憲法ゼロから憲法#10

特別権力関係論と被収容者の人権

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特別権力関係論

特別権力関係論の構造(A=国家権力とB=公務員・被収容者の間に、①法律の根拠なしに制限②広範な制限③司法審査が及ばない)

特別な関係に立つ人

定義特別権力関係とは、同意または法律によって、国家の特別な支配に服する関係です。

  • 同意による関係:公務員や国立大学の学生です。
  • 法律による関係:刑事施設の被収容者です。

結論特別権力関係論は、明治憲法の時代に、この人たちの人権制限を説明した理論です。

現在は否定されています。

3点セット

結論この関係の中では、次の3つが妥当すると考えられていました。

  • ①法律の留保の排除:法律の根拠が無くても、人権を制限できます。
  • ②広範な人権制限:広い範囲で、人権を制限できます。
  • ③司法審査の排除:その制限に、裁判所の審査が及びません。

具体例被収容者が、手紙を出すことを全面的に禁じられた場合です。

  • ①により:禁止を定めた法律は、無くてもかまいません。
  • ②により:禁止の範囲が広くても、かまいません。
  • ③により:その人は、裁判所に訴えることもできません。

特別権力関係論の否定と現代的処理

特別権力関係論は、法律の根拠なく、広く、裁判所の審査なしに人権を制限できるとする理論でした。
この理論はなぜ否定され、何に置き換わったのでしょうか。

現代的処理(A=国家権力が、B=公務員・C=被収容者との関係ごとに根拠・限度を個別に問う)

否定の理由

定義法治主義とは、国会が作る法律によって初めて権力の行使が許される、という原則です。

結論特別権力関係論は、日本国憲法のもとでは採用できません

理由3点セットが、それぞれ憲法とぶつかるからです。

  • ①②:法律の根拠なく広く制限できる点は、法治主義に反します。
  • ③:司法審査が及ばない点は、裁判を受ける権利(32条)と違憲審査制(81条)を空文にします。

国家権力を法で縛るという、日本国憲法の骨格と正面から衝突します。

32条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない

81条第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

現代的処理

定義現代的処理とは、公務員・被収容者・国立大学の学生を一括りの身分として扱わない考え方です。

関係ごとに、根拠限度を個別に問い直します。

  • 根拠:なぜ制限できるのか。
  • 限度:どこまで制限できるのか。

注意「特別な身分だから制限されて当然」とは考えません。

被収容者の人権(収容の目的と規制の根拠)

現代的処理では、関係ごとに制限の根拠と限度を問います。
では、被収容者への制限の根拠はどこにあり、どこまで制限できるのでしょうか。

被収容者の範囲

定義被収容者には、受刑者だけでなく、裁判が終わるまで拘置所にいる未決拘禁者も含みます。

収容の3つの目的

定義収容の目的は、次の3つです。

  • 拘禁の確保:逃亡を防ぎ、収容そのものを維持することです。
  • 戒護:施設内の規律と秩序を保つことです。
  • 矯正教化:受刑者を社会に戻すために、教育し、更生させることです。

注意矯正教化は受刑者だけの目的です。

まだ刑が確定していない未決拘禁者には当てはまりません。

規制の根拠

結論通説は、憲法自身が収容という関係の存在を予定していることに根拠を求めます。

条文手がかりは、18条・31条・34条です。

  • 18条:適法な拘禁があり得ることを前提にしています。
  • 34条:抑留(一時的に身柄を押さえること)と拘禁(続けて身柄を拘束すること)の要件を定めます。
  • 31条:法律の定める手続によらなければ、自由を奪われないと定めます。

理由憲法は、収容関係を憲法秩序の構成要素として認めています。

だからこそ、その枠の中で制限の根拠が生まれます。

注意「例外だから制限される」のではありません。

「憲法の内側にある関係だから、その内側でだけ制限できる」という順序です。

18条の読み方

結論18条は、前段と後段で扱いが違います。

  • 前段:奴隷的拘束の禁止です。犯罪の処罰であっても例外がない、絶対的な禁止です。
  • 後段:意に反する苦役(強制労働)の禁止です。「犯罪に因る処罰の場合を除いては」という例外は、この後段にだけ付いています。

