二重の基準論
問い:表現の自由の規制と営業の規制を、なぜ同じ物差しで測らないのか。
骨組み
- 1二重の基準論の意義(学説。アメリカの判例法理として形成・従来から通説とされてきた):精神的自由権の規制=厳格審査基準か中間審査基準/経済的自由権の規制=中間審査基準か合理性の基準。中間審査基準は両方にまたがる
- 2論拠①民主的政治過程論(学説):政治過程が正常に機能している限り、是正は政治過程に委ねる。経済的自由の規制=是正が可能かつ望ましい→緩やか/精神的自由(典型=の表現の自由)=政治過程を構成する権利→是正が不可能ないし困難となっている可能性→厳格。重要なのは民主的な政治過程にとって(個人にとっては同じくらい重要)
- 3論拠②裁判所の審査能力(学説):経済的自由の規制の適否=社会経済に関する資料収集・分析・評価が要る→政治部門(内閣と議会)が適する→緩やか/精神的自由の規制=裁判所の能力に特に問題はない→厳格な基準を用いることができる
- 4論拠①の限界(学説・反論):少数の企業等を狙い撃ちにする経済規制=多数決で是正されにくい。届かないのは論拠①。二重の基準論は出発点にして事案ごとに修正
- 5二重の基準論への批判(学説):今日では批判が強い。①基準の選択で結論がほぼ決まり、緻密な法的分析が遮断される ②アメリカの議論にすぎず日本の判例と適合していない
- 6ドイツの比例原則(学説。ドイツの判例で用いられる・近時注目):手段が①適合性②必要性③均衡(狭義の比例原則)を満たせば合憲。①≒合理性の基準の手段審査、②≒中間・厳格の手段審査、①②総合で手段審査は中間・厳格とほぼ同じ/③≒目的審査に対応。評価=日本の判例に適合的との評価/「裸の利益衡量」で安易に合憲を導きやすいとの批判
- 7答案での選び方(学説):理論そのものは論じず、①人権の性質や重要性 ②制約の態様・程度に着目して基準を選ぶ→あてはめを充実。自由権の制約が前提(平等権・社会権は別の処理手順)
- 8論証パターンの地図(学説):①享有主体→②人権の確定→③制約(公共の福祉/国以外なら私人間効力/特別の関係)→④審査基準の定立→⑤あてはめ。三段階審査=保障(①②)・制約(③)・正当性(形式的審査を通して④⑤)
色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます。項目1〜6は理論の中身、7・8は答案での使い方。項目4の反論と項目5の批判は別物(4は論拠①だけへの反論、5は二重の基準論そのものへの批判)。
1二重の基準論の意義——2つの束と物差し条文判例学説
- 前提:違憲審査基準は3つ(厳格審査基準・中間審査基準・合理性の基準)。問い=具体的事案でどの基準を適用するか。
- 二重の基準論=精神的自由権を制限する法律の合憲性審査には厳格な基準を、経済的自由権を制限する法律の合憲性審査には精神的自由権の場合よりも緩やかな基準を適用する理論。
- 位置づけ:アメリカの判例法理として形成され、従来から通説とされてきた(今日の批判は項目5)。
| 精神的自由権 | 経済的自由権 | |
|---|---|---|
| 例 | 表現の自由() | 職業選択の自由()・財産権() |
| 物差し | 厳格審査基準または中間審査基準 | 中間審査基準または合理性の基準 |
| 向き | 規制を違憲にしやすい | 規制を合憲にしやすい |
- :集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
- :何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
- 財産権を保障する規定は(財産権は、これを侵してはならない。)。は、財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で定めるという規定。
- 判例も、経済的自由について精神的自由と区別する言い回しを使っている。小売市場事件(最大判昭47・11・22):
- 憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であり、
