やっていない」と言っている
- 確定から数年後、弁護人が当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れた
- 有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかけるが、それだけでZの無実が証明されるわけではない
- ①確定した判決を、いまから争う道はあるのか
- ②どんな理由があれば、その道が開くのか
- ③新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか
ここまで見てきた上訴は、まだ確定していない裁判を争う道でした。ただ、判決が確定したあとでも、その裁判そのものを覆す、別のしくみがあります。今日は、その入口を通ります。今日のZさんは、これまでの回に出てきたZさんとは、別の事件の人です。Zさんは、強盗の罪で有罪判決を受けました。控訴も上告も退けられて、判決は確定しています。服役中のZさんは、ずっと「自分はやっていない」と言い続けています。確定から数年がたったころ、弁護人が、当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れました。有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきに、疑問を投げかける内容です。ただし、この鑑定だけで、Zさんの無実が証明されるわけではありません。問いは3つあります。1つ目。確定した判決を、いまから争う道は、あるのでしょうか。2つ目。どんな理由があれば、その道が開くのか。3つ目。新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか。
先に、答えの形だけ言います。道は、あります。ただし、その道が開く理由は、法律が限っています。そして新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくても足ります。ただし、元の証拠と合わせて見ます。中身は、順に見ていきます。
確定した判決を覆す道は2本
図:確定後の地図
- 確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=非常救済手続=再審・非常上告
- 比較表(何の誤りを正すか/誰がする/行き先/対象)
- 再審=事実の誤り(の疑い)/有罪の確定判決・有罪の言渡しを受けた者の利益のため
- 非常上告(454条)=法令の誤り/検事総長/最高裁判所/有罪も無罪も
地図です。確定する前の道が、上訴でした。控訴、上告、抗告です。確定したあとに用意されているのは、非常救済手続と呼ばれる、例外の道です。通常の上訴では救えなくなったあとの、最後の救済、という意味です。名前は2つ、再審と非常上告です。確定とは、もう争えないことでした。だから、確定したあとに、それでも覆す道は、例外として特別に置かれています。上訴は、確定を止めて見直させる道です。再審と非常上告は、確定したあとから覆す道です。確定の前か、後か。これが、今日の第一の目印です。再審とは、確定した有罪判決について、事実の認定に重大な誤りがある、あるいはその疑いがあることを理由に、誤って有罪とされた人を救う手続です。今日の主役は、こちらです。もう1つの非常上告は、名前とちがいだけ押さえます。非常上告は、理由が法令の適用の誤りです。たとえば、法律が定めた刑の上限を超えた刑を言い渡した、管轄のない裁判所が裁判をした、といった場合です。これを申し立てられるのは検事総長だけで、行き先は最高裁判所です。第454条に書かれています。有罪判決だけでなく、無罪判決も対象になります。中身は、あとで改めて見ます。
事実の誤りは、あったことをなかったと、あるいはなかったことをあったと、認定してしまう誤りです。Zさんの事件なら、本当は別の人が犯人なのに、Zさんが犯人だと認定した場合です。法令の誤りは、事実の認定は合っているのに、法律の当てはめや手続を誤った場合です。Zさんが犯人であること自体は正しいのに、法律が許さない重さの刑を言い渡した場合が、これにあたります。今日の主役の再審は、前者、事実の誤りの側です。
安定と救済のぶつかり合い
図:2つの要請
- 法的安定性(三審を尽くして確定した裁判は動かさないのが原則)⇄具体的妥当性(無実の人を罰したままにしてはならない)
- 現行法の答え=覆す理由を法律で限定(435条)
- 理由があるかで決まる:できれば蒸し返したい、では開かない
なぜ、確定した判決を覆す道が、わざわざ例外として置かれているのか。そして、なぜ簡単には開かないのか。ここに、2つの要請のぶつかり合いがあります。1つ目は、法的安定性です。三審を尽くして確定した裁判は、動かさないのが原則です。引き渡しが済んだ建物の図面を、あとから何度でも引き直せるとしたら、誰もその建物を前提に動けません。裁判も同じで、蒸し返しが自由なら、いつまでも終わらず、確定という約束事そのものが崩れます。2つ目は、具体的妥当性です。個々の事件で、正しい結論を出すことを求める要請です。重大な誤りがあるのに、確定したからといって、誤って有罪とされた人を罰し続けるのは、正義に反します。建物でいえば、土台に欠陥が見つかったら、引き渡し済みでも、直さなければなりません。現行法の答えは、確定した判決を覆す理由を、法律に限って並べる、というものです。その条文が、第435条です。だから、再審を開くかどうかは、法律が挙げた理由があるかどうかで決まります。できれば蒸し返したい、という気持ちでは、開きません。理由を限ることで、安定と救済の両方を守ろうとしているのです。
