明治憲法と八月革命説
問い:明治憲法の改正手続で天皇が裁可した憲法を、なぜ国民が定めた憲法といえるのか。
骨組み
- 1明治憲法の骨格(1889年・欽定憲法):天皇主権(1条)・天皇が統治権を総攬(4条)・立法も天皇が行い帝国議会は協賛するだけ。権利は臣民権=天皇が恩恵として与えた権利 → だから外見的立憲主義・形式的法治主義に基づく不十分な憲法(学説)
- 2法律の留保の2つの意味:①法律による権利制限(良い面)/②法律による権利保障(悪い面)。明治憲法=①部分的採用(命令による例外が広い)・②全面採用/日本国憲法=①全面採用(明文は無い)・②不採用。明治憲法28条(信教の自由)は留保が無く、かえって法律によらず制限できると解された
- 3制定の経過:ポツダム宣言受諾(昭和20年8月14日。国民主権原理の採用要求を含むと解される)→ 松本案(統治権総攬を温存)→ マッカーサー草案の手交・受諾 → 草案要綱 → 総選挙(初の女性参政権)→ 条文化した草案を帝国議会へ → 公布 昭和21年11月3日・施行 昭和22年5月3日。手続=明治憲法73条の改正(国民投票は無い)
- 4マッカーサー3原則:①天皇は元首・皇位は世襲・職務権能は憲法に基づき国民の基本的意思に従う ②戦争の廃棄(自衛のための戦争も)・軍の不保持・交戦権の否認 ③封建制度の廃止
- 5押し付け憲法論と正統性(通説):占領下の制定 → 正統性が無いのでは。応答=制定時に国民の意思が反映(①国民の憲法意識 ②普通選挙で選ばれた議会の自由な審議)+③独立後の支持で瑕疵は治癒 → 正統性を有する
- 6上諭と前文の矛盾:上諭=明治憲法73条による改正を天皇が裁可(→欽定)/前文=国民主権に基づき確定(→民定)。限界説(通説)では主権者の変更は改正の限界を超える → 矛盾する(無限界説なら矛盾しない)
- 78月革命説(通説):ポツダム宣言受諾の時点で天皇主権から国民主権へ=法学的意味での革命。明治憲法は廃止されず、国民主権に抵触する限りで意味が変わる → 実質は国民が新たに制定した民定憲法。73条の手続・上諭は混乱を防ぐ政策的配慮
色の札は出どころ:条文 学説。条文番号は押すと条文が出ます(押せるのは日本国憲法の条文だけ。明治憲法の条文番号は文字のまま)。
1明治憲法の骨格と外見的立憲主義条文学説
- 明治憲法(大日本帝国憲法)は1889年制定。君主が定めた欽定憲法。
- 1条=天皇主権(代々続く天皇が統治する)。
- 4条:「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」=天皇が立法・行政・司法を最終的に掌握し統べる者(統治権の総攬)。
- 立法権も天皇が持ち(5条)、帝国議会はそれに協賛(=同意を与える)する立場。議会は立法の主体ではない。
- 臣民権:固有性・不可侵性・普遍性をもつ「人権」ではなく、天皇が恩恵として与えた権利。
- 臣民権がこういう性格だから、明治憲法は外見的立憲主義・形式的法治主義に基づく不十分な憲法と評価される。法律の留保(項目2)も同じ弱さを示す。
- 外見的=憲法・議会・権利の規定という近代憲法の形はあるが、権力を縛る制限規範として働かない(中身が違う)。形式的法治主義=法律の根拠さえあれば足り、法律の中身の正しさを問わない発想。
×にされやすい形
- 「明治憲法の臣民権は、人が生まれながらに持つ人権として保障された」(天皇が恩恵として与えた権利)
- 「明治憲法の下では、帝国議会が立法権を持ち、天皇はこれに協賛した」(立法権は天皇。議会が協賛する)
- 「明治憲法は民定憲法である」(欽定憲法)
2法律の留保の2つの意味条文学説
- 明治憲法の権利規定のほぼすべてに「法律ノ範囲内ニ於テ」が付く(例:22条・29条)=法律の留保。
- ①法律による権利制限:権利の制限には法律の根拠が要る=立憲主義の要請・良い面。
- ②法律による権利保障:権利は法律の範囲内でしか保障されない=法律さえあれば権利を削れる・悪い面。
| ①法律による権利制限 | ②法律による権利保障 (=法律の範囲内でしか保障しない) | |
|---|---|---|
| 明治憲法 | 部分的に採用(広く例外あり) | 全面的に採用 |
| 日本国憲法 | 全面的に採用(原則。明文は無い) | 採用しない |
- 明治憲法の①が「部分的」なのは、議会の法律が無くても命令で権利を制限できる場面が一定の場合に認められたから(9条=独立命令・31条=戦時・国家事変の天皇大権など)。
- 明治憲法28条(信教の自由)には法律の留保が無い → 「制限には法律が要る」という①の歯止めも無いことになり、かえって法律によらず制限できると解された(なお28条は「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」という別の限定を持つ)。
- 日本国憲法:①人権の制限には法律の根拠が要る(ごく限られた例外は別)。②法律によっても人権を不当に侵害することはできない。