- 薬局距離制限事件(最大判昭50・4・30):
- 職業は、前述のように、本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、
- どちらの判決文にも「二重の基準」という言葉は無い。言い回しが区別していることと、判例が二重の基準論を採ったかどうかは別の問題(項目5の批判②は、二重の基準論が日本の判例と適合していないというもの)。
同じ市が、同じ駅前広場について、演説・署名を一律に禁止する条例と、キッチンカーなどの移動販売の営業を許可制にする条例を定めた。前者は表現の自由()の規制なので厳格か中間、後者は職業選択の自由()の規制なので中間か合理性。場所も規制する市も同じで、規制の対象が変わるだけで物差しが変わる。
出題精神的自由の制限も、著しく不合理なことが明らかな場合に限り効力を否定できる(×)
- 「二重の基準論によれば、精神的自由権の規制には厳格審査基準、経済的自由権の規制には合理性の基準が、それぞれ1対1で対応する」(精神的自由=厳格か中間、経済的自由=中間か合理性。中間審査基準は両方にまたがる)
- 「財産権を保障する規定はである」(保障は。2項は内容を法律で定める規定)
- 「二重の基準論は、ドイツの判例法理として形成された理論である」(アメリカの判例法理。ドイツの判例で用いられるのは比例原則)
2論拠①民主的政治過程論条文学説
- 前提の考え方:民主的な政治過程が正常に機能している限り、違憲の規制の是正は裁判所に委ねるべきではなく、民主的な政治過程(例:国民からの批判を受けて議会自身が規制を是正する)に委ねるべき。
- 経済的自由権の規制:民主的な政治過程で是正が可能であり、かつそれが望ましい → 裁判所が判断するとしても緩やかな(規制を合憲にしやすい)基準。
- 精神的自由権の規制:の表現の自由を典型とする精神的自由権は、民主的な政治過程を構成する権利 → 規制されると政治過程そのものが侵害され、機能しなくなっている可能性 → 民主政治の過程による是正が不可能ないし困難 → 厳格な(規制を違憲にしやすい)基準。
- とりわけ問題になるのは、政治的な意見を言う自由の規制。
- 何が「重要」なのか:民主的な政治過程にとって、経済的自由権よりも精神的自由権の方が重要、と考える。個人にとっては、経済活動が自由にできなければ生きていけないので、経済的自由権も精神的自由権と同じくらい重要(かつて主張された「個人にとっても精神的自由権の方が重要」という見解は採らない)。
許可条例なら、キッチンカーの営業者は選挙で投票したり市議会に働きかけたりして、数が足りれば条例を変えられる=直す道が残っている。禁止条例では、広場で演説も署名もできないので、条例を変えようという声を集める場が封じられ、直す道が細くなる。
「表現の自由の方が生活にとって大事だから厳しく審査する」と書くのは誤り。暮らしにとっては仕事の自由も同じくらい大事。表現の自由が重く見られるのは、民主政の過程を回す道具だから。
出題精神的自由の制約は民主政の過程をゆがめるので、裁判所の積極的な審査が要る(○)
- 「二重の基準論は、個人にとって精神的自由権の方が経済的自由権よりも重要であることを根拠とする」(重要なのは民主的な政治過程にとって。個人にとっては同じくらい重要)
- 「経済的自由権の規制は、民主的な政治過程で是正することが困難であるから、緩やかな基準で審査される」(逆。経済的自由の規制は政治過程で是正が可能かつ望ましいから緩やか。是正が困難になるのは精神的自由の規制)
3論拠②裁判所の審査能力学説
- 経済的自由権の規制の適否を判断するのに必要な、社会経済に関する資料収集や分析・評価に適しているのは、裁判所ではなく、内閣と議会からなる政治部門 → 緩やかな基準を適用する。
- 精神的自由権の規制については、裁判所の能力に特に問題はない → 厳格な基準を用いることができる。
- (答案で書くときの言い方)経済的自由の規制についての裁判所の審査能力は「無い」ではなく「乏しい」。審査しないのではなく、緩やかな基準で審査する。