再審は利益再審だけ
図:利益再審だけ
- 旧法=有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審(不利益再審)もあった/現行法=利益再審だけ(435条柱書「その言渡を受けた者の利益のために」)
- 憲法39条=既に無罪とされた行為/同一の犯罪について重ねて責任を問われない
- 確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできない
条文の前に、1問、思い出してください。確定した無罪判決を、検察官がもう一度争って、有罪にすることはできるのでしたか?その理由は何でしたか?できません。裁判の確定の回で見たとおり、無罪でも有罪でも、確定したら、同じ事件を二度とやり直さない、という約束事があるからでした。その憲法の条文を、確認します。
条文日本国憲法第39条
日本国憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
前の文のうち、ここで効くのは、既に無罪とされた行為についての定めです。後の文は、同一の犯罪について重ねて、という定めです。確定したら、同じ事件で責任を重ねて問うことはしない、という約束事が、ここにあります。この線が、再審の形を決めています。かつての法律には、有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審、つまり無罪などの確定判決を覆して、有罪にするための再審もありました。現行法は、憲法第39条の趣旨と合わせて、利益再審だけにしています。第435条の柱書が、有罪の言渡しをした確定判決に対して、その言渡しを受けた者の利益のために、と書いているのは、そのためです。ここは、条文どおりです。帰結は2つです。1つ目。確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできません。対象になるのは、有罪の言渡しをした確定判決だけだからです。2つ目。再審の目的は、誤って有罪とされた人を救うことです。確定した判決を、あとから不利益に覆す道は、ありません。
利益のために、というのは、請求できる人を絞る言葉ではありません。再審の結果が誰のためのものかを示す言葉です。誰が請求できるかは、これとは別に決まっています。請求できる人は、手続の中で見ます。
再審の理由は3類型・第435条
図:435条の3類型
- A 証拠や前提の偽り・変更・無効が、別の確定した裁判・審決で示された(1〜5号)/B 職務犯罪(7号)/C 新しい明らかな証拠(6号)=実務上いちばん重要
- 共通の形=別の確定した裁判・審決が先に要る(1〜5号・7号)
- うち1・2・3・7号は「確定判決により〜が証明されたとき」
- 6号だけは別の確定判決が要らない=入口が広い
再審の理由が書かれた第435条を、2枚に分けて、全文を読みます。長い条文ですが、背骨は、3つの型に分けられます。
条文刑事訴訟法第435条
刑事訴訟法第435条(柱書・1号〜5号) 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。 一 原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。 二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。 三 有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。 四 原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。 五 特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。
1つ目の型は、証拠や前提の偽り、変更、無効が、別の確定した裁判や審決で示された場合で、第1号から第5号です。条文にある原判決とは、再審の対象になる、有罪を言い渡した確定判決のことです。第1号は証拠書類や証拠物の偽造や変造、第2号は証言、鑑定、通訳、翻訳の虚偽です。第3号の誣告とは、うその告訴をすることで、うその告訴によって有罪とされた場合に限られます。第4号は、証拠になった裁判が、のちの確定裁判で変更された場合です。第5号は、特許権や商標権などを害した罪で有罪にした事件で、特許庁がその権利を無効と判断した審決が確定した場合などです。この5つに共通するのは、再審の前に、別の確定した裁判や審決が、すでにある、という形です。たとえば証人の証言が虚偽だったというには、偽証の罪などを認めた確定判決が、先に要ります。つまり、再審の請求の前に、もう1つ別の確定した判断が必要になります。
