公共の福祉
問い:「公共の福祉のため」と言いさえすれば、どんな人権でも制限できるのか。
骨組み
- 1「公共の福祉」の条文(条文):全ての人権に=後段・後段/経済的自由権に重ねて=・。問いは2段=制約の根拠(公共の福祉の意味)と程度(どこまで)
- 2一元的外在制約説(学説・最初に主張):公共の福祉=全ての人権に外在する一般的な制約根拠。・後段が重要/・は特別の意味をもたない。難点=法律による人権制限が容易に肯定される(明治憲法と変わらなくなる)
- 3内在外在二元的制約説(学説):全ての人権が内在制約に服し、経済的自由権(・)と社会権(〜)だけがさらに外在制約にも服する。・後段=訓示的・倫理的規定(法的な制約の根拠ではない。内在制約は人権そのものから来る)。難点=①人権の分類は相対的 ②後段から新しい人権を導けなくなる
- 4一元的内在制約説(学説・従来の通説):公共の福祉=全ての人権に内在する、人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理
- 52つの側面(同説):自由国家的=他者の自由権のため・全ての人権・必要最小限/社会国家的=他者の社会権のため・経済的自由権のみ・必要な限度。経済的自由権は両方を受ける。・=自由国家的、・=社会国家的
- 6近時の有力説(学説・有力):他者の人権との衝突とまではいえない制約(美観の維持・パターナリズム)を一元的内在制約説は説明できない → 公共の福祉を①他者の人権との調整に加え②社会全体の利益③本人の利益も含めた意味に解する
- 7制約の程度と比較衡量(学説):公共の福祉の定義は根拠を示すが程度は示さない。比較衡量=得られる利益と失われる利益を比べる。難点=裁判官の主観的判断を拘束できず、公益優先に陥りやすい → 主観を縛る違憲審査基準へ
| 公共の福祉とは | 制約を受ける人権 | ・後段 | ・ | |
|---|---|---|---|---|
| 一元的外在制約説 | 人権の外にある一般的な制約根拠 | 全ての人権(外在制約) | 重要(制約の根拠) | 特別の意味をもたない |
| 内在外在二元的制約説 | 人権の外にある制約(働く場面を限定) | 全ての人権=内在制約。経済的自由権・社会権はさらに外在制約 | 訓示的・倫理的規定 | 重要(経済的自由権に公共の福祉が働くことを示す) |
| 一元的内在制約説 | 人権に内在する、人権相互の矛盾・衝突を調整する実質的公平の原理 | 全ての人権(内在制約) | 自由国家的公共の福祉 | 社会国家的公共の福祉 |
色の札は出どころ:条文 学説。条文番号は押すと条文が出ます。上の表は、項目1で見る「4か所」の条文を各説がどう読むかの対比(項目2〜5)。短答では、説の名前と中身(何を外在・内在とするか、どの条文を重視するか)の組合せが問われやすい。
1「公共の福祉」の条文(4か所)と問いの立て方条文
- 人権も無制約ではない。たとえば、他人の名誉を傷つける表現は許されない。問題は、制約がどんな根拠で(根拠)、どこまで(程度)できるか。
- (後段):又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
- :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。(「公共の福祉」の文言は後段)
- :何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
- :財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
- 後段・後段は全ての人権にかかる。そのうえで経済的自由権については、・で重ねて宣言されている。・だけで全ての人権を制約できるなら、なぜ重ねて書いたのか=各説の分かれ目(骨組みの下の表)。
- 「公共の福祉」の文言はでは1項だけ。(外国移住・国籍離脱の自由)には無い。
- 「公共の福祉」という言葉は、それ自体では制限の程度について何も教えてくれない。学説は主に根拠(公共の福祉の意味)を扱い、程度は項目7の問題になる。
(表現の自由)には「公共の福祉」の文言が無い。それでも、他人の名誉を傷つける発言は責任を問われる=文言があるかどうかだけでは、制約できるかは決まらない。
- 「憲法上、「公共の福祉」の文言はとにしか置かれていない」(・にも重ねて置かれている)
- 「条文に「公共の福祉」の文言が無い人権は、制約されない」(文言の無い表現の自由も、他人の名誉を傷つける表現は許されない)
2一元的外在制約説学説
- 定義:「公共の福祉」=全ての人権を対象とする、人権に外在する一般的な人権制約根拠。まず最初に主張された見解。