理由適法な拘禁そのものは、「奴隷的拘束」に当たらないと解されています。

裏を返せば、憲法は適法な拘禁があり得ることを前提にしています。

注意例外句は後段だけに係ります。

前段の奴隷的拘束には及びません。

18条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

31条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

34条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

特別の制約の内容

結論被収容者については、法律の根拠が緩められうると説明されます。

ただし、制限は収容の3つの目的のためでなければなりません。

理由緩められるのは、憲法自身が収容という関係を予定しているからです。

特別権力関係論のように、法治主義の枠ごと外れるのとは違います。

具体例施設の運営に何の支障も無いのに、所長が個人的に気に入らないという理由だけで本を取り上げる場合です。

3つのどの目的にも当たらないので、目的の外です。

注意拘禁の確保・戒護・矯正教化のどれにもつながらない制限は、許されません。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件

被収容者への制限は、収容の3つの目的の枠内でだけ許されます。
では、判例は、被収容者の自由の制限にどこで線を引いたのでしょうか。

事案

事案未決拘禁者が、拘置所内で新聞を読んでいました。

ハイジャック事件を伝える記事を含む部分が、拘置所長によって塗りつぶされました。

この抹消処分の是非が争われました。

結論最高裁の判断は、二段構えです。

  • 一段目:新聞を読む自由が、憲法上保障されるか。
  • 二段目:保障されるとして、どこまでなら制限できるか。

閲読の自由の保障

結論新聞や図書を読む自由(閲読の自由)は、憲法上保障されます。

未決拘禁者にも保障されます。

理由判決は、次のように述べました。

  • 19条・21条:閲読の自由は、思想及び良心の自由と表現の自由の規定の「趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる」とします。
  • 13条:すべて国民は「個人として尊重される旨を定めた」13条の規定の「趣旨に沿う」とします。

思想・良心の自由も表現の自由も、外から情報が入らなければ、考える材料も伝え合う材料も無くなるからです。

注意判決が引いた13条は、「個人として尊重される」の部分です。

幸福追求権の部分ではありません。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件最高裁判所大法廷判決閲読の自由意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規定や、表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法13条の規定の趣旨に沿う。

19条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない

21条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する

13条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

制限の基準(相当の蓋然性)

結論制限が許されるのは、次の3段階の絞りを通るときだけです。

  • ①:一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず」とします。
  • ②:被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、新聞紙・図書等の内容その他の具体的事情のもとで、規律及び秩序の維持上「放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性」が必要です。
  • ③:その場合でも、制限の程度は、障害発生の防止のために「必要かつ合理的な範囲」にとどまります。

理由両方の要請を立てる線だからです。

  • 抽象的な不安だけで制限を許すと:保障したはずの自由が、形だけになります。
  • 規律が壊れるまで放っておくと:戒護という収容の目的が果たせません。

具体例「前に問題を起こしたことがあるから、念のため新聞は全部読ませない」という制限です。

記事の中身も施設の今の状況も見ていない抽象的な不安なので、相当の蓋然性に届きません。

注意②と③は、「必要であり、かつ」で結ばれた累積要件です。

判決文の「監獄」は当時の法律の言葉で、今の刑事施設・拘置所を指します。

「相当の蓋然性」は条文には無く、判例が閲読の自由の制限の場面で示した物差しです。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件最高裁判所大法廷判決相当の蓋然性一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。

結論と射程

結論最高裁は、この基準のもとで、抹消処分を合憲と判断しました。

施設内の規律と秩序の維持(戒護)という、収容の目的の枠内にあるという判断です。

注意判断したのは、未決拘禁者が新聞を読む自由についてです。

受刑者の場合や、手紙のやりとり・面会といった別の場面まで、そのまま答えを出したわけではありません。

あらゆる人権制限に通用する物差しは、まだありません。

喫煙禁止事件

事案拘置所内での喫煙を禁止した規則が争われました。

結論最高裁は、これを合憲と判断しました。

注意合憲になるかは、「収容されているから」では決まりません。

収容の目的の枠に収まり、絞りを通っているかで決まります。

公務員の特別の制約

被収容者への制限の根拠は、憲法が収容という関係を予定していることにありました。
では、公務員への制限は、どう説明されるのでしょうか。

根拠(15条・73条4号)

結論公務員にも、被収容者と同じ順序で、特別の制約が認められうると説明されます。

条文憲法は、公務員という関係の存在を条文で前提にしています。

  • 15条1項:公務員を選定し、罷免することは、国民固有の権利です。
  • 73条4号:内閣の事務として、官吏に関する事務を掌理します。

注意この73条は、明治憲法の改正手続を定めた73条とは別物です。

15条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

73条第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。

制約される人権

具体例大きく2つあります。

  • 政治活動の自由:公務員が特定の政党を支援するような活動は、大きく制限されています。裁判官の表現の自由も、同じように制限される場面があります。
  • 労働基本権:団体交渉権やスト権が、民間の労働者よりも大きく制限されています。

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