条文刑事訴訟法第435条
刑事訴訟法第435条(6号・7号) 六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。 七 原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る。
2つ目の型は、職務犯罪で、第7号です。原判決に関与した裁判官や、証拠になった書面を作った検察官や警察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、やはり確定判決で証明された場合です。3つ目の型が、新しい明らかな証拠、第6号です。無罪や免訴などを言い渡すべき、あるいは原判決より軽い罪を認めるべき、明らかな証拠を、あらたに発見したとき。実務でいちばん重要なのが、この第6号です。科学的な証拠の回で見た足利事件の再審も、新しい鑑定が出発点でした。新しい証拠で確定判決を争うときに使うのが、この第6号です。
第1号から第5号と第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要ります。偽証の確定判決がなければ、使えません。これに対して第6号は、新しい証拠そのものを出して、争うことができます。入口が広いぶん、明らかとはどの程度か、あらたにとは誰にとってかが、解釈で争われます。それが今日の本題です。
図:435条のまわりの2か条
- 437条=確定判決が得られないとき(例:偽証した人が死亡)は、その事実を証明して請求できる/証拠がないために得られないときは除く(証拠が足りず有罪にできなかった場合)
- 436条=確定している判決は1つではない:有罪を言い渡した元の判決→6号を含む435条の各号で請求できる/控訴・上告を棄却した判決→1号・2号・裁判官についての7号だけ(事実を認定したのは元の判決)
- 6号の「軽い罪」=法定刑が同じ別の事実の主張は、軽い罪にあたらない(判例)
では、第1号から第3号や第7号で、その別の確定判決が取れないときは、どうなるのか。第437条は、確定判決が得られないとき、たとえば偽証した人が死亡して裁判にかけられないようなときは、その事実を証明して請求できる、としています。確定判決の代わりに、偽証があったという事実そのものを、再審の請求の中で証明するのです。ただし、証拠がないために確定判決が得られないときは、除かれます。たとえば、偽証の疑いはあるが証拠が足りず、有罪にできなかった場合は、除かれます。もう1つ、第436条です。Zさんの事件で確定している判決は、1つではありません。有罪を言い渡した元の判決のほかに、控訴や上告を棄却する判決が言い渡されていれば、その判決も確定しています。第436条は、この、控訴や上告を棄却した確定判決に対しても、再審を請求できる場合がある、としています。ただ、その理由は第1号と第2号、それに裁判官についての第7号に限られます。第6号の新しい証拠は、上訴を棄却した判決に対しては使えません。事実を認定して有罪を言い渡したのは、元の判決だからです。上訴を棄却した判決は、元の判決への不服を退けただけです。だから、事実の認定を揺るがす新しい証拠は、元の判決に向けて出します。Zさんのように控訴も上告も退けられた人でも、有罪を言い渡した元の判決に対してなら、第6号で請求できます。第6号の軽い罪にも、一言あります。判例は、法定刑が同じ別の犯罪事実を主張しても、軽い罪にはあたらないとしています。罪名が変わるだけでは、足りないのです。
ここで、区別をします。第435条の各号は、条文どおりの成立要件で、覚えるというより、読めば出てくる事柄です。これに対して、第6号の、明らかな証拠とは何か、あらたに発見したとは誰にとってか、は条文に書いてありません。判例と解釈が立てた基準、つまり規範です。ここから先は、規範を見ていきます。
明白性その1・どの程度の証拠か
図:明白性の程度
- 「明らかな証拠」を文字どおり読むと=無罪が確実と言えるほど強い証拠?→門がほとんど開かない
- かつての考え方=無罪等に到達する高度の蓋然性まで求める考え方もあった
- 白鳥決定=確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠
- 有罪に必要な程度(合理的な疑いを超える証明)と再審で必要な程度(合理的な疑いを生じさせる)は向きが逆の対
第6号の、明らかな証拠という言葉から、見ていきます。これを文字どおりに読むと、無罪であることが確実だと言えるほどの、強い証拠、と読めてしまいます。そうなると、再審の門は、ほとんど開かなくなります。実際、かつては、法的安定性を重んじて、無罪などの認定に到達する高度の蓋然性までを求める考え方もあったとされています。この厳しさを改めたとされるのが、白鳥決定と呼ばれる最高裁の決定です。この決定は、明らかな証拠について、2つのことを述べました。どの程度の証拠が要るのか。そして、それをどう判断するのか。まず、程度です。