- 名前の分解:「外在」=人権の外側から加わる制約。「一元的」=制約の根拠が一つ。
- 条文の読み方:後段・後段が重要。・は特別の意味をもたない(全ての人権がすでに・で制約されるので、重ねる意味がない)。
- 難点:この説では、法律による人権制限が容易に肯定されるおそれがある。「公共の福祉」を振り回して制約を次々に正当化できてしまい、明治憲法と変わらなくなる。この難点を受けて、項目3の説が出てきた。
- 明治憲法の権利規定には、ほぼ全てに「法律の範囲内において」という留保が付いていた=法律の留保。これには2つの意味がある:①法律による権利制限=人権の制限には法律の根拠が要る(立憲主義の要請=良い面)②法律による権利保障=権利は法律によって保障されるにとどまり、法律によればいくらでも制限できる(悪い面)。「公共の福祉」を理由に法律で次々に制限できるなら、この説は②の意味の法律の留保と同じ働きをすることになる。
・で全ての人権が外から制約されるなら、職業選択の自由も・だけで制約できる。の「公共の福祉に反しない限り」は、あってもなくても結論が変わらない規定になる。
「公共の福祉のため」と書いた法律を作れば、政府に批判的な新聞記事の禁止さえ、理屈のうえでは正当化できてしまう=②の意味の法律の留保と同じ働き。
出題12・13条の公共の福祉は人権外の一般的制約原理で、22・29条に特別な意味はない公共の福祉を人権外の一般原理とする見解には、法律の留保のように機能するおそれ(○)
- 「一元的外在制約説では、・の「公共の福祉」が特に重要な意味をもつ」(重要なのは・後段。・は特別の意味をもたない)
- 「一元的外在制約説は、外在的制約の働く場面を経済的自由権に限定する」(全ての人権に外在する制約とする。限定するのは内在外在二元的制約説)
- 「法律の留保とは、人権を法律の範囲内でしか保障しないという意味に限られる」(人権の制限には法律の根拠が要るという意味もある)
3内在外在二元的制約説学説
- 出発点:一元的外在制約説では法律による制限が容易に肯定される → 外在的制約としての公共の福祉が働く場面を経済的自由権(・)と社会権(〜)に限定する。
- 構造(親子の関係):①全ての人権は、「公共の福祉」とは別の、その人権に内在する制約に服する(人権それ自体に初めから含まれている限界。外から政策的に加わる制約ではない)。②そのうち経済的自由権と社会権だけは、さらに外在的制約(公共の福祉)にも服する。=経済的自由権・社会権は内在+外在の二重、それ以外の人権は内在制約だけ。
- 「それ以外の人権」=表現の自由()・信教の自由()など。それぞれ固有の条文を持つ。
- 条文の読み方:・(公共の福祉が経済的自由権に作用することを示す)が重要。後段・後段は訓示的・倫理的規定にすぎない(法的な制約の根拠ではない)。
- 外在制約の対象を決めるのは「条文に公共の福祉の文言があるか」ではなく人権の種類。社会権の条文(〜)には文言が無いのに対象になる。
- 外在か内在かは抽象的な説明の違いにすぎないともいえる。ただしこの説は、経済的自由権・社会権以外への制約をできる限り避けようとする色合いが、一元的外在制約説より格段に強い。
- 難点①分類の相対性:人権の分類は相対的なのに、経済的自由権・社会権とそれ以外を峻別できることを前提にしている。
- 難点②後段:後段は新しい人権(プライバシー権のように個別の条文が無い人権)の根拠条文。これを倫理的規定にすぎないとすると、後段から新しい人権を認められなくなる。
- 難点②が向けられるのは、・後段を訓示的・倫理的規定と読むこと。・の「公共の福祉」を内在的制約を意味すると読む見解(・は政策的制約の根拠)は、・に法的な意味を認めているので、この批判は当たらない。「経済的自由権は政策的制約、それ以外は内在制約」という結論が似ていても、・の読み方で見分ける。
飲食店の営業時間を政策的に制限する法律は、この説では外在制約(公共の福祉)で説明できる。同じ政策的な理由で新聞の発行時間を制限しようとしても、正当化できない。表現の自由が受けるのは、その人権に内在する制約だけだからである。
ある思想を掲げる出版社の営業そのものが制限された場合、職業選択の自由の問題であると同時に、何を世に出すかという表現の自由の問題でもある。どちらの箱に入れるかで外在制約が働くかが変わる=難点①。
出題13条を国家の心構えとして法規範性を否定する見解は、新しい人権の根拠を失わせる(○)22・29条の公共の福祉は政策的制約の根拠、12・13条のそれは内在的制約のみ