「臣民は法律の範囲内で集会の自由を有する」とだけある憲法の下で、議会が「政治集会は一切禁止」という法律を作った → ②を全面採用する憲法では、この法律は憲法に反しない。日本国憲法の下では、法律があってもを不当に侵害すれば違憲。
×にされやすい形
- 「明治憲法28条の信教の自由には法律の留保が無いので、他の自由より強く保障された」(法律によらず制限できると解された)
- 「明治憲法は、①法律による権利制限を全面的に採用していた」(部分的。命令による例外が広い)
- 「日本国憲法も、②法律による権利保障を採用している」(不採用。法律でも不当に侵害できない)
- 「日本国憲法は、①法律による権利制限を明文で定めている」(明文は無い。全面的に採用)
3制定の経過(明治憲法73条の改正として)条文
- 昭和20年8月14日 ポツダム宣言受諾。10項・12項は国民主権原理の採用要求を含むと解されている(12項は日本国民の自由に表明する意思に従った政府の樹立を占領軍撤収の条件とする)
- 政府の松本案=統治権総攬の原則を温存。公表前の昭和21年2月1日に毎日新聞がスクープ → 保守的な内容に驚いた総司令部が独自の草案作りへ
- 昭和21年2月13日 マッカーサー草案(3原則をもとにした草案)を手交。政府は再考を求めたが、総司令部が「拒否するなら直接国民に提示する用意がある」旨を述べたことなどから受諾
- 3月6日 憲法改正草案要綱を公表
- 4月10日 普通選挙による総選挙(日本で初めて女性に選挙権)
- 5月22日 第1次吉田内閣 → 要綱を条文化した憲法改正草案を帝国議会に提出
- 衆議院・貴族院で若干修正のうえ圧倒的多数で可決 → 枢密院
- 昭和21年11月3日 公布 → 昭和22年5月3日 施行
- 使われた手続=明治憲法73条の改正手続:勅命で議案を帝国議会に付し、両議院とも各総員の3分の2以上が出席し、出席議員の3分の2以上で議決。国民投票の段階は無い。
- 国民の関与は、その衆議院議員を選んだ昭和21年4月の総選挙を通じてだった。
- 形の上では、日本国憲法は明治憲法の改正として成立した(→項目6の矛盾の出発点)。
- 今の憲法の改正手続()は、国会の発議に加えて国民の承認(特別の国民投票又は国会の定める選挙の際の投票で過半数の賛成)を要する。73条にはこの段階が無い。
×にされやすい形
- 「日本国憲法は、国民投票による承認を経て成立した」(73条の手続に国民投票は無い)
- 「日本国憲法は、昭和21年11月3日に施行された」(11月3日は公布。施行は昭和22年5月3日)
- 「憲法改正草案要綱が、そのまま帝国議会に提出された」(総選挙を挟み、要綱を条文化した草案が提出された)
- 「総司令部の草案作りは、政府の松本案が公表された後、その内容を見て始まった」(公表前のスクープで内容が知られた)
4マッカーサー3原則
| 中身 | |
|---|---|
| ①天皇 | 天皇は国の元首の地位にある。皇位は世襲。職務・権能は憲法に基づいて行使され、憲法に定める国民の基本的意思に従う |
| ②戦争 | 戦争の廃棄(自衛のための戦争も)・軍の不保持・交戦権の否認 |
| ③封建制度 | 封建制度の廃止・貴族の権利の縮減・予算は英国型 |
- ①は天皇制を残したうえで、その権能を憲法と国民の基本的意思に従わせるもの。①に「国民主権」の語そのものは無い。
- 松本案(統治権総攬の温存)とは方向が逆。
×にされやすい形
- 「マッカーサー3原則は、天皇制の廃止を求めた」(天皇は元首・皇位は世襲)
- 「マッカーサー3原則は、自衛のための戦争は廃棄の対象から除いた」(自衛のための戦争も廃棄)
5押し付け憲法論と正統性学説
- 問い:占領下で制定された日本国憲法は、日本国民が制定した憲法ではなく、正統性を有しないのではないか。
- 通説の応答は2段。
- これは、制定の経緯が国民の意思に基づくかという正統性の問い。73条の改正で主権者を変えられたかという法の論理の問いは別で、項目6・7で扱う。
| 応答 | 中身 | |
|---|---|---|
| 制定時に国民の意思が反映 | ① | 在野の知識人の草案や世論調査から、マッカーサー草案の発表前後に、多くの国民が日本国憲法の価値体系に近い憲法意識を持っていた |
| ② | 初の完全な普通選挙で国民が直接選挙した帝国議会(総選挙で選ばれたのは衆議院議員)が、審議の自由に法的拘束の無い状況で審議・可決した | |
| 事後の治癒 | ③ | 独立後、国民が自由な意思で支持してきた以上、占領下で制定されたという瑕疵は治癒された |
- 結論:日本国憲法は正統性を有する(通説)。
- ①②の着地点:政府への押し付けはあったが、国民への押し付けは無かったと整理できる。
草案を審議した衆議院の議員が、国民の選挙を経ていなかったとする → 応答②(国民が直接選んだ議会の自由な審議)は使えない。制定時に国民の意思が反映したという柱が弱まり、③の事後の治癒に重みがかかる。