移動販売を何台まで許すのが適正か、広場の混雑や周りの店への影響がどうか——こうした判断には業界や市場の資料と分析が要り、政治部門の方が向いている。
- 「裁判所は経済的自由権の規制を審査する能力を持たないから、経済的自由権の規制の合憲性は審査しない」(審査はする。能力が乏しいので緩やかな基準を用いる)
- 「社会経済に関する資料収集・分析・評価には裁判所が適しているから、経済的自由権の規制には厳格な基準を用いる」(適しているのは政治部門=内閣と議会。だから緩やか)
4論拠①の限界——狙い撃ちの経済規制学説
- 反論:民主的政治過程論は常に妥当するものではない。
- 例:少数の企業等を狙い撃ちにする経済規制。関係者は少数派で、選挙で勝てず、議会で取り上げられにくい=「経済規制だから政治過程で直せる」という前提が欠ける(論拠①は「政治過程が正常に機能している限り」の話だった)。
- そのため、経済的自由だからという理由だけで機械的に緩やかな基準を当てはめてよいかに疑問が出る。二重の基準論はベース(出発点)にして、事案ごとに修正する。
- 届かないのは論拠①。論拠②(裁判所の審査能力)まで崩れるという反論ではない。
ある県で、業者が数社しかない業種だけに特別の負担を課す条例。緩やかな基準を当てる理由のうち、①(政治過程で直せる)が弱まる。どの基準になるかまでは、この反論だけでは決まらない。
- 「少数の企業を狙い撃ちにする経済規制では、二重の基準論の2つの論拠がいずれも当てはまらなくなる」(当てはまらなくなるのは論拠①=民主的政治過程論)
5二重の基準論への批判学説
- 二重の基準論は従来から通説とされてきた。しかし、今日では次の2つの批判が強い。
- 批判①:どの審査基準を適用するかで合憲・違憲の結論がほぼ決まってしまい、具体的事案に応じた緻密な法的分析が遮断されてしまう。
- 批判②:アメリカにおける議論にすぎず、日本の判例と適合していない。
- そこで近時注目されているのが、ドイツの判例で用いられている比例原則(項目6)。
| 向けられる相手 | 中身 | |
|---|---|---|
| 項目4の反論 | 論拠①だけ | 狙い撃ちの経済規制は政治過程で直しにくい |
| 項目5の批判 | 二重の基準論そのもの | ①基準の選択で結論がほぼ決まる ②日本の判例と適合しない |
- 「二重の基準論は、従来から通説とされ、今日でも特に批判はない」(今日では批判が強い)
- 「二重の基準論に対しては、審査基準の選択だけでは結論が決まらず、事案ごとの分析が必要になりすぎるとの批判がある」(逆。基準の選択で結論がほぼ決まり、緻密な分析が遮断されるという批判)
6ドイツの比例原則——3つの要素と評価学説
- 比例原則=手段が、①目的と適合的であり、②目的達成のために必要であり、かつ③目的と均衡するものである場合は合憲、とする基準。ドイツの判例で用いられている。
- ①適合性:目的とのなんらかの適合性が手段にあればよい。
- ②必要性:人権制限が最小限であること。
- ③均衡(狭義の比例原則):規制によって得られる利益が失われる利益よりも大きいこと。
| 比例原則 | アメリカの基準でいうと |
|---|---|
| ①適合性 | 合理性の基準の手段審査に類似(弱い要件) |
| ②必要性 | 中間審査基準・厳格審査基準の手段審査に類似 |
| ①+② | ①をパスしても②をパスしなければならない=手段の審査は全体として中間・厳格とほぼ同じ |
| ③均衡 | 得られる利益=人権制約の目的 → 目的審査に対応 |
- 評価は両面:日本の判例に適合的であるとの評価がある一方、結局は③の目的との均衡を決め手とするもので、安易に合憲を導きやすい「裸の利益衡量」であるとの批判がある。
- 「裸の利益衡量」で困ること:得られる利益と失われる利益をその場で比べると、裁判官の主観的判断を拘束できず、公益優先に陥りやすい(比較衡量の難点と同じ)。目盛り(審査基準)を先に決めたのは、それを避けるためだった。