- 「内在外在二元的制約説では、経済的自由権・社会権は外在的制約に服し、それ以外の人権だけが内在的制約に服する」(全ての人権が内在制約に服し、経済的自由権・社会権はさらに外在制約にも服する)
- 「内在外在二元的制約説では、経済的自由権・社会権以外の人権は、何の制約も受けない」(内在制約は受ける)
- 「内在外在二元的制約説は、・後段を全ての人権に対する外在的制約の根拠と解する」(訓示的・倫理的規定にすぎないと解する)
- 「内在外在二元的制約説では、外在的制約を受けるのは、条文に「公共の福祉」の文言がある人権に限られる」(社会権も対象。文言ではなく種類で決まる)
- 「内在外在二元的制約説によれば、後段から新しい人権を導くことが容易になる」(逆。倫理的規定にすぎないとすると導けなくなる=難点②)
- 「・の『公共の福祉』は人権の内在的制約のみを意味する、という見解は、を倫理的・訓示的規定とする点で新しい人権を基礎付けられないと批判される」(この見解は・を内在的制約の意味に読んでおり、訓示的規定とはしていない=批判は当たらない)
4一元的内在制約説(従来の通説)学説
- 出発点:内在外在二元的制約説の2つの難点(分類の相対性・後段の倫理規定化)。
- 定義:「公共の福祉」とは、全ての人権に内在する、人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理。この見解が通説となるに至った(従来の通説)。
- 他の2説との関係:全ての人権が公共の福祉に服する点は一元的外在制約説と同じ。ただし、それは外在的制約ではなく、他者の人権との調整の必要から来る内在的制約にすぎない点で、二元的制約説の内在制約に近い。
- 見方の違い:一元的外在制約説・二元的制約説は、公共の福祉を人権の外にある制約根拠と捉える。一元的内在制約説は、人権と人権がぶつかったときの調整原理そのものを公共の福祉と捉える。
- (語の感覚としての説明)「実質的」=形のうえではどちらの人権も等しく保障されているが、そのままぶつければ片方が潰れる → 中身を見て、両方が実際に立つように調整する。
- この定義は条文のどこにも書かれていない。「公共の福祉」という言葉に与えた解釈上の定義。
- 2つの難点への答え:後段を倫理規定に落とさずに済む。また、全ての人権が同じ一つの原理(人権相互の調整)に服するので、公共の福祉が働くかどうかを人権の種類で振り分ける必要がない。
- が人権を「侵すことのできない永久の権利」とするのは、まったく制限されないという意味ではない。他者の人権とぶつかる場面で、両方を立てるために調整する=そこまでがこの説の認める制限。
Aが表現の自由を使ってBの評判を落とす発言をした。Aを無制限に認めればBの名誉は守られず、Bだけを優先すればAの表現の自由が消える。両方をできるだけ生かすように調整する原理が「公共の福祉」。
- 「一元的内在制約説は、公共の福祉を人権の外にあって人権を制約する一般的な根拠と捉える」(人権に内在する、人権相互の矛盾・衝突を調整する原理と捉える)
- 「一元的内在制約説によれば、公共の福祉に服するのは経済的自由権と社会権に限られる」(全ての人権が服する)
5自由国家的公共の福祉と社会国家的公共の福祉学説
| 自由国家的公共の福祉 | 社会国家的公共の福祉 | |
|---|---|---|
| 守るもの | 他者の自由権 | 他者の社会権 |
| 制約される人権 | 全ての人権 | 経済的自由権のみ |
| 許される規制 | 必要最小限の規制 | 必要な限度の規制 |
| 対応する条文 | ・ | ・ |
- 一元的内在制約説は、公共の福祉の働きを2つの側面に分ける。①自由国家的公共の福祉=他者の自由権を保障するための制約を根拠づける。全ての人権に妥当する。②社会国家的公共の福祉=他者の社会権を保障するための制約を根拠づける。経済的自由権に対してのみ認められる。社会権=国に積極的な手助け(生活の保障など)を求める権利。
- 規制の幅:自由国家的は必要最小限(それ以上は許されない最小の規制まで)、社会国家的は必要な限度(目的に必要な範囲なら、最小限に絞らなくてよい)=社会国家的のほうが規制の幅が広い。
- 向きに注意:社会国家的公共の福祉で守られる側が社会権、制約される側が経済的自由権。社会権を制約する原理ではない。
- 経済的自由権は両方を受ける(他者の自由権のための制約も、他者の社会権のための制約も)。精神的自由権などが受けるのは自由国家的だけ。=経済的自由権のほうが、規制の許される幅が広い。
- 4か所の謎への答え:・=自由国家的公共の福祉、・=社会国家的公共の福祉に対応する。社会国家的公共の福祉が働くのは経済的自由権に対してだけなので、経済的自由権の条文に重ねて書かれている、と説明する。