出題占領下成立の無効説には、占領軍の要求は適法で国民の自律的判断もあったと批判(○)
×にされやすい形
- 「通説の応答②の要点は、帝国議会が草案に修正を加え、丸のみではなかったことにある」(要点は、普通選挙で選ばれた議会が自由に審議したこと)
- 「通説の応答①は、条文の出どころが総司令部の草案だけではないことを示すものである」(当時の国民が日本国憲法に近い憲法意識を持っていたことを示すもの)
- 「通説は、占領下で制定されたことに瑕疵は無いとする」(瑕疵は独立後の支持で治癒されたとする)
6上諭と前文の矛盾条文学説
- 上諭(前文の前に置かれた天皇の言葉):「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」
- 前文第1段第1文:日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
| 上諭 | 前文 | |
|---|---|---|
| 言っていること | 天皇主権の明治憲法を、73条の手続で改正し天皇が裁可した | 国民主権の原理に基づき制定した |
| そのとおりなら | 天皇主権の欽定憲法 | 民定憲法 |
- 限界説(通説):改正手続を踏んでも変えてよい範囲には限界がある。主権者の変更は改正の限界を超え、法的に許されない(憲法制定権力=憲法を作る力。それは憲法の成立後に憲法改正権へ姿を変える。改正権は主権者から与えられた権限なので、与え主の主権者そのものは取り替えられない)。
- → 限界説に立つ限り、73条の改正で主権者が天皇から国民に変わったとは説明できず、上諭と前文は論理として矛盾する。
- 改正無限界説(主権の所在も含め手続さえ踏めば変えられる)に立てば、そもそも矛盾は生じない。
今のの手続をきちんと踏んで「主権は天皇に存する」(君主主権)と書き換えても、限界説では主権者の変更は改正の限界を超え、法的に許されない。手続を守ったかではなく、変えた中身で決まる。
出題日本国憲法は帝国憲法の改正手続を守り、その全面改正として法的に有効に成立した
×にされやすい形
- 「上諭は、日本国憲法が国民主権に基づいて制定されたと述べている」(「日本国民の総意に基いて」とは言うが、成立の形としては73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を天皇が裁可したと述べる)
- 「限界説に立っても、改正手続を踏めば主権者を変更できる」(主権者の変更は改正の限界を超える)
78月革命説学説
- 昭和20年8月のポツダム宣言受諾で、天皇主権から国民主権へ変わる「法学的意味での革命」があった(通説)。提唱者は宮沢俊義。
- なぜ8月か:ポツダム宣言が国民主権原理の採用を要求していると解されるので、それを受け入れた時点で主権の所在が変わったと説明する。
- 「革命」は武力や政変による政権転覆ではない。旧憲法の改正手続ではできない主権者の変更が、改正より前に、宣言の受諾によって法の論理の上で起きたという意味。改正で主権者を変えたのではないから、限界説(改正では主権者を変えられない)とぶつからない。
- 明治憲法は廃止されない。国民主権に抵触する限りで、条文の意味が重要な変革を受ける。例:明治憲法73条の天皇の裁可と貴族院の議決は実質的な拘束力を失った。
- 民定=主権者となった国民が定めたという意味。73条の手続の形は残っても、国民主権に抵触する部分(天皇の裁可・貴族院の議決)は拘束力を失っているので、定めたのは主権者の国民と説明される。
- よって日本国憲法は、実質的には明治憲法の改正ではなく、国民主権に基づいて国民が新たに制定した民定憲法。
- 73条の手続をとったのは混乱を避けるため=上諭は混乱を防止するための政策的な配慮にすぎない。主権の所在は8月の受諾の時点で国民に移っており、前文はそれを宣言している。
- 対立する見方としてノモス主権論(尾高朝雄)がある:主権は天皇でも国民でもなく正しい法の理念(ノモス)にあるとし、主権の所在の変化を根本的な断絶とは見ない(連続性を説く)。この説では8月革命という説明は要らない。
出題八月革命説は、国家主権を回復したときに革命が成就し国民が主権者になったとする(×)ポツダム宣言受諾で主権が天皇から国民へ移り、法的意味での革命があった八月革命説は、改正に限界があるとしつつ日本国憲法の制定を正当化する説(○)
×にされやすい形
- 「8月革命説は、昭和20年8月に国内で武力による政権転覆があったとする説である」(法学的意味での革命)
- 「8月革命説によれば、明治憲法はポツダム宣言の受諾によって全部廃止された」(廃止されず、国民主権に抵触する限りで意味が変わる)
- 「8月革命説によれば、日本国憲法は明治憲法の改正であり、欽定憲法である」(実質は国民が新たに制定した民定憲法)
- 「8月革命説によれば、上諭こそが日本国憲法の成立の根拠である」(上諭は混乱を防ぐ政策的配慮にすぎない)