判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)
再審の理由にいう「明らかな証拠」=合理的な疑いをいだかせる蓋然性のある証拠 「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきである……
要点は、無罪の確信までは要らない、ということです。蓋然性とは、そうなる見込みの確かさのことです。確定判決の事実認定に、合理的な疑いをいだかせて、その認定を覆すに足りる見込みがあれば足ります。元の有罪の認定が、そのままでは持ちこたえられなくなる見込みが、相当にある、という程度です。有罪にするには、合理的な疑いを超える証明が必要でした。合理的な疑いが残らないほどの証明が、要る。裏返せば、合理的な疑いが残るのに有罪とすることは、もともと許されていません。だから再審でも、新証拠を加えて見たときに、有罪の認定に合理的な疑いが生じるなら、その有罪は、もう支えきれません。無罪の証明まで求めたら、疑いが残る人を罰し続けることになります。有罪にするときは合理的な疑いが残らないこと、有罪を覆すときは合理的な疑いが生じること。向きが逆の、対になっています。さきほどの、安定と救済のぶつかり合いでいえば、安定に寄っていた門を、救済の側へ開き直したのです。有罪に必要な証明の程度を見た回で、合理的とは、裏付けがある、という意味だと確かめました。ここに、輪郭を描いておきます。鑑定の結果、有罪の決め手とされた物証が、Zさんのものとは限らない、という疑いが具体的に裏付けられる。これは、合理的な疑いにあたります。これに対して、Zさんが犯人ではない可能性も、絶対にないとは言えない、という漠然とした思いだけでは、疑いに数えません。可能性があるだけでは足りず、裏付けが要る、というのは有罪の側と同じ線です。
明白性その2・判断の方法と「疑わしいときは被告人の利益に」
図:孤立評価と総合評価
- 孤立評価=新証拠だけを切り離して、それだけで認定を覆せるかを見る/総合評価=新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、認定が持ちこたえられるかを見る(元の裁判の席に新証拠を置いてみる)
- 白鳥決定は総合評価
- 鉄則=合理的な疑いを生ぜしめれば足りる
次は、判断の方法です。その前に、問いを1つ。新証拠は、それ1つで、無罪を証明できなければならないでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、決定を読んでください。再審を開くのに、新証拠だけで無罪を証明する必要は、ありません。白鳥決定の2つ目、判断の方法を読みます。一節は、前半が判断の方法、後半が、疑わしいときは被告人の利益に、という鉄則の話に分かれます。
判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)
明白性の判断方法——新証拠と他の全証拠の総合評価と、「疑わしいときは被告人の利益に」 もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。
前半は、判断の方法です。もしその新証拠が、元の裁判の審理中に出されていたら、確定判決のような事実認定に到達しただろうか。この観点から、新証拠と他の全証拠を、あわせて評価します。元の裁判の席に、新証拠を置いてみる、と考えると分かりやすいです。評価の仕方には、2つの考え方があります。孤立評価は、新証拠だけを切り離して、それだけで有罪の認定を覆せるかを見ます。総合評価は、新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、有罪の認定が持ちこたえられるかを見ます。白鳥決定は、総合評価です。屋根を、柱で支えているところを想像してください。有罪の認定が屋根、元の証拠が柱です。新証拠が、1本の柱を弱めたとします。孤立評価は、その1本だけを抜いて、屋根が落ちるかを見るやり方です。総合評価は、残りの柱も含めて、屋根全体が持ちこたえるかを見るやり方です。新証拠が無罪を証明できなくても、元の証拠の価値を下げて、全体として疑いが生じるなら足ります。逆に、1本の柱が弱まっても、他の柱が揺るがなければ、屋根は落ちません。総合評価は、再審に有利にだけ働くとは限りません。後半は、前に鉄則として名前だけ置いた、疑わしいときは被告人の利益に、の中身です。再審を開くかどうかの判断でも、この鉄則が適用されます。ただし、その意味は、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、というものです。つまり、再審を請求した人が、無罪を立証しきる必要はありません。疑いが生じれば、真偽不明、つまり証拠を見てもどちらとも決まらないときの不利益は、有罪の認定を支える側に回ります。
図:白鳥事件
- 札幌市で警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が再審を請求
- 新証拠=証拠弾丸の腐食の状況や弾丸の傷(線条痕)の比較に関する鑑定など
