憲法ゼロから憲法#12

二重の基準論

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二重の基準論(精神的自由と経済的自由)

二重の基準論

二重の基準論の対比表(精神的自由権=表現の自由など・厳格審査基準または中間審査基準・禁止条例/経済的自由権=職業選択の自由・財産権・中間審査基準または合理性の基準・許可条例)

定義二重の基準論とは、人権を2つの束に分けて、別々の物差しを当てる考え方です。

  • 精神的自由権:表現の自由をはじめ、心の働きに関わる自由です。厳格審査基準または中間審査基準で測ります。
  • 経済的自由権:職業選択の自由(22条1項)や財産権(29条2項)が代表です。中間審査基準または合理性の基準で測ります。

結論精神的自由権の規制は厳しい物差しで、経済的自由権の規制は緩やかな物差しで測ります。

21条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する

22条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

29条第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める

同じ広場の2つの条例

具体例同じ市が、同じ駅前広場について2つの条例を定めた場合です。

  • 禁止条例:演説・署名を一律に禁止します。表現の自由(21条1項)の問題なので、厳格か中間で測ります。
  • 許可条例:キッチンカーなどの移動販売の営業を許可制にします。職業選択の自由(22条1項)の問題なので、中間か合理性で測ります。

場所も規制する市も同じなのに、対象が変わるだけで、疑いの強さが変わります。

注意禁止条例は、厳格審査基準と中間審査基準のどちらで測っても違憲になります。

二重の基準論の2つの理由

二重の基準論は、精神的自由を厳しく、経済的自由を緩やかに測ります。
では、なぜそのように振り分けるのでしょうか。

二重の基準論の根拠(論拠①民主的政治過程論=経済規制は選挙・議会で直せるが、精神的自由の規制は是正ルート自体が壊れる/論拠②裁判所の審査能力=経済政策の当否は裁判所が不得手だが、表現を封じることの重さは価値の判断で裁判所が本来やる仕事)と、論拠①の限界

論拠①:民主的政治過程論

定義民主的政治過程論とは、規制を民主政の過程で直せるかどうかに着目する論拠です。

結論経済的自由の規制は、民主政の過程で直せます。

精神的自由の規制は、直す手段そのものが壊れるので、裁判所が早めに厳しく介入する必要があります。

理由両者の違いは、次のとおりです。

  • 経済的自由:不利益を受けた人は、選挙で投票したり議会に働きかけたりして、規制を是正できます。
  • 精神的自由:意見を言う自由・人に伝える自由こそが、選挙や議会を動かす手段です。これが規制されると、民主政の中では直しようがなくなる可能性があります。

具体例駅前広場の2つの条例で比べると、次のとおりです。

  • 許可条例:キッチンカーの人たちが市議会に働きかけ、数が足りれば条例を変えられます。
  • 禁止条例:広場で演説も署名もできないので、条例を変えようという声をそもそも集められません。

注意とりわけ問題になるのは、政治的な意見を言う自由の規制です。

論拠②:裁判所の審査能力

結論経済的自由の規制は裁判所が不得手な領域で、精神的自由の規制は裁判所でも十分に判断できる領域です。

だから、精神的自由には、裁判所自身が厳しい基準を使うことができます。

理由判断に必要なものが違うからです。

  • 経済的自由:経済政策の当否の判断には、市場への影響や業界の状況など、専門的な社会経済の分析が必要です。数字と見通しの世界で、議会や内閣の方が詳しい領域です。
  • 精神的自由:表現を封じることがどれだけ痛いかは、市場の予測ではなく、価値の重さの判断です。これは、裁判所が本来やっている仕事です。

具体例移動販売を何台まで許すのが適正か、広場の混雑や周りのお店への影響がどうかは、裁判官には判断しにくい問題です。

優劣ではなく機能の違い

結論振り分けの理由は、精神的自由の方が尊いという優劣の話ではありません

規制されたときに自分で立て直せるか裁判所が判断できるかという、機能の違いです。

論拠①が届かない場面

結論二重の基準論は、あくまで出発点です。

個別の場面では、この理屈が本当に届いているかを確かめ直す必要があります。

理由論拠①は、いつでも当てはまるわけではないからです。

具体例特定の少数の業種だけを狙い撃ちにする経済規制です。

  • 関係者は少数派で、選挙や議会という多数決の世界では、声を通しにくい立場にあります。
  • 経済規制だから民主政で直せるはず、という前提が崩れています。

そのため、経済的自由だからという理由だけで、機械的に緩やかな基準を当てはめてよいのか、疑問が出てきます。

注意届かない場面があるのは論拠①です。

2つの理由が両方とも崩れるわけではありません。

制約の強さ

注意物差しを選ぶ材料は、精神的自由か経済的自由かだけではありません。

制約が直接的か付随的かという強さも、物差しを選ぶときの材料になります。

論証パターンの地図(5ステップ)