食品の製造販売業者は、消費者の生命・健康を守るための衛生規制(自由国家的・必要最小限)も、零細業者の生活を守るための政策的な規制(社会国家的・必要な限度)も受けうる。表現の自由が受けるのは前者だけ。
働く人の生活を守るために労働時間の上限を法律で決めると、雇う側の経済活動の自由(経済的自由権)が、働く側の社会権を守るために制限される=社会国家的公共の福祉。これに対し「生活に苦しむ人の気持ちを傷つける」という理由で贅沢を勧める雑誌の出版を禁じることは、社会国家的公共の福祉では説明できない(表現の自由には働かない)。
出題積極的な社会経済政策のための規制は、職業活動の自由も精神的自由も同様に許される(×)
- 「社会国家的公共の福祉とは、社会権を制約する原理である」(逆。他者の社会権を守るために経済的自由権を制約する原理)
- 「社会国家的公共の福祉は、全ての人権に妥当する」(経済的自由権に対してのみ。全ての人権に妥当するのは自由国家的)
- 「経済的自由権は社会国家的公共の福祉にだけ服し、自由国家的公共の福祉には服さない」(両方に服する)
- 「社会権を実質的に保障するために自由権を制約する場合も、必要最小限の規制しか認められない」(社会国家的は必要な限度の規制。必要最小限は自由国家的)
- 「一元的内在制約説では、・の公共の福祉は自由国家的公共の福祉を意味する」(社会国家的。・が自由国家的)
6近時の有力説(公共の福祉の中身を広げる)学説
- 前提:一元的内在制約説は、ある人権の制約が許されるのは他者の人権と矛盾・衝突する場合だけとし、人権制約に対する強力な歯止めを実現しようとする(この説の長所)。
- 批判:実際には、他者の人権と衝突しているとまではいえない場合でも、制約の必要性が認められることはありうる。
- ①社会全体の利益:街の美観維持のための規制。美観維持は他者の人権とはいいがたい。「美観の整った街で暮らす人権」を立てることもできなくはないが、そうすると人権の範囲が無制限に広がり、かえって人権の価値を下げかねない。
- ②本人の利益:本人の保護を目的とする制約=パターナリズムによる制約(未成年者の政治活動の自由に対する制約がその代表)。他者の人権保障のための制約とはいえず、一元的内在制約説からは説明できない。
- 結論:公共の福祉を、①他者の人権との調整に加え、②社会全体の利益や③本人の利益をも含めた意味に解する見解が有力。公共の福祉という枠を捨てたのではなく、中身を広げた。人権の側を広げて説明するのではなく、公共の福祉の中身を広げた点に注意。
景観を守るための建物の高さ規制は、特定の誰かの人権ではなく街全体の景観という利益のため(②社会全体の利益)。バイクのヘルメット着用義務は、本人以外の誰かではなく本人自身を危険から守るため(③本人の利益)。どちらも「他者の人権との衝突」では説明しにくい。
- 「近時の有力説は、「公共の福祉」を一般的な制約原理として立てることをやめ、人権ごとに個別に考える」(枠は保ったまま、中身を①②③に広げる)
- 「一元的内在制約説によれば、本人の保護を目的とするパターナリズムによる制約も、他者の人権との調整として説明できる」(説明できない=近時の有力説が突いた点)
- 「近時の有力説は、美観維持の規制を説明するために、美観の整った街で暮らすことを新たな人権として認める」(人権を広げると人権の価値を下げかねない。広げるのは公共の福祉の中身)
7制約の程度と比較衡量学説
- 項目2〜6は制約の根拠(公共の福祉とは何か)の話。公共の福祉の定義は、目の前の規制がどこまで許されるか(程度)までは示さない。
- 比較衡量=規制によって得られる利益と、規制によって失われる利益を比べ、前者の価値が高ければ人権を制限できるという手法。最も原始的な実質的審査(規制の中身に踏み込んで当否を判断すること)の手法で、判例でも多く用いられる手法とされる。
- 難点:裁判官の主観的判断を拘束できない。その結果、公益優先の判断に陥りやすい。
- そこで、裁判官の主観を拘束するために、天秤に乗せる前に比べ方のものさしを決めておく違憲審査基準の考え方が生まれた。
Aの発言を抑えるとき、発言の後に損害賠償を負わせるところまでにとどめるか、発言そのものを前もって禁止するところまで進むか。どちらも「人権相互の調整」と説明できてしまい、どちらを選ぶべきかは定義からは出てこない。
- 「比較衡量は、裁判官の主観的判断を客観的に拘束できる点に長所がある」(拘束できない点が難点。それを拘束するために違憲審査基準論が生まれた)
- 「一元的内在制約説の定義によれば、個別の規制がどこまで許されるかが直ちに定まる」(定義は根拠を示すだけで、程度は定まらない)