- 原決定=新規性はあるが明白性は無いとして棄却→最高裁も特別抗告を棄却
- 理由=新証拠で証拠弾丸の価値は下がったが、有罪の認定は関係者の公判での証言など多数の間接事実に支えられており、総合しても合理的な疑いを生じさせるに足りない
この決定が出た白鳥事件の事案を、見ます。札幌市で、警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が、再審を請求しました。新証拠は、有罪の証拠に挙がった弾丸の腐食の状況や、弾丸に残る傷の比較に関する鑑定などです。結論は、請求の棄却でした。最高裁の1つ前の裁判所の決定、これを原決定と呼びますが、その決定は、新証拠に新規性はあるとしたうえで、証拠の明白性は無いとして、請求を退けた判断を維持しました。最高裁も、特別抗告を棄却しています。基準を緩めた決定でも、この事件では、明白性は認められなかったのです。理由の骨子は、こうです。新証拠によって、証拠として挙げられた弾丸の価値は、確かに下がりました。しかし、有罪の認定は、その弾丸だけでなく、関係者の公判での証言など、多数の間接事実に支えられていました。それらと総合しても、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせるには足りない。1本の柱は弱まったが、残りの柱で屋根は持ちこたえた、ということです。
総合評価で見るのは、新証拠が弱めた部分を差し引いたうえで、なお残る証拠の強さです。新しい証拠は、それだけで無実を証明できなくても構いません。ただし、元の証拠の全部と合わせて見て、有罪の認定に合理的な疑いが生じるかで決まります。これが、今日の3つ目の問いへの答えの芯です。次は、この基準を、さらにはっきりさせた決定です。
財田川決定・無罪が確実とまでは要らない
図:財田川決定
- 2本の物差し=×犯罪事実の不存在が確実か(そこまでは要らない)/○有罪の認定の正しさへの疑いが合理的な理由に基づくか(必要かつ十分)
- 下限=思いつきの可能性や単なる推理では足りない
- 事案=強盗殺人で死刑が確定した人の第2次再審請求
- 白鳥は棄却・財田川は差戻し(同じ基準で結論が分かれた)
白鳥決定の趣旨を、具体化したのが、財田川決定です。白鳥決定は、疑わしいときは被告人の利益にという鉄則を、再審開始の判断にも適用し、合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、と述べました。では、その疑いは、どこまで強くなくてよくて、どこからは足りないのか。財田川決定は、この原則を具体的に適用するにあたって、上と下の両方の端に、線を引きました。
判例最決昭51・10・12 刑集30巻9号1673頁(第一小法廷)
再審の理由にいう「明らかな証拠」=不存在が確実との心証までは不要 確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべきである……
物差しは、2本あります。1本目は、犯罪事実がなかったことが確実か、というもの。決定は、そこまでは要らない、と言っています。2本目は、有罪の認定の正しさへの疑いが、合理的な理由に基づくか、というもの。これが、必要であり、かつ、これで足りる、とされました。必要かつ十分、ということです。ここには、下限もあります。疑いに、合理的な理由が要るということは、思いつきの可能性や、単なる推理では足りない、ということです。決定自身も、単なる思考上の推理による可能性にとどまるものでは足りない、という趣旨を述べています。裏付けのない疑いは数えない、という線は、有罪に必要な証明の話で見たものと、同じです。
強盗殺人の罪で死刑が確定した人の、2回目の再審請求です。確定判決の有罪の証拠は、本人の捜査段階の自白と、血痕の付いたズボンなどが、重いものでした。この2回目の請求を、最初に判断した裁判所の決定、原決定のさらに1つ前なので原々決定と呼びますが、その決定は、確定判決の事実認定には、解明できない疑点が数々あるとしながら、それでも請求を棄却していました。最高裁は、自白の内容にも数々の疑点がある、と見ました。そして、新証拠を全証拠と総合的に評価すれば、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もありうるとして、審理が尽くされていないという違法を理由に、原決定と原々決定を取り消して、差し戻しました。白鳥決定は棄却、財田川決定は差戻し、つまり審理のやり直しでした。同じ基準で、結論が分かれたのです。分かれ目は、残った柱の強さです。白鳥事件では、弱まったのは弾丸という1本の柱で、関係者の証言など、残りの柱は揺らぎませんでした。財田川事件では、揺れていたのが、重い柱だった自白そのものでした。請求を退けた裁判所自身が疑点を認めていたのに、新証拠と合わせて確かめ直すことをしないまま、退けていた。だから、やり直しを命じたのです。疑いが生じなかった事件と、疑いに合理的な理由がありうる事件。この線引きが、基準を当てはめるときの勘所です。
新規性・あらたに発見したとは誰にとってか