物差しをいつ使うかは、二重の基準論で決まりました。
では、人権の問題の答案は、どのような順番で組み立てるのでしょうか。

論証パターンの5ステップ(①誰=享有主体の確認/②何=人権の確定/③制約/④物差し=審査基準の定立/⑤判定=あてはめ)と三段階審査との対応

5つのステップ

結論人権の問題を答案で書くときの道筋は、次の5つです。

  • ①誰の人権か:人権の享有主体を確認します(外国人や団体の人権の問題)。
  • ②どんな人権か:一番ぴったりの条文を選んで、人権を確定します。
  • ③何によって制約されているか:公共の福祉や、国と特別な関係にある人の枠と絞りを使います。
  • ④審査基準の定立:二重の基準論で物差しを振り分けます。
  • ⑤あてはめ:その物差しに当てはめて、合憲か違憲かを判定します。

理由順番が決まっているのは、前の答えが出ないと次に進めないからです。

誰の人権かが決まらなければ、そもそも憲法の問題になりません。

どの人権かが決まらなければ、何が制約かも、どの物差しで測るかも決められません。

具体例駅前広場の禁止条例では、次のとおりです。

  • ①:演説をしようとした人です。
  • ②:表現の自由です。
  • ③:市の条例による全面禁止です。
  • ④:精神的自由なので、厳格か中間です。
  • ⑤:その物差しに当てはめます。

③で使う2つの道具

定義制約の場面で使う道具は、次の2つです。

  • 公共の福祉:人権どうしがぶつかったときに調整する、実質的公平の原理です。
  • 枠と絞り:公務員や被収容者のように、国と特別な関係にある人に使います。収容の目的という枠の中にあるか、相当の蓋然性という絞りを通っているかで見ます。

三段階審査との対応

結論三段階審査と5ステップは、同じ地図を粒度を変えて見ているだけです。

  • 保障の有無:①誰の人権か・②どんな人権かに対応します。
  • 制約の有無:③何によって制約されているかに対応します。
  • 正当性:形式的審査を通したうえで、④審査基準の定立・⑤あてはめに対応します。

注意形式的審査(法律の根拠があるか・言葉が明確か)は、5ステップの中に独立の番号を持ちません。

正当性の入口で通すものです。

ドイツの比例原則

ここまで見てきたのは、アメリカ発祥の3層の審査基準です。
これとは別の型として、ドイツの比例原則はどのような考え方でしょうか。

ドイツの比例原則(①適合性=手段が目的に適しているか・手段審査/②必要性=必要な限度にとどまっているか・手段審査/③均衡性=得る利益と失う利益・目的審査)と、均衡性が利益衡量に戻る弱点

位置づけ

結論二重の基準論は、今も通説の位置づけです。

ドイツの比例原則は、近時注目されている、もう一つの視点です。

3つの要素

定義比例原則は、次の3つの要素でできています。

  • 適合性:手段が、目的を達成するのに適した方法かどうかです。
  • 必要性:目的を達成するために、必要な限度にとどまっているかどうかです。
  • 均衡性:規制によって得られる利益と、失われる利益とのバランスが取れているかどうかです。

具体例駅前広場での演説・署名の全面禁止は、必要な限度を超えている、という話になります。

アメリカ型との対応

結論アメリカ型の審査との対応は、次のとおりです。

  • 適合性・必要性:手段の審査とほぼ重なります。
  • 均衡性:目的の審査に対応します。

理由それぞれ、何を問うかが違うからです。

  • 適合性・必要性:どちらも、手段が目的に見合っているかを見ています。
  • 均衡性:その目的が、失うものに見合うほど重いのかを問います。

均衡性の弱点

結論均衡性は、結局、規制で得る利益と失う利益をその場で比べる作業に戻ってしまいます。

理由物差しの目盛りを先に決めたのは、その場で利益を比べることを避けるためでした。

ドイツ型は、最後の最後で、また利益を比べる作業に戻ってきてしまいます。

注意この弱点は、まだ完全には解決されていません。

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