駅前の騒音対策として拡声器の使用を全面禁止した。音を減らすのに役立つので①適合性は通る。しかし音量の上限や時間帯の制限でも足りるなら、全面禁止は最小限ではなく②必要性で問題になる。③まで進むなら、駅前の静けさ(得られる利益=規制の目的)と、拡声器を使った演説の機会(失われる利益)を比べることになる。
- 「比例原則の適合性は、人権制限が最小限であることを要求する」(それは必要性。適合性はなんらかの適合性があればよい)
- 「比例原則の均衡(狭義の比例原則)は、アメリカの基準における手段審査に対応する」(目的審査に対応。手段審査に対応するのは①②)
- 「比例原則に対しては、裸の利益衡量であり、安易に違憲を導きやすいとの批判がある」(安易に合憲を導きやすいとの批判)
- 「比例原則は、日本の判例と適合していないとの批判を受けている」(そう批判されるのは二重の基準論。比例原則には日本の判例に適合的との評価がある)
7答案での審査基準の選び方学説
- (答案の書き方としての助言)答案では、二重の基準論や比例原則そのものは論じない。①問題となっている人権の性質や重要性、②制約の態様・程度などに着目して違憲審査基準を選べば十分。そのうえで充実したあてはめを心がける。
- ②の例:制約が直接的か付随的かという強さも、基準を選ぶ材料になる。表現の自由でも、厳格な審査基準は一様でなく、表現の種類(①の側)や規制立法の態様(②の側)に応じて異なる。
- この処理手順は、自由権に対する制約が問題となる場合を念頭に置いたもの。平等権や社会権などは、異なる処理手順を用いる。
答案で「二重の基準論とは……論拠は……」と一般論を並べる必要はない。問題になっている人権がどんな性質でどれほど重要か、規制がどんな態様でどれほど強いかを示して基準を選び、あてはめに字数を使う。
- 「二重の基準論で、精神的自由か経済的自由かが決まれば、審査基準の選択はそれで完結する」(人権の性質や重要性、制約の態様・程度も見る。各束の中でも基準は2つありうる)
- 「二重の基準論による審査基準の選択は、平等権・社会権が問題となる場合にもそのまま用いる」(自由権の制約が前提。平等権・社会権は別の処理手順)
8論証パターンの地図——5つのステップ条文判例学説
- (答案の書き方としての助言)人権の問題(国家が人に制約を課す場面)を答案で組み立てる順番。前の答えが出ないと次に進めない(誰の人権かが決まらなければ憲法の問題にならず、どの人権かが決まらなければ制約も物差しも決められない)。
| ステップ | 中身 | 三段階審査 |
|---|---|---|
| ①誰の人権か | 人権享有主体(外国人・団体なら論点を足す) | 保障の有無 |
| ②どんな人権か | 人権の確定(精神的自由か経済的自由か) | |
| ③何によって制約されているか | 基本的人権の限界:公共の福祉/制約しているのが国家以外なら私人間効力/国と特別の関係にある人 | 制約の有無 |
| ④審査基準の定立 | 厳しいか緩いか(項目1〜7) | 正当性(入口で形式的審査=法律の根拠〔表現の自由・刑罰法規なら明確性も〕を通す) |
| ⑤あてはめ | いろいろな事情を考慮して合憲か違憲か |
- ③の公共の福祉=人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理。
- ③の国と特別の関係にある人:被収容者なら、収容目的の枠の中か・相当の蓋然性の絞りを通るか(よど号事件)。公務員は別の枠(・が予定する関係)で、「相当の蓋然性」は被収容者についての話。
- 三段階審査と5ステップは、同じ道筋を粒度を変えて見たもの。形式的審査は5ステップの中に独立の番号を持たず、正当性の入口で通す。
駅前広場の禁止条例:①演説をしようとした人 ②表現の自由 ③市の条例による全面禁止 ④精神的自由なので厳格か中間(人権の性質・制約の態様で選ぶ) ⑤その物差しに当てはめる。同じ演説の禁止でも、市の条例ではなく私企業の就業規則による禁止なら、③で私人間効力の問題を足す。
- 「公務員の人権制約も、被収容者と同じく、相当の蓋然性の有無で判断する」(相当の蓋然性は被収容者〔よど号事件〕についての絞り。公務員は別の枠)