- 新規性=「あらたに発見した」は誰にとって新しいか
- 判例(昭29)=証拠があることを知りながら、提出できたのに、他人の罪を背負うためことさら提出しなかった場合は、あらたに発見したときにあたらない(請求する本人にとって新しいことが必要と整理される)
- 有力な見解=裁判所にとって新しければ足りる
- 身代わりW:判例の整理=新規性なし/裁判所にとって新規で足りるとする見解=あり
- 設定替え:確定後まで知らなかったなら、どちらの立場でも認められうる
ここからは、もう1つの要件、新規性です。第6号は、明らかな証拠を、あらたに発見したとき、と書いています。新しいとは、誰にとってでしょうか。再審を請求する本人にとってか、それとも裁判所にとってか。最高裁の判断を、読みます。
判例最決昭29・10・19 刑集8巻10号1610頁(第三小法廷)
ことさら提出しなかった証拠は、「あらたに発見したとき」にあたらない 原審の確定した事実によれば、抗告人はその援用にかかる証拠があることを知りながら且つこれを提出することができたのに、他人の罪を背負うためことさらこれを提出しないで判決確定後再審の請求をするに際し始めてこれを主張し提出したのであるから、本件の場合は「証拠をあらたに発見したとき」に該当するものでない……
事案は、食糧管理法違反で有罪が確定した人が、他人の作成した書面を添えて、再審を請求したものです。原審が確定した事実によれば、請求した人は、その書面にかかる証拠があることを知っていて、出すこともできたのに、他人の罪を背負うために、あえて出さなかった。最高裁は、これをあらたに発見したときにあたらないとし、ほかの理由もあわせて、特別抗告を棄却しました。ここから、請求する本人にとって新しいことが必要だ、と整理されます。射程には、注意が必要です。この決定が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合です。知らなかった場合や、出せなかった場合まで、否定したわけではありません。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする有力な見解もあります。本人が知っていたかどうかは問わない、という立場です。理由は、誤って有罪とされた人の救済を優先すべきで、本人の手続上の落ち度より、真実を見るべきだ、というものです。一方、本人にとって新しいことを求める側の理由は、後出しを許すと、確定した裁判が蒸し返され、法的安定性が崩れる、というものです。さきほどの2つの要請のぶつかり合いが、ここでも縮図として現れています。結論が分かれる場面を、設例で作ります。Wさんは、真犯人をかばうために、自分が犯人だと言って、有罪判決を受け、判決が確定しました。Wさんは、真犯人が犯行時に写っていた防犯カメラの映像があることを、裁判の最中から知っていましたが、かばうために出しませんでした。確定後、Wさんは気持ちを変えて、その映像を添えて再審を請求します。
判例の整理に従うと、新規性はありません。知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合にあたるからです。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする見解に立てば、新規性はあります。裁判所は、その映像を見ていないからです。設定を替えて、Wさんが、その映像の存在を確定後まで知らなかった、あとで見つかったのなら、どちらの立場でも、新規性は認められうるでしょう。最後に、整理を1つ。新規性と明白性は、別々の要件です。新規性があっても、明白性が無ければ、再審は開きません。白鳥決定の事案が、まさにそうでした。新規性はあるとされたのに、明白性が無いとして、棄却されたのです。
節目のミニ事例
図:節目のミニ事例
- 前半
- 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zが無罪で確定→検察官は再審を請求できない(435条柱書・憲39条)。問2=鑑定が物証とZの結びつきを弱める→なりうる(総合評価)
- 他の証拠が独立に残り揺らがない→足りない。問3=無実が確実とまで言えないと開かれないか→開かれうる
- 推測だけで裏付けなし→足りない
節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zさんが無罪判決を受けて確定しました。検察官が、やはり有罪だと考えて、新しい証拠を見つけ、再審を請求できるでしょうか。できません。再審の対象は、有罪の言渡しをした確定判決(とそれに対する上訴棄却の確定判決)だけで、しかもその言渡しを受けた者の利益のためだけです。確定した無罪判決は、動かせません。設定を替えて、Zさんが有罪で確定し、Zさんの側が再審を請求するなら、理由があれば請求できます。2つ目。弁護人が出した鑑定は、有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきを弱めます。ただし、それだけでZさんの無実は証明されません。再審の理由になるでしょうか。
なりうる、が答えです。必要なのは無罪の証明ではなく、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせて、覆すに足りる蓋然性があることです。元の証拠と総合評価して、物証が弱まった結果、他の証拠の信用性にも疑いが及ぶのなら、足ります。設定を替えて、物証が弱まっても、Zさんの犯行を示す目撃証言や防犯映像などが独立に残り、その信用性が揺らがないのなら、疑いは生じません。この場合は、足りません。総合評価は、一方通行ではないのです。3つ目。新証拠が、Zさんが犯人でないことが確実だと言えるほどでなければ、再審は開かれないのでしょうか。
開かれうる、が答えです。財田川決定が、犯罪事実の不存在が確実だとの心証までは要らず、疑いが合理的な理由に基づけば足りる、と述べているからです。設定を替えて、弁護人の主張が、こうだったかもしれない、という推測だけで、裏付けが無いのなら、疑いに合理的な理由がありません。この場合は、足りません。
図:節目のミニ事例
- 後半
- 問4=控訴審のときから鑑定を頼めると知っていたが頼まなかった→新規性は分かれうる(出せたのかどうかが分かれ目)。問5=証人が偽証を認めた→2号・偽証の確定判決が要る(得られないときの特則=437条)。問6=証拠になった書面を作った検察官が、その事件の職務に関する罪で有罪判決が確定→7号
4つ目。Zさんは、控訴審のときから、この鑑定を頼めることを知っていましたが、費用の都合で頼みませんでした。鑑定は確定後に出たものです。新規性はあるでしょうか。ここは、分かれうるところです。判例が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合でした。費用の都合で頼めなかったのが、出せなかった場合といえるのか、出せたのに出さなかった場合なのか。分かれ目は、出せたのかどうかです。設定を替えて、Zさんが存在を知らなかった別の目撃者が、確定後に名乗り出たのなら、新規性はあります。5つ目。確定した判決が証拠にした証人が、のちに、偽証していたと認めました。第何号の事由でしょうか。すぐに再審を請求できるでしょうか。
証人の証言が虚偽だったという事由なので、第2号にあたります。ただし、証言が虚偽だったことが、確定判決により証明される必要があります。つまり、偽証の罪の確定判決が先に要ります。確定判決が得られない場合の特則が、第437条でした。6つ目。Zさんの有罪の証拠になった書面を作った検察官が、その事件について職務に関する罪で有罪判決を受け、その判決が確定しました。第何号でしょうか。職務犯罪だから、第7号です。第7号です。原判決の証拠になった書面を作ったり、供述をしたりした検察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、確定判決により証明されたときにあたります。結論の分かれ目を言い直します。1つ目は、利益再審だけ。2つ目と3つ目は、明白性は合理的な疑いで足りて、総合評価で見る。4つ目は、新規性は誰にとって新しいか。5つ目と6つ目は、第1号から第5号、そして第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要る、でした。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
- Zの答え=①確定した判決を争う道はある(再審。法令違反なら非常上告)②理由は法律が限る(435条の3類型。実務上いちばん重要なのは6号)③新しい証拠は無実を証明するほど強くなくてよい
- 元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足りる(白鳥・財田川)
- ただし新規性も要る
Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。確定した判決を争う道は、あります。事実の誤りを正すのが再審、法令の誤りを正すのが非常上告です。2つ目。その道が開く理由は、法律が限っています。第435条の3つの型で、実務でいちばん重要なのは第6号です。3つ目。新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくて構いません。元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足ります。ただし、新しいということ、つまり新規性も要ります。一覧にして終えます。確定したあとの道は、再審と非常上告。再審の理由は、証拠の偽りなどが、別の確定した裁判や審決で示された第1号から第5号、職務犯罪の第7号、新しい明らかな証拠の第6号。第6号の明白性は、程度が合理的な疑い、方法が総合評価、そして疑わしいときは被告人の利益に。財田川決定は、不存在が確実とまでは要らない、でした。新規性は、判例が、知りながら出さなかった場合を否定し、有力な見解は、裁判所にとって新しければ足りる、とします。では、理由があるとき、誰が、どこに請求して、どう進むのでしょうか。
参照条文
- 日本国憲法第39条
- 刑事訴訟法第435条